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第22章 ねちねち
悪い顔
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琅珠嬢の目に、強い怒りが閃く。
弓庭後侯から厳しい視線を送られた久利緒嬢が、顔を引きつらせて叫んだ。
「何を言い出すの、ドーソン! 自分が落ちぶれたからといって、わたくしたちまで陥れるつもり!? 伯父様! こんな男の話など信用できるわけがありません、お耳汚しにしかなりませんわ!」
焦ったあまりか、それとも正妃の姪として、王の身内であると強調したかったのか。
王様を伯父様と呼んだ久利緒嬢だけど、『伯父様』は口角のみを引き上げて微笑み、
「久利緒嬢。私の話を聞いていなかったのかな。私はこの二人に、『偽りは許さぬ』と警告したのだが。私の警告など無意味だと言いたいのかな? 私の警告はこの二人にとって、簡単に聞き流され無視される程度のものだと?」
「あ……っ」
身内の情など一切感じさせず『久利緒嬢』と呼んだ冷たい声音が、久利緒嬢に失言を気づかせたようだ。その顔から血の気が引いていく。
生じた沈黙を利用して、ドーソン氏と御形氏が声を張り上げた。
「とんでもないことにございます! わたくしは陛下のお言葉に従いまする!」
「わたくしもです! い、今この命あるのは、王家の皆様のおかげ。もはや嘘偽りなど申しませぬ!」
勢い余って跪いた二人を、刹淵さんが「ならば」と笑みを浮かべて見下ろした。
「グズグズするな。疾く簡潔に、陛下のご下問にお答えせよ」
「はっ、ははぁ」
膝立ちのまま、まずはドーソン氏が先ほどの話を補足した。
「わたくしは虚偽など申しておりません。証人もおります。あの会員制の店の経営者が、ちょうど四家の方々に挨拶に来ていて、わたくしとも葡萄酒の出来について話しました。琅珠嬢と久利緒嬢の会話が聞こえてきたのは、そのときです。
わたくしも経営者も、うら若き女性たちの口先だけの悪だくみと思い、こっそり『最近のご令嬢はなかなか過激だ』と笑い合っていたのです。そのすぐそばの椅子に、霜葱伯爵が座っていました」
「では、その経営者に供述させて、きみの話と内容が一致すれば、信憑性が高いというわけだね」
浬祥さんの言葉に、ドーソン氏がブンブンうなずいているけど……当然、すでにその経営者も確保済みなんだろうな。
続いて御形氏が、膝立ちのまま進み出た。
「わたくしは……失った栄光と財を取り戻そうと、そればかり考えておりました。そして四家の皆様は、ウォルドグレイブ伯爵と令嬢たちの立場をひっくり返そうと躍起になっていました。
王子殿下方が繁殖期に入るときが最後の機会だと、皆様はお考えでした。そのときのため、強力な催淫薬をつくるよう命じられたのです。それが叶えば我らは、莫大な報酬と後ろ盾を得られる約束でした」
コーネルくんの切なげな視線に、御形氏はあえて気づかぬ振りをしているようだった。つやつやしていた頬もこけ、追い立てられているように言葉を継ぐ。
「毒に躰を慣らされている殿下方に催淫薬を効きやすくするため、愚かにも、ウォルドグレイブ伯爵から盗用したあの処方に、ロウセンツヅラ等を加えて再利用しました。それほどに伯爵の処方は優れていたのです……。まさかウォルドグレイブ伯爵に見破られるとは、考えもせず」
うむ。あのときは嗅覚妖精と化して、双子が口にしたものを、一心不乱にクンクンクンクン確かめたからね。我ながら薬草に関しては異常な嗅覚を発揮するものだよ。ハッハッハッ。
……いや、得意になってる場合ではなかった。
「ということは、つまり、薬の処方を依頼したのは、令嬢たちの独断ではないということだね?」
一貫して飄々とした浬祥さんが、核心を突いた。
四当主がギクリと顔をこわばらせ、「それは!」「お待ちください!」などと声を上げたが、王様が笑顔を向けるとピタリと静まる。
ドーソン氏と御形氏は、そんな当主たちをビクビクと窺いつつも、はっきりと首肯した。
「その通りです。失礼ながらご令嬢方には、我らを再起させると約束できるほどのお力は無いかと」
「薬の催促や受け取りの場などには、ご令嬢たちのみでいらしたこともありました。しかし依頼主はあくまでご当主方です」
途端、アルデンホフ氏が憤怒の形相で立ち上がった。
「陛下! この者たちの発言は、あまりに一方的で」
王様の顔から、笑みが消えた。
「黙れっつってんだよ」
静かな声が、場の空気を一気に氷点下まで下げた。触れただけで切れそうな殺気が満ちる。
とっさに白銅くんを抱っこして懐に隠したが、幸い、それまでおててで顔を洗っていた白銅くんはこの流れに気づいておらず、『アーネスト様?』ときょとんとしている。
よかった、怖い思いをしなくて。
だが、たっぷり怖い思いをさせられた四家の人々は顔面蒼白で、久利緒嬢と壱香嬢に至っては虎の耳が出現している。ついでに守道子爵とアルデンホフ氏も。
まあるいトラ耳……!
……大好物なのに、なぜだ。
アルデンホフ氏のトラ耳には、まったくときめかない。
それより彼の毛色は、ちょっと変わってる。灰色がかったくすんだオレンジ。眉毛も灰色だけど、獣化した毛色も灰色が強いんだな。初めて見た。
興味津々、観察していると、寒月が耳元で囁いた。
「お前、やっぱすげえな」
「え。何が?」
「親父のアレ。キレ出すと虎獣人でもビビるのに、お前みたく平然としてるの初めて見たわ」
目元に笑い皺を浮かべてニカッと笑った寒月の言葉に、青月も切れ長の目を細めてうなずいた。
「躰が弱いぶん、肝が据わってるんだな。さすが俺たちの嫁」
「う」
トラ耳に気を取られていたからだと思うけど……。
でも褒められて嬉しいので、エヘヘと笑ったら、「可愛い」と左右からこめかみにキスされた。……なんだか胸がきゅんっとして、ふわふわして、ぽかぽかする。あ、懐に白銅くん入ってるからか。
「何やってんだお前ら」
王女の呆れ声で状況を思い出す。
そうだ、今はとても大事な話の真っ最中。集中!
ふと気づくと、繻子那嬢がこちらを見ていた。
ぼんやりと、疲れたような懐かしむような、つかみどころのない表情で。
そこへ王様が、「そんなわけで、アーちゃん」とコロリと口調を変えた。
「たぶんアーちゃんにもまだまだ、この人たちに言いたいことがあるよねぇ?」
「はい、あります!」
思わず元気に返事した。
にんまりと王様と笑い合った僕は今、悪い顔をしてるだろうなあ。
弓庭後侯から厳しい視線を送られた久利緒嬢が、顔を引きつらせて叫んだ。
「何を言い出すの、ドーソン! 自分が落ちぶれたからといって、わたくしたちまで陥れるつもり!? 伯父様! こんな男の話など信用できるわけがありません、お耳汚しにしかなりませんわ!」
焦ったあまりか、それとも正妃の姪として、王の身内であると強調したかったのか。
王様を伯父様と呼んだ久利緒嬢だけど、『伯父様』は口角のみを引き上げて微笑み、
「久利緒嬢。私の話を聞いていなかったのかな。私はこの二人に、『偽りは許さぬ』と警告したのだが。私の警告など無意味だと言いたいのかな? 私の警告はこの二人にとって、簡単に聞き流され無視される程度のものだと?」
「あ……っ」
身内の情など一切感じさせず『久利緒嬢』と呼んだ冷たい声音が、久利緒嬢に失言を気づかせたようだ。その顔から血の気が引いていく。
生じた沈黙を利用して、ドーソン氏と御形氏が声を張り上げた。
「とんでもないことにございます! わたくしは陛下のお言葉に従いまする!」
「わたくしもです! い、今この命あるのは、王家の皆様のおかげ。もはや嘘偽りなど申しませぬ!」
勢い余って跪いた二人を、刹淵さんが「ならば」と笑みを浮かべて見下ろした。
「グズグズするな。疾く簡潔に、陛下のご下問にお答えせよ」
「はっ、ははぁ」
膝立ちのまま、まずはドーソン氏が先ほどの話を補足した。
「わたくしは虚偽など申しておりません。証人もおります。あの会員制の店の経営者が、ちょうど四家の方々に挨拶に来ていて、わたくしとも葡萄酒の出来について話しました。琅珠嬢と久利緒嬢の会話が聞こえてきたのは、そのときです。
わたくしも経営者も、うら若き女性たちの口先だけの悪だくみと思い、こっそり『最近のご令嬢はなかなか過激だ』と笑い合っていたのです。そのすぐそばの椅子に、霜葱伯爵が座っていました」
「では、その経営者に供述させて、きみの話と内容が一致すれば、信憑性が高いというわけだね」
浬祥さんの言葉に、ドーソン氏がブンブンうなずいているけど……当然、すでにその経営者も確保済みなんだろうな。
続いて御形氏が、膝立ちのまま進み出た。
「わたくしは……失った栄光と財を取り戻そうと、そればかり考えておりました。そして四家の皆様は、ウォルドグレイブ伯爵と令嬢たちの立場をひっくり返そうと躍起になっていました。
王子殿下方が繁殖期に入るときが最後の機会だと、皆様はお考えでした。そのときのため、強力な催淫薬をつくるよう命じられたのです。それが叶えば我らは、莫大な報酬と後ろ盾を得られる約束でした」
コーネルくんの切なげな視線に、御形氏はあえて気づかぬ振りをしているようだった。つやつやしていた頬もこけ、追い立てられているように言葉を継ぐ。
「毒に躰を慣らされている殿下方に催淫薬を効きやすくするため、愚かにも、ウォルドグレイブ伯爵から盗用したあの処方に、ロウセンツヅラ等を加えて再利用しました。それほどに伯爵の処方は優れていたのです……。まさかウォルドグレイブ伯爵に見破られるとは、考えもせず」
うむ。あのときは嗅覚妖精と化して、双子が口にしたものを、一心不乱にクンクンクンクン確かめたからね。我ながら薬草に関しては異常な嗅覚を発揮するものだよ。ハッハッハッ。
……いや、得意になってる場合ではなかった。
「ということは、つまり、薬の処方を依頼したのは、令嬢たちの独断ではないということだね?」
一貫して飄々とした浬祥さんが、核心を突いた。
四当主がギクリと顔をこわばらせ、「それは!」「お待ちください!」などと声を上げたが、王様が笑顔を向けるとピタリと静まる。
ドーソン氏と御形氏は、そんな当主たちをビクビクと窺いつつも、はっきりと首肯した。
「その通りです。失礼ながらご令嬢方には、我らを再起させると約束できるほどのお力は無いかと」
「薬の催促や受け取りの場などには、ご令嬢たちのみでいらしたこともありました。しかし依頼主はあくまでご当主方です」
途端、アルデンホフ氏が憤怒の形相で立ち上がった。
「陛下! この者たちの発言は、あまりに一方的で」
王様の顔から、笑みが消えた。
「黙れっつってんだよ」
静かな声が、場の空気を一気に氷点下まで下げた。触れただけで切れそうな殺気が満ちる。
とっさに白銅くんを抱っこして懐に隠したが、幸い、それまでおててで顔を洗っていた白銅くんはこの流れに気づいておらず、『アーネスト様?』ときょとんとしている。
よかった、怖い思いをしなくて。
だが、たっぷり怖い思いをさせられた四家の人々は顔面蒼白で、久利緒嬢と壱香嬢に至っては虎の耳が出現している。ついでに守道子爵とアルデンホフ氏も。
まあるいトラ耳……!
……大好物なのに、なぜだ。
アルデンホフ氏のトラ耳には、まったくときめかない。
それより彼の毛色は、ちょっと変わってる。灰色がかったくすんだオレンジ。眉毛も灰色だけど、獣化した毛色も灰色が強いんだな。初めて見た。
興味津々、観察していると、寒月が耳元で囁いた。
「お前、やっぱすげえな」
「え。何が?」
「親父のアレ。キレ出すと虎獣人でもビビるのに、お前みたく平然としてるの初めて見たわ」
目元に笑い皺を浮かべてニカッと笑った寒月の言葉に、青月も切れ長の目を細めてうなずいた。
「躰が弱いぶん、肝が据わってるんだな。さすが俺たちの嫁」
「う」
トラ耳に気を取られていたからだと思うけど……。
でも褒められて嬉しいので、エヘヘと笑ったら、「可愛い」と左右からこめかみにキスされた。……なんだか胸がきゅんっとして、ふわふわして、ぽかぽかする。あ、懐に白銅くん入ってるからか。
「何やってんだお前ら」
王女の呆れ声で状況を思い出す。
そうだ、今はとても大事な話の真っ最中。集中!
ふと気づくと、繻子那嬢がこちらを見ていた。
ぼんやりと、疲れたような懐かしむような、つかみどころのない表情で。
そこへ王様が、「そんなわけで、アーちゃん」とコロリと口調を変えた。
「たぶんアーちゃんにもまだまだ、この人たちに言いたいことがあるよねぇ?」
「はい、あります!」
思わず元気に返事した。
にんまりと王様と笑い合った僕は今、悪い顔をしてるだろうなあ。
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