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第25章 『あの日』と、これから
白銅くん vs. 令嬢たち (+書籍化のお知らせ)
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「こんにちは~。ご機嫌うるわしゅう。繻子那嬢、壱香嬢」
「あら、こんにちは……って、この際、挨拶なんかどうでもいいのよ!」
ベシッと僕の挨拶を地面に叩きつけるごとく手を振り回した繻子那嬢。芸が細かい。白銅くんが真ん丸になった目でその動きを追っているのがまた可愛いのだが、ほっこりする間を与えてなるものかとばかり、壱香嬢もズイと進み出てきた。
「さあ、ウォルドグレイブ伯爵。今日こそ責任をとっていただきますからね!」
「そうよ。わたくしたちはもうお嫁に行けない身なのだから、意地でも承諾していただきます!」
「ふおお……」
二人の迫力に感心したあまり、おかしな声が出た。
傍から見たら結婚詐欺が発覚して問い詰められているか、もしくは子供の認知でも迫られているかといった会話で、おかしな誤解を生みそうではあるが。
僕は思わず「うーん」と苦笑して二人を見た。
「そう仰られても……僕には白銅くんという優秀な従僕がいてくれるので。召し使いの分際で、この上あなたたちを侍女にするなんて、そんなことはとてもできません」
そう。僕が受けた『思わぬ余波』とは、このこと。
つまり彼女たち――繻子那嬢と壱香嬢が、突然『ウォルドグレイブ伯爵の侍女になります!』と志願してきたのだ。いや、正しくは『侍女にしなさい!』だが。
何度も断っているのだが、諦めてくれない。
「そうです! アーネスト様には僕がいます!」
白銅くんが僕の手をニギニギしたまま胸を張った。肉球に指を握られるようなソフトなニギニギ……癒されるぅ。
「あなたをクビにしろとは言わないわよ、白銅」
「そうよ。あなたのご主人の使用人のひとりにしろとお願いしているのよ」
警戒心を解くためか笑顔で訂正した二人だが、白銅くんは「でも」とますます眉根を寄せた。
「お願いというより、脅迫しているように見えます」
あ。ズバッと言った。
「なんですってえ! どこがよ!」
「こんなに腰を低くしてお願いしているじゃないの!」
「本当に腰が低い人は、『雇え』と迫ったり追いかけ回したりしません!」
たちまち三人で口論が巻き起こった。
僕は白銅くんのこの、可愛いだけじゃなくキリッとしたところも好きなんだよねえ。
――なんて、のんびり見物してしまっているが。
令嬢たちがこんなことを言い出したのも、先日の『弓庭後家に反乱の疑いあり』の騒動と関連している。
弓庭後一門とアルデンホフ氏は失脚し、爵位や財産を没収された。そして弓庭後家令嬢の久利緒嬢は、じき留学名目で出国する。
彼女の父親は辺境の地で隠遁生活に入るが、泉果妃のたっての願いで、王様が久利緒嬢の後見人となることが決まった。とはいえ、彼女ももう侯爵家ご令嬢ではなく、平民の身分であることは変わらない。
上流意識の強い久利緒嬢には、庶民として王都に残ることも、父親に同行して都落ちすることも耐え難かったようだ。
かなり精神的に不安定なこともあり、しばらくのあいだ国を離れて、信頼できるところへ身を寄せたほうが良いという話になった。
行き先はセンシン公国。あの令嬢たちとの対決の折、栴木さんと共に判定人となってくれた、イストバ大公とレイニア妃の国である。あのお二人なら、久利緒嬢も安心だろう。
そして琅珠嬢は……
本人は最後まで否定していたが、双子が毒を盛られた件に積極的に関与していたことや、コーネルくんを使って僕に損害を負わせようとしていたことなど数々の悪事が露見し、『反省の色が見られず極めて悪質』と判断されて、奉仕活動を課された上で無期限の社交界追放となった。
その『数々の悪事』については、蟹清伯爵と守道子爵も与していたことは明らかなのだけど……
彼らはすでに、僕により多額の賠償金をむしり取られていたし。
おまけに――これは繻子那嬢たちの大手柄なのだけど、彼女たちは件の賠償金に関する話し合いの場でみずから罪を認め、謝罪もしていた。
その流れで蟹清伯爵と守道子爵も早々に謝罪し非を認めていた結果、弓庭後侯爵とアルデンホフ氏の失脚に巻き込まれず済んだのだから、娘たちに一生感謝したら良いと思う。
ただし政界や社交界における『四家』の栄光は過去のものとなり。
蟹清伯爵と守道子爵が今後再び、以前のような権勢を取り戻せるかはわからない。
そこで問題となったのが――というか、繻子那嬢と壱香嬢が問題にしたのだが――彼女たちの『嫁入り問題』である。
ほかの二人の令嬢のように、他国に避難したり社交界から追放されたりという目には遭わずに済んだ。
しかし彼女たちに言わせると……
「仕方ないでしょう! わたくしたちにはもう、嫁のもらい手がないのだから!」
ちょうど繻子那嬢が、白銅くんに言い放った。さらに壱香嬢も……
「そうよ! 王子殿下方の妃になる予定は崩れたし、落ち目の貴族家の娘を娶ろうとする男に、まともな貴族なんていないわ!」
己の傷を抉るようなことを断言しているが……言いたいことはわかる。
貴族というのは見栄と名声と権勢に固執しがちだ。
ゆえに『落ち目』と見なされれば手のひらを返して見下されるだろう。権勢を誇った家門が失墜したとなれば、なおのこと。
だから父親が復活するまで簡単には良い縁談が見つからないだろうという彼女たちの言い分は、現実を直視しているとも言える。
だけど、ねえ……。
召し使いの侍女なんて、それこそ彼女たちは、社交界の笑い者になってしまうだろう。
「お父上たちは反対されているのでは?」
「お父様はご自分のことだけ心配していれば良いのよ」
「その通りだわ、繻子那様」
テコでも動かぬという姿勢の令嬢たち。
白銅くんが僕に抱きついてきた。
「アーネスト様のお世話は僕がします! 『押しかけ侍女』なんかに負けませんからね!」
「「押しかけ侍女とは失礼ね!」」
また言い争いが始まった。
可愛い猫耳くんに抱きつかれてほっこりしながら、僕はひとつ提案をした。
彼女たちが父親を説得できるなら、という条件付きで。
✦꙳✧˖°✦⌖꙳✧˖°✦⌖꙳✧˖°✦⌖꙳✧˖°✦⌖꙳✧˖°✦
お知らせも無くしばらくお休みしてしまい、まことに申し訳ありませんでした。
近況でも地味にご報告させていただいておりましたが、このたび……
🍄『召し使いの分際で』が、書籍化されることになりましたー!🍄
これもひとえに、いつも読みに来てくださる皆様の、あたたかな応援のおかげです。 本当に本当に、ありがとうございます……!
書籍化作業をしているときも、この時間は皆様からいただいた贈りものなのだなあと、喜びを噛みしめておりました。心から感謝の気持ちでいっぱいです。
改稿では、掲載時は展開のテンポ重視で割愛した情報を入れたり、より深く世界観や登場人物たちの気持ちを伝えられるよう努めました。
皆様にちょっぴりでも恩返ししたくて……読後に明るい気持ちになれますように、笑顔になっていただけますようにと、心を込めて作業させていただきました。
出荷日は7月10日予定とのことです。
北沢きょう先生の超絶美麗なイラストが目印です!
特典SSの情報などは、近況にてご報告させていただきますね。
改めまして……皆様、いつも本当にありがとうございます。
これからもどうぞよろしくお願いいたします……!🍄✨
「あら、こんにちは……って、この際、挨拶なんかどうでもいいのよ!」
ベシッと僕の挨拶を地面に叩きつけるごとく手を振り回した繻子那嬢。芸が細かい。白銅くんが真ん丸になった目でその動きを追っているのがまた可愛いのだが、ほっこりする間を与えてなるものかとばかり、壱香嬢もズイと進み出てきた。
「さあ、ウォルドグレイブ伯爵。今日こそ責任をとっていただきますからね!」
「そうよ。わたくしたちはもうお嫁に行けない身なのだから、意地でも承諾していただきます!」
「ふおお……」
二人の迫力に感心したあまり、おかしな声が出た。
傍から見たら結婚詐欺が発覚して問い詰められているか、もしくは子供の認知でも迫られているかといった会話で、おかしな誤解を生みそうではあるが。
僕は思わず「うーん」と苦笑して二人を見た。
「そう仰られても……僕には白銅くんという優秀な従僕がいてくれるので。召し使いの分際で、この上あなたたちを侍女にするなんて、そんなことはとてもできません」
そう。僕が受けた『思わぬ余波』とは、このこと。
つまり彼女たち――繻子那嬢と壱香嬢が、突然『ウォルドグレイブ伯爵の侍女になります!』と志願してきたのだ。いや、正しくは『侍女にしなさい!』だが。
何度も断っているのだが、諦めてくれない。
「そうです! アーネスト様には僕がいます!」
白銅くんが僕の手をニギニギしたまま胸を張った。肉球に指を握られるようなソフトなニギニギ……癒されるぅ。
「あなたをクビにしろとは言わないわよ、白銅」
「そうよ。あなたのご主人の使用人のひとりにしろとお願いしているのよ」
警戒心を解くためか笑顔で訂正した二人だが、白銅くんは「でも」とますます眉根を寄せた。
「お願いというより、脅迫しているように見えます」
あ。ズバッと言った。
「なんですってえ! どこがよ!」
「こんなに腰を低くしてお願いしているじゃないの!」
「本当に腰が低い人は、『雇え』と迫ったり追いかけ回したりしません!」
たちまち三人で口論が巻き起こった。
僕は白銅くんのこの、可愛いだけじゃなくキリッとしたところも好きなんだよねえ。
――なんて、のんびり見物してしまっているが。
令嬢たちがこんなことを言い出したのも、先日の『弓庭後家に反乱の疑いあり』の騒動と関連している。
弓庭後一門とアルデンホフ氏は失脚し、爵位や財産を没収された。そして弓庭後家令嬢の久利緒嬢は、じき留学名目で出国する。
彼女の父親は辺境の地で隠遁生活に入るが、泉果妃のたっての願いで、王様が久利緒嬢の後見人となることが決まった。とはいえ、彼女ももう侯爵家ご令嬢ではなく、平民の身分であることは変わらない。
上流意識の強い久利緒嬢には、庶民として王都に残ることも、父親に同行して都落ちすることも耐え難かったようだ。
かなり精神的に不安定なこともあり、しばらくのあいだ国を離れて、信頼できるところへ身を寄せたほうが良いという話になった。
行き先はセンシン公国。あの令嬢たちとの対決の折、栴木さんと共に判定人となってくれた、イストバ大公とレイニア妃の国である。あのお二人なら、久利緒嬢も安心だろう。
そして琅珠嬢は……
本人は最後まで否定していたが、双子が毒を盛られた件に積極的に関与していたことや、コーネルくんを使って僕に損害を負わせようとしていたことなど数々の悪事が露見し、『反省の色が見られず極めて悪質』と判断されて、奉仕活動を課された上で無期限の社交界追放となった。
その『数々の悪事』については、蟹清伯爵と守道子爵も与していたことは明らかなのだけど……
彼らはすでに、僕により多額の賠償金をむしり取られていたし。
おまけに――これは繻子那嬢たちの大手柄なのだけど、彼女たちは件の賠償金に関する話し合いの場でみずから罪を認め、謝罪もしていた。
その流れで蟹清伯爵と守道子爵も早々に謝罪し非を認めていた結果、弓庭後侯爵とアルデンホフ氏の失脚に巻き込まれず済んだのだから、娘たちに一生感謝したら良いと思う。
ただし政界や社交界における『四家』の栄光は過去のものとなり。
蟹清伯爵と守道子爵が今後再び、以前のような権勢を取り戻せるかはわからない。
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ほかの二人の令嬢のように、他国に避難したり社交界から追放されたりという目には遭わずに済んだ。
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己の傷を抉るようなことを断言しているが……言いたいことはわかる。
貴族というのは見栄と名声と権勢に固執しがちだ。
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「その通りだわ、繻子那様」
テコでも動かぬという姿勢の令嬢たち。
白銅くんが僕に抱きついてきた。
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可愛い猫耳くんに抱きつかれてほっこりしながら、僕はひとつ提案をした。
彼女たちが父親を説得できるなら、という条件付きで。
✦꙳✧˖°✦⌖꙳✧˖°✦⌖꙳✧˖°✦⌖꙳✧˖°✦⌖꙳✧˖°✦
お知らせも無くしばらくお休みしてしまい、まことに申し訳ありませんでした。
近況でも地味にご報告させていただいておりましたが、このたび……
🍄『召し使いの分際で』が、書籍化されることになりましたー!🍄
これもひとえに、いつも読みに来てくださる皆様の、あたたかな応援のおかげです。 本当に本当に、ありがとうございます……!
書籍化作業をしているときも、この時間は皆様からいただいた贈りものなのだなあと、喜びを噛みしめておりました。心から感謝の気持ちでいっぱいです。
改稿では、掲載時は展開のテンポ重視で割愛した情報を入れたり、より深く世界観や登場人物たちの気持ちを伝えられるよう努めました。
皆様にちょっぴりでも恩返ししたくて……読後に明るい気持ちになれますように、笑顔になっていただけますようにと、心を込めて作業させていただきました。
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