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第22章 ねちねち
虎女子vs.虎女子
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威勢の良かった繻子那嬢だが、今ここで話を切り出そうという気は無かったらしい。
混乱した胸中を表すごとく、凄い速さで瞬きしていたが、壱香嬢が「しっかり、繻子那様!」と声をかけると、ハッとして首を振った。
こぶしを握って友人とうなずき合い、キリッと表情を改め僕を見る。
「わたくしが知ってほしかったのは、ただ……もうあなたの邪魔をする気は無いって、そういうことです。あと、その……別に情けを乞おうとか、そういうつもりじゃなくて。ただ、言わなきゃスッキリしないから。だから……ウォルドグレイブ伯爵」
「はい」
にこにこしながら返事をすると、「うっ!」と繻子那嬢の顔が真っ赤になった。
「なんでそんなに綺麗なんじゃい……!」
「はい?」
「なんでもない! いいから聞きなさい、妖精!」
「聞いてますよ~」
うぬぬと唇を噛んだ繻子那嬢だったが、唐突に、深々と頭を下げた。
皆の驚愕の視線を受けながら、上げた顔は真っ赤。
怒っているのか泣きたいのかわからない表情で、一気にまくし立てた。
「ごめんなさい! いろいろ悪かったわ! 許せないのは無理もないし、わたくしだってあなたの立場なら到底許せないし、むしろ噛み殺してやろうかと思うだろうし、どうして今までそういうことに思い至らなかったのかと思うけど、でも仕方ないじゃないやってしまったものは! だからもう謝り倒すしかないのよ!」
謝りながらキレている。器用だ。
と、壱香嬢も並んで頭を下げ、同じように立て板に水の勢いで喋り始めた。
「わたくしも謝らせてください、申しわけありません! 弁解しようもないけれど、でもただ黙って謝罪するだけなんていうタマでもないから、余計なことも話したいし聞いていただきたいわ! 念のため言っておきますが、ウォルドグレイブ伯爵に文句をつけるつもりは一切無いので、そこはご安心なさって!」
……ちょっとお腹が痛くなってきた。
笑うのを我慢して腹筋を使っているせいで。
気の強い虎女性たちの謝罪は、唐突すぎるし、声が大きくて迫力ありすぎるし、こんな威勢の良い謝罪は初めて聞いた。
黙って聞いてると吹き出してしまいそうなので、僕はキリリと真面目顔で問うた。
「僕に聞かせたかったというお話は、謝罪だったのですね?」
「それはもちろん、そうなのだけれど……もうひとつあって、それは」
「ウォルドグレイブ伯爵!」
割り込んできた琅珠嬢の声で、繻子那嬢の言葉がかき消された。
僕が何か言う間もなく、琅珠嬢が目に涙をためて訴えてくる。
「先ほどは父が大変失礼いたしました。わたくしのお話も忘れないでくださいまし」
「それはもちろんですが、今は先に、」
ちょっとお待ちいただこうと思ったのに、今度は僕の言葉が壱香嬢に遮られた。
「ご遠慮くださいな、琅珠様! 今は繻子那様が話されている最中ではございませんか!」
鞭打つようにピシャリと。
明らかに喧嘩腰なその声に、琅珠嬢の口元がヒクリと動き、笑みを貼りつけたまま言い返した。
「あら、遠慮すべきはどちらかしら。もともとわたくしが先に、ウォルドグレイブ伯爵に発言の機会を与えていただいたのよ?」
「その機会を親子喧嘩で潰したのではなくて? 一度順番の列から外れたのなら、並び直すのが筋というものではないかしら」
「そういう壱香様は、横入りというやつですわね。あなたは発言の許しも得ず、繻子那様に便乗した飛び入りですもの」
うっ、と壱香嬢が言葉に詰まった。
競い合いの時点ですでに異変は感じていたけれど、この四人のあいだに入った亀裂は、さらに深まっているらしい。
その証拠に繻子那嬢が、壱香嬢を庇うように声を張り上げた。
「ウォルドグレイブ伯爵。わたくしと壱香様があなたにお伝えしたかったもうひとつのこととは、こちらの琅珠様のことですわ。この方には充分ご注意を、と」
かつての仲間を睨みつけたまま言い切った繻子那嬢に、ひとり取り残されて呆然としていた久利緒嬢が、猛然と食ってかかった。
「何を言うの、繻子那様! ウォルドグレイブ伯爵に取り入るために、これまでのわたくしたちの友情を裏切るおつもりなの!?」
「友情?」
繻子那嬢の顔に冷笑が浮かんだ。
「本気? まだそんなことを言っているの?」
「……なんですって」
すっかり『場外』に追いやられた当主たちや、もはやすっかり忘れられている感のあるドーソン氏らが、呆気にとられて見ている先で。令嬢たちのあいだをピリピリと、棘のような緊張感が走る。
繻子那嬢は久利緒嬢と対峙しながら、ちらりと僕へ視線を向けた。
「――競い合いの場で見たウォルドグレイブ伯爵は、悔しいけど、昔の自分が夢見た存在そのものだったわ。何もかもが完璧で、殿下方に優しく見守られている姿を見ていたら、自分がひどく惨めに思えた。
……言っておきますけど、比較して惨めに思ったんじゃありませんからね!」
何も言ってないのに、繻子那嬢がクワッと眦を吊り上げ僕を見る。
「お腹すいたのかな……」
「空腹で不機嫌になってるわけでもありません!」
しまった。思ったこと声に出しちゃった。
繻子那嬢は「そうではなくて」と、また久利緒嬢と琅珠嬢へと顔を向ける。
「とっくに、問題にならないほど圧倒的に、わたくしたちはウォルドグレイブ伯爵に敗北していた。なのにそれを認めないどころか、まったくわかっていなかった自分に衝撃を受けて、そんな自分が恥ずかしくて、惨めな気持ちになったのよ……」
うつむいてしまった繻子那嬢の肩を、壱香嬢がそっと支えた。
繻子那嬢はその手に力を得たように、またしっかりと顔を上げ、
「そもそも、どこからこの妖精伯爵を見誤ったのだろうと、ふと思ったわ。思えばいつの間にか、必要以上に敵意を抱いていた気がする。普通に話してみれば、『お金の工面に異様に闘志を燃やす妖精』という変な人だけれど、人畜無害の典型みたいな天然だし、このとぼけた人に、そこまで腹を立ててムキになる必要がある? とも思ったし」
「いやあ、それほどでも~」
「……褒めてないわよ?」
「どうして褒められたと思えるのかしら」
繻子那嬢と壱香嬢は、不思議生物を見る目で、テヘヘと照れる僕を見た。
混乱した胸中を表すごとく、凄い速さで瞬きしていたが、壱香嬢が「しっかり、繻子那様!」と声をかけると、ハッとして首を振った。
こぶしを握って友人とうなずき合い、キリッと表情を改め僕を見る。
「わたくしが知ってほしかったのは、ただ……もうあなたの邪魔をする気は無いって、そういうことです。あと、その……別に情けを乞おうとか、そういうつもりじゃなくて。ただ、言わなきゃスッキリしないから。だから……ウォルドグレイブ伯爵」
「はい」
にこにこしながら返事をすると、「うっ!」と繻子那嬢の顔が真っ赤になった。
「なんでそんなに綺麗なんじゃい……!」
「はい?」
「なんでもない! いいから聞きなさい、妖精!」
「聞いてますよ~」
うぬぬと唇を噛んだ繻子那嬢だったが、唐突に、深々と頭を下げた。
皆の驚愕の視線を受けながら、上げた顔は真っ赤。
怒っているのか泣きたいのかわからない表情で、一気にまくし立てた。
「ごめんなさい! いろいろ悪かったわ! 許せないのは無理もないし、わたくしだってあなたの立場なら到底許せないし、むしろ噛み殺してやろうかと思うだろうし、どうして今までそういうことに思い至らなかったのかと思うけど、でも仕方ないじゃないやってしまったものは! だからもう謝り倒すしかないのよ!」
謝りながらキレている。器用だ。
と、壱香嬢も並んで頭を下げ、同じように立て板に水の勢いで喋り始めた。
「わたくしも謝らせてください、申しわけありません! 弁解しようもないけれど、でもただ黙って謝罪するだけなんていうタマでもないから、余計なことも話したいし聞いていただきたいわ! 念のため言っておきますが、ウォルドグレイブ伯爵に文句をつけるつもりは一切無いので、そこはご安心なさって!」
……ちょっとお腹が痛くなってきた。
笑うのを我慢して腹筋を使っているせいで。
気の強い虎女性たちの謝罪は、唐突すぎるし、声が大きくて迫力ありすぎるし、こんな威勢の良い謝罪は初めて聞いた。
黙って聞いてると吹き出してしまいそうなので、僕はキリリと真面目顔で問うた。
「僕に聞かせたかったというお話は、謝罪だったのですね?」
「それはもちろん、そうなのだけれど……もうひとつあって、それは」
「ウォルドグレイブ伯爵!」
割り込んできた琅珠嬢の声で、繻子那嬢の言葉がかき消された。
僕が何か言う間もなく、琅珠嬢が目に涙をためて訴えてくる。
「先ほどは父が大変失礼いたしました。わたくしのお話も忘れないでくださいまし」
「それはもちろんですが、今は先に、」
ちょっとお待ちいただこうと思ったのに、今度は僕の言葉が壱香嬢に遮られた。
「ご遠慮くださいな、琅珠様! 今は繻子那様が話されている最中ではございませんか!」
鞭打つようにピシャリと。
明らかに喧嘩腰なその声に、琅珠嬢の口元がヒクリと動き、笑みを貼りつけたまま言い返した。
「あら、遠慮すべきはどちらかしら。もともとわたくしが先に、ウォルドグレイブ伯爵に発言の機会を与えていただいたのよ?」
「その機会を親子喧嘩で潰したのではなくて? 一度順番の列から外れたのなら、並び直すのが筋というものではないかしら」
「そういう壱香様は、横入りというやつですわね。あなたは発言の許しも得ず、繻子那様に便乗した飛び入りですもの」
うっ、と壱香嬢が言葉に詰まった。
競い合いの時点ですでに異変は感じていたけれど、この四人のあいだに入った亀裂は、さらに深まっているらしい。
その証拠に繻子那嬢が、壱香嬢を庇うように声を張り上げた。
「ウォルドグレイブ伯爵。わたくしと壱香様があなたにお伝えしたかったもうひとつのこととは、こちらの琅珠様のことですわ。この方には充分ご注意を、と」
かつての仲間を睨みつけたまま言い切った繻子那嬢に、ひとり取り残されて呆然としていた久利緒嬢が、猛然と食ってかかった。
「何を言うの、繻子那様! ウォルドグレイブ伯爵に取り入るために、これまでのわたくしたちの友情を裏切るおつもりなの!?」
「友情?」
繻子那嬢の顔に冷笑が浮かんだ。
「本気? まだそんなことを言っているの?」
「……なんですって」
すっかり『場外』に追いやられた当主たちや、もはやすっかり忘れられている感のあるドーソン氏らが、呆気にとられて見ている先で。令嬢たちのあいだをピリピリと、棘のような緊張感が走る。
繻子那嬢は久利緒嬢と対峙しながら、ちらりと僕へ視線を向けた。
「――競い合いの場で見たウォルドグレイブ伯爵は、悔しいけど、昔の自分が夢見た存在そのものだったわ。何もかもが完璧で、殿下方に優しく見守られている姿を見ていたら、自分がひどく惨めに思えた。
……言っておきますけど、比較して惨めに思ったんじゃありませんからね!」
何も言ってないのに、繻子那嬢がクワッと眦を吊り上げ僕を見る。
「お腹すいたのかな……」
「空腹で不機嫌になってるわけでもありません!」
しまった。思ったこと声に出しちゃった。
繻子那嬢は「そうではなくて」と、また久利緒嬢と琅珠嬢へと顔を向ける。
「とっくに、問題にならないほど圧倒的に、わたくしたちはウォルドグレイブ伯爵に敗北していた。なのにそれを認めないどころか、まったくわかっていなかった自分に衝撃を受けて、そんな自分が恥ずかしくて、惨めな気持ちになったのよ……」
うつむいてしまった繻子那嬢の肩を、壱香嬢がそっと支えた。
繻子那嬢はその手に力を得たように、またしっかりと顔を上げ、
「そもそも、どこからこの妖精伯爵を見誤ったのだろうと、ふと思ったわ。思えばいつの間にか、必要以上に敵意を抱いていた気がする。普通に話してみれば、『お金の工面に異様に闘志を燃やす妖精』という変な人だけれど、人畜無害の典型みたいな天然だし、このとぼけた人に、そこまで腹を立ててムキになる必要がある? とも思ったし」
「いやあ、それほどでも~」
「……褒めてないわよ?」
「どうして褒められたと思えるのかしら」
繻子那嬢と壱香嬢は、不思議生物を見る目で、テヘヘと照れる僕を見た。
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