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第19章 勝敗と守銭奴ごころ
ダンス対決と、恋しさと寂しさ
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メヌエットには新たに創作されたダンスも多いけれど、今回は古典の代表的かつ基本的なメヌエットを指定されている。
その舞踏譜の発祥はエルバータで、そこから各国に広まったという経緯があるから、醍牙でも基本的にはジェームズが教えてくれたものと変わらなくて助かった。
メヌエットに限らず僕が習ったダンスは、男性パートが殆どだったけど……。
今にして思えば、たまに、
『次はジェームズが男性パートを担当しますから、アーネスト殿下は女性パートを踊ってみましょうね』
そう言われることもあって、『女性側の感覚も学んでこそ完璧に踊れるのです』なんて説明されて素直に納得していたけれど……遊びの延長感覚で楽しく挑戦していたのが、こんなところで役立ってくれるなんてね。
懐かしいなあ。
女性パートを担当していたときのジェームズ、びっくりするほど妖艶なお爺ちゃんだったなあ……笑った笑った。
僕が笑い転げていると、決まって言っていたっけ。
『ジェームズは今、ローズマリー様になりきっているのです。なりきり大事! どうせやるなら、徹底的にやり切るのですよ!』
うん、ジェームズ。
僕も母ローズマリーになりきるよ。
母が正式に踊っているところは見たことがないから、正確には母になりきってたジェームズになりきるよ!
つま先立ちで、膝を曲げ伸ばししながら6拍のリズムでステップを踏む。
優雅に、指先まで手を抜かず優美に。
ジェームズいわく『ローズマリー様がステップを踏むたび、そこから花々が咲き乱れると謳われたほどに、お美しいダンスでございました』という母のダンスを目指して。
歓宜王女もすごく上手だ。
練習のときから思っていたけど、王女のダンスには力強さとしなやかさがある。堂々と迷いなく、なおかつこちらを細やかに気遣いながらリードしてくれるので、すごく踊りやすい。
なぜ男性パートにこんなに慣れているのか尋ねたら、兵舎の宴会や城の使用人たちを慰労する新年の宴などでは、いつも男性パートで踊っているんだって。
なるほど。だから双子は王女のダンスを不安視していなかったんだ。
一方、深窓の令嬢たちには縁の無い宴でのことゆえ、彼女たちは王女が僕のパートナーになり得るとは想定していなかったのだろう。
ちらりと視界に入った壱香嬢は、とても楽しそうに誇らしそうに踊っている。
蟹清伯爵も貫禄のある動きで、いかにも踊り慣れてるという感じ。頭上の巻き毛のことも忘れるくらいキリッとしてる。
父娘そろってダンスが好きなんだろうな、昔から親子で踊って共に上達したんだろうなと想像したら、とても微笑ましい気持ちになった。
が、そのときちょうど壱香嬢と目が合って、その瞬間、なぜか壱香嬢はひどく狼狽したように見えた。
彼女に目を向けていたのはほんの少しのあいだだけなので、気のせいかもしれないけど……。
宮廷舞踏としてのメヌエットは、多くの場合ひと組ずつダンスを披露するものだが、今回は競い合いだからなのかな? 単に時間が押してるとか? 同時に踊っているので、あちらのダンスをゆっくり鑑賞できないのが残念だ。
でもすぐに、そうして気を散らせることも無くなった。
王女とのダンスは、とっても楽しい。
王女もそう思ってくれているのか、珍しくずっと笑みを浮かべている。
右手をとって回る。手を離し、ステップを踏みながらふわりと回って向き直り、今度は左手をとって回る。
「なんて軽やかなの……羽が生えているみたい」
「やはり紛れもなくこの方は、『妖精の血筋』だわ……!」
観衆から、溜め息混じりの感嘆や、抑え切れぬような拍手が沸き起こったけど、僕はダンスに夢中になっていて、それらを遠く聞いていた。
何だろう。
ダンスはもともと好きだったけど、こんなにふわふわと、心ごとどこかに飛んで行ってしまいそうなくらい楽しいのは初めてだ。
楽しい、楽しいと、僕の中に生まれた『もうひとりの僕』が、大喜びしているような。
いま一緒に踊っているのが双子なら、きっともっと楽しいだろうな。
メヌエットは二人のイメージじゃないけど……でも王子様だもん、きっと王女同様、完璧にこなしてしまうはず。
大円舞になったら、一緒に踊れるだろうか。
いつのまにか次の課題のワルツに移っていたけど、意識することなく躰が動いていた。
ひとつ目のワルツは古典的なワルツで、速いテンポでクルクル回る。このダンスを生み出した人は、とにかく回りたかったんだろうというくらいクルクル回る。
そしてワルツはメヌエットと違い、男性役が女性役の背や腰をしっかり保持するので……明るい曲にまぎれて、双子がまたも王女に野次ってるかもと考えたら、自然と笑みがこぼれた。
すると、なぜかまたも観衆から、うっとりとした吐息のような声が漏れる。
その理由を考える暇も無く、さまざまなステップとターンが忙しなく続くこのダンス。途中で力尽きませんようにと祈っていたが、マルム効果で元気元気。息切れすらしないのだから凄い。
王女が僕を持ち上げてクルクル回っても、声を上げて笑ってしまいそうなくらい余裕たっぷり!
観衆からも、今度は遠慮の無い拍手と歓声が上がって――
いよいよ最後、ゆったりめのテンポのワルツ。
こちらはステップとスイングからの回転で、ひとつ目の古典的ワルツからの発展形。宮廷の舞踏会でも広く愛されているダンスだ。老齢のご夫婦が自分たちに馴染むかたちでゆったり踊る姿もよく見られる。
広大な会場をたった二組で踊っているのだから有効に使ってやれとばかり、王女は悠々と移動しながら僕をリードした。
どうせやるなら派手にでっかくという辺り、競い合いをこんな舞踏会にしてしまった王様や、何かと大ごとにしがちな双子とよく似ている。
当然のことなんだろうけど、やっぱり親子って似るんだね。
いいなあ、家族。
そう思ったとき急に、もうずーっと抑え込んできた願望が、堰を切ったように胸に雪崩れ込んできた。
母に会いたい。
優しい笑顔で抱きしめてくれたことも、綺麗な声も、やわらかな手のぬくもりも、もう殆ど思い出せない。幻みたいに失われていくばかりだ。
それでいて、恋しさだけが子猫のぬくもりみたいに心の奥に残っていて、前触れもなく甦っては胸を締めつけたり、弱った心を支えてくれたりする。
ジェームズにも……会いたくてたまらない。
僕にとっては祖父同然の彼が、あるいは僕が――生きているうちに。
賠償金を完済して、再会できるだろうか。
楽しさから一転、いきなり胸中に凝った寂しさを押し隠し。
笑みは絶やさぬまま踊るうち、いつのまにか競い合いのダンスは終了していて、続いて参加自由の大円舞へと突入していた。
その舞踏譜の発祥はエルバータで、そこから各国に広まったという経緯があるから、醍牙でも基本的にはジェームズが教えてくれたものと変わらなくて助かった。
メヌエットに限らず僕が習ったダンスは、男性パートが殆どだったけど……。
今にして思えば、たまに、
『次はジェームズが男性パートを担当しますから、アーネスト殿下は女性パートを踊ってみましょうね』
そう言われることもあって、『女性側の感覚も学んでこそ完璧に踊れるのです』なんて説明されて素直に納得していたけれど……遊びの延長感覚で楽しく挑戦していたのが、こんなところで役立ってくれるなんてね。
懐かしいなあ。
女性パートを担当していたときのジェームズ、びっくりするほど妖艶なお爺ちゃんだったなあ……笑った笑った。
僕が笑い転げていると、決まって言っていたっけ。
『ジェームズは今、ローズマリー様になりきっているのです。なりきり大事! どうせやるなら、徹底的にやり切るのですよ!』
うん、ジェームズ。
僕も母ローズマリーになりきるよ。
母が正式に踊っているところは見たことがないから、正確には母になりきってたジェームズになりきるよ!
つま先立ちで、膝を曲げ伸ばししながら6拍のリズムでステップを踏む。
優雅に、指先まで手を抜かず優美に。
ジェームズいわく『ローズマリー様がステップを踏むたび、そこから花々が咲き乱れると謳われたほどに、お美しいダンスでございました』という母のダンスを目指して。
歓宜王女もすごく上手だ。
練習のときから思っていたけど、王女のダンスには力強さとしなやかさがある。堂々と迷いなく、なおかつこちらを細やかに気遣いながらリードしてくれるので、すごく踊りやすい。
なぜ男性パートにこんなに慣れているのか尋ねたら、兵舎の宴会や城の使用人たちを慰労する新年の宴などでは、いつも男性パートで踊っているんだって。
なるほど。だから双子は王女のダンスを不安視していなかったんだ。
一方、深窓の令嬢たちには縁の無い宴でのことゆえ、彼女たちは王女が僕のパートナーになり得るとは想定していなかったのだろう。
ちらりと視界に入った壱香嬢は、とても楽しそうに誇らしそうに踊っている。
蟹清伯爵も貫禄のある動きで、いかにも踊り慣れてるという感じ。頭上の巻き毛のことも忘れるくらいキリッとしてる。
父娘そろってダンスが好きなんだろうな、昔から親子で踊って共に上達したんだろうなと想像したら、とても微笑ましい気持ちになった。
が、そのときちょうど壱香嬢と目が合って、その瞬間、なぜか壱香嬢はひどく狼狽したように見えた。
彼女に目を向けていたのはほんの少しのあいだだけなので、気のせいかもしれないけど……。
宮廷舞踏としてのメヌエットは、多くの場合ひと組ずつダンスを披露するものだが、今回は競い合いだからなのかな? 単に時間が押してるとか? 同時に踊っているので、あちらのダンスをゆっくり鑑賞できないのが残念だ。
でもすぐに、そうして気を散らせることも無くなった。
王女とのダンスは、とっても楽しい。
王女もそう思ってくれているのか、珍しくずっと笑みを浮かべている。
右手をとって回る。手を離し、ステップを踏みながらふわりと回って向き直り、今度は左手をとって回る。
「なんて軽やかなの……羽が生えているみたい」
「やはり紛れもなくこの方は、『妖精の血筋』だわ……!」
観衆から、溜め息混じりの感嘆や、抑え切れぬような拍手が沸き起こったけど、僕はダンスに夢中になっていて、それらを遠く聞いていた。
何だろう。
ダンスはもともと好きだったけど、こんなにふわふわと、心ごとどこかに飛んで行ってしまいそうなくらい楽しいのは初めてだ。
楽しい、楽しいと、僕の中に生まれた『もうひとりの僕』が、大喜びしているような。
いま一緒に踊っているのが双子なら、きっともっと楽しいだろうな。
メヌエットは二人のイメージじゃないけど……でも王子様だもん、きっと王女同様、完璧にこなしてしまうはず。
大円舞になったら、一緒に踊れるだろうか。
いつのまにか次の課題のワルツに移っていたけど、意識することなく躰が動いていた。
ひとつ目のワルツは古典的なワルツで、速いテンポでクルクル回る。このダンスを生み出した人は、とにかく回りたかったんだろうというくらいクルクル回る。
そしてワルツはメヌエットと違い、男性役が女性役の背や腰をしっかり保持するので……明るい曲にまぎれて、双子がまたも王女に野次ってるかもと考えたら、自然と笑みがこぼれた。
すると、なぜかまたも観衆から、うっとりとした吐息のような声が漏れる。
その理由を考える暇も無く、さまざまなステップとターンが忙しなく続くこのダンス。途中で力尽きませんようにと祈っていたが、マルム効果で元気元気。息切れすらしないのだから凄い。
王女が僕を持ち上げてクルクル回っても、声を上げて笑ってしまいそうなくらい余裕たっぷり!
観衆からも、今度は遠慮の無い拍手と歓声が上がって――
いよいよ最後、ゆったりめのテンポのワルツ。
こちらはステップとスイングからの回転で、ひとつ目の古典的ワルツからの発展形。宮廷の舞踏会でも広く愛されているダンスだ。老齢のご夫婦が自分たちに馴染むかたちでゆったり踊る姿もよく見られる。
広大な会場をたった二組で踊っているのだから有効に使ってやれとばかり、王女は悠々と移動しながら僕をリードした。
どうせやるなら派手にでっかくという辺り、競い合いをこんな舞踏会にしてしまった王様や、何かと大ごとにしがちな双子とよく似ている。
当然のことなんだろうけど、やっぱり親子って似るんだね。
いいなあ、家族。
そう思ったとき急に、もうずーっと抑え込んできた願望が、堰を切ったように胸に雪崩れ込んできた。
母に会いたい。
優しい笑顔で抱きしめてくれたことも、綺麗な声も、やわらかな手のぬくもりも、もう殆ど思い出せない。幻みたいに失われていくばかりだ。
それでいて、恋しさだけが子猫のぬくもりみたいに心の奥に残っていて、前触れもなく甦っては胸を締めつけたり、弱った心を支えてくれたりする。
ジェームズにも……会いたくてたまらない。
僕にとっては祖父同然の彼が、あるいは僕が――生きているうちに。
賠償金を完済して、再会できるだろうか。
楽しさから一転、いきなり胸中に凝った寂しさを押し隠し。
笑みは絶やさぬまま踊るうち、いつのまにか競い合いのダンスは終了していて、続いて参加自由の大円舞へと突入していた。
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