召し使い様の分際で

月齢

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第28章 裏・春の精コンテスト

ドヤ顔の嫁

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「よくぞ訊いてくださいました」

 僕は自信満々、くるりとターンして見せてから、みなさんに向かって笑顔で宣言した。

「虎です!」
「と、虎……だ、な、確かに」
「はい、虎です!」

 王女に首肯を返した僕、かなりのドヤ顔になっている自信がある。
 そう、虎なのだ。
 僕が着ているのは、虎の着ぐるみなのだ! 

 もちろん本物の虎の毛皮なんて恐ろしい代物ではなく、ピュルリラさん特製の虎縞の生地に詰め物をして、ぬいぐるみみたいにフカフカさせた特製着ぐるみ!
 僕はこんなにも本格的な着ぐるみを初めて見た。
 仮装用の、それっぽいペラッとした被り物とか衣装とかじゃなく、まさに着るぬいぐるみ。
 エルバータの王侯貴族でも、こんな豪勢な装束を持つ者はいなかったに違いない。ダースティンの田舎者なのでよく知らないが。
 黒地に白い斑紋のついた丸い耳も、虎縞の尻尾もちゃんと厚みがあって、手のひらにはぷにぷにした肉球まであるんだもの。天才すぎる!

「これ、王子殿下方が考えて注文してくださったのですよ。素晴らしいでしょう!? 弟君たちのこの発想力、そして行動力! お二人を天才的な芸術家と評しても過言ではないと思うのです、そうでしょう!?」

 説明するうちにさらに嬉しくなって、あれこれポーズを決めながら王女に同意を求めると、「あ、ああ……そう、だな」と言ってくれた。
 やはり! さすが職人の品を数多く扱ってきた王女、見る目がある! 
 寒月と青月も、「いやあ、それほどでもあるがな。愛する嫁のためだからな。やっぱ何度見てもめっちゃ可愛いよな」「とても似合う」と自慢げ且つ嬉しげに破顔している。

 ただ、気づけば王女を始め、その場の全員が顔を引きつらせているのはなぜなのか……もしや説明が足りなかったか。
 そうだ。この着ぐるみの素晴らしさを伝えるには、半日あっても足りなかろう。そう思い至り、改めて称賛の言葉を続けようとしたのだが。

 王女が「プッ」と吹き出したのを皮切りに、その場のほぼ全員が爆笑した。繻子那嬢たちは額に手を当てている。なぜに。
 頭に「?」を浮かべていたら、女将軍の灯曄ヒバナ様が、涙を拭いながら僕を見た。

「貴殿がかの有名な妖精伯爵こと、ウォルドグレイブ卿なのですね。噂は当てにならないな。噂よりずっと愛らしい方じゃないか」
「本当に! さすがは、あの白銅きゅんのご主人様です! お二人が並んでいたら、可憐すぎて悶え死にそう!」

 頬を紅潮させた緑花さんが、目を潤ませながらパタパタと渉大さんの肩を叩くと、渉大さんも叩かれながら、「向こう三年くらい、思い出すだけで笑顔になれそうです」とニコニコしている。
 なんのことやらよくわからないが、白銅くんの言っていた通り、気さくで優しそうな人たちだ。

 一番笑っているのが八尋様で、「マジ最高。腹いてえ」とお腹を抱えている。

「こう来るとはな! 見た瞬間、途轍もない美人が現れたことと、その美人がぬいぐるみ状態になってることと、どっちに驚けばいいのか頭が真っ白になったわ」

 笑い続ける八尋様に、双子が「そうだろう」「アーネストほどインパクトのある人間はほかにいない」と満足そうにうなずくと、八尋様が「しかし」と意外そうに二人を見た。

「お前らなら絶対、どエロい衣装を着せるだろうと思ってたぜ」
「着せたいのはやまやまだが、お前らには絶対見せねえ」
「その通り」
「ケチかよ」

 またゲラゲラ笑い出した八尋様の向こうで、カタリナさんとリアンさんが、僕のことを上から下まで視線を何往復も動かしながら眺めてきた。

「……なるほどぉ。全身を覆うことで逆に、隠しきれない素材の良さをアピールしてきたってわけね」
「相当な自信の表れだね。そして悔しいけど、その作戦は成功している」

 ……えーと。単に双子が用意してくれた着ぐるみを着てきただけなのだが、なんの作戦だろう。
 小首をかしげると、視界の端で嘉織カオリ様が、「うっ!」と大きな手を大きな胸に当てた。白銅くんに聞いていた通り、顔半分が髭で覆われているので表情がわかりづらいけれど……もしやまだ、白銅くんが引っ掻いてしまったという傷が痛むのだろうか。

 尋ねようと口をひらくと、嘉織様は威嚇するように目を剝いた。でもすぐさま隣席の音威オトイ様が、「あ、敵意も害意もないですよ!」と愛想よく説明してくれた。

「この人、可愛いもの大好きなので。可愛い方が可愛いものを着ているので、ドギマギしちゃってるんです」

 嘉織様がブンブンうなずく。その様子に思わず笑みをこぼすと、嘉織様はまたギラッと目を瞠った。
 白銅くんが『かいぶつ扱いしてしまって申しわけなかったです……』と反省していただけあって、羆獣人の刹淵セツエンさんよりも巨体でコワモテだけれど、とても優しそうな人だ。

「初めまして。その節は僕の従僕が失礼をいたしました。本当に申しわけありません。その後、傷のぐあいはいかがでしょうか。軟膏は足りていますか?」
「あ、は、い」
「そうそう、届けていただいたあの軟膏、めちゃくちゃ効きましたよ! さすがは名高き妖精の薬だって驚いていたんです。ほら、もう傷跡もわからないでしょ!?」

 音威様が、口ごもる嘉織様の手を引っ張って見せてくれた。
 
「……確かに。ああ、よかったです! 白銅くんもとても気に病んでいたので……」
「だ、大丈夫! と!」

 嘉織様が今度は食い気味に答えて、音威様が「そう伝えてください」と補足した。異母兄弟だそうだけど、すごく仲良さそう。いいなあ。僕のところとは大違いだ。
「念のため、またお薬を届けさせていただきますね」と話していると、ふと視線を感じた。

 そちらに顔を向ければ、黒い長衣を肩にかけた二人組。
 揚羽さんと、紋白さんだ。近くで見ると、ますます人形のように整った顔をしている。
 ご挨拶を……と思ったら、先に彼女たちのほうが口をひらいた。僕と、そして寒月と青月に、無感情な視線を向けながら。

「失礼ですが、ウォルドグレイブ伯爵は春の精選びに参加されているのですよね?」
「失礼ながら、そのお姿で?」

 二人の問いかけに答えたのは、ズイッと進み出た繻子那嬢と壱香嬢だった。

「「そうですわ、なにか文句あります!?」」
「……文句ではなく確認です。春の精の絶対条件は、繁栄繁殖の象徴としての色気。伯爵のそのお姿に色気を感じる方が、はたしていらっしゃるでしょうか」

 寒月と青月が「「ここにいるし」」と不満そうに答えたけれど、その声をかき消す勢いで、またも令嬢方が応じた。

「逆にそういうもの好きなへきの持ち主がいないと言える!? この王子殿下方を前にして!」
「そうですわ! よりにもよって春の精コンテストに出場する嫁に、嬉々として着ぐるみを着せるセンスの持ち主であるこのお二人に対して、よくも『なんで着ぐるみなんだよ』と馬鹿正直に言えたものですわね!」

 ……揚羽さんたちは、そこまで言っていないと思うのだが……。
 繻子那嬢たち、よっぽどこの着ぐるみを選択したことが不服だったらしい。

 双子に目を向けると、ぽかんと口をあけて令嬢方を見下ろしている。やれやれ。
 僕はまたトコトコと、対峙する二組のあいだに進み出た。

「色気が絶対条件なのですよね? お任せください。僕には色気はありませんが、色気を持っているのです」
「「はい?」」

 揚羽さんと紋白さんがわずかに眉根を寄せて、初めて表情を崩した。
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