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第4唱 ラピスにメロメロ
ラピス、ジークを励ます
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「大丈夫ですよぅ、ジークさん。お師匠様は本当に優しい人ですから、そんなことで怒ったりしませんっ」
「……」
「それにお師匠様は噂されることに慣れてるはずです! ひどい悪評があるそうですから。ね、ディード?」
「えっ! あ、う、うん。そうだね」
突然の名指しに驚いたか、ディードは気まずそうに目を逸らしている。
ラピスは師にそうするように、ジークの太腿に手を置いて膝立ちし、下から覗き込んで視線を合わせた。
「人から悪く言われるのは悲しいです。人を悪く言うのも悲しいです。なかなか抜けないナイフみたいだけど、でもそんな言葉は早く捨てないと、心の傷が深くなるばかりなんです。と、竜が言ってました」
「竜が」
目を瞬かせるジークに「はい」とうなずく。
カーレウムの家で、独りぼっちのラピスをいつも慰めてくれた竜たちの言葉。
それらすべてが、今も、いつでも、心を支えてくれている。
美しい言葉は、どこにいてもどんなときも、必要ならば取り出せるし、大事にしていれば決して失わない。心に宿る宝ものだ。
「お師匠様は、悪い言葉に負けない人なんです。なんと言われようと、自分が正しいと思ったことをする、とっても強い人なんです。僕、そんなところも心から尊敬しているのです。でもほんと言うと、お師匠様はあまりにかっこよくて優しくて賢くて、尊敬できないところなんかひとつもないのですけど」
ジークの端整な顔が、小さく綻んだ。
「……良い師匠だな」
「はいっ! 世界一の自慢のお師匠様ですっ!」
ジークがちょっと元気になってくれたように見えるのも嬉しいが、クロヴィスが褒められるのも、どんなときでも最高に嬉しい。
師を褒めてくれたジークにはもっと元気を出してほしいので、ラピスはさらに気合いを入れて励ますことにした。
「それに今回の噂は悪い噂じゃないですもんねっ。婚約の話なら、むしろおめでたいです!」
途端、いつの間にか静かになって二人の会話を聞いていたギュンターたちが――今度はヘンリックまでも――派手に噴き出した。ディードすら笑いをこらえきれずに肩を震わせている。
「僕、おかしなこと言ったかな……」
ラピスがちょっとしょんぼりすると、立ち上がったジークに頭を撫でられた。
「まったく言ってない……!」
そう言い放つや、第三騎士団団長はとうとう、部下たちの頭に手刀を下ろしたのだった。
☆ ☆ ☆
ゴルト街一日目の夜は更け、ラピスたちは久々のまともな寝台でゆっくり眠った。
その翌日は朝から快晴で、前日、街中を覆った雪が日に照らされ、眩しいほど煌めいている。
窓を開けてキリリと冷えた空気を吸い込むと、ほのかに炭を含んだような、独特の匂い。それが雪の匂いだと、ラピスは宿の支配人から教わった。
「ラピス様は、雪は初めてですか?」
「いいえ、ブルフェルト街も雪は降りました。でもこんなには降らなかったです」
「では寒さがこたえるでしょう。当宿自慢のあたたかい果実茶はいかがですか? わたくしからのサービスです」
「わあ、ぜひ!」
嬉しさのあまりラピスがぱあぁっと笑顔になって飛び跳ねると、支配人と、そばで会話を見守っていた従業員たちが、「「「かかか可愛いぃ」」」と顔を見合わせ笑いあう。
支配人がお茶を運んでくれるというので、ラピスはジークと二人で社交室へ移動した。
ラピスが目ざめたとき、先に起きていたのはジークだけだった。
いつもしっかり早起きするディードもさすがに疲れが溜まっていたらしく、ヘンリック共々ぐっすり眠っている。ギュンターは……言わずもがな。
だから皆は起こさず寝かせておくことにして、ジークと二人だけで先に朝食をとったのち、玄関広間で雪やお土産を見ていたら、支配人から話しかけられたのだ。
ラピスたちが窓際の席に着くと間もなく、熱い果実茶が大きなポットにたっぷり運ばれてきた。
地元名産の干し果物が惜しみなく入ったお茶は、自然な甘みと爽やかな香りがたまらなく美味しい。蜂蜜を入れても一緒にブレンドされたミントのおかげでスッキリとした味わいで、ジークも気に入ったようだった。
お茶をいただきつつ、大きな窓から雪景色を見ていたラピスは、雪遊びをしたくてたまらなくなった。
あとで外套を着てからにするようジークに止められたが、その代わりジークは従業員に言って手近な窓を開けてもらい、大きな手で雪をすくい取って、手早く小さな雪だるまを作ってくれた。
「わあっ! すごいすごい、僕も作りたいです! おっきいのを!」
「あとで、焼き石もちゃんと持ってからな……」
「あ~ん。ほわぁ、ひゃっこい」
ちなみに「ひゃっこい(冷たい)」も、ここに来てからおぼえた言葉。
お茶の受け皿にのせられた雪だるまに、果実の種で目を付けてジークと笑い合っていると、周囲の客たちがにこにこしながら「可愛いわねぇ」と話しかけてきた。
ラピスが「はい、雪だるま可愛いです」と言うと笑いが起こり、「あなたのことよ」と言われてしまった。
「昨夜お見かけしてからずっと、なんて可愛い子でしょうと話していたんですよ」
上品なご婦人の言葉をきっかけに、居合わせた人たちから次々話しかけられた。
「アシュクロフト騎士団長殿とご一緒ということは、きみが噂の、大魔法使い様のお弟子さんなんだね?」
「愛らしい子だと聞いてはいたけれど、噂以上で目の保養よ。でも冬の旅なんて大丈夫なのかしら……躰が凍ってしまうわよ。心配だわ」
ラピスはここぞとばかり、「素晴らしいお師匠様の、心強い助力である加護魔法」とその効果について力説した。皆が「それはすごい」と口々に感嘆してくれたところで、小さな胸を張る。
「それにジークさんが守ってくれてるから大丈夫なのです!」
にっこり笑顔でジークを見ると、最近少しずつ見せてくれることの増えた微笑みが返ってきた。
その様子を見ていたご婦人たちから、うっとりとため息が漏れる。ここでもジーク人気は健在らしい。
「……」
「それにお師匠様は噂されることに慣れてるはずです! ひどい悪評があるそうですから。ね、ディード?」
「えっ! あ、う、うん。そうだね」
突然の名指しに驚いたか、ディードは気まずそうに目を逸らしている。
ラピスは師にそうするように、ジークの太腿に手を置いて膝立ちし、下から覗き込んで視線を合わせた。
「人から悪く言われるのは悲しいです。人を悪く言うのも悲しいです。なかなか抜けないナイフみたいだけど、でもそんな言葉は早く捨てないと、心の傷が深くなるばかりなんです。と、竜が言ってました」
「竜が」
目を瞬かせるジークに「はい」とうなずく。
カーレウムの家で、独りぼっちのラピスをいつも慰めてくれた竜たちの言葉。
それらすべてが、今も、いつでも、心を支えてくれている。
美しい言葉は、どこにいてもどんなときも、必要ならば取り出せるし、大事にしていれば決して失わない。心に宿る宝ものだ。
「お師匠様は、悪い言葉に負けない人なんです。なんと言われようと、自分が正しいと思ったことをする、とっても強い人なんです。僕、そんなところも心から尊敬しているのです。でもほんと言うと、お師匠様はあまりにかっこよくて優しくて賢くて、尊敬できないところなんかひとつもないのですけど」
ジークの端整な顔が、小さく綻んだ。
「……良い師匠だな」
「はいっ! 世界一の自慢のお師匠様ですっ!」
ジークがちょっと元気になってくれたように見えるのも嬉しいが、クロヴィスが褒められるのも、どんなときでも最高に嬉しい。
師を褒めてくれたジークにはもっと元気を出してほしいので、ラピスはさらに気合いを入れて励ますことにした。
「それに今回の噂は悪い噂じゃないですもんねっ。婚約の話なら、むしろおめでたいです!」
途端、いつの間にか静かになって二人の会話を聞いていたギュンターたちが――今度はヘンリックまでも――派手に噴き出した。ディードすら笑いをこらえきれずに肩を震わせている。
「僕、おかしなこと言ったかな……」
ラピスがちょっとしょんぼりすると、立ち上がったジークに頭を撫でられた。
「まったく言ってない……!」
そう言い放つや、第三騎士団団長はとうとう、部下たちの頭に手刀を下ろしたのだった。
☆ ☆ ☆
ゴルト街一日目の夜は更け、ラピスたちは久々のまともな寝台でゆっくり眠った。
その翌日は朝から快晴で、前日、街中を覆った雪が日に照らされ、眩しいほど煌めいている。
窓を開けてキリリと冷えた空気を吸い込むと、ほのかに炭を含んだような、独特の匂い。それが雪の匂いだと、ラピスは宿の支配人から教わった。
「ラピス様は、雪は初めてですか?」
「いいえ、ブルフェルト街も雪は降りました。でもこんなには降らなかったです」
「では寒さがこたえるでしょう。当宿自慢のあたたかい果実茶はいかがですか? わたくしからのサービスです」
「わあ、ぜひ!」
嬉しさのあまりラピスがぱあぁっと笑顔になって飛び跳ねると、支配人と、そばで会話を見守っていた従業員たちが、「「「かかか可愛いぃ」」」と顔を見合わせ笑いあう。
支配人がお茶を運んでくれるというので、ラピスはジークと二人で社交室へ移動した。
ラピスが目ざめたとき、先に起きていたのはジークだけだった。
いつもしっかり早起きするディードもさすがに疲れが溜まっていたらしく、ヘンリック共々ぐっすり眠っている。ギュンターは……言わずもがな。
だから皆は起こさず寝かせておくことにして、ジークと二人だけで先に朝食をとったのち、玄関広間で雪やお土産を見ていたら、支配人から話しかけられたのだ。
ラピスたちが窓際の席に着くと間もなく、熱い果実茶が大きなポットにたっぷり運ばれてきた。
地元名産の干し果物が惜しみなく入ったお茶は、自然な甘みと爽やかな香りがたまらなく美味しい。蜂蜜を入れても一緒にブレンドされたミントのおかげでスッキリとした味わいで、ジークも気に入ったようだった。
お茶をいただきつつ、大きな窓から雪景色を見ていたラピスは、雪遊びをしたくてたまらなくなった。
あとで外套を着てからにするようジークに止められたが、その代わりジークは従業員に言って手近な窓を開けてもらい、大きな手で雪をすくい取って、手早く小さな雪だるまを作ってくれた。
「わあっ! すごいすごい、僕も作りたいです! おっきいのを!」
「あとで、焼き石もちゃんと持ってからな……」
「あ~ん。ほわぁ、ひゃっこい」
ちなみに「ひゃっこい(冷たい)」も、ここに来てからおぼえた言葉。
お茶の受け皿にのせられた雪だるまに、果実の種で目を付けてジークと笑い合っていると、周囲の客たちがにこにこしながら「可愛いわねぇ」と話しかけてきた。
ラピスが「はい、雪だるま可愛いです」と言うと笑いが起こり、「あなたのことよ」と言われてしまった。
「昨夜お見かけしてからずっと、なんて可愛い子でしょうと話していたんですよ」
上品なご婦人の言葉をきっかけに、居合わせた人たちから次々話しかけられた。
「アシュクロフト騎士団長殿とご一緒ということは、きみが噂の、大魔法使い様のお弟子さんなんだね?」
「愛らしい子だと聞いてはいたけれど、噂以上で目の保養よ。でも冬の旅なんて大丈夫なのかしら……躰が凍ってしまうわよ。心配だわ」
ラピスはここぞとばかり、「素晴らしいお師匠様の、心強い助力である加護魔法」とその効果について力説した。皆が「それはすごい」と口々に感嘆してくれたところで、小さな胸を張る。
「それにジークさんが守ってくれてるから大丈夫なのです!」
にっこり笑顔でジークを見ると、最近少しずつ見せてくれることの増えた微笑みが返ってきた。
その様子を見ていたご婦人たちから、うっとりとため息が漏れる。ここでもジーク人気は健在らしい。
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