ドラゴン☆マドリガーレ

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第3唱 歌い手

ややこしいことに

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 ラピスはゴクリと唾を飲み込んだけれど、窓外を睨んでいたジークがスッと殺気と構えを解いて呟いた。

「――うちの部下だ」

 一気に場の空気が緩んだ。同じく柄に手をかけていた騎士も腕をおろし、ラピスを守るように立っていたディードも「よかった」と笑顔になる。

 ほどなくして、ラピスの護衛になるべく王都へ追加の登録申請に行っていた騎士二人が、狩猟小屋に入ってきた。ここに今日ラピスたちが泊まる予定であることは知らされていたらしい。
 ラピスはてっきり、登録完了の報告と共に合流しに来たのかと思ったのだが、彼らはそろって困り顔で切り出した。

「団長、すみません。ややこしいことになってしまいました……」

 言い終えぬうちに、新たに二人の人物が、雨粒を払いながら入ってきた。
 ひとりはジークと同い年くらいの青年騎士で……

「ひゃ~びしょ濡れです。みぞれが混じってきましたよ、団長!」

 ジークほどではないが長身で甘いマスク。その垂れ目がちの瞳がラピスを捉えて、親し気ににっこり笑ったので、ラピスもにこにこ笑い返した。

 もうひとりはディードと同じくらいの背格好の少年だが、こちらは騎士団の制服を着ていない。不機嫌そうに室内を見渡し、並んで立つラピスやディードと目が合うと、あからさまに眉根を寄せた。
 その口が、ディード、と動く。

(ん? ディードのお友達かな?)

 ラピスが見上げた先、ディードも「ヘンリック」と呟いて相手を見返している。
 けれどその表情は、彼がこんな顔をするのかと驚くほど、冷たかった。 

 ラピスが二人の来訪者とディードを交互に見ながらきょときょとしていると、ジークが何かを言いかけた。が、先に声を発したのはディードだった。

「どうしてここにヘンリックがいるのか、説明していただけますか? ギュンターさん」

 口調は丁寧だが、声は氷雨ほど冷たい。
 ヘンリックと呼ばれた少年が顔を赤くして「おい!」と進み出たのを、ギュンターというらしき甘いマスクの騎士が、「まあまあ」と肩を押さえて制した。 

「もちろん事情は説明するが、まずは熱いお茶でも飲ませてくれ。おっ! ちょうど湯が沸いてるじゃないか」
「なら、ぼくは先に湯浴みをする。お前はお茶を用意しとけ、ディード」

 褐色の肌に金茶の髪が映える少年は、緑色の瞳に挑戦的な光を浮かべてディードを見た。しかしディードも彼の鼻先まで歩み寄って嘲笑を浮かべる。

「お前に使わせる湯なんか、一滴もない」
「なんだと!」
「それはラピスが沸かしてくれた湯だ。彼に最初に使わせるのが筋だろう」
「ラピスぅ?」

 胡乱うろんなものを見る目で、ヘンリックがラピスをじろじろ見下ろしてきた。
 ようやく口を挟む機会ができたので、ラピスもにっこり笑って見つめ返す。

「こんばんは、はじめまして! 僕はラピス・グレゴワールといいます!」

 挨拶すると、ヘンリックはちょっとたじろいだように見えた。が、すぐに「フン」と濡れた外套を脱ぎ、手近な椅子に投げつける。

「こんなチビが大魔法使いの名代? 冗談だろ。本気で信じてるのか、ディード」
「――喧嘩を売りに来たなら買ってやるから、その前にラピスに謝罪しろ」

 唸るようなディードの声。
 険悪な雰囲気に、(きっとこのヘンリックという人は、疲れてちょっぴり不機嫌になっちゃったんだ)と考えたラピスは、「そうだ!」と名案を思いついた。
 にらみ合っていた二人が、同時にこちらを見る。

「二人で一緒に、湯浴みをしてきたら?」
「はあ!?」
「疲れが取れてスッキリしたら、きっと仲直りできるよ~」
「何言ってんのこのチビは! この流れで一緒に湯浴みするわけないだろ!? 馬鹿なの!?」

 声を上げているのはヘンリックばかりで、ディードはポカンと口をあけてラピスを見ていたが、「……ラピスって……」と呟くや、急にプッと吹き出した。
 ラピスは小首をかしげたが、気づけばジーク以外の騎士たちもクックッと笑っていて、目を細めたギュンターが「なんて平和なんだ」とラピスを見る。

「国宝級の邪気の無さ。見てるだけで疲れが吹き飛んじゃう」

 きょとんとしているラピスの肩をポンポン叩いたディードが、再びヘンリックに向き直った。

「馬鹿はお前だヘンリック。勝負に負けたくせに、なぜここにいるんだ? お前にはラピスをどうこう言う資格はない」
「それはっ!」

 また口論になりかけたところで、ギュンターが「はいヤメ」とあいだに入った。
 ヘンリックはなおも続けようとしていたが、山のごとく動かなかったジークがおもむろに片腕を上げたので、ビクッと口を閉じる。
 ジークは隣の部屋を指差した。

「ラピス。隣の部屋の暖炉にも火を入れておいたから、部屋が暖まったら湯浴みをするといい……ほかの者は、そのあとだ……」

 団長の鶴の一声。
「はっ!」と一同が敬礼し――ラピスはポヤ~と見ていただけだが――諸々の話し合いは、夕食の席までお預けとなった。
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