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第3唱 歌い手
竜言語の歌
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ラピスはこれまで、竜に会いたいときは偶然の飛来を待つばかりだった。
けれど幼竜を保護したときは、ちょっと違った。
幼竜を保護してくれる成竜が来てくれるよう願ったら、本当にその願いに即した竜が来てくれたのだ。
(でもあれだって、たぶん偶然だし……)
偶然でなく、竜に対して能動的に訴えるには、どうしたらいいのだろう? 具体的な方法はあるのだろうか。
考えるうち、無意識にフンフン口ずさんでいた歌が止まった。
「――あ。そうか」
歌だ。
幼竜を保護したとき、その寸前に聴いた竜の歌を真似ていた。
そしたら、幼竜が自分から姿を現してくれたのだ。
「だから、歌かぁ……!」
クロヴィスは言っていた。
『適当でいいから、竜の歌を真似てみろ』と。
理由を尋ねたら、『いつまでたってもわからないようなら教えてやるが、お前ならわかる』そう言われたのだ。
あのとき、クロヴィスが教えたかったこと。
それはきっと、自分の意思を竜に伝える方法。
ということは、竜の歌を真似て……
「うーん。違うかも」
真似るだけでは、自分の意思を伝えることにはならない。それでは竜の言ったことをオウム返しにしただけ。真似した歌で幼竜が出てきてくれたのは、竜言語を聴いて安心したからだろう。
「ん? 竜言語……そうかぁ、竜言語っ!」
「ら、ラピス? どうした?」
「大丈夫なのか、あの子。だいぶ疲れてるんじゃないのか」
ひとりで歌ったり考え込んだり声を上げたりするラピスを心配するディードや騎士たちの声も、耳を素通りしていく。
竜の歌を解くことができる。
竜言語を解する。
ならば竜言語で歌うこともできるだろう。
クロヴィスが言いたかったのは、そういうことではあるまいか。
そしてそれはたぶん、自分で学ぶしかない言語なのだ。
人の言の葉のように文法があるわけでなく、定まった単語すらない。
木々や花や空を見て「綺麗だな」と感じるように、歌を心に受け入れることで、相手の伝えたいことを感じとる。
それが『解く』ということ。
ならば、竜言語で歌うには――
そう。これまで竜たちが聴かせてくれた、とりどりの歌の中から、竜たちが好みそうな旋律を――ちゃんと歌の内容にも寄り添うものを、選んで。
そして竜たちのように、定められた単語も文法もない世界で、心そのものを溶け込ませた『言語』を添える。
ラピスは、すうっと大きく息を吸い込んだ。
秋の匂いの澄み切った大気が、躰の内を満たし、清めていく。
その口から、青空に向かって、竜の歌が舞い上がった。
☆ ☆ ☆
ディードにとって、竜は遠い存在だった。
本当に大好きなのに、姿を拝むことすらできない相手だった。
王都で生まれ育ったから、ドラコニア・アカデミーには馴染みがある。
けれど魔法使いや聴き手が山ほどいるわりに、上空を竜が飛んでいるところなど見たことがない。
ジーク直属の騎士見習いになってからは、彼に同行して地方も回った。
だが竜が好むという山や森、水辺、草原、そして空。どこで見渡そうと竜はいなかった。
ただ一度、小指の大きさほどにしか見えない遠くの空で、瞬く間に雲の中へと消えていくのを見たことならあるが、それこそ『遠い』存在に変わりはない。
だからこそ、数々の古竜の知識を集めたという大魔法使い、クロヴィス・グレゴワール卿のすごさがわかるし(性格は話に聞いていた以上にアレだったが、噂されるような悪人ではないとわかったし)、彼が暮らす家を訪ねたとき、「地竜から話を聞いてきた」という弟子が突然現れたときには、度肝を抜かれた。
正直、「本当だろうか」と疑いそうになった。
しかしそんな気持ちは、ラピスの無垢な性格と、クロヴィス家の上空を屋根スレスレの高さで飛び去って行った飛竜の前に、吹っ飛んだ。
あの力強い巨躯。手触りまで伝わりそうな、生々しい灰白色の腹。
大気を震わせる巨翼のはためきと、腹の底まで響く声。
嵐のような強風が連れて来た雨が、去り行く竜のあとへとつき従っていく光景。
あれほどの感動を味わうことは、きっとこの先二度とない。そう思っていた。
――たった今、ラピスの歌を聴くまでは。
けれど幼竜を保護したときは、ちょっと違った。
幼竜を保護してくれる成竜が来てくれるよう願ったら、本当にその願いに即した竜が来てくれたのだ。
(でもあれだって、たぶん偶然だし……)
偶然でなく、竜に対して能動的に訴えるには、どうしたらいいのだろう? 具体的な方法はあるのだろうか。
考えるうち、無意識にフンフン口ずさんでいた歌が止まった。
「――あ。そうか」
歌だ。
幼竜を保護したとき、その寸前に聴いた竜の歌を真似ていた。
そしたら、幼竜が自分から姿を現してくれたのだ。
「だから、歌かぁ……!」
クロヴィスは言っていた。
『適当でいいから、竜の歌を真似てみろ』と。
理由を尋ねたら、『いつまでたってもわからないようなら教えてやるが、お前ならわかる』そう言われたのだ。
あのとき、クロヴィスが教えたかったこと。
それはきっと、自分の意思を竜に伝える方法。
ということは、竜の歌を真似て……
「うーん。違うかも」
真似るだけでは、自分の意思を伝えることにはならない。それでは竜の言ったことをオウム返しにしただけ。真似した歌で幼竜が出てきてくれたのは、竜言語を聴いて安心したからだろう。
「ん? 竜言語……そうかぁ、竜言語っ!」
「ら、ラピス? どうした?」
「大丈夫なのか、あの子。だいぶ疲れてるんじゃないのか」
ひとりで歌ったり考え込んだり声を上げたりするラピスを心配するディードや騎士たちの声も、耳を素通りしていく。
竜の歌を解くことができる。
竜言語を解する。
ならば竜言語で歌うこともできるだろう。
クロヴィスが言いたかったのは、そういうことではあるまいか。
そしてそれはたぶん、自分で学ぶしかない言語なのだ。
人の言の葉のように文法があるわけでなく、定まった単語すらない。
木々や花や空を見て「綺麗だな」と感じるように、歌を心に受け入れることで、相手の伝えたいことを感じとる。
それが『解く』ということ。
ならば、竜言語で歌うには――
そう。これまで竜たちが聴かせてくれた、とりどりの歌の中から、竜たちが好みそうな旋律を――ちゃんと歌の内容にも寄り添うものを、選んで。
そして竜たちのように、定められた単語も文法もない世界で、心そのものを溶け込ませた『言語』を添える。
ラピスは、すうっと大きく息を吸い込んだ。
秋の匂いの澄み切った大気が、躰の内を満たし、清めていく。
その口から、青空に向かって、竜の歌が舞い上がった。
☆ ☆ ☆
ディードにとって、竜は遠い存在だった。
本当に大好きなのに、姿を拝むことすらできない相手だった。
王都で生まれ育ったから、ドラコニア・アカデミーには馴染みがある。
けれど魔法使いや聴き手が山ほどいるわりに、上空を竜が飛んでいるところなど見たことがない。
ジーク直属の騎士見習いになってからは、彼に同行して地方も回った。
だが竜が好むという山や森、水辺、草原、そして空。どこで見渡そうと竜はいなかった。
ただ一度、小指の大きさほどにしか見えない遠くの空で、瞬く間に雲の中へと消えていくのを見たことならあるが、それこそ『遠い』存在に変わりはない。
だからこそ、数々の古竜の知識を集めたという大魔法使い、クロヴィス・グレゴワール卿のすごさがわかるし(性格は話に聞いていた以上にアレだったが、噂されるような悪人ではないとわかったし)、彼が暮らす家を訪ねたとき、「地竜から話を聞いてきた」という弟子が突然現れたときには、度肝を抜かれた。
正直、「本当だろうか」と疑いそうになった。
しかしそんな気持ちは、ラピスの無垢な性格と、クロヴィス家の上空を屋根スレスレの高さで飛び去って行った飛竜の前に、吹っ飛んだ。
あの力強い巨躯。手触りまで伝わりそうな、生々しい灰白色の腹。
大気を震わせる巨翼のはためきと、腹の底まで響く声。
嵐のような強風が連れて来た雨が、去り行く竜のあとへとつき従っていく光景。
あれほどの感動を味わうことは、きっとこの先二度とない。そう思っていた。
――たった今、ラピスの歌を聴くまでは。
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