ドラゴン☆マドリガーレ

月齢

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第1唱 変転する世界とラピスの日常

ラピス少年の生い立ち

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 ラピス・カーレウムは、端的に言うなら「良いとこのお坊ちゃま」である。
 しかしその家庭事情は、なかなかに複雑だった。


 ラピスの母ルビアは、その美貌から、「麗しき花々の女王」と今も謳われる女性ひとだ。
 父ジョゼフによるとルビアは、「ある日、運命のごとく」、このブルフェルト街に現れた。そしてそのときすでに、二歳のラピス坊やを抱いていた。

 バツイチだろうと子連れだろうと絶世の美女。たちまち求婚者が列をなしたのだが……
 その中から、「地味で冴えなくて、両親が遺した雑貨屋を細々と営むだけ」のジョゼフが選ばれた理由。
 それはルビアが、病床でこっそりラピスに教えた話がすべてだろう。

「一番に手を差し伸べてくれた人だったの。不器用にぎこちなく。でも心から心配してくれているのが、伝わってきた」

 かくして、生涯最高の奇跡を手にしたジョゼフ。
 彼は奮起して、傾きかけた店を、この街一番の貿易商へと大発展させた。
 それも「すべては我が幸運の花である、妻のおかげ」と言って、ルビアへの熱愛が冷めることはなかったのだけれど。

 病弱で床につきがちだったルビアは、ラピス十歳の年、とうとう流行り病で亡くなった。
 花が散りゆくように。

 ジョゼフの悲嘆は大きかった。
 ラピスとて、母を喪った幼児おさなご。毎日、枕元に貼りつくようにして一緒にいた母と切り離されて、呆然としていた。
 しかし先に父が、泣くわ叫ぶわ、母の棺めがけて墓穴に飛び込むわの大騒ぎで。
 そんなことをされたら、息子が泣く隙がない。

「父様、泣かないで……」

 抱きついて願ったけれど、たぶんその声は届いていなかったろう。
 実の父親を知らぬラピスにとっては、ジョゼフだけが「父」だった。
 ジョゼフも、ラピスを実子として大事にしてくれた。
 それはルビアの死後も変わらないにせよ、ジョゼフの最愛の相手がルビアであることも、動かしようがなく。
 ゆえに。
 ラピスの「ルビアそっくり」と言われる容姿すら、ジョゼフには何のなぐさめにもならないのだった。

 ジョゼフは悲哀を振り切るごとく仕事に没頭し、家を空ける期間が長くなった。
 今は「お屋敷」と呼ばれるようになった広い家に、小さなラピスはぽつんと取り残された。

「ラピス坊ちゃまだって、お寂しいのに」
「こんな可愛らしいお子様を、よく放っておけること!」
「本当に、旦那様にはいいかげん、立ち直っていただきたいですよ」

 優しい使用人たちはラピスに同情し、主人の振る舞いに呆れ返っていた。
 けれどラピスは、大好きな父を責めてほしくはないものだから……

「僕、大丈夫だよ! それに父様も立ち直ってきたと思うの。だって二階の窓から飛び降りたり、水風呂に浸かって病気になろうとしたりは、しなくなったものね!」

 父の前向きな変化を褒めたつもりが、かえって皆の涙を誘ってしまった。
 そんなふうにして、いつ戻るか知れぬ父の帰りを待っていたのだが。

 ラピスにとって本当の試練は、その年の暮れにやって来た。
 文字通りやって来た。
 父の後妻と、その連れ子というかたちで。
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