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第3唱 歌い手
母の形見
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その後クロヴィスはジークと、今後のラピスの護衛について話し込んでいた。
ジークが心配しているのは、ラピスが歌い手でもあると判明した上、早くも古竜と遭遇したのが知れ渡ること――らしい。
それの何が問題なのかわからないラピスに、ディードが「俺もさっき団長から聞いて思い出したんだけど」と教えてくれた。
「前に月殿の祭司が言ってた。この国の歌い手は、グレゴワール様が現れるまで三百年間、不在だったんだって。そのくらい、歌い手っていうのは聴き手よりさらに貴重なんだよ」
「わぁ、さすがお師匠様!」
「ラピスもだろ」
苦笑されて、「あ、そうか」と気づいた。
自分が特別扱いされることに、ラピスはまったく慣れない。
「だからさ、ラピスを狙う不届き者が増えるかもって団長は用心してる。あ、でも安心しろよ? ラピスには精鋭揃いで知られる第三騎士団の頂点である団長と、大魔法使いがついてるんだから。けど念には念を入れて護衛しないとな」
宝ものを見るみたいな目をされて、本当に困ってしまった。
ラピスはただ、竜の歌を集めて、世界の役に立てたら嬉しいだけなのに。
……いや。実は、師匠の悪評を払拭したいという野望も、同じくらい強いのだが。
「ラピス」
話し合いが終わったのか、クロヴィスが歩み寄ってきた。
ディードは仕事があるらしく、入れ違いにジークのところへ戻っていった。
クロヴィスはラピスが腰かけている倒木に並んで座り、手を差し出してきた。
「これも持って行け」
渡されたのは、母の形見の小箱だった。
ラピスの片手にのるほど小さいそれには、元は耳飾りが入っていた。
母の形見の品は、あらかた継母たちの手に渡ったり売られたりしている。
この小箱に入っていた耳飾りもディアナが持って行ってしまったが、素朴な彫り物が施されただけのこの木箱には興味を示さず、どうにかラピスの手元に残った。
カーレウムの家から持ってきた数少ないもののひとつで、愛着はあるが、旅には必要最低限の荷物だけと決めて、師の家に置いてきたのだけれど。
「あの、どうしてですか?」
「うーん、わからん」
「わからんのですか?」
目をぱちくりして見つめ返すと、端整な顔が苦笑を浮かべてうなずく。
「そのほうが良い気がして。勘だ。大魔法使いの勘だから、信じて持っておけ」
「おおぉ……勘! なんだかかっこいいです、お師匠様! じゃあ僕、これも持って行きますっ」
「ああ。それからな、竜の書を見てみろ」
言われて、ハッとした。
あわてて鞄をひらき、携帯用に小さくしておいた竜の書を取り出すと、両手の大きさくらいに戻した。そうしてドキドキしながら頁をめくると……
一番新しい頁に、金色の文字が浮かび上がっていた。
「ふわあ……」
金色の文字はふわふわと、紙の上に浮き上がっている。文字が起き上がって踊り出したみたいに。金色のリボンのように揺れながら、先刻の古竜の歌を再現していた。
「きれいぃ……綺麗ですね、お師匠様っ。文字も歌ってるみたいです!」
「そうだな」
「あれ? お師匠様の竜の書はどうなってるのですか? 一緒に聴いたということは……」
微笑んだクロヴィスが自分の書も取り出してひらいてくれた。
そこにも同じ、踊る金色の文字。
「おそろいだっ! ほら、おそろいですよお師匠様っ! 一緒に聴いたから、ちゃんと二人とも『最初に解いた』ことになるのですねっ」
「そうだな。俺もこれは初体験だ。誰かと一緒に古竜の歌を解いたことなど、これまでなかったから……」
初めての金色の文字が、大好きな師匠とおそろい。
嬉しくて嬉しくて、ラピスは何度も何度も二冊の書を見比べ、踊る文字に手を伸ばしてみた。
文字はよくよく気をつけてみると感触がある。やわらかな猫の毛みたいに、手のひらをくすぐる程度の。その手触りも楽しくて声を上げて笑うと、頭を大きな手で撫でられた。
「ラピんこの武器は、その笑顔だな」
「武器?」
「母御も、お前の笑った顔が好きだったろう。早くに別れると覚悟していたならなおさら、呪いや呪法の話なんて、したくなかっただろう」
ジークが心配しているのは、ラピスが歌い手でもあると判明した上、早くも古竜と遭遇したのが知れ渡ること――らしい。
それの何が問題なのかわからないラピスに、ディードが「俺もさっき団長から聞いて思い出したんだけど」と教えてくれた。
「前に月殿の祭司が言ってた。この国の歌い手は、グレゴワール様が現れるまで三百年間、不在だったんだって。そのくらい、歌い手っていうのは聴き手よりさらに貴重なんだよ」
「わぁ、さすがお師匠様!」
「ラピスもだろ」
苦笑されて、「あ、そうか」と気づいた。
自分が特別扱いされることに、ラピスはまったく慣れない。
「だからさ、ラピスを狙う不届き者が増えるかもって団長は用心してる。あ、でも安心しろよ? ラピスには精鋭揃いで知られる第三騎士団の頂点である団長と、大魔法使いがついてるんだから。けど念には念を入れて護衛しないとな」
宝ものを見るみたいな目をされて、本当に困ってしまった。
ラピスはただ、竜の歌を集めて、世界の役に立てたら嬉しいだけなのに。
……いや。実は、師匠の悪評を払拭したいという野望も、同じくらい強いのだが。
「ラピス」
話し合いが終わったのか、クロヴィスが歩み寄ってきた。
ディードは仕事があるらしく、入れ違いにジークのところへ戻っていった。
クロヴィスはラピスが腰かけている倒木に並んで座り、手を差し出してきた。
「これも持って行け」
渡されたのは、母の形見の小箱だった。
ラピスの片手にのるほど小さいそれには、元は耳飾りが入っていた。
母の形見の品は、あらかた継母たちの手に渡ったり売られたりしている。
この小箱に入っていた耳飾りもディアナが持って行ってしまったが、素朴な彫り物が施されただけのこの木箱には興味を示さず、どうにかラピスの手元に残った。
カーレウムの家から持ってきた数少ないもののひとつで、愛着はあるが、旅には必要最低限の荷物だけと決めて、師の家に置いてきたのだけれど。
「あの、どうしてですか?」
「うーん、わからん」
「わからんのですか?」
目をぱちくりして見つめ返すと、端整な顔が苦笑を浮かべてうなずく。
「そのほうが良い気がして。勘だ。大魔法使いの勘だから、信じて持っておけ」
「おおぉ……勘! なんだかかっこいいです、お師匠様! じゃあ僕、これも持って行きますっ」
「ああ。それからな、竜の書を見てみろ」
言われて、ハッとした。
あわてて鞄をひらき、携帯用に小さくしておいた竜の書を取り出すと、両手の大きさくらいに戻した。そうしてドキドキしながら頁をめくると……
一番新しい頁に、金色の文字が浮かび上がっていた。
「ふわあ……」
金色の文字はふわふわと、紙の上に浮き上がっている。文字が起き上がって踊り出したみたいに。金色のリボンのように揺れながら、先刻の古竜の歌を再現していた。
「きれいぃ……綺麗ですね、お師匠様っ。文字も歌ってるみたいです!」
「そうだな」
「あれ? お師匠様の竜の書はどうなってるのですか? 一緒に聴いたということは……」
微笑んだクロヴィスが自分の書も取り出してひらいてくれた。
そこにも同じ、踊る金色の文字。
「おそろいだっ! ほら、おそろいですよお師匠様っ! 一緒に聴いたから、ちゃんと二人とも『最初に解いた』ことになるのですねっ」
「そうだな。俺もこれは初体験だ。誰かと一緒に古竜の歌を解いたことなど、これまでなかったから……」
初めての金色の文字が、大好きな師匠とおそろい。
嬉しくて嬉しくて、ラピスは何度も何度も二冊の書を見比べ、踊る文字に手を伸ばしてみた。
文字はよくよく気をつけてみると感触がある。やわらかな猫の毛みたいに、手のひらをくすぐる程度の。その手触りも楽しくて声を上げて笑うと、頭を大きな手で撫でられた。
「ラピんこの武器は、その笑顔だな」
「武器?」
「母御も、お前の笑った顔が好きだったろう。早くに別れると覚悟していたならなおさら、呪いや呪法の話なんて、したくなかっただろう」
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