召し使い様の分際で

月齢

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第19章 勝敗と守銭奴ごころ

まけない妖精伯爵

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 レイニア妃の祝福の言葉と皆さんの拍手を受けて、僕は心の中でグッとこぶしを握った。

 やった……!
 これで大増産した化粧品を、使用期限に余裕があるうちに売り切れる!

 薬舗の品は黒字ギリギリの価格設定なので、在庫を捌いたところでウハウハな儲けとはいかないが、せっかく良いものを作ったからには無駄にせず、必要としてくれる人たちにお届けしたいからね。

 そう。
 ウハウハは別のところから、しっかりいただくからいいのだ。

 僕は自席に戻りながら、当主席へと視線を流した。
 長い髭が千切れるのではというほど乱暴に扱いていた弓庭後ユバシリ侯爵は、遠目にも血走っているとわかる目で僕を睨みつけたまま固まっている。
 なので『二十億キューズ、ありがとうございます』の意を込めて微笑むと、広い額にビキビキと血管が浮いた。

 ……その隣でアルデンホフ氏が、なぜか嬉しそうなのだが……。
 もしや『二十億キューズ支払い仲間』ができて、嬉しいのだろうか。

 それはともかく、貴賓席を見れば、双子や王女たちも嬉しそうに拍手して、指笛まで吹いてくれているし。
 栴木センボクさんは相変わらず、ムッスリと腕組みをして微動だにしないけど……彼は本当に、判定に参加しているのだろうか。さっきから大公夫妻の反応しか伝わってこない。

 まあいいや。最後のダンス勝負に備えて、薬湯と白銅くんで心身に癒しを補給しなければ。
 白銅くんを探して貴賓席から視線を流したところで、僕は思わず「ん!?」と声を漏らして二度見した。

 貴賓席の端に座る浬祥リショウさんの斜めうしろに、大男の刹淵セツエンさんが立っているのだが。
 彼の前方の机の端辺りに皿が置かれており。
 その皿の上に、灰色の子猫がちょこんと置かれて、ぷるぷる震えながら僕を見ているではないか。
 なぜ白銅くんがお皿の上に!?
 ご丁寧に皿の両脇には、フォークとナイフまで置かれている。

「は、白銅くんーっ!?」
『ウニャアァ……アーネスト様ぁ』

 涙目で皿に盛りつけられている……じゃなくて座っている白銅くんをあわてて救出しに向かうと、貴賓席の面々がドッと笑った。
 もう! 子猫が怯えているのに笑ってる場合か!

 白銅くんを胸に抱き、とりあえず一番近くにいた浬祥さんをギロリと睨むと、「なぜぼくを睨むんだ!?」とあわてて、「皿に置いたのは刹淵だよ!」と微笑する侍従長さんを指さした。

 もちろん、刹淵さんも王女も双子も、ついでに王様と栴木さんも平等にじっとりと睨みつけたさ。
 するとそろってギクリと笑いを引っ込めて、「ごめんなさい」と頭を下げた。まったく、似た者親子だよ!
 ちなみに刹淵さんは謝ったけど微笑んだままだし、栴木さんは珍しくピクッと片眉を上げたものの、やはりそれ以外は岩のごとく動きが無かった。

「また白銅くんを怯えさせたら、悶絶するほど苦い薬湯を飲ませるから」

 そう宣告すると、栴木さん以外は素直に「「「「はい、わかりました」」」」と、こっくり首肯する。うん。わかればよろしい。

「怖かったね白銅くん。可哀想に」
『ミャウ。アーネスト様、カッコイイです~』
「えっ、そう!?」

 カッコイイなんて言われること滅多にないので、へらりとニヤけて喜んでいたら、ふと視線に気がついた。
 大公夫妻が真っ赤な顔で笑いをこらえて、しかしこらえきれずに肩を震わせ僕を見ている。

「もっ、猛虎の一族が妖精さんに怒られてるよ……ッ!」
「このいつまでたってもきかん坊な姉弟ちゃんたちが、こんなに素直に怒られてるとこ初めて見たわ。やだもう、もっと怒られてるとこ見たいーっ」

 王女と双子がギロッと夫妻を睨みつけるも、彼らの笑いはおさまらず、それどころか広間に居並ぶ人々みんなに、笑いが伝染していった。

「とうとう、あの双子殿下を尻に敷く方が現れた!」
「強い方は伴侶の尻に敷かれるくらいでちょうど良いのよ」
「それにしても……猛き虎の皆様が、あんな儚げな方に怒られているなんて信じられない」

 一応は双子の怒りを買わぬよう配慮しているのか、皆さん必死に笑いをこらえている様子だったが、寒月がふてくされたように、

「悪かったな」

 と言って、ニヤリと笑ったので、遠慮なく爆笑の渦が巻き起こった。

 ……しまった……つい、いつもの調子で怒ってしまった。
 けど、だからと言って双子を尻に敷いてるつもりはないし、なぜこんなに笑われているのか、よくわからないのだけども。

 とりあえず。
 ゴロゴロ言ってる白銅くんの頭をスンスン吸い込みながら席に戻ると、令嬢たちのあいだに、ひどく重い空気が立ち込めていた。

 ど、どうしたのかね? 
 やっぱりまた新たにひとり、親が二十億キューズ支払うと確定したから?

 重い空気の中、険しい顔つきの久利緒嬢と目が合ったので、とりあえず「すみません」と謝ると、「何がよ!」と怒声を返された。

「何を謝ってるのよ、わたくしを負かしたこと!? 負かしてごめんなさいって、偉そうに同情してるわけ!?」

「いえ、そうではなく……二十億キューズはビタ一文まけるつもりは無いので、そこは先に謝っておこうかなと」

「誰も値切り交渉なんか頼んでないのに、なんで謝られなきゃならないのよ!」
「え。値切らないのですか? 僕なら絶対値切るのに」
「……じゃあ値切ってやろうじゃないの。まけなさいよ!」
「いえ。ビタ一文まけません」
「自分は値切るくせに人には容赦なしか! 何なのよもう!」

 そのとき、黙ってこの会話を聞いていた繻子那シュスナ嬢が、小さく吹き出した。
 久利緒嬢もほかの令嬢たちも驚いて彼女を見たが、僕だって驚いた。彼女が普通に楽しそうに笑っているとこ、初めて見たかも。
 思わず白銅くんと目を見合わせ、それからまた繻子那嬢に視線を戻した。

「……どうしました? やっぱり何か、悪いものでも食べたのでは」
「……ほんと失礼ね!」
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