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第22章 ねちねち
矛vs.矛
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――いや、今は余計なことは考えず、目の前の金儲け……もとい、請求増額の理由説明に集中しなければ。
「調査の結果、王子殿下方はあのとき、食事に催淫薬を盛られていたと確定しました。さらに口直しとして、ロウセンツヅラ等が入った薬湯も出されていました。
その薬湯は、皓月殿下やドーソン氏、御形氏らに盗用され悪用された、僕の処方と内容がほぼ同じです。よって僕は、薬湯および催淫薬を用意したのはドーソン氏と御形氏であると考え、その旨王族の皆様に申し出たのですが」
ちらりと視線を流した先、コーネルくんに動揺の色は見えない。
もうすっかり、気持ちを切り替えたみたいだ。……よかった。
ひそかに安堵していると、寒月が「けどよ」と続きを引き受けてくれた。
「ドーソンも御形も消えてたんだよな。しばらく家に帰った様子も無かったが、アーネストが御形の店舗兼住宅の地下に、催淫薬の材料となる薬草が隠されているのを見つけた」
青月も首肯し、四当主と令嬢たちに氷のような目を向ける。
「奴らが失脚を逆恨みしたとしても、あの二人には直接俺らに復讐する度胸は無い。せいぜい金や地位の復活を餌に、利用されたと考えるのが妥当だろう。誰が利用したかは――当然、催淫薬を使用した者たちだろうな」
「……未熟な娘たちが、浅慮から引き起こしたことの深刻さは、重々承知しております。ウォルドグレイブ伯爵の言う賠償金の増額というのが、殿下方が受けた苦痛への賠償のためということであれば、我らはもちろん粛々と従いまする。
ただし、あくまで殿下方に対してです。ウォルドグレイブ伯爵への支払いを増額する根拠にはなりません」
王様と双子に対して頭を下げつつ、僕を睨む弓庭後侯。これだけ窮地に立たされても、僕を牽制する気力はまだまだ健在の様子。
そして気力が萎えていないのは、琅珠嬢も同じだった。
「畏れながら陛下。発言をお許しいただけますでしょうか」
「いいよ、琅珠嬢」
「感謝いたします。わたくしたちが王子殿下方をお慕いするあまり過ちを犯しましたこと、後悔の念に苛まれぬ日はございません。心よりお詫び申し上げます」
四令嬢がそろって立ち上がり、深く頭を下げた。
その頭に向かって王女が冷笑を浮かべる。
「そのわりには、謹慎処分も無視して城下街で遊び惚けていたようだが」
「遊び惚けてなどおりません! あれは」
久利緒嬢がカッとして言い返したが、「『あれは』何だ?」と問われて口ごもった。ちょうどいい、王女に便乗させてもらおう。
「王女殿下と僕がご令嬢たちと出くわしたのは、高級店が軒を連ねる一画からは離れた場所でしたが、御形氏の店舗からは近かったのですよね」
「……だったら何よ!」
久利緒嬢が肩を怒らせた。
「そうよ、わたくしたちは御形たちから薬を譲り受けたわ。だからあの日もあそこにいたのよ。過ちはとっくに認めてるじゃない、ねちねちとしつこいわね!」
以前も思ったけど、性格だけなら久利緒嬢はアルデンホフ氏とよく似ている。弓庭後侯が眦を吊り上げて「黙っておれ!」と止めに入っているのを見るにつけ、アルデンホフ父娘と逆のパターンだなあと思ったり。
それはともかく。
「ねちねちと言ったおぼえは無いのですが、未だ何の償いも実行されていないのですから、しつこく追及されるのは当然でしょう。本来なら即地下牢行きでは?」
「そ、それは……あなたなんかに偉そうに言われる筋合いは無いわ、敵国の元皇族の、召し使いのくせに!」
「それでも僕は、誰にも毒を盛ってはいません」
冷たく言い放つと、久利緒嬢はうっと口をつぐんだ。
双子に危険な薬を盛ったことも、強姦しようとしたことも、僕はねちねちと怒り続けている。その点のねちねちは認めよう。
「それから――御形氏から薬をもらうために城下街にいたというのも不自然です。なぜなら皆さんはあの時点ですでに謹慎処分中。催淫薬を用いる機会はとうに失われていたのに、なぜ御形氏に会いに行ったのです?」
令嬢たちのみならず、当主たちも顔色を変えた。
久利緒嬢が上擦った声で叫んだ。
「買い物をしていたのよ! 商店街だもの、当然でしょう!? わたくしたちだって高級店以外の店にも入るわ!」
「『わたくしたちは御形たちから薬を譲り受けた、だからあの日もあそこにいた』と、ついさっき言ったばかりではありませんか」
「あっ。……そ、れは」
急に顔から汗を噴き出しうろたえる久利緒嬢の肩を、琅珠嬢がそっと撫でた。
「混乱してしまったのよね? 久利緒様。あんなふうに問い詰められては、時系列を正しく思い返しながら話すことなんてできませんわ」
「そう、そうよ琅珠様っ。その通りよっ」
「なるほど。では先ほどから最も冷静に対応されている琅珠嬢。あなたが代わりに答えていただけますか?」
「――ええ。わたくしにわかることでしたら」
一瞬カマキリの目を閃かせ、それをふんわりと微笑みで隠して、琅珠嬢がうなずいた。僕もにっこりと笑みを返す。
さっきは堂々と僕に矛先を向けて、反論してきたものね。
だから僕もねちねちとした怒りの矛を、彼女に突きつけることにしよう。
「調査の結果、王子殿下方はあのとき、食事に催淫薬を盛られていたと確定しました。さらに口直しとして、ロウセンツヅラ等が入った薬湯も出されていました。
その薬湯は、皓月殿下やドーソン氏、御形氏らに盗用され悪用された、僕の処方と内容がほぼ同じです。よって僕は、薬湯および催淫薬を用意したのはドーソン氏と御形氏であると考え、その旨王族の皆様に申し出たのですが」
ちらりと視線を流した先、コーネルくんに動揺の色は見えない。
もうすっかり、気持ちを切り替えたみたいだ。……よかった。
ひそかに安堵していると、寒月が「けどよ」と続きを引き受けてくれた。
「ドーソンも御形も消えてたんだよな。しばらく家に帰った様子も無かったが、アーネストが御形の店舗兼住宅の地下に、催淫薬の材料となる薬草が隠されているのを見つけた」
青月も首肯し、四当主と令嬢たちに氷のような目を向ける。
「奴らが失脚を逆恨みしたとしても、あの二人には直接俺らに復讐する度胸は無い。せいぜい金や地位の復活を餌に、利用されたと考えるのが妥当だろう。誰が利用したかは――当然、催淫薬を使用した者たちだろうな」
「……未熟な娘たちが、浅慮から引き起こしたことの深刻さは、重々承知しております。ウォルドグレイブ伯爵の言う賠償金の増額というのが、殿下方が受けた苦痛への賠償のためということであれば、我らはもちろん粛々と従いまする。
ただし、あくまで殿下方に対してです。ウォルドグレイブ伯爵への支払いを増額する根拠にはなりません」
王様と双子に対して頭を下げつつ、僕を睨む弓庭後侯。これだけ窮地に立たされても、僕を牽制する気力はまだまだ健在の様子。
そして気力が萎えていないのは、琅珠嬢も同じだった。
「畏れながら陛下。発言をお許しいただけますでしょうか」
「いいよ、琅珠嬢」
「感謝いたします。わたくしたちが王子殿下方をお慕いするあまり過ちを犯しましたこと、後悔の念に苛まれぬ日はございません。心よりお詫び申し上げます」
四令嬢がそろって立ち上がり、深く頭を下げた。
その頭に向かって王女が冷笑を浮かべる。
「そのわりには、謹慎処分も無視して城下街で遊び惚けていたようだが」
「遊び惚けてなどおりません! あれは」
久利緒嬢がカッとして言い返したが、「『あれは』何だ?」と問われて口ごもった。ちょうどいい、王女に便乗させてもらおう。
「王女殿下と僕がご令嬢たちと出くわしたのは、高級店が軒を連ねる一画からは離れた場所でしたが、御形氏の店舗からは近かったのですよね」
「……だったら何よ!」
久利緒嬢が肩を怒らせた。
「そうよ、わたくしたちは御形たちから薬を譲り受けたわ。だからあの日もあそこにいたのよ。過ちはとっくに認めてるじゃない、ねちねちとしつこいわね!」
以前も思ったけど、性格だけなら久利緒嬢はアルデンホフ氏とよく似ている。弓庭後侯が眦を吊り上げて「黙っておれ!」と止めに入っているのを見るにつけ、アルデンホフ父娘と逆のパターンだなあと思ったり。
それはともかく。
「ねちねちと言ったおぼえは無いのですが、未だ何の償いも実行されていないのですから、しつこく追及されるのは当然でしょう。本来なら即地下牢行きでは?」
「そ、それは……あなたなんかに偉そうに言われる筋合いは無いわ、敵国の元皇族の、召し使いのくせに!」
「それでも僕は、誰にも毒を盛ってはいません」
冷たく言い放つと、久利緒嬢はうっと口をつぐんだ。
双子に危険な薬を盛ったことも、強姦しようとしたことも、僕はねちねちと怒り続けている。その点のねちねちは認めよう。
「それから――御形氏から薬をもらうために城下街にいたというのも不自然です。なぜなら皆さんはあの時点ですでに謹慎処分中。催淫薬を用いる機会はとうに失われていたのに、なぜ御形氏に会いに行ったのです?」
令嬢たちのみならず、当主たちも顔色を変えた。
久利緒嬢が上擦った声で叫んだ。
「買い物をしていたのよ! 商店街だもの、当然でしょう!? わたくしたちだって高級店以外の店にも入るわ!」
「『わたくしたちは御形たちから薬を譲り受けた、だからあの日もあそこにいた』と、ついさっき言ったばかりではありませんか」
「あっ。……そ、れは」
急に顔から汗を噴き出しうろたえる久利緒嬢の肩を、琅珠嬢がそっと撫でた。
「混乱してしまったのよね? 久利緒様。あんなふうに問い詰められては、時系列を正しく思い返しながら話すことなんてできませんわ」
「そう、そうよ琅珠様っ。その通りよっ」
「なるほど。では先ほどから最も冷静に対応されている琅珠嬢。あなたが代わりに答えていただけますか?」
「――ええ。わたくしにわかることでしたら」
一瞬カマキリの目を閃かせ、それをふんわりと微笑みで隠して、琅珠嬢がうなずいた。僕もにっこりと笑みを返す。
さっきは堂々と僕に矛先を向けて、反論してきたものね。
だから僕もねちねちとした怒りの矛を、彼女に突きつけることにしよう。
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