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第24章 本当の出会い
幸運が導く奇跡
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「ただ、殿下方を保護してくださっているらしいと見えども、相手はエルバータ人。こちらが獣人だとわかれば、途端に嫌悪され、憲兵に通報されることもあり得ます」
たちまち眦を吊り上げた双子に、藍剛将軍は、「もちろん今なら、そんな方々ではないと、わかりますがの」と苦笑して続けた。
「そうでなくとも、やはり醍牙の王子が拉致され、奴隷商に売られたというのは、他国の――特にエルバータの皇帝のそば近く仕える方に、知られたくないのは事実でしたしな。
栴木閣下は、エルバータに潜伏して酪農を営んでいた部下の名を借り、『アイリス・グラント』様に、自分をエルバータ人の、えー、あー……何でしたかな」
「キール・クラーギン」
「それそれ、それです。すみませぬ閣下! その『キール・クラーチン』と名乗った上で、自分たちの北の農場の近くで『神獣』と崇められる虎の子たちが、奴隷商にさらわれたと説明しました。その子たちを無事連れ戻すため、国中を捜していたのだと」
クラーギンがクラーチンと改名されたようだが、そもそも仮名なのだから、指摘するほどではあるまい。双子も珍しく、おとなしく聞いているし。
藍剛将軍の笑みが深くなった。
「母君は、それは入念に身元確認をされたそうですぞ。さすがはアーネスト様の御母堂、聡明なお方です。栴木様が適当に偽っていたら、悪者の仲間と見なされて、殿下方を返してもらえなかったやもしれませぬな」
「ただでさえオッサンは見た目がこえーしな」
「むしろ奴隷商の黒幕と思われなかったのが不思議だ」
「こらあ!」
双子の失礼な発言を注意したけど、相変わらず栴木さんは動じない。もう尊敬するしかない。
「御母堂と執事殿は、さらに、警戒されぬよう単身で伺った栴木様に、離れに十日ほど滞在するよう要請されました。殿下方の反応や、子虎への扱い方などを観察する目的だったようです」
「え。オッサンもあの家に滞在してたんか!?」
「全然おぼえてない」
寒月と青月、顔を見合わせ、目を丸くしている。
ジェームズと同じく、子虎たちに存在を認識されていなかった栴木さん。その事実にも、やっぱり反応なし。
「閣下が、殿下方の――というか虎獣人の赤ん坊の、好みの離乳食などを熟知していたのも決め手になって、ようやく信頼を得、引き取ることとなったのです。叔父上への感謝を忘れてはなりませぬぞ、寒月殿下、青月殿下」
「「へーい」」
いかにも適当に返事する双子。ほんと子供か。
でもまあ、感謝していないわけがないよね。
それに……僕の知らない母の想い出を教えてもらえるのは、すごく嬉しい。
ちょうど当時の夢を見ていたから、その状況をありありと思い浮かべられるし。栴木さんは滞在を了承するとき、どんな顔をしたのだろう。少しは動じたのだろうか。
が、そのさまを想像してほっこりしていたら、藍剛将軍が、
「そういうわけで、殿下方はめでたくご帰還されました。その後、アイリス・グラント様にご恩返しをしたくとも、件の家は、もぬけの殻。町民たちの噂で『皇后に殺されたらしい』と知り、それ以上の情報を掴めなかったため、無念ながら捜索は打ち切られたというわけです。以上!」
話を切り上げてしまったために、双子が憤慨した。
「はあ!? それだけ!? オッサン結局喋らねえまま終了!?」
「親父! 知ってることは全部言うと言ったよな」
「知ってること、言ったじゃないかあ。藍剛が」
「父上。恩人親子の捜索を打ち切った理由は、本当にそれで全部か?」
双子を制した王女が尋ねると、王様は「んー」と苦笑して、僕を見た。
「アーちゃんの母君はね、別れ際に、『これ以降は自分たちのことは忘れてください』と、言ったそうだよ。礼の品なども一切受け取らず、忘れてくれたらそれでいいと。
だから寒月と青月が言い出す前に、とっくに恩人たちの捜索はしていたけど、忘れてくれという言葉が遺言になってしまったのなら、その願いを無視するのもどうかと。――そういう事情を、お前たちがもっと聞き分けよくなってから、教えようと思っていたんだよ」
「なんでそんな……」
「忘れろなんて……」
寒月も青月も、呆然と呟いた。
でも僕には、母の気持ちがわかる気がする。
皇后からの害意にさらされている自分に、栴木さんや子虎たちを巻き込みたくなかったのだろう。
だから、きっと……。
「子虎たちを守ってくれる方に返せて、安心したと。母はそう言っていたのでは」
王様に問いかけると、なんと栴木さんが口をひらいた。
「その通りだ」
「「喋るんかよ!」」
僕より先に双子が驚き、「アーネストには喋るんかい」と抗議の声も上げている。
僕も三拍ほど遅れて「お、おお」と驚いてみたのだが、そのときには「言い忘れておりました」と藍剛将軍の話が再開しており、双子すら僕の声に気づいていなかった。まったく僕は鈍くさい。
「アーネスト様。初めてダースティンでお会いした折、わしがとても驚いていたのは、気づいておられましたかな?」
「そうでしたか? うーん……あ、そういえば」
確か、「んんっ!?」とか謎の声を発して、僕を凝視してきた、ような。
「わしは栴木閣下に、『アイリス・グラント』様はどんな方でしたかと尋ねたことがあります。すると閣下は、こう仰ったのです。『現実離れした美しさで、夢の中の住人のようだった』と」
「えええっ!?」
「岩がそんなことを!?」
「そんな……いつも俺らがアーネストに感じているようなことを、岩が」
今度は王女まで仰天して、続けて三人して「信じられん」と大笑いし始めた。
王様が「こらー!」とたしなめても効果無し。
さすがにそこで笑うのは気の毒だろう……と栴木さんを見ると、心なしか恨めしげに、藍剛将軍を見ている……ような気がしないでもない。いや、気のせいかもしれない。
読めぬ。表情が読めぬ。
藍剛将軍は皆の反応もおかまいなしで、にこにこと話を続けた。
「アーネスト様を見たとき、閣下のそのお言葉を思い出しましてな。『アイリス・グラント』様とは、まさに、こういうお方だったのでは? と。そして、アイリス様のご子息がもしご存命ならば、アーネスト様くらいのご年齢だったのではとも考えました。それでまず、執事殿に尋ねたのです」
「ジェームズに?」
「はい。アーネスト様は幼い頃、森の入り口の一軒家に、お住まいだったことはありませぬかと。興奮して唐突に質問してしまったせいか、『なぜそんなことを訊くのです』と睨まれ、答えてもらえませんでした。いやあ、あれは失策でしたな」
今となってはジェームズと文通友達の将軍は、フォフォッと楽しそうに笑った。
「それで、まさかとは思いましたが念のため、陛下に急ぎ連絡を入れさせていただいたのです。もしかするとウォルドグレイブ伯爵は、アイリス様と縁ある方かもしれないので、よくよくご確認くださいと」
すとんと腑に落ちるものがあって、王様に目を向けた。
今も、それに初めて対面した『講和会議』のときも。
王様は、最初から僕に甘かったと思う。敵国の元皇子だというのに。
臣下たちが処刑を前提に話を進める中で、僕を「アーちゃん」と呼んで、双子と喧嘩になっても、僕の肩を持ってくれた。
それに栴木さんも……長い期間、弓庭後侯を油断させるため動いていたようだけれど、四家の令嬢たちとの『競い合い』のときは、彼だけが全項目で、僕に票を入れてくれていた。
なんだか……胸がいっぱいになって、言葉が出ない。
ただ王様兄弟を見つめることしかできずにいると、王様は、初対面から変わらぬ優しい笑顔で、
「栴木は忙しすぎて、なかなか直接、確認する機会が無かったけど。僕はアーちゃんをひと目見て、藍剛と同じ感想を持ったよ。結果、僕らの直感は正しかったわけだね。おかげで大恩を大仇で返さず済んだ。
誰かが、ひとつでも違う選択をしていたら、成立しなかった奇跡の邂逅だ。なんて幸運なことだろう」
そう言うと立ち上がり――なんと栴木さんも、そして藍剛将軍も。刹淵さんは最初から立っていたけど。
「息子たちの命の恩人に、心からの感謝を捧げます」
四人そろって、深々と頭を下げた。
⁂ ⁂ ⁂
その夜。
僕はまた、あの頃の夢を見ていた。
でも今回は、僕らのほかに、今より若い栴木さんがいた。
たちまち眦を吊り上げた双子に、藍剛将軍は、「もちろん今なら、そんな方々ではないと、わかりますがの」と苦笑して続けた。
「そうでなくとも、やはり醍牙の王子が拉致され、奴隷商に売られたというのは、他国の――特にエルバータの皇帝のそば近く仕える方に、知られたくないのは事実でしたしな。
栴木閣下は、エルバータに潜伏して酪農を営んでいた部下の名を借り、『アイリス・グラント』様に、自分をエルバータ人の、えー、あー……何でしたかな」
「キール・クラーギン」
「それそれ、それです。すみませぬ閣下! その『キール・クラーチン』と名乗った上で、自分たちの北の農場の近くで『神獣』と崇められる虎の子たちが、奴隷商にさらわれたと説明しました。その子たちを無事連れ戻すため、国中を捜していたのだと」
クラーギンがクラーチンと改名されたようだが、そもそも仮名なのだから、指摘するほどではあるまい。双子も珍しく、おとなしく聞いているし。
藍剛将軍の笑みが深くなった。
「母君は、それは入念に身元確認をされたそうですぞ。さすがはアーネスト様の御母堂、聡明なお方です。栴木様が適当に偽っていたら、悪者の仲間と見なされて、殿下方を返してもらえなかったやもしれませぬな」
「ただでさえオッサンは見た目がこえーしな」
「むしろ奴隷商の黒幕と思われなかったのが不思議だ」
「こらあ!」
双子の失礼な発言を注意したけど、相変わらず栴木さんは動じない。もう尊敬するしかない。
「御母堂と執事殿は、さらに、警戒されぬよう単身で伺った栴木様に、離れに十日ほど滞在するよう要請されました。殿下方の反応や、子虎への扱い方などを観察する目的だったようです」
「え。オッサンもあの家に滞在してたんか!?」
「全然おぼえてない」
寒月と青月、顔を見合わせ、目を丸くしている。
ジェームズと同じく、子虎たちに存在を認識されていなかった栴木さん。その事実にも、やっぱり反応なし。
「閣下が、殿下方の――というか虎獣人の赤ん坊の、好みの離乳食などを熟知していたのも決め手になって、ようやく信頼を得、引き取ることとなったのです。叔父上への感謝を忘れてはなりませぬぞ、寒月殿下、青月殿下」
「「へーい」」
いかにも適当に返事する双子。ほんと子供か。
でもまあ、感謝していないわけがないよね。
それに……僕の知らない母の想い出を教えてもらえるのは、すごく嬉しい。
ちょうど当時の夢を見ていたから、その状況をありありと思い浮かべられるし。栴木さんは滞在を了承するとき、どんな顔をしたのだろう。少しは動じたのだろうか。
が、そのさまを想像してほっこりしていたら、藍剛将軍が、
「そういうわけで、殿下方はめでたくご帰還されました。その後、アイリス・グラント様にご恩返しをしたくとも、件の家は、もぬけの殻。町民たちの噂で『皇后に殺されたらしい』と知り、それ以上の情報を掴めなかったため、無念ながら捜索は打ち切られたというわけです。以上!」
話を切り上げてしまったために、双子が憤慨した。
「はあ!? それだけ!? オッサン結局喋らねえまま終了!?」
「親父! 知ってることは全部言うと言ったよな」
「知ってること、言ったじゃないかあ。藍剛が」
「父上。恩人親子の捜索を打ち切った理由は、本当にそれで全部か?」
双子を制した王女が尋ねると、王様は「んー」と苦笑して、僕を見た。
「アーちゃんの母君はね、別れ際に、『これ以降は自分たちのことは忘れてください』と、言ったそうだよ。礼の品なども一切受け取らず、忘れてくれたらそれでいいと。
だから寒月と青月が言い出す前に、とっくに恩人たちの捜索はしていたけど、忘れてくれという言葉が遺言になってしまったのなら、その願いを無視するのもどうかと。――そういう事情を、お前たちがもっと聞き分けよくなってから、教えようと思っていたんだよ」
「なんでそんな……」
「忘れろなんて……」
寒月も青月も、呆然と呟いた。
でも僕には、母の気持ちがわかる気がする。
皇后からの害意にさらされている自分に、栴木さんや子虎たちを巻き込みたくなかったのだろう。
だから、きっと……。
「子虎たちを守ってくれる方に返せて、安心したと。母はそう言っていたのでは」
王様に問いかけると、なんと栴木さんが口をひらいた。
「その通りだ」
「「喋るんかよ!」」
僕より先に双子が驚き、「アーネストには喋るんかい」と抗議の声も上げている。
僕も三拍ほど遅れて「お、おお」と驚いてみたのだが、そのときには「言い忘れておりました」と藍剛将軍の話が再開しており、双子すら僕の声に気づいていなかった。まったく僕は鈍くさい。
「アーネスト様。初めてダースティンでお会いした折、わしがとても驚いていたのは、気づいておられましたかな?」
「そうでしたか? うーん……あ、そういえば」
確か、「んんっ!?」とか謎の声を発して、僕を凝視してきた、ような。
「わしは栴木閣下に、『アイリス・グラント』様はどんな方でしたかと尋ねたことがあります。すると閣下は、こう仰ったのです。『現実離れした美しさで、夢の中の住人のようだった』と」
「えええっ!?」
「岩がそんなことを!?」
「そんな……いつも俺らがアーネストに感じているようなことを、岩が」
今度は王女まで仰天して、続けて三人して「信じられん」と大笑いし始めた。
王様が「こらー!」とたしなめても効果無し。
さすがにそこで笑うのは気の毒だろう……と栴木さんを見ると、心なしか恨めしげに、藍剛将軍を見ている……ような気がしないでもない。いや、気のせいかもしれない。
読めぬ。表情が読めぬ。
藍剛将軍は皆の反応もおかまいなしで、にこにこと話を続けた。
「アーネスト様を見たとき、閣下のそのお言葉を思い出しましてな。『アイリス・グラント』様とは、まさに、こういうお方だったのでは? と。そして、アイリス様のご子息がもしご存命ならば、アーネスト様くらいのご年齢だったのではとも考えました。それでまず、執事殿に尋ねたのです」
「ジェームズに?」
「はい。アーネスト様は幼い頃、森の入り口の一軒家に、お住まいだったことはありませぬかと。興奮して唐突に質問してしまったせいか、『なぜそんなことを訊くのです』と睨まれ、答えてもらえませんでした。いやあ、あれは失策でしたな」
今となってはジェームズと文通友達の将軍は、フォフォッと楽しそうに笑った。
「それで、まさかとは思いましたが念のため、陛下に急ぎ連絡を入れさせていただいたのです。もしかするとウォルドグレイブ伯爵は、アイリス様と縁ある方かもしれないので、よくよくご確認くださいと」
すとんと腑に落ちるものがあって、王様に目を向けた。
今も、それに初めて対面した『講和会議』のときも。
王様は、最初から僕に甘かったと思う。敵国の元皇子だというのに。
臣下たちが処刑を前提に話を進める中で、僕を「アーちゃん」と呼んで、双子と喧嘩になっても、僕の肩を持ってくれた。
それに栴木さんも……長い期間、弓庭後侯を油断させるため動いていたようだけれど、四家の令嬢たちとの『競い合い』のときは、彼だけが全項目で、僕に票を入れてくれていた。
なんだか……胸がいっぱいになって、言葉が出ない。
ただ王様兄弟を見つめることしかできずにいると、王様は、初対面から変わらぬ優しい笑顔で、
「栴木は忙しすぎて、なかなか直接、確認する機会が無かったけど。僕はアーちゃんをひと目見て、藍剛と同じ感想を持ったよ。結果、僕らの直感は正しかったわけだね。おかげで大恩を大仇で返さず済んだ。
誰かが、ひとつでも違う選択をしていたら、成立しなかった奇跡の邂逅だ。なんて幸運なことだろう」
そう言うと立ち上がり――なんと栴木さんも、そして藍剛将軍も。刹淵さんは最初から立っていたけど。
「息子たちの命の恩人に、心からの感謝を捧げます」
四人そろって、深々と頭を下げた。
⁂ ⁂ ⁂
その夜。
僕はまた、あの頃の夢を見ていた。
でも今回は、僕らのほかに、今より若い栴木さんがいた。
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