召し使い様の分際で

月齢

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第29章 禁断の杯

完済できたら

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 僕は思わず顔をしかめた。

「酔ってなんかいないってば。ほんとに心配性の虎さんたちだね!」
「いや、心配じゃなく事実として」

 なお言い募る寒月の口を、「そんなことより」と人差し指で塞いだ。

「パンティの隠し財産について、知りたくない?」
「知りたいです……!」
「寒月、この馬鹿!」
「だって知りてえもの!」
「この先を見せられたら、お預けがいっそう地獄になるんだぞ!」

 なにやら揉めている双子にかまわず、僕は話を進めた。

「ところで僕、パンティという名称を初めて知ったよ。ダースティンでは下穿きと言うのだけど、今どきはみんなパンティと呼ぶのだろうか」
「い、いや、醍牙でも下穿きが一般的だと思うが……アガーテ・ボンボンの国ではパンティとかショーツとかいろいろな呼び方と形状があるらしい。下着の総称がランジェリーで」
「アホか青月! なにを解説してんだ!」

 また揉めている。さもありなん。人生の真理について語る以上、議論が付きものであろう。
 そのあいだに、僕も準備をしておこう……もう一度ドレスをめくって、と。お尻がギリギリ隠れる程度の長さしかないから、めくるのはラクちんだ。

「では、パンティにご注目」
「あっ! いかんアーネスト!」
「大歓迎だがダメだ、断腸の思いだがダメなんだ!」

 青月も寒月も、悲痛な表情で振り絞るようにして叫んだ。そんな顔をされたら、僕まで悲しくなっちゃうよ……。

「泣かないで、青月、寒月」
「「いや、泣いてはいないが泣きたい思いでいっぱいです」」
「それでこのお尻丸出しパンティは、『変形Tバック』というらしく」
「「話聞いてアーネストォォ!」」

 同時に両手を突き出してきた二人は、どうやら僕の動きを阻止しようとしたらしい。が、その前にぷりんとお尻を向けて逃れたら、双子は「「ぷりケツ!」」と股間を押さえて頽れてしまった。
 おや。二人の目線の高さが、ちょうど僕のお尻の辺りに。
 よく見るために屈んだのかな……そこまでして真理を追求しようというのか。その熱意、応えぬわけにはいくまい。

「この黒レースはこのように、お尻の割れ目に沿っているんだけど。これも乳首見せ下着と同じく、左右に分かれるんだよ。ほらね」

 お尻を突き出した格好でうしろに手を回し、指でレースをひらいて見せてあげると、双子は目を血走らせて「ありがとう神様……!」「でももう限界です!」と鼻を押さえて天を仰いだ。

「この左右に分かれるレースを腰に巻いたリボンと合わせて結ぶと、『紐パンティ』にもできるとのこと。紐パンティってなんだろう。わかるかい? きみたち」
「わかりません、先生……」
「桃尻先生。なぜに俺たちはこんなにも、忍耐を試されているんだろう」

 ん? どうしたことだ。こんなにつらそうな双子を見るのは初めてだ! 

「どうしたの!? 青月、寒月! お腹痛いの?」
「「いや、股間が」」
「悪寒が!? 大変、すぐ薬草茶を用意するから待ってて!」
「違う違う」
「薬草茶はいいから、絶対その格好で外に出るな」
「お薬はいいの?」
「「ああ」」

 僕はホッと胸を撫でおろした。

「じゃあパンティの前部分も見る?」
「「えっ」」
「正面に、黒いレースの大きなリボンが付いているでしょう? 愛らしいアクセント……と見せかけて、実はこのリボンの輪に、こうしてちんこを通す仕様になっております。その結果、ちんこにリボンを結んでいるように見えるのです」

 言いながらリボンを持ち上げて、そこがよく見えるようにすると、双子が「ぐはっ!」「もう勘弁してくれえ!」と、またも股間を押さえてうずくまった。

 ……本当にどこも悪くないのかな……?
 小首をかしげて見ていたら、呻く彼らのそばに、桃マルムが転がっているのが目に入った。寒月もそれが視界に入ったようで、「はああ」と大きなため息をつきながら拾い上げる。

「桃マルムよ……俺たちは今日、大事な話をアーネストにするつもりだったんだぞ?」
「それがどうしてこうなった」

 青月まで桃マルムに向かって話しかけている。
 二人とも、いつのまに桃マルムと話せるようになったのだろう。いいなあ……僕も話してみたい。
 あ。でもその前に。
『大事な話』と聞いて、僕もまた大事な話を思い出した。

「あのね、寒月、青月」

 名を呼ぶと、二人は雨に濡れた子犬のような目で僕を見た。

「アーネスト……ちんたま破裂するから、下着の隠し財産の話はもういいよ……素面のときにまた頼む」
「マルムに訊いても、どうせまた左に転がるんだろうしな……」

 二人らしくもなく、なにやら悲観している様子。
 そんなときに、こんなことを言っていいのかわからないけど……

「あのね。もし、つつがなく隠し財産を回収できたとして」
「ん?」
「あ、ああ、下着じゃないほうの隠し財産か」
「うん。その結果、もしもだけど、僕がこれまで返済した金額と合わせて、賠償金を完済することができたら……そのときは僕を、お嫁さんに、してくれる……?」
「「うっ」」

 喉になにか詰まらせたような声を発したかと思うと、二人は目も口もパカッとひらいて僕を見た。
 ……あれ? ……もしかして、迷惑だった……? 
 そう考えたと同時に目の前が真っ暗になり、ぶわっと涙が浮かんだが、直後に双子が襲いかかるようにして抱きしめてきたので、驚いて涙も引っ込んでしまった。
 寒月が何度も頭にキスしてきて、感極まったような声を漏らす。

「ったく、この酔っ払い妖精め……! 今夜は俺たちのほうから、改めて結婚を申し込むつもりだったのに!」
「え」

 青月も、せわしなく頬や耳にキスしながら囁く。

「アーネストは賠償金完済の目途が立たないと、結婚してくれそうもないから。だから商売と隠し財産の捜索の両面で役立つ八尋たちに、絶対お前を認めさせようと思ったんだ」
「隠し財産はともかく商売のほうは、あいつらも甘くねえんだ。けどアーネストなら必ず、あいつらをあっと言わせるだろうと信じてた。けど念には念を入れて、春の精選びのドレスやらなんやらを用意したんだが……」

 そうか。それでわざわざピュルリラさんたちに依頼して……。

「また新たにスケベな悪ふざけを始めただけだと思っていたよ……ごめんね、寒月、青月」
「「そんなふうに思われていたのか」」

 急降下していた気持ちが一転、二人らしさあふれる真摯な愛情表現が嬉しくて愛おしくて。とろけそうなほど甘く情熱的な視線で僕をつつみ込む二人に、この気持ちを、感謝を、どう伝えればいいのだろう。
 胸がいっぱいになって、ふさわしい言葉を探していると。

「あれ? 桃マルムが」
「「ん?」」

 呟いた僕の視線の先を追った双子が、またそろって「「あっ!」」と驚愕の声を上げた。
 ……そこまで驚くほどのことだろうか。
 桃マルムが右のほうへ、コロコロ転がっているだけなのに。
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