召し使い様の分際で

月齢

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第23章 白魔

黒い密談

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 雪が降っている。
 このところ、いくらか春に近づいて、降る雪も湿気を帯びてきたと思っていたのに、今日は真冬に逆戻りしたような凍てつく寒さだ。
 断続的な吹雪を窓越しに睨みつけながら、弓庭後ユバシリは低くうなった。

「本当にお前も知らないのか? わたしを出し抜こうなどと、愚かなことを企んでいるのではあるまいな、アルデンホフ」

 目も合わせずに放った言葉に、アルデンホフは肩を怒らせ反論した。

「わたしは霜葱シモネギの守り役ではありません! あの男を使っていたのはあなたではありませんか。御しきれずに行方知れずになったからといって、わたしに責任をなすりつけないでいただきたいですな!」
「……なんだと」

 弓庭後はゆっくりと振り向き、自邸に呼びつけたアルデンホフを見据えた。
 アルデンホフはかすかにビクリと肩をすくめたが、いつものように下手に出ることはなく、むしろ反抗的に睨み返してきた。

「わたしの態度がご不満でしたら、どうぞ追い出してください。わたしは今回、あなたに呼ばれたから伺ったわけではないので。緊急事態だから仕方なく来たのです。そうでなければ、こんな吹雪の中を根坤ネコン州くんだりまで来ませんよ!」

「アルデンホフ大臣。ずいぶんと無礼な物言いをするようになったのね」

 弓庭後の妹でありこの国の正妃である泉果センカが指摘すると、アルデンホフは今度は泉果を睨みつけた。

「どなたのせいだと思っているのです! わたしはこれまで弓庭後侯に忠実に、牛馬のごとく働き付き従ってきました。そのわたしの娘にあなたは、ご自分の罪をなすりつけようとしたのですぞ!」
「だからそれは誤解ですと、何度も言っているでしょう」

 泉果の額に青筋が浮いたが、口調は冷静だ。

「確かにわたくしはエルバータ皇族が使っていた秘薬の処方を入手していたわ。そしてその処方を机の上に置いておいた。そうしたら、久利緒と共に遊びに来たあなたのお嬢さんが、勝手に覗いてしまったのよ。それで仕方なくどういうものかを教えてあげたの。
 結果、お嬢さんが自分の判断でドーソンたちにほのめかしたからといって、わたくしやお兄様を責めるのはお門違いではなくて?」

「わたしの娘が悪いと仰るのですか! わたしの琅珠が無作法に正妃様の部屋に入り込んで、処方を盗み見たと!? 娘を侮辱するのも大概にしていただきたい!」

 弓庭後はため息を吐いた。
 いくら愚かなアルデンホフでも、もう泉果の言いわけは通用すまい。琅珠のずる賢さを見抜けぬまま利用しようとした泉果の落ち度だ。
 ……弓庭後とて、この能無しのアルデンホフの娘が、あそこまで図太く立ち回ろうとは思わなかったが。おかげで逆に久利緒クリオが窮地に陥った。

 その久利緒は、体調を崩したとかで、弓庭後と共に根坤州の領地に戻らず王都にとどまっている。吹雪がやんだらこちらに来ると言っていたが、これほど急激に事態が悪化するとわかっていれば、無理にでも同行させたものを。
 弓庭後は歯ぎしりしたくなるのをこらえて、アルデンホフへ視線を戻した。

 王都からアルデンホフを呼びつけたのは、今後の対策を練るためだった。
 ウォルドグレイブ伯爵のせいで手持ちの資金は底をつき、権勢は綻びが露わ。金で雇われた私兵たちには離反者が続出している。
 憎たらしいウォルドグレイブ伯爵には、この屈辱をいずれ何倍にもして返してやるつもりだが、今は脇に置いて。

 領地その他の収入源が断たれたわけではないものの、すぐに動かせる金が無いと思った以上に行動を制限される。兵力を維持する上で絶対に欠かせない武具の大商会会長から絶縁宣言されるという恥辱を受けても、いつものように金の力でどうにかするということもできない。

 弓庭後家はすっかり王族の不興を買ってしまったし、頼みの綱の娘と王子たちとの婚姻もご破算となった。
 ここからどう挽回するかを話し合うべきなのに、蟹清カニスガ伯爵と守道モチ子爵は逃げ腰で、

「今はとにかく身を慎んでおとなしくしていましょう」
「悪天候ですし」

 などと返事を寄こした。
 二人の娘がウォルドグレイブ伯爵に取り入ったおかげで、賠償金の請求額に差を付けられたから、あえてことを荒立てたくないのだろう。四家はもうバラバラだ。これが離間計ならば、あの儚げな美貌の伯爵はつくづく恐ろしい。

 結局やって来たのは、娘の件で恨みごとを言いたいだけのアルデンホフのみ。
 彼は今回の件で義父の山母里ヤマモリ伯爵と妻から、「家名に泥を塗った上に琅珠の縁談を潰した」と罵倒されたという。
 おまけに実家に賠償金百六十九億七千八百万の肩代わりを頼んで祖父を失神させ、父親からは「これまで甘やかし過ぎた。自分でどうにかしなさい。しばらく顔も見たくない」と拒絶され、勘当寸前なのだとか。

 金の無いアルデンホフになど価値は無い。ただの短気な馬鹿だ。
 だが内部事情を深く知る者ゆえ、ここで切り捨てて自棄になられても困る。
 弓庭後はもう一度ため息をついて苛立ちを抑え、アルデンホフに言い聞かせた。

「よく聞けアルデンホフ。霜葱の失踪で、最悪の事態を想定せねばならなくなった」
「最悪とは?」

 胡散臭げに訊き返してくる男を蹴りつけたくなったが、それも弓庭後はこらえた。

「お前も資金提供している『王家の馬』の件だ。あの馬を生産育成できるようになれば巨万の富を得られるし、戦闘能力も上がる。馬の管理は霜葱に任せていた」

 王族管理下にある馬の略取や密売については、蟹清伯爵と守道子爵には伏せていた。あの二人は馬好きで思い入れが強いので、扱いが難しいと言われる王家の馬をさらって研究するなどと言えば、絶対に反対するからだ。

「霜葱は我らに加担していたとして取り調べを受けていた。だが正式な裁判ではないから、事情聴取ののち一旦釈放されていたのだ。なのに急にいなくなった。どこぞで事故にでも遭って死んでいるならまだいいが、万が一、再度ひそかに王族側に捕らわれていたらどうする。馬の件を知られていたら」

「そ、そんな馬鹿な。考えが飛躍しすぎでしょう、弓庭後侯」

「だが奴の失踪がわかって王家の馬が心配になり、奴の牧場へ様子見に行ってみたら、『馬の疫病が発生している』と係の者たちに言われて、立ち入ることができなかった。このタイミングで、だ。おかしいと思わぬか」

「別に? 疫病なら仕方ないではありませんか」

 馬鹿に訊いた自分が悪かった。
 心中で自戒した弓庭後の気持ちを読んだように、黙って茶を飲んでいた泉果が口をひらいた。

「何ごとも備えるに越したことはありませんわ」
「その通りだ」

 弓庭後はうなずき、とりあえずアルデンホフを無視して話を進めた。

「各地の私兵は使えぬが、この根坤州の兵ならば今まで通りに動かせる。すでにいつもより守りを固めていることに、ここに来るまでに気づいただろう」
「そうでしたか? 吹雪でよく見えませんでした」

 どうせ馬車の中で馬鹿ヅラさらして寝ていたのだ。
 すでにアルデンホフの返事など期待していない弓庭後は、「それに」と犬歯を剥いて話を続けた。

「非常手段ならば、すでに手は打ってある」
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