召し使い様の分際で

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第30章 その頃、元皇族たちは……

次兄、義弟に翻弄される (+おしらせ)

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 警戒していたのが馬鹿らしくなるほど、おっとりと微笑む義弟。
 田舎育ちゆえの呑気な気質なのだなと思ったランドルは、その瞬間、ちょっと前まで抱えていた焦燥や混乱まで忘れるほど、呆気にとられたのだが。

 だがやはり、血は争えない。
 ただの田舎者にこの気品は身につかぬし、美しく可憐な笑顔は、真っ白な花が咲いたよう。ランドルのこれまでの人生において、二十二歳の男に『可憐』いう形容が浮かぶなど、あり得ないことだったのに。
 
 そう、そうだった。
 見る者を圧倒させる美貌とは、こういうものだった。
 二度と見ることはできないと思っていた『別世界の住人』を再び目にして、抗えぬ喜びと郷愁を胸の底に隠しながら、ランドルは扉の前に立ったまま、「なにをしに来た」と尋ねた。
 するとアーネストは、「どうかお掛けください」と向かいの椅子を手で示す。

「召し使い同士で気兼ねなく話せるよう、忠宗様が書斎を貸してくださったのです」
「……普通、召し使い同士の話し合いに、雇い主が書斎を提供するか?」
「そこは忠宗様ですから! さすが藍剛将軍の弟さん、寛大な方ですね!」
「そう……だな?」

 よくわからないが、義弟のペースに乗せられてはいけない。
 彼の目的が隠し財産であることは間違いない。どんなからめ手からその話題を振ってくるつもりかわからないから、心してかからねば。

 思えば講和会議の際も、この義弟に翻弄されているあいだに、気づけば召し使いの身分に堕ちて膨大な賠償金を背負っていた。ぼーっとしているように見えて、この義弟はなかなかの策士なのかもしれない。

 召し使いとなることが命の対価だったのだとわかってはいるが、今回ばかりは……隠し財産だけは、守り切らねば。母をはじめ、家族みなの命綱なのだから。
 アーネストがどんなに策を弄し、どんな話術を用いてこようと、その目的を見破ってみせる。
 そう決意したランドルが、腹を据えて義弟の向かいに腰を下ろすと。

「それで、隠し財産の件なのですけどもね」
「ど直球だな!」

 そのまんま。策も話術もありゃしなかった。
 それどころか前置きすらなかった。
 思わず叫んだランドルに、アーネストはきょとんと小首をかしげる。不本意ながら、そんな仕草もまた愛らしい。二十二歳の男のくせに反則だ。

「人様のお宅の書斎をお借りしているのですから、話は簡潔に手短に済ませなければいけないでしょう?」
「あ、ああ。それはそうだが」
「そうですよね! 元皇族と皇族派貴族の隠し財産、ジオドロス・パレスにありますよね!」
「ああ、そうだ……って、いやいや、ないし!」

 危なかった。やはりこの義弟は策士だ。まんまと自白させられるところだった。
 ランドルは自分のペースを取り戻そうと、咳払いして相手を見据えた。

「アーネスト。おれたちの財産はすべて醍牙に取り上げられていて」
「だめだめ義兄上! そんな建前は言いっこなしですよう!」
「た、建前!?」
「言ったでしょう? 話は簡潔に、手短に! ときは金なり!」
「え、え、え?」

 気圧されながら、もしや義弟は策士などではなく、単に押しが強いだけなのではという考えがランドルの脳裏をよぎる。
 アーネストはチチチと人差し指を振って、「僕も一応、皇族として生まれましたので」とうなずいた。

「ジオドロス・パレスに隠し財産を預けた際の引き出し方法については、教わっているのです」

 ランドルは心底驚愕した。
 誕生以来、一度もまともに皇族自分たちと関わったことがない義弟が、いつどこでその方法を知ったのか。ローズマリーもそれを知る機会はなかったはずだ。

「う、嘘をつくな! お前なんかが知るはずがない!」
「うちの執事の辞書に不可能の文字はないのです」
「し、執事!? ……まさかあの、めちゃくちゃ慇懃無礼なあの男か!」
「わあ、ご存知なのです?」
「いつも第二妃にくっついていたあいつだろう!? おれらが石を投げたら全部打ち返してきて、『祟りますよ』と脅しやがった。そしたらほんとにおれも兄上も翌日、噴水に落ちたんだぞ!」
「あははは。ジェームズらしいな~」
「お前のとこの執事は、祟るのが『らしい』のか!」
「本当に祟るわけないですよう。偶然です」
「けどそいつの辞書に『不可能の文字はない』んだろう?」
「で、隠し財産を引き出す方法なんですけどもね」
「こいつ……都合よく話を断ち切りやがった」

 いけない。すでに義弟のペースに乗せられまくっている。
 と、気づいたときには、次の一手を打たれた。

「みなさんそれぞれのシンボルカラーのインクで、自筆の署名と花押が書かれたものを七人分、七枚。すべて持参の上で、所有者本人だけが引き出せる。そうでしょう?」
「……っ」

 その通りだ。
 その方法は皇族のほかは、ほんのひと握りの臣下しか知らないはずなのに、なぜ。

「うちの執事は重臣のご内儀にもモテモテだったのです」
「な……っ! 妻からバレたというのか!? そんな馬鹿な」
「奥方は鋭いのです。秘密を守れていると思っているのは夫のみということは、ままあるそうですよ? これも執事の受け売りですが」

 ランドルはぽかんとひらいていた口をあわてて閉じた。
 まだだ。その方法が発覚していたことは口惜しいが、シンボルカラーは自分たちしか知らない……はず……。
 こわごわアーネストを見ると、憎たらしいほど綺麗な笑みを浮かべている。

「父上は金茶色、義母上は紫、テオドア義兄上は青、ランドル義兄上は緑、ソフィ義姉上は黄、ルイーズ義姉上は赤、パメラ義姉上はドドメ色」
「なぜ知ってる!」
「うちの執事の辞書に不可能の文字は……」
「なぜない!」
「最後のドドメ色がなかなか判明せず、時間がかかったようですが」
「そうだろう。自分のシンボルカラーが青あざの色だと知ったパメラは泣きわめいて、『桃色にしてよ!』と激しく抵抗したのだが父上が承知せず、なかなか確定しなかった……って、ちくしょう! なぜ認めてしまうんだ、おれよ!」

 ランドルは頭を抱えたが、それでもまだ勝機は残っていると考えた。
 それらの色は、エルバータに古くから伝わる技法でのみ再現される。もしも文書偽造の天才がいたとしても、インクの色までは再現できまい。
 エルバータ固有の薬草を組み合わせなければ作れない色合いだからこそ、大事な財産を守るため採用され、た……

 ――薬草。

 ランドルは顔を引きつらせながら、まさかと、薬草を自在に調合する義弟を見た。
 案の定アーネストは、ローズマリーそっくりの、白い花のような笑顔でランドルを見つめ返していた。

「インクの技法に関しては実は、僕の母が宮殿にいた頃、皇室図書館で調べていた……というか、居場所がなくて図書館に引きこもっていた際に片っ端から読んでいた本の中から得た知識を、たまたま記録していました」
「引き、こも……」

 ランドルは言葉を失った。
 第二妃が、図書館にしか居場所を見出せないほど追いつめたのは、自分たち家族なのだ。自分たちが蒔いた種で実った結果を、今、刈り取っている。



 ✦꙳✧˖°✦⌖꙳✧˖°✦⌖꙳✧˖°✦⌖꙳✧˖°✦⌖꙳✧˖°✦



いつも『召し使い様の分際で』を読んでいただき、本当にありがとうございます。
度々申しわけないのですが、ちょっと多忙+腱鞘炎(治りかけ)等の事情により、しばし休載させていただくことに致しました。再開は12月頃になるかもしれません。
中途半端なところで中断してしまって、ごめんなさい。

代わりに……はならないかもしれませんが、明日17日より『ドラゴン☆マドリガーレ』というファンタジーを掲載させていただきます。
カクヨムさんにて別名義で公開していた作品(完結済み)に加筆修正したもので、ラピスという愛らしい少年と、彼を溺愛する大魔法使いの師匠クロヴィス(見た目詐欺)が、イチャコラしながらいつのまにやら世界を救う物語です。←だいぶ省略した

BLではありませんが、『召し使い様の分際で』の双子的存在のお話なので、共通点がいくつかあります(舞台設定はまったくの別物でリンクはしていません)
試しに読んでみていただけたら、とてもとても嬉しいです。

詳しくは重い腰を上げて始めた(そして今まで2か月以上放置していた)Xにて、裏話や、カクヨムさん掲載時に公開していたイメージラフなども載せていこうかなと考えています。ご覧いただけましたら幸せいっぱいです。
ちなみにXのヘッダーイラストはクロヴィス師匠。
幻の白銅くんイラスト(笑)も、ありがたいことにリクエストをいただけたので😸アイコンとして復活させました。
諸々、どうぞよろしくお願いいたします……!

季節の変わり目で急に寒くなりましたが、皆様がお風邪など召しませんように。あったかくして美味しいものを食べて、お元気で過ごされますように!🍄
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感想 834

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みんなの感想(834件)

❤
2024.11.04

この世界は「王子殿下が恋した人は誰ですか」と同じ世界線だったりしますか?クロスオーバーしたら面白いと思いました。王子達が友人関係で寒月とリーリウスは下ネタで話と股間が盛り上がってそうです。

月齢
2024.11.04 月齢

❤さま

ご感想ありがとうございます!
世界線。確かに同じ世界線だったら楽しいですね!🤭
優雅に下ネタを有言実行する王子と、オープン下ネタ王子の寒月は、特に気が合いそうですw
……自分で書いといてなんですけど、私の作品に出てくる王子はドスケベばっかりですね……✧

解除
政宗
2024.09.14 政宗

こちらも挿絵が欲しいです。北沢きょう先生の挿絵があったらもっと萌えると思います。双子とアーネストのイチャイチャとジェームズの号泣したとこ見たい!

月齢
2024.09.14 月齢

政宗さま

こちらも読んでくださり、ありがとうございます!
それは私も拝んでみたいです……! 北沢先生の絵は本当に尊いですよね✨

解除
雪川
2023.10.30 雪川

こんにちは。連載初期の頃からあまりに面白くずっと追っていて、しばらく他の作品を追ったりした後に、「本当に書籍化して欲しい」と思っていたら本当に書籍が発売されたので購入しました。
やはり面白くまた最初から読み直しております。何度読んでも痛快で面白く、大好きな作品です。
今後の書籍展開も非常に楽しみにしておりますので、どうか今は無理をなさらず、ご自愛ください。

個人的にはアーネストの顔を見てみんな一回は膝から崩れ落ちるという恒例の流れが吉○新○劇みたいでめっちゃ好きです。
令嬢たちとの対決の時、栴木さんがあの岩ムーブをしておいて心の中ではアーネストのことずっと「この世のものとは思えんかわいさ」「100点超えてる」とか思って評価してたのかなと思うと愉快だし好きです。
アーネストのことはもちろん大好きですが、白銅くんがめためた愛らしくて2人でいるとこの世の愛らしさここに集結したんか?ってなって癒されます。
小さな2人を大きなお兄さんお姉さんやおじさんたちが愛でている構図が可愛いし、敵対しているキャラも含めてどこか憎めずみんな魅力的で、素敵な作品だなあと感じます。ジェームズが実は妖精王でも驚かないぞう…………。

寒くなってきましたので、お部屋をぽかぽかにしてゆっくりなさってくださいね。

月齢
2023.10.30 月齢

雪川さま

わああ、とっっっても嬉しいご感想を本当にありがとうございますー!!!💕
おかげさまで書籍化していただけました…ご購入くださったのですね。感謝感激です…!
おまけに何度読んでも面白いだなんて、あれこれ疲れた心身にしみ渡る元気玉ワードまでいただけてしまって! 励みになりまくりで泣きそうです。
長くお休みさせていただいておりますが、とにかく絶対完結させると決めておりますので、そこへ向かって頑張ります!

……あ……ほんとだ。〇本のお約束みたいだ~笑
これは書きながら「そろそろしつこいと思われるだろうか」と危惧しつつ、今更やめるわけにはいかない😹という流れで入れていたので、そう仰っていただけると作者ホッと一安心+すごく嬉しいです!w
実は私の知人が昔、来日していた某ハリウッド俳優を目撃した際、あまりにかっこよすぎて脚ガクブルで「声かけるとか絶対無理だった!」そうで、あまりに美人すぎるアーちゃんを目撃した人々も脚に来るかもと思ったのがこのネタの始まりでした🌝
あー栴木さん、ありそうですね!笑 岩の内心、大騒ぎ。始まる前から100点つけてそうw 大公夫妻が真剣に審査している横で「いうても勝負にならんだろ」と岩のまま考えてそう。
そして白銅くんや敵キャラにまで優しいお言葉!わーん幸せ!🐱💖 白銅くんは実はドングリが大好きという裏設定があるので、ドングリの季節にドングリネタで番外編を書きたかったのに、ちょうどお休みしてしまい無念です……。いずれまた!✧ 
ジェームズが妖精王!腰痛持ちの妖精王!…それも新鮮でイイ…!✨

嬉しいお言葉をたくさん、本当にありがとうございます。雪川さんもどうかお風邪など召しませぬように♡

解除

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