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第4唱 ラピスにメロメロ
ラピスの才能
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ゴルト街までの道中で二度、盗賊が襲ってきた。
ただし二度とも盗賊たちは――捕らえたあとでギュンターが問い詰めたところによると――ラピスの乗る馬車の近くまで迫った時点で、馬車を見失っていたらしい。
眼前にあったはずの標的を見失ったばかりか、急に方向感覚までおかしくなって混乱したところへ、ジークとギュンターの攻撃が繰り出されて捕縛――という経緯となったようだ。
その間、ラピスは怖くて隠れているしかできなかった。けれど、いざとなったら火でも水でも出してジークたちを助けなければと、目は逸らさずに事態を追っていたのだが。
第三騎士団の団長と副団長の強さは……特にジークは……すさまじかった。
普段の無口ながらも穏やかな彼とは、まるで別人。
両手持ちの長剣をバゲットみたいに自在に振り回し 、背中にも眼があるかのごとく機敏に敵の動きを察知して。
ひとり斬り伏せた直後に片手で――両手持ちの剣を片手で――振り上げたかと思うと二人目に斬撃、振り向きざまに柄頭で三人目の顔を殴打し、よろけた相手の首に回し蹴り――といったぐあい。
「す……すぎょい……」
声が震えて変な発音になった。
「大魔法使いの鉄壁の防御魔法に加えて、あの二人が守ってるんだから。大丈夫だよ」
ディードとヘンリックがそばから離れずいてくれたおかげで、心強いのは確かだったけれど。
ラピスはこれまでこうした、血のにおいも生々しい争いの場とは無縁だった。
だから暴力的な戦いの音やにおいも、倒れた相手の呻き声も、本当に怖くて手も脚も震えて、生まれたての仔鹿みたいになってしまった。
賊を捕縛したのち、駆け寄って来たジークが「大丈夫か」と馬車から降ろしてくれたが……
「……!」
ラピスが怯えていることに気づいたらしく、ハッと息を吞み。
パッと離れるや、急に手や顔を洗いに近くの川辺へ突進した。おまけに寒空の下、水浴びして着替えるとまで言い出したので、ギュンターとディードが引きずるようにして止めていた。
ヘンリックが「団長は自分のせいでラピスを怯えさせたと思って責任を感じてるんだ」と、気遣いと笑いの中間のような複雑な表情で言った。
「そんなわけないのに……!」
命懸けで守ってくれたのに、そんなふうに思わせてしまったなら申しわけない。
ラピスが怖いのは血が流れることや戦いそのもので、ジークではないのだから。
手頃な石に腰かけて黙々と焚火の準備をする背中も、気のせいか寂しそうに見えてしまう。ディードにそう言うと、「お茶が飲みたいだけだと思う」と返ってきたが。
ラピスはそちらへ歩いて行って、ジークの隣にちょこんと座り、怖がっていない証拠として、ぴとっと腕にくっついてみた。よくクロヴィスにそうしていたように。
わずかに眉を上げたジークと目が合ったので、「えへへっ」と笑う。
「守ってくれてありがとうございます、ジークさん」
「……当然のこと」
そう言った表情が綻んだように見えたのは、たぶんラピスの思い込みではないだろう。
ジークもクロヴィスのように、ラピスに寄りかかられていないほうの手で頭を撫でてくれた。ついでに「風邪をひくなよ……」と、外套のフードも被せてくれた。
そうしてジークが組んだ薪にラピスが火を熾し、湯も沸かして。
二人くっついたまま、ぼーっと炎を見つめていると、まもなくギュンターも「寒い寒い」とやってきて炎に手をかざした。
ここまで天候に恵まれてきたが、すでにいつ雪が降ってもおかしくない時期だ。白い息を吐くギュンターの、鼻の頭が赤くなっている。
「盗賊はしっかり縛り上げてきましたよ。引き渡し先はどうします? 王都か、領主か、それとも直接」
「領主だ」
「ですね。あいつらの装備も旅装も、ここらを根城にしてるだけの者には見えません。まず間違いなく――」
薄暮の中、炎を映したギュンターの瞳がラピスに向けられた気がした。
が、「それにしても」と急に話題が変わる。
「団長もそんな表情をするんですねぇ! もうメロメロじゃないですか」
「……」
なんのことかとジークを見れば、特にいつもと変わらない顔。だがギュンターはニカッと綺麗な歯列を見せて笑った。
「ラピスはトリプト村でも、みんなをメロメロにしてたしな。人の心に入り込む、天性の才能があるんだな」
「僕が? 心に? 入り?」
「余計なことを……」
珍しくジークが遮ったが、ギュンターは「でも」と楽しそうに食い下がる。
「子供がこんなに可愛いもんなら、子供がいる生活もいいかも……と思っちゃったりしません?」
「……」
「そこで! ぜひとも団長の子を産みたいという女性を紹介」
「いらん」
なんだかいつのまにか話が、例の『ジークの結婚問題』に移ったらしい。
そうなるとラピスの出る幕ではないので、食事の支度にかかったディードたちにもお茶を持って行こうと立ち上がった。
その頃にはクロヴィスが、ジークの嫁問題をさらに拗らせていたのだが……もちろん、ラピスは知らない。
ただし二度とも盗賊たちは――捕らえたあとでギュンターが問い詰めたところによると――ラピスの乗る馬車の近くまで迫った時点で、馬車を見失っていたらしい。
眼前にあったはずの標的を見失ったばかりか、急に方向感覚までおかしくなって混乱したところへ、ジークとギュンターの攻撃が繰り出されて捕縛――という経緯となったようだ。
その間、ラピスは怖くて隠れているしかできなかった。けれど、いざとなったら火でも水でも出してジークたちを助けなければと、目は逸らさずに事態を追っていたのだが。
第三騎士団の団長と副団長の強さは……特にジークは……すさまじかった。
普段の無口ながらも穏やかな彼とは、まるで別人。
両手持ちの長剣をバゲットみたいに自在に振り回し 、背中にも眼があるかのごとく機敏に敵の動きを察知して。
ひとり斬り伏せた直後に片手で――両手持ちの剣を片手で――振り上げたかと思うと二人目に斬撃、振り向きざまに柄頭で三人目の顔を殴打し、よろけた相手の首に回し蹴り――といったぐあい。
「す……すぎょい……」
声が震えて変な発音になった。
「大魔法使いの鉄壁の防御魔法に加えて、あの二人が守ってるんだから。大丈夫だよ」
ディードとヘンリックがそばから離れずいてくれたおかげで、心強いのは確かだったけれど。
ラピスはこれまでこうした、血のにおいも生々しい争いの場とは無縁だった。
だから暴力的な戦いの音やにおいも、倒れた相手の呻き声も、本当に怖くて手も脚も震えて、生まれたての仔鹿みたいになってしまった。
賊を捕縛したのち、駆け寄って来たジークが「大丈夫か」と馬車から降ろしてくれたが……
「……!」
ラピスが怯えていることに気づいたらしく、ハッと息を吞み。
パッと離れるや、急に手や顔を洗いに近くの川辺へ突進した。おまけに寒空の下、水浴びして着替えるとまで言い出したので、ギュンターとディードが引きずるようにして止めていた。
ヘンリックが「団長は自分のせいでラピスを怯えさせたと思って責任を感じてるんだ」と、気遣いと笑いの中間のような複雑な表情で言った。
「そんなわけないのに……!」
命懸けで守ってくれたのに、そんなふうに思わせてしまったなら申しわけない。
ラピスが怖いのは血が流れることや戦いそのもので、ジークではないのだから。
手頃な石に腰かけて黙々と焚火の準備をする背中も、気のせいか寂しそうに見えてしまう。ディードにそう言うと、「お茶が飲みたいだけだと思う」と返ってきたが。
ラピスはそちらへ歩いて行って、ジークの隣にちょこんと座り、怖がっていない証拠として、ぴとっと腕にくっついてみた。よくクロヴィスにそうしていたように。
わずかに眉を上げたジークと目が合ったので、「えへへっ」と笑う。
「守ってくれてありがとうございます、ジークさん」
「……当然のこと」
そう言った表情が綻んだように見えたのは、たぶんラピスの思い込みではないだろう。
ジークもクロヴィスのように、ラピスに寄りかかられていないほうの手で頭を撫でてくれた。ついでに「風邪をひくなよ……」と、外套のフードも被せてくれた。
そうしてジークが組んだ薪にラピスが火を熾し、湯も沸かして。
二人くっついたまま、ぼーっと炎を見つめていると、まもなくギュンターも「寒い寒い」とやってきて炎に手をかざした。
ここまで天候に恵まれてきたが、すでにいつ雪が降ってもおかしくない時期だ。白い息を吐くギュンターの、鼻の頭が赤くなっている。
「盗賊はしっかり縛り上げてきましたよ。引き渡し先はどうします? 王都か、領主か、それとも直接」
「領主だ」
「ですね。あいつらの装備も旅装も、ここらを根城にしてるだけの者には見えません。まず間違いなく――」
薄暮の中、炎を映したギュンターの瞳がラピスに向けられた気がした。
が、「それにしても」と急に話題が変わる。
「団長もそんな表情をするんですねぇ! もうメロメロじゃないですか」
「……」
なんのことかとジークを見れば、特にいつもと変わらない顔。だがギュンターはニカッと綺麗な歯列を見せて笑った。
「ラピスはトリプト村でも、みんなをメロメロにしてたしな。人の心に入り込む、天性の才能があるんだな」
「僕が? 心に? 入り?」
「余計なことを……」
珍しくジークが遮ったが、ギュンターは「でも」と楽しそうに食い下がる。
「子供がこんなに可愛いもんなら、子供がいる生活もいいかも……と思っちゃったりしません?」
「……」
「そこで! ぜひとも団長の子を産みたいという女性を紹介」
「いらん」
なんだかいつのまにか話が、例の『ジークの結婚問題』に移ったらしい。
そうなるとラピスの出る幕ではないので、食事の支度にかかったディードたちにもお茶を持って行こうと立ち上がった。
その頃にはクロヴィスが、ジークの嫁問題をさらに拗らせていたのだが……もちろん、ラピスは知らない。
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