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第1唱 変転する世界とラピスの日常
師匠の教え でも師匠もちょっとわからないこと
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間違って本が入った鍋を煮込み料理などに使っていたら大変なことになっていたと想像して焦るラピスに、クロヴィスは平然とうなずいた。
「ああ、料理の最中に読みたくなって、その流れで」
「その流れで! ひょえぇ」
「そういや教えたっけ? 自分の竜の書であれば、大きさを変えられるぞ」
そう話す最中にも、ラピスの頭より大きな黒革の本が目の前で縮み出した。
みるみるクロヴィスの片手にのるくらいまで小さくなったので、ラピスの頬は焼きたてパンのように熱くなった。
「うわぁ……すごい、すごいーっ! 魔法ですか、これが魔法ですかっ!」
「魔法なのは間違いないけど、これは竜から書を授けられた聴き手なら誰でもできることだから。自分の竜の書を持ってきて、やってみろ」
ラピスはあわてて手を洗い、居間の机から自分の水色の表紙の『竜の書』を抱えてきた。
今は両手で胸に抱えているその本に向かって、クロヴィスに言われた通り、小さくなれ、と念じてみる。
と、それが当たり前のように、両の手のひらに納まる大きさになった。
「ほわあ……!」
感動のあまり言葉を失ったままクロヴィスを見ると、「目キラッキラしてるぞ」と笑われた。
「俺も初めて大きさを変えたときは興奮したな。何十年ぶりかで思い出したわ」
「どのくらい変えられるんでしょう。おたまじゃくしくらいになるかなぁ」
やってみたが、片手からはみ出るくらいの大きさが精いっぱいだ。
だがクロヴィスは自分の『竜の書』を、おたまじゃくし大から机ほどの大きさまで変えて見せてくれて、ラピスは拍手喝采を送った。
「持ち主の魔法の熟練度により、限界は違うが。小さすぎても大きすぎても不便だし、携帯するとき便利な機能、くらいにおぼえとけ。で、だ」
クロヴィスが図鑑くらいの大きさに戻した『竜の書』をひらいて見せてくれる。それはまだ白紙も多いラピスの『竜の書』と違い、びっしりと文字で埋まっていた。
クロヴィスがこれまでの人生で聴き、解いた、膨大な竜の歌が記された本――であることは、ラピスにももうわかるのだが……
クロヴィスの本の頁は、黒い文字の中に頻繁に、金色に浮かび上がる文字も混じっている。紙の上で小さな星が瞬いているみたいで美しい。
師の白い指が、その金文字をなぞった。
「たとえばラピんこが、ある古竜の歌を解いたとして。それが大図書館の『竜の本』に未掲載の、貴重な知識だったとする。するとその知識を最初に得た証として、自分の『竜の書』にはこうして、金色の文字で記録されるんだ」
「じゃあ、お師匠様の『竜の書』にはいっぱい金の文字があるから、それだけたくさん、貴重な歌を最初に解いたってことですね? すごいです、さすが大魔法使い様ですー!」
「確かに俺はすごいが、お前の『竜の書』もいずれこうなるさ。話を戻すぞ。新しい知識を得て、解いた本人が了承すれば、大図書館の『竜の本』にも、その知識が自動的に浮かび上がる」
「ふおお」
「了承するってのはつまり、アカデミー及び大神殿の担当者と、『自分が解いた貴重な知識を公共の財産とします』という契約をするってことだ。そうすると大神殿の『竜の本』にも新たな知識が共有される。知識を寄贈した聴き手の名も記録されるし、貴重な歌には莫大な報奨金も出る。だから知識を出し渋る聴き手はまずいない。――ま、俺を除けば、だけど」
「えっ?」
何か大変なことを聞いた気がしたが、すぐに話題が変わった。
「それにしてもラピんこは、どうして竜の書を持ってなかったんだろうなぁ」
そうだった。
すっかり忘れていたが、『大抵は、初めて歌を解いたときに、相手の竜から授かる』と教わっていたのだ。
だがラピスは昔から歌を解いていたのに、幼竜から授かるまで、書の存在すら知らなかった。
「それから魔法な。基本的には、竜の歌をたくさん解くほど、さまざまな魔法が使えるようになる。竜氣が身の内に蓄積されるためだ。だからラピんこならもう、なんらかの魔法を使えるはずだぞ」
ラピスはきょとんと小首をかしげた。
「でも……つい最近まで、魔法使いは遠い世界の人と思ってたくらいの僕ですよ? 炎を噴いたこともありませんし」
「炎は俺も噴かねえわ。たぶん、ラピんこの母御の教えが『抑制の暗示』になってるんじゃないかと思うんだ。その辺を踏まえて訓練してみよう」
「は、はあ……」
ぽかんとひらいた口に、新たなパンが押し込まれる。
反射的にもぐもぐ食べるラピスを見ながら、「自信を持て」とクロヴィスは微笑んだ。
「持って生まれた才能ってのは、それ自体がきっと、そいつを助けるための補助魔法なんだ」
「ああ、料理の最中に読みたくなって、その流れで」
「その流れで! ひょえぇ」
「そういや教えたっけ? 自分の竜の書であれば、大きさを変えられるぞ」
そう話す最中にも、ラピスの頭より大きな黒革の本が目の前で縮み出した。
みるみるクロヴィスの片手にのるくらいまで小さくなったので、ラピスの頬は焼きたてパンのように熱くなった。
「うわぁ……すごい、すごいーっ! 魔法ですか、これが魔法ですかっ!」
「魔法なのは間違いないけど、これは竜から書を授けられた聴き手なら誰でもできることだから。自分の竜の書を持ってきて、やってみろ」
ラピスはあわてて手を洗い、居間の机から自分の水色の表紙の『竜の書』を抱えてきた。
今は両手で胸に抱えているその本に向かって、クロヴィスに言われた通り、小さくなれ、と念じてみる。
と、それが当たり前のように、両の手のひらに納まる大きさになった。
「ほわあ……!」
感動のあまり言葉を失ったままクロヴィスを見ると、「目キラッキラしてるぞ」と笑われた。
「俺も初めて大きさを変えたときは興奮したな。何十年ぶりかで思い出したわ」
「どのくらい変えられるんでしょう。おたまじゃくしくらいになるかなぁ」
やってみたが、片手からはみ出るくらいの大きさが精いっぱいだ。
だがクロヴィスは自分の『竜の書』を、おたまじゃくし大から机ほどの大きさまで変えて見せてくれて、ラピスは拍手喝采を送った。
「持ち主の魔法の熟練度により、限界は違うが。小さすぎても大きすぎても不便だし、携帯するとき便利な機能、くらいにおぼえとけ。で、だ」
クロヴィスが図鑑くらいの大きさに戻した『竜の書』をひらいて見せてくれる。それはまだ白紙も多いラピスの『竜の書』と違い、びっしりと文字で埋まっていた。
クロヴィスがこれまでの人生で聴き、解いた、膨大な竜の歌が記された本――であることは、ラピスにももうわかるのだが……
クロヴィスの本の頁は、黒い文字の中に頻繁に、金色に浮かび上がる文字も混じっている。紙の上で小さな星が瞬いているみたいで美しい。
師の白い指が、その金文字をなぞった。
「たとえばラピんこが、ある古竜の歌を解いたとして。それが大図書館の『竜の本』に未掲載の、貴重な知識だったとする。するとその知識を最初に得た証として、自分の『竜の書』にはこうして、金色の文字で記録されるんだ」
「じゃあ、お師匠様の『竜の書』にはいっぱい金の文字があるから、それだけたくさん、貴重な歌を最初に解いたってことですね? すごいです、さすが大魔法使い様ですー!」
「確かに俺はすごいが、お前の『竜の書』もいずれこうなるさ。話を戻すぞ。新しい知識を得て、解いた本人が了承すれば、大図書館の『竜の本』にも、その知識が自動的に浮かび上がる」
「ふおお」
「了承するってのはつまり、アカデミー及び大神殿の担当者と、『自分が解いた貴重な知識を公共の財産とします』という契約をするってことだ。そうすると大神殿の『竜の本』にも新たな知識が共有される。知識を寄贈した聴き手の名も記録されるし、貴重な歌には莫大な報奨金も出る。だから知識を出し渋る聴き手はまずいない。――ま、俺を除けば、だけど」
「えっ?」
何か大変なことを聞いた気がしたが、すぐに話題が変わった。
「それにしてもラピんこは、どうして竜の書を持ってなかったんだろうなぁ」
そうだった。
すっかり忘れていたが、『大抵は、初めて歌を解いたときに、相手の竜から授かる』と教わっていたのだ。
だがラピスは昔から歌を解いていたのに、幼竜から授かるまで、書の存在すら知らなかった。
「それから魔法な。基本的には、竜の歌をたくさん解くほど、さまざまな魔法が使えるようになる。竜氣が身の内に蓄積されるためだ。だからラピんこならもう、なんらかの魔法を使えるはずだぞ」
ラピスはきょとんと小首をかしげた。
「でも……つい最近まで、魔法使いは遠い世界の人と思ってたくらいの僕ですよ? 炎を噴いたこともありませんし」
「炎は俺も噴かねえわ。たぶん、ラピんこの母御の教えが『抑制の暗示』になってるんじゃないかと思うんだ。その辺を踏まえて訓練してみよう」
「は、はあ……」
ぽかんとひらいた口に、新たなパンが押し込まれる。
反射的にもぐもぐ食べるラピスを見ながら、「自信を持て」とクロヴィスは微笑んだ。
「持って生まれた才能ってのは、それ自体がきっと、そいつを助けるための補助魔法なんだ」
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