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第3唱 歌い手
師匠、怒る
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静かに、冷淡に。だからこそクロヴィスの怒りの強さが伝わった。
まるで冷たく這い寄る青い炎。きっと返答次第で火口となって、爆炎が騎士たちに襲いかかる。
ラピスはあわてて、抱きついたまま師に訴えた。
「違うのです、お師匠様っ! ジークさんたちは何も悪くないのです、僕が勝手に」
「――こいつらが泣かせたわけではないと、わかっている」
「え」
ラピスだけでなく、ディードや(ジーク以外の)ほかの騎士たちからも、「え」の声が漏れた。
クロヴィスはフンと顎を上げ、ギラリと騎士たちを睨みつける。
「しかし俺の弟子を泣かせるような事態を招いたこと自体が腹立たしい。こいつを泣かせた世界すべてが腹立たしい。よってお前ら全員、腹立たしい。ムカつく」
「えええええっ!」
騎士たちが情けない声を上げた。「それって八つ当たり……」と漏らしたディードは隻眼にギロリと睨まれ、あわてて口を閉じる。
ラピスはぽかんと師の顔を見上げていたが、そのうちクスクス笑いがこぼれて止まらなくなった。
(ああ、お師匠様だ。お師匠様だっ)
笑いながら、さらにぎゅうっと抱きつくと、腰をかがめて抱き返してくれる。
さっきまでの、暗い穴に落ちてしまったようなやるせなさは、すっかりどこかへ消えてしまった。
「お師匠様、それでは騎士さんたちがお気の毒です。申しわけないです。みんなとても優しいのです」
「何も可哀想じゃない。お前を守るのがこいつらの仕事だ、傷つけてどうする」
「違うのです、僕はえっと、竜からびっくりすることを聴いて、それで」
「竜から? ……ってことはやっぱり、こいつらが悪いんだな?」
またも「えええーっ!」と騎士たちの嘆きの声が上がる。
「なんでそうなるのですか!?」
「高名な大魔法使い様と会えたと思ったら、めちゃくちゃだ!」
「しっ! 倍にして怒られますよっ」
ディードの忠告に騎士たちはぐっと黙り込んだが、ジークのみ、クロヴィスの隣に進み出て、頭を下げた。
「……面目ない。申しわけない……」
ジークはまったく悪くないのに。
クロヴィスもそれはわかっているようだが、結局ラピスのせいで頭を下げさせてしまった。笑いを引っ込めておろおろしていると、長い腕に抱き上げられる。
すぐ目の前まで近づいた端整な顔に、静かに問われた。
「何があった?」
森の中を歩きながらラピスがことの次第を報告すると、「なるほどな」とため息のような声が返ってきた。
ラピスは師の顔を見上げたまま歩いていたので、ポコッと突き出た木の根に足をとられて転びそうになり、あわてたクロヴィスにつないだ手を引っ張り上げられてこと無きを得た。
「お前はほんとに危なっかしいな!」
「えへへ」
助けてくれると思っているから安心してよそ見ができるのだけれど、それはまだ秘密にしておく。
穏やかな日差しの中、少なくなった板谷楓の黄葉が、はらりはらりと舞い落ちてきた。クロヴィスはつないでいないほうの手のひらで、それを受け取る。
「歌い手誕生を祝して、冠を授けよう」
「歌い手?」
「そうとも」
大きな黄葉を頭にのせられて、ラピスがきゃっきゃと声を上げて笑うと、クロヴィスも月の光のように微笑んだ。
「竜言語で歌える魔法使いは、歌い手と呼ばれる。歌い手は当然、聴き手の名手でもあり、聴き手の才のみの魔法使いよりずーっとずーっと少ない。もちろん俺も歌えるが。とにかく、よくやったな。すごいぞラピんこ」
「ほわあぁ。お師匠さまのおかげですっ!」
「いや、どちらかと言うとラピんこの母御のおかげだろう」
木立ちのずっと向こうにジークたちの姿が見えるが、自分がいるから大丈夫だというクロヴィスの言葉に従い、二人きりにさせてくれている。
ラピスは竜から聴いた話を改めて噛みしめた。
「お師匠様。母様も歌い手で、そして呪われたっていうのは……」
「ああ。その件はとりあえず放置しとけ」
「えっ、放っとくのですかっ? だって呪いは……前にお師匠様も、竜から呪法の警告を受けたって、調べなきゃって、言ってましたよね?」
そう。その話を教わったとき、やけに胸騒ぎがしたのをおぼえている。
あれはもしかすると心のどこかで、母の死に呪いが関係していたと、感じていたのだろうか。
そういえば、あのときクロヴィスは、こうも言った。
『竜の本には、呪法に対抗しようとして敗れ、殺された者たちも山ほど記録されている』と。
もしかするとその中に、母の名前が――
そう口にしかけたら、久々に手刀をポフッと頭に下ろされた。
「あたっ」
「痛くない」
「はい、痛くありません!」
「あのな。呪法に関することは、すでにひと通り調べている。だが竜の本の記録にお前の母御の名はないし、お前の参加登録で王都に行ったときアカデミーの過去の記録も見たが、そこにもルビア嬢の名はなかった」
「えっ。そんなことまで調べていたのですか!?」
驚いた。あの日は確かにアカデミーの建物に入ったし、大図書館も見学したけれど……いつのまにそんな調べものをしていたのだろう。
まるで冷たく這い寄る青い炎。きっと返答次第で火口となって、爆炎が騎士たちに襲いかかる。
ラピスはあわてて、抱きついたまま師に訴えた。
「違うのです、お師匠様っ! ジークさんたちは何も悪くないのです、僕が勝手に」
「――こいつらが泣かせたわけではないと、わかっている」
「え」
ラピスだけでなく、ディードや(ジーク以外の)ほかの騎士たちからも、「え」の声が漏れた。
クロヴィスはフンと顎を上げ、ギラリと騎士たちを睨みつける。
「しかし俺の弟子を泣かせるような事態を招いたこと自体が腹立たしい。こいつを泣かせた世界すべてが腹立たしい。よってお前ら全員、腹立たしい。ムカつく」
「えええええっ!」
騎士たちが情けない声を上げた。「それって八つ当たり……」と漏らしたディードは隻眼にギロリと睨まれ、あわてて口を閉じる。
ラピスはぽかんと師の顔を見上げていたが、そのうちクスクス笑いがこぼれて止まらなくなった。
(ああ、お師匠様だ。お師匠様だっ)
笑いながら、さらにぎゅうっと抱きつくと、腰をかがめて抱き返してくれる。
さっきまでの、暗い穴に落ちてしまったようなやるせなさは、すっかりどこかへ消えてしまった。
「お師匠様、それでは騎士さんたちがお気の毒です。申しわけないです。みんなとても優しいのです」
「何も可哀想じゃない。お前を守るのがこいつらの仕事だ、傷つけてどうする」
「違うのです、僕はえっと、竜からびっくりすることを聴いて、それで」
「竜から? ……ってことはやっぱり、こいつらが悪いんだな?」
またも「えええーっ!」と騎士たちの嘆きの声が上がる。
「なんでそうなるのですか!?」
「高名な大魔法使い様と会えたと思ったら、めちゃくちゃだ!」
「しっ! 倍にして怒られますよっ」
ディードの忠告に騎士たちはぐっと黙り込んだが、ジークのみ、クロヴィスの隣に進み出て、頭を下げた。
「……面目ない。申しわけない……」
ジークはまったく悪くないのに。
クロヴィスもそれはわかっているようだが、結局ラピスのせいで頭を下げさせてしまった。笑いを引っ込めておろおろしていると、長い腕に抱き上げられる。
すぐ目の前まで近づいた端整な顔に、静かに問われた。
「何があった?」
森の中を歩きながらラピスがことの次第を報告すると、「なるほどな」とため息のような声が返ってきた。
ラピスは師の顔を見上げたまま歩いていたので、ポコッと突き出た木の根に足をとられて転びそうになり、あわてたクロヴィスにつないだ手を引っ張り上げられてこと無きを得た。
「お前はほんとに危なっかしいな!」
「えへへ」
助けてくれると思っているから安心してよそ見ができるのだけれど、それはまだ秘密にしておく。
穏やかな日差しの中、少なくなった板谷楓の黄葉が、はらりはらりと舞い落ちてきた。クロヴィスはつないでいないほうの手のひらで、それを受け取る。
「歌い手誕生を祝して、冠を授けよう」
「歌い手?」
「そうとも」
大きな黄葉を頭にのせられて、ラピスがきゃっきゃと声を上げて笑うと、クロヴィスも月の光のように微笑んだ。
「竜言語で歌える魔法使いは、歌い手と呼ばれる。歌い手は当然、聴き手の名手でもあり、聴き手の才のみの魔法使いよりずーっとずーっと少ない。もちろん俺も歌えるが。とにかく、よくやったな。すごいぞラピんこ」
「ほわあぁ。お師匠さまのおかげですっ!」
「いや、どちらかと言うとラピんこの母御のおかげだろう」
木立ちのずっと向こうにジークたちの姿が見えるが、自分がいるから大丈夫だというクロヴィスの言葉に従い、二人きりにさせてくれている。
ラピスは竜から聴いた話を改めて噛みしめた。
「お師匠様。母様も歌い手で、そして呪われたっていうのは……」
「ああ。その件はとりあえず放置しとけ」
「えっ、放っとくのですかっ? だって呪いは……前にお師匠様も、竜から呪法の警告を受けたって、調べなきゃって、言ってましたよね?」
そう。その話を教わったとき、やけに胸騒ぎがしたのをおぼえている。
あれはもしかすると心のどこかで、母の死に呪いが関係していたと、感じていたのだろうか。
そういえば、あのときクロヴィスは、こうも言った。
『竜の本には、呪法に対抗しようとして敗れ、殺された者たちも山ほど記録されている』と。
もしかするとその中に、母の名前が――
そう口にしかけたら、久々に手刀をポフッと頭に下ろされた。
「あたっ」
「痛くない」
「はい、痛くありません!」
「あのな。呪法に関することは、すでにひと通り調べている。だが竜の本の記録にお前の母御の名はないし、お前の参加登録で王都に行ったときアカデミーの過去の記録も見たが、そこにもルビア嬢の名はなかった」
「えっ。そんなことまで調べていたのですか!?」
驚いた。あの日は確かにアカデミーの建物に入ったし、大図書館も見学したけれど……いつのまにそんな調べものをしていたのだろう。
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