召し使い様の分際で

月齢

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第21章 じわじわ

あの条件

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 栴木さんから飛んできた紙に目を通した王様は、「ふむ」とうなずいて刹淵さんの手に戻した。
 すると以心伝心、刹淵さんは王様が何の指示もせずとも歩き出し、「どうぞ」と弓庭後侯に差し出す。
 眉根を寄せて受け取った弓庭後侯は、紙面に目を走らせたかと思うと、いきなり目を剥いたまま固まった。

「ど、どうなさった? 弓庭後侯爵」

 蟹清カニスガ伯爵らが不安そうに声をかけると、弓庭後侯は無言で、手にした紙を彼らに渡した。その手が微かに震えているように見える。
 そして奪い合うように紙面を確かめた残る三人もまた、「はあ!?」「そんな馬鹿な!」と驚愕の声を上げた。
 それ以上の言葉が出てこないらしき彼らの視線が、栴木さんに集まる。
 アルデンホフ氏が絞り出すように、「なぜ……」と呻いた。

「なぜ……なぜですか、栴木公爵! これはどういうことですか!?」

 怒りの色を隠せぬ声を上げたものの、栴木さんにギロリと睨みつけられたアルデンホフ氏は、「ひっ」と細い悲鳴じみた声を発して身を縮めた。
 そのアルデンホフ氏が手にしていた紙を、刹淵さんが「失礼いたします」と上からひょいと取り上げ、今度は僕らのところに持ってきてくれた。

 双子と(子猫も)一緒に覗き込むと、昨日の競い合いの項目と、栴木さんと大公夫妻の名が書かれ、その交わる欄にチェックを入れてある。
 
「判定表か」
「オッサン、判定の最中は何も喋らんかったのに、よくレイニアたちは意思疎通できてるなと思ってたら、こんなもんを用意してたのか」

 呆れたような、愉快そうな声。
 僕の膝の上から机の上へとよじ登った白銅くんが、まじまじと表を見つめてから僕を見上げた。

『栴木様は、全項目でアーネスト様に印を付けてますね!』
「う、うん……」

 そのようだ。びっくりした。
 双子も「やるなオッサン! 意外にわかってんじゃねえか」と笑っている。
 一方、四当主たちに贔屓を疑われた大公夫妻のほうは、どちらかが僕以外にチェックを入れた項目もあった。危うい勝利だったらしき項目もあったものね。

 当主たちは、栴木さんが当然、自分たちの娘に味方してくれたものと思い込んでいたようだけど……僕もそう思ってた。
 だってこれまでの経緯を思えば、虎獣人でもなければ双子の跡継ぎも産めない僕など、全力で遠ざけたいのだろうなと。そう考えるのが普通じゃない?

 言葉を失い、動揺を隠せず視線を交わす当主たちのうしろで、令嬢たちも緊張の面持ちだ。彼女たちもまた、父親が万に一つの突破口をひらいてくれることを期待してきたのか、それとも……。
 繻子那シュスナ嬢と目が合うと、イーッと憎らしげに歯を剥かれた。
 虎っぽくて可愛いなあと、くすっと笑ってしまったら、赤くなってツンとそっぽを向いている。

「そういうわけでね、弓庭ちゃん。デンホフちゃんたちも」

 王様が話を再開したので、またそちらへ集中した。

「きみたちが侮辱した大公夫妻は、とっても公平な人たちだということを、これでわかってくれたかなあ? あの二人を疑うということは、僕の人選を疑うということでもあるんだよねえ。失礼しちゃう」

 守道モチ子爵が転がりそうな勢いで身を乗り出した。

「陛下の人選を疑うなどと、決してそのような意味では!」
「大公ご夫妻を侮辱する意図も無かったのです!」 

 蟹清伯爵もあわてふためき弁解したが、アルデンホフ氏はまだ衝撃から立ち直れないのか、呆然と栴木さんを見つめている。
 逆に弓庭後侯は、これでかえって腹が据わったらしい。その目に、泉果センカ王妃と共に双子からコテンパンにされて以来消えていた、眼光の鋭さが戻っていた。

「陛下。我らの至らなさと不徳を心よりお詫び申し上げます。伏してご寛恕を乞い願い、その上で、どうか我らの本意をお聴きください」
「謝れば何でも許されるってもんじゃないけどお、まあ置いとこう。で?」
「感謝申し上げます」

 言いわけの機会を絶たれなかったことにひとまず安堵したか、弓庭後侯はフウと息をついたものの、すぐさま厳しく表情を引き締めた。
 
「畏れながら申し上げます。こたびの競い合いは、そもそも、ウォルドグレイブ伯爵に王子妃候補として立つ資格があって、成り立つものでございました。もちろん、伯爵があらゆる才に恵まれた御仁であることは、すでに疑いようもないことでしょう。
 なれど、最初にウォルドグレイブ伯爵に王子妃の資格を問うたのは、栴木閣下であったはず。我らを集めて、浬祥殿が閣下の『意見書』を読み上げられた。そこには、ウォルドグレイブ伯爵に『王子妃になるだけの価値があることを証明せよ』と記されていました」

 やっぱりその件を持ち出したか……。
 四家の味方としての栴木さんに疑いを持った途端、遠慮なく栴木さんの発言を逆手にとって圧を掛けるとは、やはり海千山千。

「そそ、そうです、その通りです!」

 弓庭後侯の言葉で息を吹き返したごとく、すかさずアルデンホフ氏が追随した。 

「わたくしもよくおぼえております! 公爵閣下はウォルドグレイブ伯爵に対し、王子殿下方の仕事の内、少なくとも……えー……二件を、え……一年以内? に解決すること、それから、えー……」

 よくおぼえていない様子のアルデンホフ氏を遮って、弓庭後侯が声を張った。

「加えて、『一年以内に五千万キューズを用意し、知力と財力両面からの支援ができると証明する』『正妃の座を辞退しないなら、みずから殿下方の御子を産む妃を指名する』
 これら三つの条件を呑むと、ウォルドグレイブ伯爵は承諾したはず。それが果たされるか否かもわからぬうちに、早々に彼を唯一の王子妃にと定めるのは、片手落ちではございませぬか!?」
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