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第23章 白魔
白い花
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目がさめるたび、雪が降っている。
朝も昼も、真夜中に起きても。
双子は「もうすぐ春だ」と言っていたけど、温暖なダースティンから来た僕には、『冬の雪』と『もうすぐ春の雪』の違いがまだよくわからない。粉雪は冬の雪で、ぼたん雪は気温が高めのときの雪というのは教わったけれど。
でも白銅くんは、「まだまだ寒いです! 春はまだまだ先です!」と言う。
虎と猫の体感温度の違いなのかもしれない。
外に出て実際に違いを確かめられるといいのだが、僕は長いこと寝床の住人だ。白銅くんによると、僕が倒れてからもうひと月になるらしい。
その間に久し振りに人型に戻った白銅くんは、献身的に付き添ってくれてきた。彼くらいのお年頃なら、元気に遊び回りたいだろうに……。
そう思って、お友達と遊んでおいでと勧めても、
「ご安心ください、友達いません!」
だから僕といるのが嬉しいのだと、けなげな嘘までつく始末。
泣けてくるほどいい子だよ……こんないい子なのに、友達がいないわけがない。
ちなみに僕は寝込んでばかりだったので、本気で友達がいなかった。
それはともかく。
続いていた微熱もようやく下がったし、食欲はまだあまり無いけど、薬湯と、厨房の料理長カーラさん特製スープのおかげで、自分的にはだいぶ回復を実感できている。
そろそろ床上げと行きたいのだが、そう言うと寒月と青月から
「何言ってんだ、まだフラフラじゃねえか! 寝てろ!」
「そうだぞアーネスト。じっくり治さないとダメだ」
けっこうキツめに言い渡されて。
おかげで意地でも起きてやると言い張ってしまったのだが、白銅くんが綺麗なオレンジ色の瞳を潤ませて、
「お願いします、アーネスト様……だってきっと、僕が薬湯を上手に淹れられなかったせいで倒れられたんですから。僕、申しわけなくて……」
そんなことを言われたら、全力で否定した上で、一日も早く完全復帰せねば! と思わずにはいられない。白銅くんはちっとも悪くない、悪いのはひ弱い僕だ。
そういうわけで、いそいそと横になったら、今度は双子が不機嫌になった。
「白銅の言うことなら素直に聞くんだな……」
「ぽわ毛か! やっぱりぽわ毛格差なのか!」
青月はいじけるし、寒月はわけのわからないことを言うし。
とりあえずその夜、何度もその……チュッチュしながら一緒に眠ったら、機嫌は直ってた、けど……うぅ。
でもその翌日から二人は、「少し長めに留守にする」と言ってお仕事で出かけてしまったので、その前に仲直りできてよかったよ。
二人は僕の体調を気遣ってか、何の『仕事』なのかを言わなかった。いつもならその日の仕事の内容などを、話せる範囲でいろいろ教えてくれるのに。
僕が聞きたがるから、「王子妃には必要な知識だもんな」と膝に座らせてくれて、横抱きにされたり、背中から抱きしめられたりしながら、たくさんの話を聞ける。僕にとっては最高に幸せな時間。
僕が眠っているあいだに、二人は出かけてしまった。
白銅くんに何度も「頼むぞ」と言い置いていったらしい。そしてぼんやりと、二人からキスされた感触があったようにも思う。
なんだかいつもと違ったから……すごく胸騒ぎがして。
王様からのお見舞いを持って来てくれた刹淵さんに尋ねると、
「実は私もこれから、陛下のお供で少しのあいだ留守にします。このことはまだ、ごく限られた者だけが知る案件ですので、くれぐれもご内密にお願いします。
城には栴木様と浬祥様がいらっしゃいますから、どうぞ何も心配なさらず療養にお務めください」
具体的なことは聞かせてもらえなかったけれど、何か重大なことが進行中なのだとは伝わった。
王の一家がそろって、しかも内密に動くなんて……いったい何ごとだろう。
どこの国でも、王族というのは別行動が多いもののようだが。不測の事態に襲われたとき、誰かが必ず生き残るように。
そこまで考えてゾッとした。
縁起でもない、嫌なことを考えるな。
そもそも戦に発展するような他国との軋轢が、生じているという話は聞いたことがない。
……まさか、四家は関係ないよね……?
ぶんどりで一旦決着が着いたばかりだし、よほどのことが無い限り、こんなに急に事態が悪化するようなことは無いと思う。
それに僕はあの人に――泉果王妃に、確かめたいことがある。
王様にその機会をつくってもらえないかお願いしてみるつもりだったのに、寝込んだせいで実現していなかった。
「マルムを食べていたら、もっと早くお元気になられていたのでしょうか」
考え込んでいると、白銅くんが複雑そうな表情で、僕の寝台の隣に置かれた桃色の親マルムを見つめながらそう言った。
桃色になった親マルムは、今は天蓋のこちら側、枕元の脇机に置かれている。大きくなったので箱に入らず隠し場所に困って、とりあえず不意の来客があっても、ぱっと室内を見渡した程度なら死角になるところに置いた。
普通マルムは今もときどき現れるけど、ジェームズに言われた通り、すべて親マルムにあげている。親マルムはそれらを取り込んで、未だじわじわと巨大化を進めていた。
枕元で毎日じっくり見るようになったせいか、最近の僕は、以前よりずっと親マルムに親愛の情を抱くようになった。
確かにマルムを食べればもっと効率よく回復できたのだろうけど、それよりも親マルムが大きくなっていくことのほうが嬉しい。
なんというか……親鳥がヒナに餌を運ぶ心境? ちょっと違うかな。
白銅くんととりとめのない話をしているうちに、また眠くなってきた。
うとうとと閉じたまぶたの向こうでも、雪が降っている。
……いや、これは……花?
どこからか、白い花びらが舞い落ちてくる。
ここはどこかの、森の入り口。
ジェームズがやわらかな草の上に敷布を敷いてくれて、家から持ってきた軽食を母と二人で広げている。
そのとき、僕は何かが気になった。
ぺたんと敷布の上に座り込んでいたのだけれど、ころんと転がり、気になったほうへ視線を向けた。
森へと続く太い木々。
そのうちの一本の根元に、汚れた毛玉が二つ。
僕がそれを凝視していることに気づいた母が、視線の先を追って、『まあ、大変! ジェームズあそこを見て!』と叫んだ。
『赤ちゃんよ! あれは虎の赤ちゃんじゃない!? ねえジェームズ!』
朝も昼も、真夜中に起きても。
双子は「もうすぐ春だ」と言っていたけど、温暖なダースティンから来た僕には、『冬の雪』と『もうすぐ春の雪』の違いがまだよくわからない。粉雪は冬の雪で、ぼたん雪は気温が高めのときの雪というのは教わったけれど。
でも白銅くんは、「まだまだ寒いです! 春はまだまだ先です!」と言う。
虎と猫の体感温度の違いなのかもしれない。
外に出て実際に違いを確かめられるといいのだが、僕は長いこと寝床の住人だ。白銅くんによると、僕が倒れてからもうひと月になるらしい。
その間に久し振りに人型に戻った白銅くんは、献身的に付き添ってくれてきた。彼くらいのお年頃なら、元気に遊び回りたいだろうに……。
そう思って、お友達と遊んでおいでと勧めても、
「ご安心ください、友達いません!」
だから僕といるのが嬉しいのだと、けなげな嘘までつく始末。
泣けてくるほどいい子だよ……こんないい子なのに、友達がいないわけがない。
ちなみに僕は寝込んでばかりだったので、本気で友達がいなかった。
それはともかく。
続いていた微熱もようやく下がったし、食欲はまだあまり無いけど、薬湯と、厨房の料理長カーラさん特製スープのおかげで、自分的にはだいぶ回復を実感できている。
そろそろ床上げと行きたいのだが、そう言うと寒月と青月から
「何言ってんだ、まだフラフラじゃねえか! 寝てろ!」
「そうだぞアーネスト。じっくり治さないとダメだ」
けっこうキツめに言い渡されて。
おかげで意地でも起きてやると言い張ってしまったのだが、白銅くんが綺麗なオレンジ色の瞳を潤ませて、
「お願いします、アーネスト様……だってきっと、僕が薬湯を上手に淹れられなかったせいで倒れられたんですから。僕、申しわけなくて……」
そんなことを言われたら、全力で否定した上で、一日も早く完全復帰せねば! と思わずにはいられない。白銅くんはちっとも悪くない、悪いのはひ弱い僕だ。
そういうわけで、いそいそと横になったら、今度は双子が不機嫌になった。
「白銅の言うことなら素直に聞くんだな……」
「ぽわ毛か! やっぱりぽわ毛格差なのか!」
青月はいじけるし、寒月はわけのわからないことを言うし。
とりあえずその夜、何度もその……チュッチュしながら一緒に眠ったら、機嫌は直ってた、けど……うぅ。
でもその翌日から二人は、「少し長めに留守にする」と言ってお仕事で出かけてしまったので、その前に仲直りできてよかったよ。
二人は僕の体調を気遣ってか、何の『仕事』なのかを言わなかった。いつもならその日の仕事の内容などを、話せる範囲でいろいろ教えてくれるのに。
僕が聞きたがるから、「王子妃には必要な知識だもんな」と膝に座らせてくれて、横抱きにされたり、背中から抱きしめられたりしながら、たくさんの話を聞ける。僕にとっては最高に幸せな時間。
僕が眠っているあいだに、二人は出かけてしまった。
白銅くんに何度も「頼むぞ」と言い置いていったらしい。そしてぼんやりと、二人からキスされた感触があったようにも思う。
なんだかいつもと違ったから……すごく胸騒ぎがして。
王様からのお見舞いを持って来てくれた刹淵さんに尋ねると、
「実は私もこれから、陛下のお供で少しのあいだ留守にします。このことはまだ、ごく限られた者だけが知る案件ですので、くれぐれもご内密にお願いします。
城には栴木様と浬祥様がいらっしゃいますから、どうぞ何も心配なさらず療養にお務めください」
具体的なことは聞かせてもらえなかったけれど、何か重大なことが進行中なのだとは伝わった。
王の一家がそろって、しかも内密に動くなんて……いったい何ごとだろう。
どこの国でも、王族というのは別行動が多いもののようだが。不測の事態に襲われたとき、誰かが必ず生き残るように。
そこまで考えてゾッとした。
縁起でもない、嫌なことを考えるな。
そもそも戦に発展するような他国との軋轢が、生じているという話は聞いたことがない。
……まさか、四家は関係ないよね……?
ぶんどりで一旦決着が着いたばかりだし、よほどのことが無い限り、こんなに急に事態が悪化するようなことは無いと思う。
それに僕はあの人に――泉果王妃に、確かめたいことがある。
王様にその機会をつくってもらえないかお願いしてみるつもりだったのに、寝込んだせいで実現していなかった。
「マルムを食べていたら、もっと早くお元気になられていたのでしょうか」
考え込んでいると、白銅くんが複雑そうな表情で、僕の寝台の隣に置かれた桃色の親マルムを見つめながらそう言った。
桃色になった親マルムは、今は天蓋のこちら側、枕元の脇机に置かれている。大きくなったので箱に入らず隠し場所に困って、とりあえず不意の来客があっても、ぱっと室内を見渡した程度なら死角になるところに置いた。
普通マルムは今もときどき現れるけど、ジェームズに言われた通り、すべて親マルムにあげている。親マルムはそれらを取り込んで、未だじわじわと巨大化を進めていた。
枕元で毎日じっくり見るようになったせいか、最近の僕は、以前よりずっと親マルムに親愛の情を抱くようになった。
確かにマルムを食べればもっと効率よく回復できたのだろうけど、それよりも親マルムが大きくなっていくことのほうが嬉しい。
なんというか……親鳥がヒナに餌を運ぶ心境? ちょっと違うかな。
白銅くんととりとめのない話をしているうちに、また眠くなってきた。
うとうとと閉じたまぶたの向こうでも、雪が降っている。
……いや、これは……花?
どこからか、白い花びらが舞い落ちてくる。
ここはどこかの、森の入り口。
ジェームズがやわらかな草の上に敷布を敷いてくれて、家から持ってきた軽食を母と二人で広げている。
そのとき、僕は何かが気になった。
ぺたんと敷布の上に座り込んでいたのだけれど、ころんと転がり、気になったほうへ視線を向けた。
森へと続く太い木々。
そのうちの一本の根元に、汚れた毛玉が二つ。
僕がそれを凝視していることに気づいた母が、視線の先を追って、『まあ、大変! ジェームズあそこを見て!』と叫んだ。
『赤ちゃんよ! あれは虎の赤ちゃんじゃない!? ねえジェームズ!』
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