ドラゴン☆マドリガーレ

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第2唱 可愛い弟子には旅をさせよ

いよいよ出発!

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 ジークには、ラピスを初めて目にした部下たちの、おかしな反応の理由がわかっていた。
 デカい上に無口・無表情で、小さな子には怖がられがちな団長自分に、子供が駆け寄ってくるのが珍しいのだろう。親しげに「ジークさん」などと呼ばれるのはもっと珍しい。
 ラピスとジークを二度見三度見している団員たちにディードが挨拶している横で、頬を紅潮させたラピスが、愛らしい笑顔でジークを見上げてきた。 

「お待たせしましたジークさん! ディードは日持ちする美味しいパンに詳しいですねっ。あと、親切な人たちがいろいろくれたんです! あ、こんにちは!」

 ハキハキと報告してから、ラピスはようやく部下たちに気づいたようだ。それと同時に人懐っこさを発揮して、「よろしければ、いかがですか?」と林檎を差し出している。

「焼き栗もありますよ。味見させてくれたの、すごく甘かったです! あと、パンもいっぱいもらったのでどうぞ!」

 目を丸くする騎士団員たちにせっせと食べ物を渡すラピスに苦笑しながら、ディードが説明を加えた。

「買った林檎の袋を落としたご婦人がいたんです。ラピスが拾ってあげたらすごく喜んで、新しい林檎をどっさり買ってくれて。それを見ていた人が転んだのですが、ラピスはその人も手助けして。するとその人は焼き栗を大袋いっぱいくれたんです。その様子を見ていたパン屋のおかみさんも『偉いねぇ』とたくさんサービスしてくれましたし。ラピスと歩くと物が増えます」
「お手伝いしたのはディードも一緒ですよ! ディードはすごく褒められてました!」

 手柄を独り占めせず、頬を染めて付け加えるラピスを微笑ましく思いつつ、ジークが「では……出発して、大丈夫か……?」と尋ねると、可愛い顔が真剣味を帯びた。

「忘れ物はないはず……お師匠様が整えてくれたし……うん、大丈夫。はい、行きましょう! お世話になります、よろしくお願いします!」

 また律儀に挨拶して、嬉しそうにディードを見る。
 ディードも楽しそうだ。弟でもできた気分なのか、焼き栗をポケットに入れてやったりあれこれ世話を焼いている。
 そんな様子をポカンと見ていた団員たちが、我に返ったようにくるりとジークへ振り返り、詰め寄ってきた。

「なんすか、なんなんすか団長、あの可愛い生きものは!」
「びっくりした、天使かと思った」
「まさかあの子が噂の大魔法使い様の弟子ですか? あの年で聴き手!?」
「ずるいですよ団長! あの子相手じゃ和みまくりじゃないですかっ。うちの護衛対象と交換してください!」
「いや、俺のとことお願いします。ジャガイモ似だから、ある意味笑いが絶えませんよ?」
「林檎と栗とパンをもらっちゃったからには、恩返ししなければ騎士道精神に反します!」

「……早く、戻れ……」
「団長ーっ!!」

 もちろんジークには、交換する気などまったくない。
 情けない声を出す部下たちを置き去りに、ラピスを促し歩き出す。いよいよ集歌の巡礼の第一歩だ。


☆ ☆ ☆


 竜識学大図書館の『創世の竜の書』には、国創りの歌に始まり、歴史・経済・医療、魔法・邪法、予言・警告等々、国家機密とされる内容も多く含まれている。
 厳重保管の上で原則非公開の、最重要本である。
 
 今回の集歌の巡礼で期待されているのは、歴代の大魔法使いたちですら聴くことの叶わなかった歌――『竜の力が欠けたときの対処法』。
 これは当然、もしも入手できれば『創世の竜の書』に記される国宝ものの歌だ。
 そしてそれほどの知識を持つのは、竜王か、竜王に匹敵する創世の御世の古竜であろうと言われている。

 古竜たちの棲み処は結界の内に在り、人はその正確な場所を知らない。
 ただ、北天に座する『天竜星』から生まれた竜王は、世界全体で見ると北に位置するこのノイシュタッド王国に、『竜王の城』をかまえたという言い伝えがある。

 その竜王の城とは、北にゆかりのある性質から見ても、『北方の壁』と称されるレプシウス山脈一帯の何処いずこかではないかと推定されてもいる。

「けどなぁ。レプシウス山脈一帯と言っても、絶望的に広いんだよなぁ。山だけ見たって、すでに雪が積もってる高山から、まだ紅葉の残る低山まであるだろう? 山裾には大森林が広がっているし」

 食堂のテーブルに地図を広げて指差しながら、ディードが眉根を寄せた。クロヴィスがジークに持たせてくれた、クロヴィス特製の地図だ。
 ラピスは食後のかぼちゃパイを食べ終えて、丁寧に口と手を拭きながら、「果てしないねぇ」とうなずいた。

 王都を出てから丸一日。
 ラピスたち一行はまず、騎士団の砦がある街道沿いの町、エンコッドに来ている。
 この町は騎士団御用達で、街道の状態や危険性の有無、追い剥ぎや盗賊出没の情報収集ができ、馬の交換も可能で、移動手段を確保するための連絡網まであるらしい。 
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