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第30章 その頃、元皇族たちは……
奮闘姉妹
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「カンチョー!」
「甘いわ!」
両手の人差し指を突き立てながら走ってきた少年をひらりと交わし、ルイーズはその子のお尻の割れ目にこぶしをお見舞いした。
「カンチョー返し!」
「いでーっ!」
「おーっほっほっほ! 皇女を舐めるんじゃなくてよ! いつまでも下々の子猿どもにやられっぱなしでいてやるものですか!」
「すごいわルイーズ! さすがだわ!」
反撃された少年と、その攻防を見守っていた子供たちが、「けっこうやられっぱなしだったよな」と冷静に講評した。
「百対一くらいでやられてるくせにー」
「初めてカンチョーやり返したとき、突き指してたしね」
「それをキョークンとしてグーでやり返す技を開発した辺りは、なかなかやりよる」
そこへ「こらー! お掃除をさぼってるのは誰だー!」と孤児院の院長がやって来て、子供たちは「やべっ!」「ひとまず退散だ!」と放り出していた箒を持って駆け出した。が、去り際にルイーズとパメラに宣戦布告することも忘れなかった。
「次は負けないからな!」
「ふんっ! 返り討ちにしてくれるわ!」
修道服姿で頭巾を被り、片手に雑巾、もう片方の手を口にあてて高笑いするルイーズとパメラを見て、高齢の院長は嬉しそうに何度もうなずいた。
「すっかり子供たちと仲良くなって。一時期はあなたたちの人間性の歪みはどうしようもないと諦めかけていたけれど、神はあなたたちを見捨てなかった」
「はあ!? どこをどう見れば仲良しに見えるのよ!」
「わたくしたちは、なにかと言えばカンチョーを仕掛けてくるあの子猿どもに、目に物見せるべく日々戦っているだけよ!」
「ええ、ええ、わかっていますとも」
院長は両手を合わせて天を仰いだ。
「神は無垢なる子供たちに宿りて、同程度の精神年齢である大人たちの病んだ魂を癒し給う」
「誰が魂の病人よ。失礼も大概になさいよ」
「お待ちなさいパメラ。その前に子供と同レベルと言われたわ」
「その調子で修道なさい。さすれば必ずや神が、あなたたちの歩む道を明るく照らすでしょう……!」
ひとり感極まったように目尻を押さえ、院長は去っていった。
そのうしろ姿を見送りながら、「なにしに来たのよあの婆さんは」と顔をしかめて、ルイーズは雑巾をバケツに投げ入れた。
パメラも雑巾を床に叩きつけ、姉妹そろって深々とため息を吐くと、廊下のベンチに腰を下ろす。毎日毎日祈りと奉仕活動を強いられて、二人とも疲労困憊なのだ。
白魚のようと褒めそやされた指は荒れ、薔薇のオイルで手入れされていた脚は浮腫み、尻はカンチョー攻撃の脅威に晒され。
こんなに酷い虐待を受けているのに、神官たちはおろか救貧院の老人たちまで、「肌艶が良くなった」「どんどん健康的になっている」「食欲も旺盛で」などと言う。
確かに、不味い食事でも食べるくらいしか楽しみがないから、出されたものは食べている。
だがウサギの餌のような内容だ。宮廷時代の美食からは程遠く、健康どころかやつれる一方だというのに、なにが『肌艶が良くなった』だ。腰回りが太くなった気はするが、それはたぶん疲労からくる錯覚であろう。
――と、いうのが、姉妹の共通認識である。
「でも悔しいけれど、あの婆さんの言う通り、わたくしたち、ちょっとこの生活に順応している気がするの」
「そうねルイーズ。こんなことではいけないわ。早くこんな境遇から抜け出さなければ」
「お母様からの連絡はまだかしら……」
「あの一件で、醍牙側の内通者が潰れてしまったのが痛いわね……」
「早々に代わりを見つけると、最後の連絡で仰っていたけれど」
「賠償金を叩きつける当てはあるというのに、歯痒いわ」
腕を組んで考え込んでいた二人だが、やがてパメラが「ねえ」と姉の顔を窺いながら提案した。
「アーネストを取り込むことはできないかしら……?」
「アーネスト!? あの憎たらしい役立たずを!?」
「確かに憎たらしいけれど、あの子は醍牙の王族に上手く取り入っているから、そこを利用すれば、醍牙側に知られないようジオドロス・パレスに行けるのじゃなくて?」
「……アーネスト……ねえ……」
うーんと考え込む二人の耳に、表のほうから騒がしい声が聞こえてきた。
ルイーズが「まさか」と眉根を寄せる。
「噂をすれば。またアーネストが王子との幸せ生活を見せつけに来たのじゃないでしょうね」
「いえ、違うようよ? もっとずっと耳障りな声だわ」
話しながら階段の踊り場に移動した二人が、たった今、孤児院に入ってきた一団を覗き見ると。
兵士の制服を着た者が六、七人、迎えに出た院長や神官たちと挨拶を交わしている。
そして騒いでいるのは、兵士たちに囲まれるようにして立っている男だ。
アーネストと同い年くらいだろうか……同じく制服を着ているが帽子は被っておらず、団子のような鼻と、不機嫌そうに尖らせたおちょぼ口が目を引いた。
そのおちょぼ口が、雛が餌をねだるごとくパカッとひらくやいなや。
「もう嫌だー! ぼくはもう帰る! 筋肉馬鹿のお前らなんかに、これ以上付き合ってられるかーっ!」
「陛下のご命令ですよ」
「わかってるってば、しつこいんだよ! だから今まで我慢してきたじゃないか!」
「ちっとも我慢できていなかったような……」
「帰せー! ぼくを根坤の娼館に……じゃなくて家に帰せー! 助けて母上ぇぇ! うおおーん!」
パメラは口元を引きつらせて姉を見た。
「……なんなの、あの見るからに馬鹿は」
「さあ。それより今、『陛下』と言わなかった?」
騒がしいその男は、屈強な兵士たちの輪から抜け出そうともがいているが、ぽっちゃりした体格も相まって、球体が壁に跳ね返って弾んでいるように見える。
あまりにうるさいので子供たちも集まってきて各部屋の中から様子を窺っているが、わめき続ける男には、子供たちの視線などどうでもいいようだった。
そんな彼を、院長がなだめた。
「皓月殿下。どうかお静まりください。子供たちはご来訪を楽しみにお待ちしておりました」
「ぼくはなんにも楽しくなーい!」
ルイーズとパメラは目を瞠り、ギョキッと院長を睨みつけている男を指差しながら、声を殺して仰天した。
「あれが」
「殿下ですって……!?」
「甘いわ!」
両手の人差し指を突き立てながら走ってきた少年をひらりと交わし、ルイーズはその子のお尻の割れ目にこぶしをお見舞いした。
「カンチョー返し!」
「いでーっ!」
「おーっほっほっほ! 皇女を舐めるんじゃなくてよ! いつまでも下々の子猿どもにやられっぱなしでいてやるものですか!」
「すごいわルイーズ! さすがだわ!」
反撃された少年と、その攻防を見守っていた子供たちが、「けっこうやられっぱなしだったよな」と冷静に講評した。
「百対一くらいでやられてるくせにー」
「初めてカンチョーやり返したとき、突き指してたしね」
「それをキョークンとしてグーでやり返す技を開発した辺りは、なかなかやりよる」
そこへ「こらー! お掃除をさぼってるのは誰だー!」と孤児院の院長がやって来て、子供たちは「やべっ!」「ひとまず退散だ!」と放り出していた箒を持って駆け出した。が、去り際にルイーズとパメラに宣戦布告することも忘れなかった。
「次は負けないからな!」
「ふんっ! 返り討ちにしてくれるわ!」
修道服姿で頭巾を被り、片手に雑巾、もう片方の手を口にあてて高笑いするルイーズとパメラを見て、高齢の院長は嬉しそうに何度もうなずいた。
「すっかり子供たちと仲良くなって。一時期はあなたたちの人間性の歪みはどうしようもないと諦めかけていたけれど、神はあなたたちを見捨てなかった」
「はあ!? どこをどう見れば仲良しに見えるのよ!」
「わたくしたちは、なにかと言えばカンチョーを仕掛けてくるあの子猿どもに、目に物見せるべく日々戦っているだけよ!」
「ええ、ええ、わかっていますとも」
院長は両手を合わせて天を仰いだ。
「神は無垢なる子供たちに宿りて、同程度の精神年齢である大人たちの病んだ魂を癒し給う」
「誰が魂の病人よ。失礼も大概になさいよ」
「お待ちなさいパメラ。その前に子供と同レベルと言われたわ」
「その調子で修道なさい。さすれば必ずや神が、あなたたちの歩む道を明るく照らすでしょう……!」
ひとり感極まったように目尻を押さえ、院長は去っていった。
そのうしろ姿を見送りながら、「なにしに来たのよあの婆さんは」と顔をしかめて、ルイーズは雑巾をバケツに投げ入れた。
パメラも雑巾を床に叩きつけ、姉妹そろって深々とため息を吐くと、廊下のベンチに腰を下ろす。毎日毎日祈りと奉仕活動を強いられて、二人とも疲労困憊なのだ。
白魚のようと褒めそやされた指は荒れ、薔薇のオイルで手入れされていた脚は浮腫み、尻はカンチョー攻撃の脅威に晒され。
こんなに酷い虐待を受けているのに、神官たちはおろか救貧院の老人たちまで、「肌艶が良くなった」「どんどん健康的になっている」「食欲も旺盛で」などと言う。
確かに、不味い食事でも食べるくらいしか楽しみがないから、出されたものは食べている。
だがウサギの餌のような内容だ。宮廷時代の美食からは程遠く、健康どころかやつれる一方だというのに、なにが『肌艶が良くなった』だ。腰回りが太くなった気はするが、それはたぶん疲労からくる錯覚であろう。
――と、いうのが、姉妹の共通認識である。
「でも悔しいけれど、あの婆さんの言う通り、わたくしたち、ちょっとこの生活に順応している気がするの」
「そうねルイーズ。こんなことではいけないわ。早くこんな境遇から抜け出さなければ」
「お母様からの連絡はまだかしら……」
「あの一件で、醍牙側の内通者が潰れてしまったのが痛いわね……」
「早々に代わりを見つけると、最後の連絡で仰っていたけれど」
「賠償金を叩きつける当てはあるというのに、歯痒いわ」
腕を組んで考え込んでいた二人だが、やがてパメラが「ねえ」と姉の顔を窺いながら提案した。
「アーネストを取り込むことはできないかしら……?」
「アーネスト!? あの憎たらしい役立たずを!?」
「確かに憎たらしいけれど、あの子は醍牙の王族に上手く取り入っているから、そこを利用すれば、醍牙側に知られないようジオドロス・パレスに行けるのじゃなくて?」
「……アーネスト……ねえ……」
うーんと考え込む二人の耳に、表のほうから騒がしい声が聞こえてきた。
ルイーズが「まさか」と眉根を寄せる。
「噂をすれば。またアーネストが王子との幸せ生活を見せつけに来たのじゃないでしょうね」
「いえ、違うようよ? もっとずっと耳障りな声だわ」
話しながら階段の踊り場に移動した二人が、たった今、孤児院に入ってきた一団を覗き見ると。
兵士の制服を着た者が六、七人、迎えに出た院長や神官たちと挨拶を交わしている。
そして騒いでいるのは、兵士たちに囲まれるようにして立っている男だ。
アーネストと同い年くらいだろうか……同じく制服を着ているが帽子は被っておらず、団子のような鼻と、不機嫌そうに尖らせたおちょぼ口が目を引いた。
そのおちょぼ口が、雛が餌をねだるごとくパカッとひらくやいなや。
「もう嫌だー! ぼくはもう帰る! 筋肉馬鹿のお前らなんかに、これ以上付き合ってられるかーっ!」
「陛下のご命令ですよ」
「わかってるってば、しつこいんだよ! だから今まで我慢してきたじゃないか!」
「ちっとも我慢できていなかったような……」
「帰せー! ぼくを根坤の娼館に……じゃなくて家に帰せー! 助けて母上ぇぇ! うおおーん!」
パメラは口元を引きつらせて姉を見た。
「……なんなの、あの見るからに馬鹿は」
「さあ。それより今、『陛下』と言わなかった?」
騒がしいその男は、屈強な兵士たちの輪から抜け出そうともがいているが、ぽっちゃりした体格も相まって、球体が壁に跳ね返って弾んでいるように見える。
あまりにうるさいので子供たちも集まってきて各部屋の中から様子を窺っているが、わめき続ける男には、子供たちの視線などどうでもいいようだった。
そんな彼を、院長がなだめた。
「皓月殿下。どうかお静まりください。子供たちはご来訪を楽しみにお待ちしておりました」
「ぼくはなんにも楽しくなーい!」
ルイーズとパメラは目を瞠り、ギョキッと院長を睨みつけている男を指差しながら、声を殺して仰天した。
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「殿下ですって……!?」
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