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第2唱 可愛い弟子には旅をさせよ
師匠の提案
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「呪い!?」
いきなり飛び出した恐ろしい言葉にラピスが驚くと、クロヴィスは小さく笑って、また頭を撫でてくれた。
「そんなに驚くことじゃない。いつの時代も、そういうものはあるのさ。明るく善良に生きることを願う者もいれば、暗く破壊的な行動に走る者もいる。同じく竜に感謝する者もいれば、否定する者もいる」
「竜を否定」
「ああ、そうだ。そして否定する者たちの中には、竜を呪詛するという極端な行動に出る輩もいてな。大図書館の『竜の本』には、呪詛や呪具の記録も残っている。一般には閲覧禁止だが、当時、俺が見つけた呪具も保管されてるはずだ」
「呪詛……」
ラピスはにわかに鼓動が速まるのを感じた。
なぜだろう。恐ろしいという理由とは別に、何かが心に引っかかる。何かがちくちくと胸の奥を突いてくる。
「呪われた竜は、どうなっちゃうのですか?」
「どうもしない、通常であれば。世界を守護せし竜王や古竜たちは、万全ならば、呪詛なんかにビクともしない。だがどれほど偉大な存在だって、途方もない時間をずっと陰日向に人と世界とを守り続けていれば、いつかは綻びも出る。力が欠けるときもくる」
「そうですよね! 創世の頃からずーっとですもんね!」
「そうだな。そもそも竜は、星の世界の生きものなのだから。こちらに存在するということは、それだけで途轍もない生命力が必要なんだ。逆にラピんこが空で生きろと言われても、無理だろう?」
ラピスは「はい」とうなずきながら、クロヴィスの前に移動した。
広い胸に背中をあずけて寄りかかると、ようやく、なぜかしらざわめいていた気持ちが落ち着いてくる。
ラピスの小さな動揺を察してか、長い腕がラピスをつつんで、揺りかごのようにゆったりと揺らしてくれた。
「とにかく竜からは、『欠ける力』と合わせて『呪法』についても警告されていたんだ。だが『竜の本』には、呪法に対抗しようとして敗れ、殺された者たちも山ほど記録されている。当時の王やアカデミー派は、そのことにビビった」
「山ほど! ごめんなさいお師匠様。それは僕も怖いです」
「ラピんこが怖がるのは問題ないさ。だが民を守る立場だからこそ特権を得ている者たちが、『これまでだって竜たちは、呪いなんぞ跳ね返してきた。人の呪法なんて古竜たちには痛くもかゆくもない。出しゃばって死人が出るだけ無駄だ』などと言って問題を先送りすることしか考えないのでは、話にならん」
当時を思い出しているためか、クロヴィスの表情が険しくなった。
「結局奴らは、あれこれ理屈をつけて、呪法については静観すると決め込んでいた。だから『旨い汁ばっか吸ってねえで、てめえらの私財を擲ってでも、まともな聴き手を育てて解決法を探しやがれ』とガンガン訴えたら」
「う、訴えたら?」
「いろいろあって、しまいには反逆者だの不敬罪だのと糾弾された。簡単に言えばそういう理由で、俺は王都を去った。ほとほと嫌気がさして、あいつらとは二度と関わらない、死ぬまでひとりで自由に、竜とだけ向き合うと決めてな。……だが」
クロヴィスの顎が、ラピスの頭に乗っかる。
「竜が、お前との縁をつないでくれた。俺にはまだ、向き合うべき相手がいるとでもいうように。まさか弟子を持つなんて……想像すらしなかったよ」
「僕、竜に大大大感謝です!」
上半身をひねって振り返り、こぶしを振り振り言うと。
「……俺もだよ」
困ったような、照れ隠しのような笑顔。
ラピスはあまりに嬉しくてへらへら笑ってしまって、顔が戻らなくなった。
――しかし。
そんなラピスをじっと見つめ返していたクロヴィスが……
「――ドラコニア・アカデミーに、行ってみたいか?」
などと言い出したので、笑いが引っ込んだ。
「ほえ?」
「今回の『集歌令』には、参加者の登録が義務づけられている。登録会場はドラコニア・アカデミーだ。登録日も決まっているから、当日は参加者が一堂に会すことになる。参加者に競争意識を生み出すための演出なんだろうな。実に馬鹿らしい、あいつららしい発想だ」
「……へあ」
「なんだその返事」
苦笑した師の大きな手に、今夜何度目か、頭を撫でられた。
「――よくよく考えてみても、俺はやっぱり、あそこに戻る気にはならない。偉そうに集歌令なんぞ出されなくても、歌ならいつだって探しまくっとるし」
それはラピスも同感である。
竜の歌は参加登録などしなくても聴けるし、競う必要もない。
集歌の巡礼というものがアカデミー主導で行われるならば、それなりの手続きや制限は仕方ないのかもしれないが……。
クロヴィスは「けどな」と話を続けた。
「世界が変転の危機を迎えているこの時期に、竜がお前と引き合わせてくれた意味。それを考えずにはいられない。お前は眩しいほどの可能性を秘めているから」
「僕が……ですか?」
「そうだよ。未だ自覚はないようだが。……何を見て、何を感じて、何を選択するか。それはラピス、お前の自由だ。だからもしも望むなら――俺の代わりに、お前が挑戦してみるか? 竜と世界を救うための、集歌の巡礼に」
いきなり飛び出した恐ろしい言葉にラピスが驚くと、クロヴィスは小さく笑って、また頭を撫でてくれた。
「そんなに驚くことじゃない。いつの時代も、そういうものはあるのさ。明るく善良に生きることを願う者もいれば、暗く破壊的な行動に走る者もいる。同じく竜に感謝する者もいれば、否定する者もいる」
「竜を否定」
「ああ、そうだ。そして否定する者たちの中には、竜を呪詛するという極端な行動に出る輩もいてな。大図書館の『竜の本』には、呪詛や呪具の記録も残っている。一般には閲覧禁止だが、当時、俺が見つけた呪具も保管されてるはずだ」
「呪詛……」
ラピスはにわかに鼓動が速まるのを感じた。
なぜだろう。恐ろしいという理由とは別に、何かが心に引っかかる。何かがちくちくと胸の奥を突いてくる。
「呪われた竜は、どうなっちゃうのですか?」
「どうもしない、通常であれば。世界を守護せし竜王や古竜たちは、万全ならば、呪詛なんかにビクともしない。だがどれほど偉大な存在だって、途方もない時間をずっと陰日向に人と世界とを守り続けていれば、いつかは綻びも出る。力が欠けるときもくる」
「そうですよね! 創世の頃からずーっとですもんね!」
「そうだな。そもそも竜は、星の世界の生きものなのだから。こちらに存在するということは、それだけで途轍もない生命力が必要なんだ。逆にラピんこが空で生きろと言われても、無理だろう?」
ラピスは「はい」とうなずきながら、クロヴィスの前に移動した。
広い胸に背中をあずけて寄りかかると、ようやく、なぜかしらざわめいていた気持ちが落ち着いてくる。
ラピスの小さな動揺を察してか、長い腕がラピスをつつんで、揺りかごのようにゆったりと揺らしてくれた。
「とにかく竜からは、『欠ける力』と合わせて『呪法』についても警告されていたんだ。だが『竜の本』には、呪法に対抗しようとして敗れ、殺された者たちも山ほど記録されている。当時の王やアカデミー派は、そのことにビビった」
「山ほど! ごめんなさいお師匠様。それは僕も怖いです」
「ラピんこが怖がるのは問題ないさ。だが民を守る立場だからこそ特権を得ている者たちが、『これまでだって竜たちは、呪いなんぞ跳ね返してきた。人の呪法なんて古竜たちには痛くもかゆくもない。出しゃばって死人が出るだけ無駄だ』などと言って問題を先送りすることしか考えないのでは、話にならん」
当時を思い出しているためか、クロヴィスの表情が険しくなった。
「結局奴らは、あれこれ理屈をつけて、呪法については静観すると決め込んでいた。だから『旨い汁ばっか吸ってねえで、てめえらの私財を擲ってでも、まともな聴き手を育てて解決法を探しやがれ』とガンガン訴えたら」
「う、訴えたら?」
「いろいろあって、しまいには反逆者だの不敬罪だのと糾弾された。簡単に言えばそういう理由で、俺は王都を去った。ほとほと嫌気がさして、あいつらとは二度と関わらない、死ぬまでひとりで自由に、竜とだけ向き合うと決めてな。……だが」
クロヴィスの顎が、ラピスの頭に乗っかる。
「竜が、お前との縁をつないでくれた。俺にはまだ、向き合うべき相手がいるとでもいうように。まさか弟子を持つなんて……想像すらしなかったよ」
「僕、竜に大大大感謝です!」
上半身をひねって振り返り、こぶしを振り振り言うと。
「……俺もだよ」
困ったような、照れ隠しのような笑顔。
ラピスはあまりに嬉しくてへらへら笑ってしまって、顔が戻らなくなった。
――しかし。
そんなラピスをじっと見つめ返していたクロヴィスが……
「――ドラコニア・アカデミーに、行ってみたいか?」
などと言い出したので、笑いが引っ込んだ。
「ほえ?」
「今回の『集歌令』には、参加者の登録が義務づけられている。登録会場はドラコニア・アカデミーだ。登録日も決まっているから、当日は参加者が一堂に会すことになる。参加者に競争意識を生み出すための演出なんだろうな。実に馬鹿らしい、あいつららしい発想だ」
「……へあ」
「なんだその返事」
苦笑した師の大きな手に、今夜何度目か、頭を撫でられた。
「――よくよく考えてみても、俺はやっぱり、あそこに戻る気にはならない。偉そうに集歌令なんぞ出されなくても、歌ならいつだって探しまくっとるし」
それはラピスも同感である。
竜の歌は参加登録などしなくても聴けるし、競う必要もない。
集歌の巡礼というものがアカデミー主導で行われるならば、それなりの手続きや制限は仕方ないのかもしれないが……。
クロヴィスは「けどな」と話を続けた。
「世界が変転の危機を迎えているこの時期に、竜がお前と引き合わせてくれた意味。それを考えずにはいられない。お前は眩しいほどの可能性を秘めているから」
「僕が……ですか?」
「そうだよ。未だ自覚はないようだが。……何を見て、何を感じて、何を選択するか。それはラピス、お前の自由だ。だからもしも望むなら――俺の代わりに、お前が挑戦してみるか? 竜と世界を救うための、集歌の巡礼に」
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