ドラゴン☆マドリガーレ

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第1唱 変転する世界とラピスの日常

師匠の家

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 クロヴィスの家があるクリオ村までは、馬車を乗り継いで丸五日以上かかった。
 山と森の景観を遮るもののない、ラピスが育ったブルフェルト街よりずっと自然豊かなところだ。

 家の前に立ったクロヴィスは、滑らかな三角を描く山を指差して、「あれがプレトリウス山だ」と教えてくれた。
 幼竜の歌に出てきた山。
 実際に目にして大はしゃぎしたラピスは、「落ち着け」と外套の首根っこを掴まれ、家の中に押し込まれてしまった。

 いかにも頑丈そうな丸太組みの家である。
 ここまでの道中には酪農家らしき小さな家が点在していたけれど、この辺りはクロヴィスの家一軒きり。

 広いポーチのついた玄関を入ると、立派な暖炉のある居間。
 なにやらとても清々しい匂いがして、たくさんの草花を広げたような優しく奥行きのある香りを、外から入った風がふわりとくゆらせた。
 小さいが使い勝手の良さそうなくりやと続き間になっていて、パン焼き窯があるのが見えた。

 居間の中央には書類だらけの大きな木の机が置かれ、座り心地の良さそうな大きな寝椅子には、フカフカのクッションが積まれている。
 壁には天井まで届く作り付けの本棚。
 書物や、見たことのない道具がびっしり置かれていて、残された一角に細い階段が覗いていた。

「うわぁ……すごい、すごい!」

 何度も見渡してから、深く息を吸い込んだ。 
 家に入った瞬間に感じた草花の香りに加えて、木の香りと、落ち着く書物の匂いにもつつまれる。

「いい匂い。お師匠様もこういう匂いです」
「そうなのか?」
「はい! 森にいるときみたいな、うっとりするくらい清々しい香りがします!」

 鼻をくんくんさせながらそう言うと……

「お前……よくそういうこと言えるな……末恐ろしい奴」
「え、なんですか?」

 ラピスはそわそわと、ほかの部屋へと興味を移した。
 居間の隣はクロヴィスの寝室。
 そこも窓のみを避けて壁という壁が書物で埋め尽くされており、寝台の上まで本や書類が占めていた。

「お師匠様、ここで寝られるのですか?」
「いや、大抵向こうの寝椅子で寝てる」
「そうかぁ、だからクッションがいっぱいあったのですね! 暖炉がある部屋のほうが、あったかいですもんね」
「ああ。お前の部屋は二階に用意しているが、寝台は」
「ええっ! 僕の部屋を用意してくれたのですか!? 見てもいいですか!?」

 嬉しさのあまり、ラピスは返事を待つことも忘れて階段を駆けのぼった。
 上がった先がすぐ、大きな窓のある広々とした部屋だった。とても明るい。
 三角屋根の家だから天井も三角。けれどカーレウム家の屋根裏部屋と違って、天井の高さに余裕があるから圧迫感はない。

 年季の入った樫の机と対の椅子が、窓に向かって置かれている。ここに座ったら、四季折々の山と森と、どこまでも広がる空の眺めが最高だろう。
 そしてこの部屋にも作り付けの本棚があるが、何も置かれていなかった。

「家の本はなんでも好きに読んでいい。この部屋にはお前用の本や道具を置け」

 追いついたクロヴィスのその言葉に、ラピスは「ほわっ!」と驚きの声を上げた。

「ほんとですか……僕、好きに読んでもいいのですか?」

 感激のあまり目が潤む。
 元々勉強は好きだった。
 けれど継母が家庭教師を辞めさせて以来、所有していた本も義兄たちのものになって、学ぶ機会がなかったのだ。
 それにこの部屋は、綺麗に掃除され片付けられている。

「僕を弟子入りさせてくれるっていうお話から、ほんの数日しかなかったのに。お掃除の魔法を使ったのですか?」
「魔法じゃねえよ。お前の街に行く前に、部屋を用意しとけと竜に言われたんだ」
「竜に⁉ まさか竜から注意されるほど散らかしてたとかですかっ? すごいですね、さすがお師匠様! あたっ」

 また手刀をポフッと落とされて、「痛くない」といつものやり取りを繰り返す。

「そもそも『ブルフェルト街に寄る竜たちが増えた』という歌を先に聴いていたから、調査のため出かける気になったんだよ。そのとき『部屋を空けて掃除しとけ』とも聴いたから、その通りにした」

 なぜに部屋を空けるのかまでは教わらなかったが、竜たちがわざわざ特定の街に寄ると聴けば俄然興味が湧く。それでここから遠いブルフェルト街まで出かける気になったのだという。
 そしてブルフェルト街に着いた晩、月明かりに誘われ散歩に出て――気の向くまま森に向かい、そこでラピスと出会ったのだ。

「竜氣を感じると思ったら、ちっさい竜を抱いたちっさいお前が、竜の書を『おばけ本』だって騒いでたんだよな」

 くすくす笑われ、ラピスはポッと頬が熱くなった。
 
「でも、いきなり手の中に本が現れたら、びっくりするものですよ?」
「そりゃそうだ。……不思議なもんだな。弟子をとる気なんて、あの日あのときまで、一切なかったのに」
「え。そうなのですか?」
「ああ。ラピんこに会わなかったら、生涯とらなかったろうよ」

 クロヴィスはそこで言葉を切り、なにかに思いを巡らせているようだった。
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