ドラゴン☆マドリガーレ

月齢

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第1唱 変転する世界とラピスの日常

父の再婚

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 突然の父の再婚。
 あれほど亡き母ひとすじであった父に、どんな心境の変化があったのか、ラピスは知らない。

 継母グウェンは初対面のとき、ゴードン準男爵家のひとり娘だと名乗った。
 この国では、準男爵の位に世襲はないと、ラピスは家庭教師から教わっていた。
 継母には、十四歳の長女ディアナと、十一歳の長男イーライという連れ子がいて、彼らも共に、カーレウム家の一員となった。

 使用人たちが、「旦那様はお酒が弱いのに」とか、「ゴードン家は爵位を買うために、借金までしていたとか。絶対に旦那様の財産狙いよ、計画的だったのよ」などと噂していたが、ラピスには意味がわからず。

「なにやら……家族がいっぺんに三人も増えたぞ……」

 確かなのはそれだけ。まさに青天の霹靂へきれき
 いつもおっとりかまえているラピスも、さすがに混乱した。
 けれど肝心の父は……

「お前はまだ母親が必要な年頃なのに、私は留守ばかりだから。家族が増えれば、賑やかで寂しくないだろう?」

 そんな言葉だけ残して、自身はまた仕事仕事で、留守ばかりなのだった。

「父様がいれば、寂しくないよ」

 そう言えばよかったのか! と気づいたときには、すでに遅し。父は旅の空。
 おっとりもほどほどにしないと、タイミングを逃すのだ。
 

 それでもラピスは元来、人見知りしない子で、愛されて育った者特有の懐っこさもある。だから、継母とも義姉とも義兄とも、仲良くしようと努めた。

 継母グウェンが、母ルビアの想い出が詰まった部屋を、自分の部屋にすると主張したときも、反対はしなかった。
 義兄のイーライがラピスの部屋を、「この部屋は長男にこそ相応しいだろう」と要求してきたときも、快く譲った。
 義姉ディアナと継母が、母の形見の宝石やドレスを全部自分たちのものにしてしまったり、サイズがきつくて売り払ったりしてしまったときには、さすがに寂しくて、胸がきゅうっと苦しくなったけれど……。それでも。

継母はは上たちが幸せに過ごしてくれるなら、それでいいよね」

 そう考え直した。
 ただ、彼らは父が留守の屋敷で、連日客を招いて宴を催したり、あれやこれやと買い物をしているようでもあって……

「このままでは、カーレウム家の財産が――ラピス様が受け継ぐはずのものが、すべてグウェン様たちの手に渡ってしまいかねません。ラピス様、すぐにお父上に戻っていただくよう、連絡いたしましょう」

 老齢の執事ばかりか料理長や召し使いたちまでもが心配し、何度もラピスに助言をしてくれた。
 けれどラピスという子は、良くも悪くも鷹揚で。

「でも父様を旅先で心配させたら、お仕事の邪魔になるでしょう? それに僕には継母上たちが本当に、父様に黙って悪いことをしているのか、わからないし……」

 所詮、十を過ぎたばかりの子供。執事たちの危機感について行けぬまま。
 
 まさか、その一年後には父まで亡くなるなんて。
 ラピスでなくとも予想できなかったろう。
 ジョゼフは、遠い国で事故に巻き込まれたのだった。



 かくして、ラピス少年は現在、十二歳。
 真綿でくるむように大切に育てられた、裕福な貿易商の愛らしいひとり息子は、今。
 実にわかりやすく、継母たちに虐げられている。

 自室は屋根裏部屋。夏は暑くて冬は寒い。
 粗末な寝台に粗末な机が家具のすべてで、優秀な家庭教師も取り上げられ、学ぶことすらままならない。
 みすぼらしい服を着せられて、使用人のような仕事も課されている。
 継母によると、ラピスももう「大人として」働く年頃であるためらしい。

 さすがのラピスも、自分より年上の義姉と義兄が、「大人として」自分のように働いてはいないということには、気づいていたが。

「いろんな仕事をデキる男になっておけば、将来の職探しに役立つよね」

 おっとりしているわりに、人生設計も考える。柔軟性のある十二歳である。
 そしてこんな境遇でもマイペースな性格は健在で……
 
「『森の東側の胡桃の木が狙い目』って……どういうことかな。実を採って食べろってことかな、自分が食べたいのかな」

 よくひとりで、そうして呟いている。 
 傍からは、ただの『独り言の多い子』に見えるだろう。
 しかしそれは、に教わった言葉を思い出しているときの、ラピスの癖なのだ。
 それは彼にとって大変有効な時間なのだが、周囲の者たちから

「ラピス様ったら、また独り言。お可哀想に、ご家族に話し合える相手がいないから」

 などと同情されていることには気づいていない。

 本人の自覚はともかく、ラピスはとても目立つ存在だ。
 お日さまのような金髪に、明るい水色の瞳。
 母譲りの愛らしさと育ちのよさは、継母から与えられたゴワゴワとした灰色の衣服も隠せない。
 誰がどう見ても『良いとこのお坊ちゃま』であり、そんな少年を粗末に扱う継母らの悪評は広く知れ渡っている。
 当然、カーレウム家の執事や使用人たちも……

「こんなにも愛らしく心根のよい坊ちゃまなのに、このままではお先真っ暗だ。おっとりさん過ぎて危機感が薄いし。本当に心配だよ」

 どうにかせねばと話し合うも、雇われの身。
 今や女主人である継母グウェンを怒らせれば、彼らは失職しかねない。

 そんなわけで周囲から見れば八方塞がり、ラピスの明るい前途は断たれたようだったけれど。
 彼らの心配とは裏腹に、ラピス自身は『あること』に夢中で、ことさら将来を悲観することもなかった。

 なぜなら彼には、絶大な心の支えがあったから。
 それこそが例の『独り言』の原因でもあるのだが……
 まさかそれが、世界の命運を左右するほどの大事に発展していくなんて。
 今はまだ誰も――もちろんラピス自身も、知る由もないのだった。
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