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第4唱 ラピスにメロメロ
その頃の師匠 ジークの嫁問題にキレる 2
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地方の安宿の食堂に王女が現れては大騒ぎになるので(すでに気づいた客もいたが騎士たちが追っ払い)、王女が乗ってきた馬車に移動するよう、先ほどの年嵩の騎士に乞われて渋々移動したクロヴィスは、車内で王女と二人きりでの対話に付き合わされた。
王女曰く、ジークが大魔法使いとその弟子を担ぎ出してきたと聞いたときからずっと、大魔法使いことクロヴィスに尋ねたいことがあって、捜させていたのだという。
しかし。その『尋ねたいこと』を聞き始めて早々、クロヴィスはげんなりしていた。
「ですからね、グレゴワール様。ジークムント様ほど、わたくしの伴侶として相応しい方はいないのです。わたくしは、あの方の身分や財産をあてにするほかの令嬢たちとは違います。なぜって魂が呼び合っているのですから! だからこそ、わたくしたちは出会ったのです!」
「へー」
「なのに強欲な貴族たちは、わたくしたちの仲を裂こうとします。ええ、そうですとも。我欲のためだけに、真実の愛を砕こうというのです! あまりに障害が大きいゆえに、あの方はわたくしを傷つけまいと、『私は今、任務以外は頭にない……結婚する気もありません……』などと仰ったのですわ!」
自分で自分の言葉に感情を昂らせ、レースのハンカチを握る手を震わせ始めた王女に、クロヴィスは「で?」と問うた。
「結論を言え。俺になんの用なのかを」
「そ、そうですわね。そうですとも。わたくしは彼の伝説の大魔法使いであるグレゴワール様に、お尋ねしたいことがあるのです。あなた様なら誇りにかけて、真実を教えてくださることでしょう!」
「だからなんなんだ」
「……ジークムント様の本命は、あなた。――というのは、ただの噂ですわよね?」
クロヴィスは実に何十年かぶりに、言葉を失うという経験をした。
「…………は?」
たっぷり間をあけて訊き返すと、王女は「やはり」と首肯する。
「ご存知ないのですね。まさかとは思いますが図星ゆえ動転されているわけではありませんわね? ともかく社交界では今、その噂がまことしやかに流れております。わたくしたち――あ、いえ。ジークムント様に振り向いていただけない令嬢たちは皆、『なぜわたくしの想いに応えてくださらないのか』という疑問を抱き続けておりました。そこへ、あなたです。ジークムント様が自らお連れした、あなた」
王女は薔薇色の唇を噛んだ。
「『この世の者とも思えぬほど美しい方』と、あなたを目にした者たちは口をそろえましたわ。でもまさか、グレゴワール様といえばご高齢のはずで――あ、失礼を。でもそうですわよね? 何を馬鹿なと思っていたのですけれど……実際にこうしてお会いしてみれば、本当に……お美しい方……! ご高齢だなんて、とても思えない……っ」
王女の手の中でレースのハンカチが音を立てて裂けたが、気にする様子もなく。勝ち気そうな瞳をまっすぐこちらに向けて、訴えてきた。
「どうか正直に仰ってくださいませ、グレゴワール様! あなた様とジークムント様は、愛し合っていらっしゃるのですかっ!? ですからあの方は頑なに、わたくしたちとの結婚を拒むのですか!?」
――目の前にいるのが女性でなければ、クロヴィスは全力で手刀を振り下ろしていただろう。
それができないので、頭の中でジークの頭に手刀を連打しまくった。
彼が嫁問題で揉めようとどうでもいい。揉めたきゃ揉めろ。
だがなぜそこに自分の名前が出る?
なぜこの歳になって、宮廷の恋愛沙汰に巻き込まれているのか。
自分がジークと愛し合っているせいで令嬢たちの縁談がまとまらないなんて、どこをどうすればそんなトンデモ思考が生ずるのだ。
こんな阿呆な醜聞を聞いたら、アカデミー派の者たちは腹を抱えて笑うだろう。
(あのカメムシ、嫁問題に俺を巻き込みやがって……!)
衝撃と怒りをどうにか乗り越えたクロヴィスは、この落とし前は必ずつけさせると胸中に刻みつつ、心の底から真剣ですという顔で王女を見つめた。
「――王女よ。あの男を信じぬことだ。あの男の誠実さは仮面。俺もだまされていた……」
「ど、どういうことですの?」
「あの男の正体は……ムッツリスケベの権化。その証拠に奴は、集歌の巡礼という神聖なる職務に、気に入りの情人を二人も同行させている!」
「なんですって!? そんな馬鹿な! そんな方ではありませんわっ」
クロヴィスはフフンと鼻で嗤った。
「ならば情人たちの名を教えてやるから、追って確かめてみろ。ひとりはディートリンデ。もうひとりはヘンリエッテだ」
「ディートリンデと、ヘンリエッテ……‼ いえ、まさか。嘘よ……」
ブツブツ呟き出した王女に、「北に向かったと見せかけて、南の街で情事に耽っている」と、いい加減な追加情報を吹き込んだところで、クロヴィスはさっさと馬車から降りた。
(ざまあみろカメムシ!)
……自分も充分、阿呆なことをしたという事実には、気づかぬフリをしたクロヴィスだった。
王女曰く、ジークが大魔法使いとその弟子を担ぎ出してきたと聞いたときからずっと、大魔法使いことクロヴィスに尋ねたいことがあって、捜させていたのだという。
しかし。その『尋ねたいこと』を聞き始めて早々、クロヴィスはげんなりしていた。
「ですからね、グレゴワール様。ジークムント様ほど、わたくしの伴侶として相応しい方はいないのです。わたくしは、あの方の身分や財産をあてにするほかの令嬢たちとは違います。なぜって魂が呼び合っているのですから! だからこそ、わたくしたちは出会ったのです!」
「へー」
「なのに強欲な貴族たちは、わたくしたちの仲を裂こうとします。ええ、そうですとも。我欲のためだけに、真実の愛を砕こうというのです! あまりに障害が大きいゆえに、あの方はわたくしを傷つけまいと、『私は今、任務以外は頭にない……結婚する気もありません……』などと仰ったのですわ!」
自分で自分の言葉に感情を昂らせ、レースのハンカチを握る手を震わせ始めた王女に、クロヴィスは「で?」と問うた。
「結論を言え。俺になんの用なのかを」
「そ、そうですわね。そうですとも。わたくしは彼の伝説の大魔法使いであるグレゴワール様に、お尋ねしたいことがあるのです。あなた様なら誇りにかけて、真実を教えてくださることでしょう!」
「だからなんなんだ」
「……ジークムント様の本命は、あなた。――というのは、ただの噂ですわよね?」
クロヴィスは実に何十年かぶりに、言葉を失うという経験をした。
「…………は?」
たっぷり間をあけて訊き返すと、王女は「やはり」と首肯する。
「ご存知ないのですね。まさかとは思いますが図星ゆえ動転されているわけではありませんわね? ともかく社交界では今、その噂がまことしやかに流れております。わたくしたち――あ、いえ。ジークムント様に振り向いていただけない令嬢たちは皆、『なぜわたくしの想いに応えてくださらないのか』という疑問を抱き続けておりました。そこへ、あなたです。ジークムント様が自らお連れした、あなた」
王女は薔薇色の唇を噛んだ。
「『この世の者とも思えぬほど美しい方』と、あなたを目にした者たちは口をそろえましたわ。でもまさか、グレゴワール様といえばご高齢のはずで――あ、失礼を。でもそうですわよね? 何を馬鹿なと思っていたのですけれど……実際にこうしてお会いしてみれば、本当に……お美しい方……! ご高齢だなんて、とても思えない……っ」
王女の手の中でレースのハンカチが音を立てて裂けたが、気にする様子もなく。勝ち気そうな瞳をまっすぐこちらに向けて、訴えてきた。
「どうか正直に仰ってくださいませ、グレゴワール様! あなた様とジークムント様は、愛し合っていらっしゃるのですかっ!? ですからあの方は頑なに、わたくしたちとの結婚を拒むのですか!?」
――目の前にいるのが女性でなければ、クロヴィスは全力で手刀を振り下ろしていただろう。
それができないので、頭の中でジークの頭に手刀を連打しまくった。
彼が嫁問題で揉めようとどうでもいい。揉めたきゃ揉めろ。
だがなぜそこに自分の名前が出る?
なぜこの歳になって、宮廷の恋愛沙汰に巻き込まれているのか。
自分がジークと愛し合っているせいで令嬢たちの縁談がまとまらないなんて、どこをどうすればそんなトンデモ思考が生ずるのだ。
こんな阿呆な醜聞を聞いたら、アカデミー派の者たちは腹を抱えて笑うだろう。
(あのカメムシ、嫁問題に俺を巻き込みやがって……!)
衝撃と怒りをどうにか乗り越えたクロヴィスは、この落とし前は必ずつけさせると胸中に刻みつつ、心の底から真剣ですという顔で王女を見つめた。
「――王女よ。あの男を信じぬことだ。あの男の誠実さは仮面。俺もだまされていた……」
「ど、どういうことですの?」
「あの男の正体は……ムッツリスケベの権化。その証拠に奴は、集歌の巡礼という神聖なる職務に、気に入りの情人を二人も同行させている!」
「なんですって!? そんな馬鹿な! そんな方ではありませんわっ」
クロヴィスはフフンと鼻で嗤った。
「ならば情人たちの名を教えてやるから、追って確かめてみろ。ひとりはディートリンデ。もうひとりはヘンリエッテだ」
「ディートリンデと、ヘンリエッテ……‼ いえ、まさか。嘘よ……」
ブツブツ呟き出した王女に、「北に向かったと見せかけて、南の街で情事に耽っている」と、いい加減な追加情報を吹き込んだところで、クロヴィスはさっさと馬車から降りた。
(ざまあみろカメムシ!)
……自分も充分、阿呆なことをしたという事実には、気づかぬフリをしたクロヴィスだった。
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