ドラゴン☆マドリガーレ

月齢

文字の大きさ
上 下
27 / 228
第1唱 変転する世界とラピスの日常

その頃、ドラコニア・アカデミーでは 1

しおりを挟む
「はい、よい子のみんな、こーんにーちはー! 
 ……うん、元気なお返事で素晴らしいです!
 今日は『ノイシュタッド王国国立竜識学大図書館』の見学に来てくれて、どうもありがとう! 長い名前の図書館だね! じゃあ早速、『竜の本』について勉強していきましょうね!
 みんな、竜の歌がこの世界を創ったことは知っていますね? 
 竜が歌でいろんなことを教えてくれるのも、知っていますね?
 でも竜の歌は当然、竜の言葉です。竜言語といいます。
 みんなは竜の言葉がわかる? うん、わからないよね! お姉さんもわかりません! ただでさえわからないのに、大事な情報の入った歌になると、さらに難しくなるんだよ! ということは? そう、歌を解くのも難しいの! そもそも歌を教えてくれる竜に出会うことからして、難しいのよお。
 だからこそ、そういった歌を集め、解いてくれる聴き手の方たちは偉大なのです! 拍手!」

 エントランスでぽかんと口をあけて、案内係の女性の説明を聞かされている子供たちが、付き合いよく拍手をしている。
 そこかしこに、そうした団体の入館者たちがいた。

 ノイシュタッド王国国立竜識学大図書館は、一般に公開されている三階建ての棟と、職員と許可を得た閲覧者以外は入館禁止の四階建ての棟、そしてドラコニア・アカデミーの本部と学院も入った五階建ての学術研究棟に分かれている。 

 ――ここはノイシュタッド王国王都ユールシュテーク。
 地図上では大図書館は、王城の隣に(実際には広大な庭園や池などを挟んで)位置する。
 さらにその隣にある、巨大な薔薇窓が象徴的なリンベルク大神殿は、竜王を筆頭に創世の竜たちを守護星獣せいじゅうとする、国中の神殿の総本山である。
 この王都の大神殿は『月殿げつでん』とも称され、地方の神殿は『星殿せいでん』と呼ばれている。


☆ ☆ ☆


「ギュスタフ山脈に大規模な山崩れが続いています」
「要因となるような地震や水害がなかったことは確認済みです」

「ハイリゲート大森林では、原因不明の枯死が続いています。原因は西国レイデルトで発生した真菌と同種と見て、間違いないかと」

 学術研究棟の二階、一等議事室。 
 貴族の邸宅の書斎と見紛う、その部屋には、今。
 ドラコニア・アカデミーおよび大神殿の首脳部に加えて、現国王までも臨席した、二十余名が集まっていた。
 彼らの意思が国事の方針を決める。いわゆる『国の権力者』たちだ。

 彼らが「万障ばんしょう繰り合わせて」集った理由は、この一、二年ほどの深刻な『世界の異変』であり、すでに数十回目の会議となっていた。

「環境問題も深刻ですが……我が国を含め、世界中で凶悪犯罪が続発しています」
「そうだな。あの東国の国はなんといったか……そこのきみ、世界地図を出してくれ」

 部屋の隅に控えていた秘書がうなずき、保護のため掛けられていた帳の紐を引く。
 厚い布帛ふはくがスルスルと左右に分かれると、首飾りのように輪を描いて点在する島々と大陸を描いた地図が現れた。

「……よく、こんなものが描けたものだ……」
「まさに飛竜の視点。これほどの知識を授かり、しかもそれを解くとは」
「まあ……一応、大魔法使いと呼ばれた男だからな。一応は」

 彼らがこの世界地図を目にするたび共有しているであろう、苦々しさがその場を覆う。作成者への驚嘆と、侮蔑と。隠しようもなく滲む嫉妬が。
 そしてちらりちらりと、国王の表情を窺う視線もいつものこと。
 アカデミー所長が、わざとらしく咳払いをした。

「えー、議題に戻りましょう。国同士の衝突もさらに頻発しているようですね。今は小競り合い程度でも、いつ大事に発展するか」
「異変の原因は伝えてあるのに、なぜ自重できぬ!」

 怒り露わなアカデミー総長の言葉に、大神殿の大祭司長もうなずいた。

「さよう、原因は明白。それは――創世の世から今日に至るまで、我々人間が、『竜の力が欠けたときの対処法』を、探せなかったことにある」

 その言葉に、出席者たちのため息が重なった。

 竜王と、偉大なる古竜たちがこの世界を創り、守護してきたことは知られている。
 そして竜の本には、彼らの功績と知識が蓄積されていることも。

 だが実は、『竜の本』とは、ただの記録媒体ではない。
 竜という異次元の存在が、『人間界において安定した存在となる』ための、魔法書でもあるのだ。
しおりを挟む
1 / 3

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!


処理中です...