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第22章 ねちねち
虎獣人の親の溺愛
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「――そういうわけで、わたくしはあなたが大嫌いだったの。ウォルドグレイブ伯爵」
「繻子那嬢……」
つつみ隠さず、これまでの経緯を語った繻子那嬢。すごく勇気の要ることだったと思う。しんと静まった広い室内に、グスグスと鼻をすする音が響く。
「そんな、泣かないでくださいな」
「でも……」
「あなたが泣いてどうするのです、お父様」
そう、守道子爵が話の途中から滂沱の涙で嗚咽して、ちょっと繻子那嬢の話が聞き取りづらいほどだった。おかげで皆の視線は守道子爵にばかり注がれて、繻子那嬢のせっかくの告白が割を食った感は否めない。
だが『虎の獣人は子を溺愛する』という話が、ここでも証明されようとしていた。
「そういうわけで、わたくし、その後もなりふり構わずウォルドグレイブ伯爵と張り合ってきましたし、蹴落としてやるべく画策もしましたし、」
「うんうん、繻子那ちゃん……わかるぞ、必死だったんだよねぇ」
鼻水で息苦しそうにしながらも、守道子爵は懸命に相槌を打っている。
「さっさと子種を得ようと強硬策に出て失敗して、大恥かいたあげく、ウォルドグレイブ伯爵から裸族呼ばわりされる羽目になりましたし、」
「それは伯爵が失礼ずぎるんだ! 繻子那ぢゃんは悪くないぞっ、父様が『殿下方のお子を授かりなざい』って言っだがら、だがら頑張ったのだろう!? お前は昔から頑張り屋さんだった! 父様はわがっているっ」
「そ、それに諦め悪く競い合いまでさせておきながら、完膚なきまでに負けて恥の上塗りをし」
「恥なものか! 繻子那ぢゃんは頑張った! 誰より綺麗だった! そりゃあ客観的には百人が百人『妖精の勝ち』って言うだろう! でも父様には繻子那ぢゃんが一番! いぢばん可愛くて美じぐて、輝いてるぞおぉ、繻子那ぢゃあああん!」
あ。繻子那ちゃん、がっくり肩を落とした。
興奮のあまり丸いお腹を揺らして椅子から転げ落ちた守道子爵に手を差しのべ、「あのね」と顔を引きつらせている。
「お父様。父親が娘の客観的な完敗を断言してどうするのです」
その言葉を聞いた王様が、ブフォッと吹き出した。
涙目で「失礼」と謝っているけど、王様がさっきから笑いをこらえて震えていたことを僕は知っている。
なぜなら僕も、笑いをこらえようと視線を泳がせていたからだ。
しかし娘の告白に号泣する守道子爵は、王様が笑いの発作と戦っていることには気づいておらず、「陛下!」と王様の前に文字通り転がり出た。本当に横転したものだから、今度は双子と王女が吹き出した。
が、それ以上はこらえている。さすがに今は笑ってはいけないところだよね。
そうだよ、繻子那ちゃんの勇気を台無しにしてはいけない。こらえろ僕。なけなしの腹筋を総動員するのだ……!
「陛下、わたくじが間違っておりまじた! 娘は悪くありません、わたくじがずべて悪いのです! 心優じく控えめでおじとやかな娘に、『必ず寒月殿下か青月殿下の妻になり、子を得るのだ』などと、重圧をかけ続けてきたのです。今ようやく、己の罪深ざを自覚いたちまちたっ」
いたちまちた。
今度は浬祥さんが顔を両手で覆って震え出した。
でも僕は負けない。もはや守道子爵が刺客に思えてきたが負けぬ。
繻子那ちゃんも赤面が止まらない様子だけど、くじけず声を張り上げた。
「ありがとう、お父様! でもわたくしがウォルドグレイブ伯爵に申し上げたいのは」
「安心じろっ、繻子那ぢゃん! 父様に任でなざい! 陛下、そじでウォルドグレイブ伯爵。この守道望於、どんなお沙汰も受ける覚悟でふ!」
守道……餅男……!?
いかん。深く考えたら負けでふ。聞き流せ。
「百四十五億三千八百二十五万キュードゥ、きっちりお支払いいたちまず。でずがらどうか、繻子那をお許じくだざい……悪いのはわたくじです、親が率先じて悪巧みをじていたのでずから。ああじろこうじろと、一族の利益ばかり考えて……
繻子那は本当に、お人形遊びが大好きな愛らじい娘だったのでず。ぞの可憐な娘が裸族と間違われる羽目になったのは、わたくじの責任でず。娘のぶんまで、わたくじを罰ちてくだでぃ!」
「お父様……ありがとう」
「礼なんていらない、繻子那ぢゃん。親子なのだから!」
「わたくしの別荘より、愛人用の別宅を先に売っぱらってね」
「え゛」
「失礼いたしました陛下、皆様。話を戻しますわ」
繻子那ちゃんは、再度父親に手を貸して立たせ、椅子へと誘導した。
「わたくしは自分の愚かさも性格の悪さも自覚しておりますし、今さら致してしまったことに言いわけはしません。でも思い起こせば大抵の場合、わたくしたちの行動のきっかけをつくっていたのは、琅珠様でした」
「繻子那様。わけのわからない言いがかりは許せませんわ」
琅珠嬢が淡々と抗議したが、繻子那ちゃんはそれにはかまわず僕を見た。
「競い合いでウォルドグレイブ伯爵が琅珠様を負かしたとき、彼女はひどく冷たい目をしていました。伯爵の従僕の子猫が『やんのか』と反応したほど、強い敵意でした。あのとき初めてわたくしは、琅珠様の本気の怒りを見たのです。
四人全員でウォルドグレイブ伯爵に対抗してきたつもりでいたけれど、思えば琅珠様の怒りは口先だけ。なるべく自分は前に出ず、わたくしたちに突撃させていたのだと、あのとき気づきました。そのくせ――」
繻子那ちゃんはそれこそ、氷のような目を琅珠嬢に向けた。
「繁殖期の殿下方を訪れたときだけは、やる気に満ちていたわね。わたくしたちに道をひらかせ、いよいよ宝を得られるとなれば積極的で、決して順番を譲らない。ああ、これがこの人の本質だったのかと、あのときようやく気づいたわ。そしてさらに思い出したの。
エルバータで使われていた催淫薬の件を最初に持ち出したのは、ドーソンたちじゃない。琅珠様。あなたでしたわね?」
「繻子那嬢……」
つつみ隠さず、これまでの経緯を語った繻子那嬢。すごく勇気の要ることだったと思う。しんと静まった広い室内に、グスグスと鼻をすする音が響く。
「そんな、泣かないでくださいな」
「でも……」
「あなたが泣いてどうするのです、お父様」
そう、守道子爵が話の途中から滂沱の涙で嗚咽して、ちょっと繻子那嬢の話が聞き取りづらいほどだった。おかげで皆の視線は守道子爵にばかり注がれて、繻子那嬢のせっかくの告白が割を食った感は否めない。
だが『虎の獣人は子を溺愛する』という話が、ここでも証明されようとしていた。
「そういうわけで、わたくし、その後もなりふり構わずウォルドグレイブ伯爵と張り合ってきましたし、蹴落としてやるべく画策もしましたし、」
「うんうん、繻子那ちゃん……わかるぞ、必死だったんだよねぇ」
鼻水で息苦しそうにしながらも、守道子爵は懸命に相槌を打っている。
「さっさと子種を得ようと強硬策に出て失敗して、大恥かいたあげく、ウォルドグレイブ伯爵から裸族呼ばわりされる羽目になりましたし、」
「それは伯爵が失礼ずぎるんだ! 繻子那ぢゃんは悪くないぞっ、父様が『殿下方のお子を授かりなざい』って言っだがら、だがら頑張ったのだろう!? お前は昔から頑張り屋さんだった! 父様はわがっているっ」
「そ、それに諦め悪く競い合いまでさせておきながら、完膚なきまでに負けて恥の上塗りをし」
「恥なものか! 繻子那ぢゃんは頑張った! 誰より綺麗だった! そりゃあ客観的には百人が百人『妖精の勝ち』って言うだろう! でも父様には繻子那ぢゃんが一番! いぢばん可愛くて美じぐて、輝いてるぞおぉ、繻子那ぢゃあああん!」
あ。繻子那ちゃん、がっくり肩を落とした。
興奮のあまり丸いお腹を揺らして椅子から転げ落ちた守道子爵に手を差しのべ、「あのね」と顔を引きつらせている。
「お父様。父親が娘の客観的な完敗を断言してどうするのです」
その言葉を聞いた王様が、ブフォッと吹き出した。
涙目で「失礼」と謝っているけど、王様がさっきから笑いをこらえて震えていたことを僕は知っている。
なぜなら僕も、笑いをこらえようと視線を泳がせていたからだ。
しかし娘の告白に号泣する守道子爵は、王様が笑いの発作と戦っていることには気づいておらず、「陛下!」と王様の前に文字通り転がり出た。本当に横転したものだから、今度は双子と王女が吹き出した。
が、それ以上はこらえている。さすがに今は笑ってはいけないところだよね。
そうだよ、繻子那ちゃんの勇気を台無しにしてはいけない。こらえろ僕。なけなしの腹筋を総動員するのだ……!
「陛下、わたくじが間違っておりまじた! 娘は悪くありません、わたくじがずべて悪いのです! 心優じく控えめでおじとやかな娘に、『必ず寒月殿下か青月殿下の妻になり、子を得るのだ』などと、重圧をかけ続けてきたのです。今ようやく、己の罪深ざを自覚いたちまちたっ」
いたちまちた。
今度は浬祥さんが顔を両手で覆って震え出した。
でも僕は負けない。もはや守道子爵が刺客に思えてきたが負けぬ。
繻子那ちゃんも赤面が止まらない様子だけど、くじけず声を張り上げた。
「ありがとう、お父様! でもわたくしがウォルドグレイブ伯爵に申し上げたいのは」
「安心じろっ、繻子那ぢゃん! 父様に任でなざい! 陛下、そじでウォルドグレイブ伯爵。この守道望於、どんなお沙汰も受ける覚悟でふ!」
守道……餅男……!?
いかん。深く考えたら負けでふ。聞き流せ。
「百四十五億三千八百二十五万キュードゥ、きっちりお支払いいたちまず。でずがらどうか、繻子那をお許じくだざい……悪いのはわたくじです、親が率先じて悪巧みをじていたのでずから。ああじろこうじろと、一族の利益ばかり考えて……
繻子那は本当に、お人形遊びが大好きな愛らじい娘だったのでず。ぞの可憐な娘が裸族と間違われる羽目になったのは、わたくじの責任でず。娘のぶんまで、わたくじを罰ちてくだでぃ!」
「お父様……ありがとう」
「礼なんていらない、繻子那ぢゃん。親子なのだから!」
「わたくしの別荘より、愛人用の別宅を先に売っぱらってね」
「え゛」
「失礼いたしました陛下、皆様。話を戻しますわ」
繻子那ちゃんは、再度父親に手を貸して立たせ、椅子へと誘導した。
「わたくしは自分の愚かさも性格の悪さも自覚しておりますし、今さら致してしまったことに言いわけはしません。でも思い起こせば大抵の場合、わたくしたちの行動のきっかけをつくっていたのは、琅珠様でした」
「繻子那様。わけのわからない言いがかりは許せませんわ」
琅珠嬢が淡々と抗議したが、繻子那ちゃんはそれにはかまわず僕を見た。
「競い合いでウォルドグレイブ伯爵が琅珠様を負かしたとき、彼女はひどく冷たい目をしていました。伯爵の従僕の子猫が『やんのか』と反応したほど、強い敵意でした。あのとき初めてわたくしは、琅珠様の本気の怒りを見たのです。
四人全員でウォルドグレイブ伯爵に対抗してきたつもりでいたけれど、思えば琅珠様の怒りは口先だけ。なるべく自分は前に出ず、わたくしたちに突撃させていたのだと、あのとき気づきました。そのくせ――」
繻子那ちゃんはそれこそ、氷のような目を琅珠嬢に向けた。
「繁殖期の殿下方を訪れたときだけは、やる気に満ちていたわね。わたくしたちに道をひらかせ、いよいよ宝を得られるとなれば積極的で、決して順番を譲らない。ああ、これがこの人の本質だったのかと、あのときようやく気づいたわ。そしてさらに思い出したの。
エルバータで使われていた催淫薬の件を最初に持ち出したのは、ドーソンたちじゃない。琅珠様。あなたでしたわね?」
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