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第1唱 変転する世界とラピスの日常
弟子入り決定!
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「すごいですクロヴィスさん! 僕、継母上は許してくれそうもないなと思ってました。でも急に弟子入りを許してくれたし、それにそれに、僕は、僕は本当に……」
興奮のあまりぷるぷる震え出したラピスのおでこに、「落ち着け」と恒例の痛くない手刀が落とされる。それでもラピスの話は止まらない。
「本当に僕、あなたの養子になるのですか?」
「将来的にお前が望むなら、という話だ。嫌なら断れ、お前の自由だ」
「……よくわからないのですけど、僕、全然嫌じゃないのです。だってカーレウムの家には」
居場所がない。
……と言うのをためらったとき、ガタンと馬車が大きく揺れて、ラピスはちょっと舌を噛んだ。
「いひゃい」
「だから落ち着けと言ったんだ。とりあえず養子の話は、あのがめつい女が、のちのちラピんこの価値に気づいたときのための防衛策だからな」
「ほえ? 僕の価値? 防衛策……?」
二人はすでに、クロヴィスの家に向かう車上の人となっていた。
ラピスの荷物は母の形見の品と、例の『竜の書』くらい。
着替え用の衣服は一枚きりしか持っていなかったが、それすらクロヴィスから「そんな雑巾みたいなものを持ち込むな」と却下された。
ゆえに、せっかく二頭立ての立派な馬車で迎えに来てくれたが、荷台はからっぽだ。運んでいるのは、向かい合って座る二人と、馬車の中で待っていたあの幼竜ばかり。
「キュウ」とラピスの膝上からまん丸の目で見上げてくる竜の子は、傷もずいぶんよくなって元気そうだ。
クロヴィスは、ラピスのなめし革工房入りを阻止することを優先してくれていたので、幼竜の仲間を探すのは一旦おあずけになっていた。
けれどご機嫌そうな竜の子を見れば、大切にされていたことがよくわかる。
「防衛策とは、なんですか?」
「……お前の保護者があの女のままだと、お前はいずれ、国中から搾取される」
窓外よりもずっと遠くを見ているような目で、クロヴィスは呟いた。
「さくしゅ?」
首をかしげたが、答えは返らない。
よくわからぬままラピスは、屋敷でのクロヴィスと継母のやり取りを思い返した。
☆ ☆ ☆
クロヴィスは師弟関係を阻もうとした継母に、どこから入手したものか、なめし革工房の親方と継母が結んだ契約書の写しを見せた。
途端、継母の顔色が変わった。
「たった十二歳の子供を、こんなところに売りつけた人でなしが『親』とは、よく言えたもんだぜ。それにお前は、その才もないお前の子らを、ドラコニア・アカデミーに入学させようと画策してるだろう?」
継母は、キッと憎々しげにラピスを睨みつけてきた。
が、それはラピスが教えた話ではない。
すべてはほんの数日のあいだに、クロヴィス自身が集めた情報だ。
「う、売りつけたなんて人聞きの悪い! わたしはラピスのためを思って、手に職をつけさせようと」
「まともな親方に弟子入りさせるなら、普通はこちらが大枚はたいて『どうかよろしく』と頭を下げるもんだ。だがお前は逆に結構な額をもらっている。まあ、百歩譲って本当に『大事な子供』のために、大人でも耐え難い過酷な職場に十二の子を弟子入りさせるってんなら、お前の実子も同じ職場に弟子入りさせろよ。それが筋ってもんだろう?」
「なっ! た、他人が口出しすることじゃないでしょう!」
「アカデミーは見栄と綺麗ごとの世界だ。『竜の歌を解く才に恵まれた魔法使いは、その栄誉を民のため還元せよ』と、口を酸っぱくして教える。――表向きはな」
クロヴィスは一度話を切って、皮肉げに笑った。
「そんなわけで、年端もゆかぬ子を危険な工房に売っ払ったなんて噂が広まったら、そんな悪評のある家の子供を入学させねえぞ、あそこは。でかい神殿をひとつ建てるくらいの寄付をすればわからんが」
継母は顔を青くしたり赤くしたり、しどろもどろながらも食ってかかっていたが。
結局、クロヴィスの冷笑に一蹴され、
「竜識を学ぶ師弟契約および保護権の譲渡を承諾する」
という正式な契約を結ぶに至ったのだった。
二人が応接室で向き合ってから、一刻足らずのこと。
クロヴィスのあまりの手際の良さに、ラピスはひたすら口をあけて見つめるばかりだった。
興奮のあまりぷるぷる震え出したラピスのおでこに、「落ち着け」と恒例の痛くない手刀が落とされる。それでもラピスの話は止まらない。
「本当に僕、あなたの養子になるのですか?」
「将来的にお前が望むなら、という話だ。嫌なら断れ、お前の自由だ」
「……よくわからないのですけど、僕、全然嫌じゃないのです。だってカーレウムの家には」
居場所がない。
……と言うのをためらったとき、ガタンと馬車が大きく揺れて、ラピスはちょっと舌を噛んだ。
「いひゃい」
「だから落ち着けと言ったんだ。とりあえず養子の話は、あのがめつい女が、のちのちラピんこの価値に気づいたときのための防衛策だからな」
「ほえ? 僕の価値? 防衛策……?」
二人はすでに、クロヴィスの家に向かう車上の人となっていた。
ラピスの荷物は母の形見の品と、例の『竜の書』くらい。
着替え用の衣服は一枚きりしか持っていなかったが、それすらクロヴィスから「そんな雑巾みたいなものを持ち込むな」と却下された。
ゆえに、せっかく二頭立ての立派な馬車で迎えに来てくれたが、荷台はからっぽだ。運んでいるのは、向かい合って座る二人と、馬車の中で待っていたあの幼竜ばかり。
「キュウ」とラピスの膝上からまん丸の目で見上げてくる竜の子は、傷もずいぶんよくなって元気そうだ。
クロヴィスは、ラピスのなめし革工房入りを阻止することを優先してくれていたので、幼竜の仲間を探すのは一旦おあずけになっていた。
けれどご機嫌そうな竜の子を見れば、大切にされていたことがよくわかる。
「防衛策とは、なんですか?」
「……お前の保護者があの女のままだと、お前はいずれ、国中から搾取される」
窓外よりもずっと遠くを見ているような目で、クロヴィスは呟いた。
「さくしゅ?」
首をかしげたが、答えは返らない。
よくわからぬままラピスは、屋敷でのクロヴィスと継母のやり取りを思い返した。
☆ ☆ ☆
クロヴィスは師弟関係を阻もうとした継母に、どこから入手したものか、なめし革工房の親方と継母が結んだ契約書の写しを見せた。
途端、継母の顔色が変わった。
「たった十二歳の子供を、こんなところに売りつけた人でなしが『親』とは、よく言えたもんだぜ。それにお前は、その才もないお前の子らを、ドラコニア・アカデミーに入学させようと画策してるだろう?」
継母は、キッと憎々しげにラピスを睨みつけてきた。
が、それはラピスが教えた話ではない。
すべてはほんの数日のあいだに、クロヴィス自身が集めた情報だ。
「う、売りつけたなんて人聞きの悪い! わたしはラピスのためを思って、手に職をつけさせようと」
「まともな親方に弟子入りさせるなら、普通はこちらが大枚はたいて『どうかよろしく』と頭を下げるもんだ。だがお前は逆に結構な額をもらっている。まあ、百歩譲って本当に『大事な子供』のために、大人でも耐え難い過酷な職場に十二の子を弟子入りさせるってんなら、お前の実子も同じ職場に弟子入りさせろよ。それが筋ってもんだろう?」
「なっ! た、他人が口出しすることじゃないでしょう!」
「アカデミーは見栄と綺麗ごとの世界だ。『竜の歌を解く才に恵まれた魔法使いは、その栄誉を民のため還元せよ』と、口を酸っぱくして教える。――表向きはな」
クロヴィスは一度話を切って、皮肉げに笑った。
「そんなわけで、年端もゆかぬ子を危険な工房に売っ払ったなんて噂が広まったら、そんな悪評のある家の子供を入学させねえぞ、あそこは。でかい神殿をひとつ建てるくらいの寄付をすればわからんが」
継母は顔を青くしたり赤くしたり、しどろもどろながらも食ってかかっていたが。
結局、クロヴィスの冷笑に一蹴され、
「竜識を学ぶ師弟契約および保護権の譲渡を承諾する」
という正式な契約を結ぶに至ったのだった。
二人が応接室で向き合ってから、一刻足らずのこと。
クロヴィスのあまりの手際の良さに、ラピスはひたすら口をあけて見つめるばかりだった。
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