ドラゴン☆マドリガーレ

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第2唱 可愛い弟子には旅をさせよ

謎の少女とアカデミー本拠地

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 皆の憧れの騎士団長、伝説の大魔法使い、そしてその弟子の美少年というセンセーショナルな一行が、登録を終えて会場を去ったあとも、騒ぎの余韻は続いていた。
 謎の美少年の経歴情報を求める者やら、大魔法使いのサインを欲しがる者やらの浮かれた空気が漂う中に、ひとりの少女がやって来た。

 波打つ赤毛に緑の瞳。
 背筋を伸ばして颯爽と歩く姿が目を引く、なかなかの美少女だ。
 
 アカデミーの学生である彼女は、会場の端にある銀杏の巨木にもたれて、離れたところから一連の騒ぎを眺めていたのだが。
 場が落ち着いたと見てとり、先刻の騒ぎの原因を知るであろう人物へと歩み寄る。その人物は先ほどから、母と姉と三人で立ちつくしていた。

「ちょっといいかしら、イーライ・カーレウムくん」

 声をかけるや、イーライは勢いよく振り向いた。小さな目がいっぱいに見ひらかれて、喜色満面、ジャガイモが転がるごとくドタバタと駆け寄ってくる。

「ドロシア・アリスン! お、おれに何か用かい?」

 ぽこぽこと肉づきのいい躰をつつんだ制服の乱れを直し、ぽこんと姿勢を正してドロシアを見るイーライ。本人はキリリと紳士風に振舞っているつもりだろうが、ドロシアと呼ばれた少女にそんなことを気にとめる様子はない。
 イーライだけでなく、少なくない男子生徒から好意を持たれていることを承知している彼女は、よく褒められる笑顔を向けた。

「先生たちが話しているのを聞いたんだけど、きみ、さっきの天使みたいな子のお兄さんなんですってね?」

 途端、イーライの笑顔が歪んだ。
 定まらぬ視線でモゴモゴと言葉を濁す。

「ああ、まあ……いや、まあ。アレは義理の弟というか。もう違うけど」
「ああ、義理の。血は繋がっていないのね。道理で」
「は?」
「ううん、なんでもないわ。でも『もう違う』ってどういうこと?」
「それは……えーと、あいつは弟子入りして、そっちの籍に入ったから」
「グレゴワール様の!? まあ、そこまで入れ込まれるなんて、可愛い上によっぽど優秀なのね!」
「は? ……きみ、ラピスなんかに興味があるの?」

 可愛い女の子相手でも隠せぬ苛立ちがにじみ始めたところで、彼を呼ぶ母親の声がした。
 イーライはあからさまにホッとした様子で、

「じゃ、じゃあねドロシア」

 厳めしい表情の母と姉の元へと踵を巡らせる。
 そして戻るやいなや「おれはラピスを許さない!」などと叫んでいるが、ドロシアはやはりそんなことには興味を示さず、アカデミー本部と学部のある学術研究棟を見上げた。
 そこに件の三人が――騎士団長と大魔法使いとその弟子が、入っていくのを彼女は見ていたのだ。

「何しに行ったのかなぁ」

 ひとり呟き、こらえきれずヘラヘラと表情を崩す。

「しょーもない奴らと集歌の巡礼なんて、鬱陶しいばっかでユウウツだったけど。いいもん見つけちゃったわ~。めっちゃ可愛いわ~。ああいう子と一緒の旅だといいのにな~」

 ――ドロシア・アリスン。
 聴き手の能力は成長途上だが、将来を有望視されているアカデミーの学生。快活な性格で、学院の人気者。そんな彼女は、つまり。

「行ってみようかな~。もう一回、もうひと目、天使を拝んでおきたいわ~」

 重度の美少年好きであった。


☆ ☆ ☆


 一方、アカデミーの一等議事室に集った、総長を始めとする役員の面々は――
 突然乱入してきたクロヴィスとの『舌戦1ラウンド』を終えて、ぐったりと疲れ切っていた。
 中には怒鳴りすぎて息切れしたり、喉を痛めた者までいる。
 ひとりノーダメージのクロヴィスは、その様子を眺めながらため息をこぼした。

「ハァハァするなよ気持ち悪い。これだから変質者は」
「誰が変質者だ! どこまで行っても無礼な奴だな! 何十年たっても進歩せず、いつまでたっても礼儀を学べず、大魔法使いとして恥ずかしくないのかっ! うっ、ゴホゲホゲッ」
「痰切り飴でも舐めてろ老害。それはこっちの台詞だ」

 咳き込む背中を秘書にさすってもらっているアカデミー総長エルベンを見やる隻眼に、怒りと諦めが交互に浮かんだ。 

「俺がここを去ってから数十年のあいだ、いったい何をしてたんだ。さっき視た限りでは、まともな竜氣のある学生なんぞ五指にも満たなかった」

 うっと言葉に詰まる面々に、クロヴィスは「まあ、予想通りだがな」と首を振る。

アカデミーお前らには何も期待していない」

 なにか言い返そうと口をひらいた所長のヒラーを、きつく睨んで制し。

「今日ここに来たのは、俺の弟子の顔を通しておくためだ。お前たちがくだらん画策をして、あとから『知らなかった』なんて馬鹿丸出しの言いわけができないようにな」
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