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第2唱 可愛い弟子には旅をさせよ
その夜の師弟
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結局、ジークムントとディードはクロヴィス宅に一泊し、翌朝、恐縮しつつ帰って行った。
実はジークムントの怪我を心配したラピスが、「今日は泊まっていかれたほうがいいのでは」と勧め、クロヴィスが「別に死ぬわけじゃなし、さっさと帰ったらいんじゃね?」と突き放しているあいだに、短い秋の日がどんどん傾き、おまけに飛竜が雨雲を連れてやって来て、土砂降りになった。
そうなるとさすがのクロヴィスも、「……泊まりたきゃ勝手に泊まれ」と肩を落とすしかなかったのだが。
客人たちは、クロヴィスの料理の美味さと、怪我がひと晩で驚くほど良くなったこと、おまけにぐっすりよく眠れて疲れもすっかり取れたことなどに、しきりに感謝していた。
そして帰り際、表情を改めたジークムントが、クロヴィスに頭を下げるのをラピスは見ていた。
「集歌の巡礼にあたり陛下は、『アカデミー所属外であろうと、実力のある聴き手を歓迎する』と仰いました。どうか私に、あなたの護衛の栄誉をお与えください……どちらの方にせよ……」
そこでジークムントは、「そのときには」と、ちらりとラピスに視線を流してきた。
「私、シュタイツベルク第三騎士団団長ジークムント・アシュクロフトが……命を懸けて、お守りすることを誓います」
地に右膝をついて誓いを立てたジークムントに、ディードも倣う。
しかし。
「なげえ名前」
弟子と同じ感想を持ったらしきクロヴィスに追い立てられて、返事を得ぬまま彼らは帰路についたのだった。
☆ ☆ ☆
その夜は、空の引っ掻き傷のような三日月で。
ラピスはクロヴィスと並んで軒下のベンチに座り、耳に心地よい声を聴きながら、買ってもらった金平糖みたいな星々を見上げていた。
北天の標となる天竜星。
全天を使って描かれた星座と、それにまつわる伝説。
星の読み方、方角の調べ方。
クロヴィスは満天の星空を指差しながら、これまで習ったこともそうでないことも、ラピスの記憶にしみ渡るのを確認するように、丁寧に教えてくれた。
この季節にしてはあたたかな夜だった。
それでも吐く息は白く、ほわほわと浮かんでは星空に溶けていく。
ラピスは毛布でくるまれていたが、頬が冷たくなってきたので、ぴとっと師の腕に顔をくっつけた。紅玉の瞳に見おろされて、「えへへ」と笑う。
クロヴィスの端整な顔にも笑みが浮かび、ラピスに絡みつかれていないほうの手で頭をくしゃくしゃ撫でてくれてから、「冷え切る前に、中に入るか」と促された。
本当はまだ一緒に空を見ていたかったけれど、素直にうなずく。
「――あの二人が俺を探しに来た理由は、もう知っているな?」
暖炉の前でホットミルクの入ったカップを手渡され、ラピスは首肯した。
「世界が一大事なのでお師匠様の力が必要だと、ディードから聞きました」
ラグの上に座ったラピスと並んで、クロヴィスも腰を下ろす。
白皙が炎の色に照らされて、ゆらゆらと陰影が踊るのを見つめながら、ラピスは師の言葉を待った。
やがて林檎酒を飲み干したクロヴィスが、静かに話し始めた。
「『アカデミー派閥』という言葉を、聞いたことはあるか?」
「いえ、ありません」
「そうか……。俺が王都にいた頃にはもう、『魔法使いはドラコニア・アカデミーに所属するのが当たり前』という認識が成立していた。そいつらをまとめて『アカデミー派閥』や『アカデミー派』と言う。俺が王都を去ったのは、そのアカデミー派で権力を握る貴族連中や一部の神殿関係者たち、そして当時の国王と、絶望的に意見が合わなかったからだ」
長い腕が器用に火バサミを操り、薪をくべる。
炎を見つめる綺麗な横顔は、遠い昔を見ているようだ。
「俺は地位や名誉や金儲けより、竜の歌を聴いていたかった。歌を解くという才能に恵まれたからには、そうでなければいけないと思った。だって竜はずっと警告し続けてくれていたんだからな。『いずれ竜の力は欠ける、対処法を探せ』と。なのに平和ボケした連中は、自分たちの代はまだ大丈夫だと思い込んで、ツケを先送りしようとしてばかりだった。――だが竜は、もうひとつ、大きな警告を歌っていた」
「大きな警告……?」
「そう。呪法について。つまり呪いだ」
実はジークムントの怪我を心配したラピスが、「今日は泊まっていかれたほうがいいのでは」と勧め、クロヴィスが「別に死ぬわけじゃなし、さっさと帰ったらいんじゃね?」と突き放しているあいだに、短い秋の日がどんどん傾き、おまけに飛竜が雨雲を連れてやって来て、土砂降りになった。
そうなるとさすがのクロヴィスも、「……泊まりたきゃ勝手に泊まれ」と肩を落とすしかなかったのだが。
客人たちは、クロヴィスの料理の美味さと、怪我がひと晩で驚くほど良くなったこと、おまけにぐっすりよく眠れて疲れもすっかり取れたことなどに、しきりに感謝していた。
そして帰り際、表情を改めたジークムントが、クロヴィスに頭を下げるのをラピスは見ていた。
「集歌の巡礼にあたり陛下は、『アカデミー所属外であろうと、実力のある聴き手を歓迎する』と仰いました。どうか私に、あなたの護衛の栄誉をお与えください……どちらの方にせよ……」
そこでジークムントは、「そのときには」と、ちらりとラピスに視線を流してきた。
「私、シュタイツベルク第三騎士団団長ジークムント・アシュクロフトが……命を懸けて、お守りすることを誓います」
地に右膝をついて誓いを立てたジークムントに、ディードも倣う。
しかし。
「なげえ名前」
弟子と同じ感想を持ったらしきクロヴィスに追い立てられて、返事を得ぬまま彼らは帰路についたのだった。
☆ ☆ ☆
その夜は、空の引っ掻き傷のような三日月で。
ラピスはクロヴィスと並んで軒下のベンチに座り、耳に心地よい声を聴きながら、買ってもらった金平糖みたいな星々を見上げていた。
北天の標となる天竜星。
全天を使って描かれた星座と、それにまつわる伝説。
星の読み方、方角の調べ方。
クロヴィスは満天の星空を指差しながら、これまで習ったこともそうでないことも、ラピスの記憶にしみ渡るのを確認するように、丁寧に教えてくれた。
この季節にしてはあたたかな夜だった。
それでも吐く息は白く、ほわほわと浮かんでは星空に溶けていく。
ラピスは毛布でくるまれていたが、頬が冷たくなってきたので、ぴとっと師の腕に顔をくっつけた。紅玉の瞳に見おろされて、「えへへ」と笑う。
クロヴィスの端整な顔にも笑みが浮かび、ラピスに絡みつかれていないほうの手で頭をくしゃくしゃ撫でてくれてから、「冷え切る前に、中に入るか」と促された。
本当はまだ一緒に空を見ていたかったけれど、素直にうなずく。
「――あの二人が俺を探しに来た理由は、もう知っているな?」
暖炉の前でホットミルクの入ったカップを手渡され、ラピスは首肯した。
「世界が一大事なのでお師匠様の力が必要だと、ディードから聞きました」
ラグの上に座ったラピスと並んで、クロヴィスも腰を下ろす。
白皙が炎の色に照らされて、ゆらゆらと陰影が踊るのを見つめながら、ラピスは師の言葉を待った。
やがて林檎酒を飲み干したクロヴィスが、静かに話し始めた。
「『アカデミー派閥』という言葉を、聞いたことはあるか?」
「いえ、ありません」
「そうか……。俺が王都にいた頃にはもう、『魔法使いはドラコニア・アカデミーに所属するのが当たり前』という認識が成立していた。そいつらをまとめて『アカデミー派閥』や『アカデミー派』と言う。俺が王都を去ったのは、そのアカデミー派で権力を握る貴族連中や一部の神殿関係者たち、そして当時の国王と、絶望的に意見が合わなかったからだ」
長い腕が器用に火バサミを操り、薪をくべる。
炎を見つめる綺麗な横顔は、遠い昔を見ているようだ。
「俺は地位や名誉や金儲けより、竜の歌を聴いていたかった。歌を解くという才能に恵まれたからには、そうでなければいけないと思った。だって竜はずっと警告し続けてくれていたんだからな。『いずれ竜の力は欠ける、対処法を探せ』と。なのに平和ボケした連中は、自分たちの代はまだ大丈夫だと思い込んで、ツケを先送りしようとしてばかりだった。――だが竜は、もうひとつ、大きな警告を歌っていた」
「大きな警告……?」
「そう。呪法について。つまり呪いだ」
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