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第2唱 可愛い弟子には旅をさせよ
衝撃のグウェン
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ラピスの継母グウェン・カーレウムは、達成感を胸に、王都観光へ繰り出そうとしていた。
ありったけのコネと金を注ぎ込んで、娘のディアナと息子のイーライを、憧れのドラコニア・アカデミーに無事入学させることができた。
その上めったにない『集歌令』が令達され、『集歌の巡礼』という大行事に名を連ねる機会まで得た。それは二人の経歴に、またとない箔をつけてくれるだろう。
二人の護衛と、巡礼の旅の見栄えにも万全を期した。
歴としたシュタイツベルク第三騎士団所属の騎士五人と、護衛契約できたのは上出来だ。
欲を言えば、その騎士団団長である、アシュクロフトが引き受けてくれれば最高だったのだが……。
かの団長は裕福な侯爵家の次男だが、親戚の伯爵家の養子に入った。
地位も財産も人望もあり、剣の腕前は言わずもがな。おまけに彫像のような男前。
もしもディアナの護衛についてくれれば、娘を売り込む絶好の機会だったのに。
「でもあの方は高位貴族とも契約していないようだし、きっと巡礼には参加しないのね。仕方ないわ」
概ね満足。貴族の子息と比べても、まったく遜色ない。
子供たちの参加受付も見届けたし、あとはせっかく王都に来たのだから、自分のための買い物でもしよう。
――あの憎き大魔法使いの弟子として、ラピスが巡礼に参加するなんて話も聞いたが。
(いくら魔物みたいな男でも、アカデミーの学生でもなければ魔法使いでもないラピスを、参加させるなんてできるわけないわ)
そう決めつけて、意気揚々、最新流行のドレスでも作らせようかと浮かれていた矢先。
「なんであいつが、ラピスが、アシュクロフト様といるのよーっ!!」
今しがた別れたばかりの、ディアナの絶叫が聞こえてきた。
グウェンはビクンと躰を揺らして振り返る。
「……ラピスですって……!?」
ヒクヒクと、額に青筋が浮かぶのがわかった。
なんという嫌な名前。
あの目障りな継子の名前を、なぜ娘が叫んでいるのだ。まさか本当に参加しに来たのか。
ラピスを思えば、自然、あの憎き『大魔法使い』をも思い出す。
あの男がラピスを掻っ攫っていったせいで、グウェンはなめし革工房の親方に、多額の違約金を支払う羽目になったのだ。今も思い出すたび腸が煮えくり返る。
「縁起が悪すぎる。ラピスなんか追っ払ってやるわ!」
この日のために買い揃えたドレスと毛皮のコートを翻し、グウェンは鼻息荒く来た道を戻った。
人混みを押しのけ、抗議の声が上がるのも無視して受付会場を見渡すと、可愛い我が子たちはすぐに見つかった。なぜか孤島のようにぽつんと、周囲から距離を置かれていたからだ。
声をかけようとして、二人が真っ赤になってわなわな震え、何かを睨みつけていることに気づいた。
その視線の先には――というより、その場に居合わせた者たち皆の注目を浴びているのは――
グウェンの天敵。
この世で最も見たくない人物。
人混みの中にいても目立つ長身。
銀髪と黒い眼帯。整いすぎて魔物じみた白皙に、禍々しい赤い隻眼。
「なんであいつまでここにいるのよ……っ!」
いや、普通に考えれば弟子に師匠が同行していても不思議はない。だがグレゴワールという男は、遠い昔にアカデミーと袂を分かち、以来まったく寄りつかず、呼び出しもことごとく無視してきたと聞いている。
なのになぜ今さら、このタイミングでここにいるのか。
胸の内で散々悪態をついて、グウェンはようやく、グレゴワールの隣に立つアシュクロフト団長に気がついた。
騎士団長はグレゴワールよりさらに頭半分ほど背が高い。長身の二人が並び立つと、近寄り難いほどの迫力と威圧感だ。
だが彼らを取り巻く者たちは、物怖じするというよりむしろ嬉々として、女子学生に至っては夢中で黄色い声を上げている。
「ほんとに!? 本当にあの方が、あの大魔法使いのグレゴワール様なのっ!? めっちゃかっこいいんだけど! そして美しいんだけど!」
「年寄りじゃなかったの!? しかもすんごい醜い老いぼれだって聞いてたのに、全然違うじゃん!」
キャーキャー騒ぐ様子に、グウェンの顔が歪む。
何が美しいものか。性格の悪さが全身からにじみ出ているではないか!
怒りで固まるグウェンに、子供たちが気づいて駆け寄ってきた。
「ママぁ!」
今にも泣きそうな顔で抱きついてきたディアナを「よしよし」と抱き返しながら、早口で二人に問う。
「いったい何があったの!? なんであの男がここにいるのよ!」
「あの男? それよりママ、ラピスがぁ!」
そうだった、とグウェンは思い出した。そもそもその名を聞いたから、引き返してきたのだった。
ありったけのコネと金を注ぎ込んで、娘のディアナと息子のイーライを、憧れのドラコニア・アカデミーに無事入学させることができた。
その上めったにない『集歌令』が令達され、『集歌の巡礼』という大行事に名を連ねる機会まで得た。それは二人の経歴に、またとない箔をつけてくれるだろう。
二人の護衛と、巡礼の旅の見栄えにも万全を期した。
歴としたシュタイツベルク第三騎士団所属の騎士五人と、護衛契約できたのは上出来だ。
欲を言えば、その騎士団団長である、アシュクロフトが引き受けてくれれば最高だったのだが……。
かの団長は裕福な侯爵家の次男だが、親戚の伯爵家の養子に入った。
地位も財産も人望もあり、剣の腕前は言わずもがな。おまけに彫像のような男前。
もしもディアナの護衛についてくれれば、娘を売り込む絶好の機会だったのに。
「でもあの方は高位貴族とも契約していないようだし、きっと巡礼には参加しないのね。仕方ないわ」
概ね満足。貴族の子息と比べても、まったく遜色ない。
子供たちの参加受付も見届けたし、あとはせっかく王都に来たのだから、自分のための買い物でもしよう。
――あの憎き大魔法使いの弟子として、ラピスが巡礼に参加するなんて話も聞いたが。
(いくら魔物みたいな男でも、アカデミーの学生でもなければ魔法使いでもないラピスを、参加させるなんてできるわけないわ)
そう決めつけて、意気揚々、最新流行のドレスでも作らせようかと浮かれていた矢先。
「なんであいつが、ラピスが、アシュクロフト様といるのよーっ!!」
今しがた別れたばかりの、ディアナの絶叫が聞こえてきた。
グウェンはビクンと躰を揺らして振り返る。
「……ラピスですって……!?」
ヒクヒクと、額に青筋が浮かぶのがわかった。
なんという嫌な名前。
あの目障りな継子の名前を、なぜ娘が叫んでいるのだ。まさか本当に参加しに来たのか。
ラピスを思えば、自然、あの憎き『大魔法使い』をも思い出す。
あの男がラピスを掻っ攫っていったせいで、グウェンはなめし革工房の親方に、多額の違約金を支払う羽目になったのだ。今も思い出すたび腸が煮えくり返る。
「縁起が悪すぎる。ラピスなんか追っ払ってやるわ!」
この日のために買い揃えたドレスと毛皮のコートを翻し、グウェンは鼻息荒く来た道を戻った。
人混みを押しのけ、抗議の声が上がるのも無視して受付会場を見渡すと、可愛い我が子たちはすぐに見つかった。なぜか孤島のようにぽつんと、周囲から距離を置かれていたからだ。
声をかけようとして、二人が真っ赤になってわなわな震え、何かを睨みつけていることに気づいた。
その視線の先には――というより、その場に居合わせた者たち皆の注目を浴びているのは――
グウェンの天敵。
この世で最も見たくない人物。
人混みの中にいても目立つ長身。
銀髪と黒い眼帯。整いすぎて魔物じみた白皙に、禍々しい赤い隻眼。
「なんであいつまでここにいるのよ……っ!」
いや、普通に考えれば弟子に師匠が同行していても不思議はない。だがグレゴワールという男は、遠い昔にアカデミーと袂を分かち、以来まったく寄りつかず、呼び出しもことごとく無視してきたと聞いている。
なのになぜ今さら、このタイミングでここにいるのか。
胸の内で散々悪態をついて、グウェンはようやく、グレゴワールの隣に立つアシュクロフト団長に気がついた。
騎士団長はグレゴワールよりさらに頭半分ほど背が高い。長身の二人が並び立つと、近寄り難いほどの迫力と威圧感だ。
だが彼らを取り巻く者たちは、物怖じするというよりむしろ嬉々として、女子学生に至っては夢中で黄色い声を上げている。
「ほんとに!? 本当にあの方が、あの大魔法使いのグレゴワール様なのっ!? めっちゃかっこいいんだけど! そして美しいんだけど!」
「年寄りじゃなかったの!? しかもすんごい醜い老いぼれだって聞いてたのに、全然違うじゃん!」
キャーキャー騒ぐ様子に、グウェンの顔が歪む。
何が美しいものか。性格の悪さが全身からにじみ出ているではないか!
怒りで固まるグウェンに、子供たちが気づいて駆け寄ってきた。
「ママぁ!」
今にも泣きそうな顔で抱きついてきたディアナを「よしよし」と抱き返しながら、早口で二人に問う。
「いったい何があったの!? なんであの男がここにいるのよ!」
「あの男? それよりママ、ラピスがぁ!」
そうだった、とグウェンは思い出した。そもそもその名を聞いたから、引き返してきたのだった。
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