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第17章 競い合い
嫌な嘘
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「アーネスト様っ。この化粧水とクリーム、本当に素晴らしいです! ほらほら、お肌もっちもちになりました!」
薬舗の三自店長が、もっちもちでツヤツヤした自分のほっぺを満面の笑顔で示すと、ほかの従業員たちも嬉しそうに称賛した。
こうして薬舗の休憩室で、みんなと薬湯茶を飲みながら会話を楽しむのも久し振りだ。
「おれも肌荒れが治ったんですよ。髭剃りできないくらいだったのに、すっかり」
「娘たちが『発売されたら絶対買いたい』って騒いでました。またまた爆売れすること間違いなしですね!」
皆には先行して試供品を使ってもらっていたのだけど、好評なのが嬉しくて、にこにこしながら相槌を打っていたら、三自店長が「でもアーネスト様」と表情を改めた。
「急に凄い増産体制を指示されましたけど、大丈夫でしょうか? もちろん絶対売れるに決まってますけど、使用期限との兼ね合いもありますし……」
店長の心配はもっともだ。
僕の処方は通常の手作り化粧品よりは長く使えるよう工夫してあるが、それでも製造日から二十日以内が目安。
庭師の芭宣親方の協力のもと、前々から材料となる薬草も準備していたとはいえ、大量の在庫を確保しながら売れる商品ではないからね。
しかし僕は抱っこした子猫の頭を撫でながら、「ふっふっふ」と不敵に笑った。
「皆さん。僕のほっぺもつるすべに仕上がってると思いませんか?」
押しつけがましい自己申告のかたちで尋ねると、心優しい従業員たちは、ポッと頬を染めながら首肯してくれた。
ついでに白銅くんも、嬉しそうにコクコクうなずいている。可愛い。
「そりゃあアーネスト様は別格です! 雪みたいにしみひとつ無い真っ白お肌で。ほんとは一緒に並びたくないですもん!」
「おれは彼女にアーネスト様の肌がいかに綺麗かを力説して、『どうせ私は汚いわよ!』とキレられましたよ」
皆が爆笑する中、三自さんは笑いながらも、「何か狙いがあるのですね?」と鋭く問うてきた。
僕はまた「ふっふっふっ」と笑ってうなずく。
「実はちょっと、化粧品を宣伝する機会を持てそうなのです!」
ドヤ顔で、みんなが『どんな機会ですか!?』と訊いてくれるのを期待したのだが、皆は一瞬無言で視線を交わすや、
「それってまさか!」
「噂の、『王子妃候補杯争奪舞踏会』ですか!?」
……なんじゃそりゃ。
というか、やっぱり競い合いの件は確実に知れ渡っていたんだね。
「そのお話は、どこから?」
「どこって、もう街中、うわさでもちきりですよ!」
やはりあのとき、現場に居合わせた人たちから広まったのかな。
「寒月殿下と青月殿下の妃の座を奪おうと、四家のご令嬢たちがアーネスト様に勝負を挑むとか」
「でもアーネスト様からお話が出ないので、鵜呑みにはできないよねと話してたところだったんです」
「やっぱり本当なんですか!?」
ぐいぐい詰め寄られて、僕は座ったまま仰け反った。
「うーん。『候補杯』は無いと思うので、争奪はできないよ?」
「でも舞踏会で決着をつけるのは本当なのですね!?」
三自さんまで、すごい食いつき。
しかし舞踏会……まさか本当に舞踏会をひらくとは。
実は正式な日時が決定したという知らせを刹淵さんが持ってきてくれたとき、王様が『せっかくだから舞踏会にするのもいいね~』と言っていた――という話は、聞いていたけれど。
まさか本当にそんな大げさな展開になるとはなあ。
判定の人を呼ぶという話だったから、関係者以外に何人か来るのだろうとは思っていたが、どこか広い部屋で踊ってみせるくらいのことと考えていた。
僕は白銅くんと目を合わせながら呟いた。
「王様が信頼する判定員の人たちなら、クチコミ力もありそうだから、試供品を渡して化粧品の宣伝をしようと考えていたのだけど」
課題のひとつが「美容」なので、この際それも商品の宣伝に利用して、ウハウハしてやろう! と、張り切っていたのに。
「あんまり広いと、細やかな説明がしづらいねえ」
『大丈夫です! アーネスト様のお肌ニャら説明いらずですっ』
子猫がちっちゃなおててを振り上げた。
あまりの可愛さに「白銅くーん!」と頬ずりしていたら、三自さんたちも「その通りですよ!」と力強く背中を押してくれた。
「アーネスト様のお肌を見る以上の宣伝効果はありません! 舞踏会に招待されるような方たちなら、気に入ればたくさん買ってたくさん宣伝してくれそうですものね! さすがです! ガンガン増産しましょう!」
おーっ! と一斉にこぶしを振り上げた従業員たち。
気合い入ってるなあと嬉しく思いつつ白銅くんの頭を吸っていたら、誰かが
「そういえば、あの噂」
と言いかけて、みんなから「しっ!」とあわてて制された。
ん? 噂?
「何のこと?」
ようやく白銅くんを吸引から解放して尋ねると、みんな困ったように顔を見合わせ、やがて三自さんが申しわけなさそうに口をひらいた。
「嫌な嘘を広める人がいるものだと、みんなで腹を立てていた噂があるんです。街で聞いたんですけど」
「うん?」
⁂ ⁂ ⁂
「まったく、ムカつく嘘を言う奴がいるものだわ!」
夜の街を急ぎながら、ピュルピュル・ラヴュは憤慨していた。
工房での作業に集中するうち深夜になって、吹雪の街には、いつもなら見かける酔っぱらいたちの姿すら見当たらない。
独り言も風にかき消されるばかりだが、雪のつぶてもピュルピュル・ラヴュの怒りを冷ますことはなかった。
怒りの原因は、ある噂。
いつのまにやら、まことしやかに広まっていた、その嫌な噂を聞いて以来、思い出してはムカムカしている。
「大嘘つきを突き止めたら、踏んづけてやるんだから!」
そんなふうにボヤいていたせいか、それとも吹雪のせいか。
「――ピュルピュル・ラヴュだな」
声をかけられるまで、三人の男からあとをつけられていたことに、気づいていなかった。
「誰よ、あんた達!」
「悪く思うなよ」
言うと同時に、ひとりが角材を振り上げた。
「ギャ――ッ!」
悲鳴は、夜闇と吹雪に吸い込まれていった。
薬舗の三自店長が、もっちもちでツヤツヤした自分のほっぺを満面の笑顔で示すと、ほかの従業員たちも嬉しそうに称賛した。
こうして薬舗の休憩室で、みんなと薬湯茶を飲みながら会話を楽しむのも久し振りだ。
「おれも肌荒れが治ったんですよ。髭剃りできないくらいだったのに、すっかり」
「娘たちが『発売されたら絶対買いたい』って騒いでました。またまた爆売れすること間違いなしですね!」
皆には先行して試供品を使ってもらっていたのだけど、好評なのが嬉しくて、にこにこしながら相槌を打っていたら、三自店長が「でもアーネスト様」と表情を改めた。
「急に凄い増産体制を指示されましたけど、大丈夫でしょうか? もちろん絶対売れるに決まってますけど、使用期限との兼ね合いもありますし……」
店長の心配はもっともだ。
僕の処方は通常の手作り化粧品よりは長く使えるよう工夫してあるが、それでも製造日から二十日以内が目安。
庭師の芭宣親方の協力のもと、前々から材料となる薬草も準備していたとはいえ、大量の在庫を確保しながら売れる商品ではないからね。
しかし僕は抱っこした子猫の頭を撫でながら、「ふっふっふ」と不敵に笑った。
「皆さん。僕のほっぺもつるすべに仕上がってると思いませんか?」
押しつけがましい自己申告のかたちで尋ねると、心優しい従業員たちは、ポッと頬を染めながら首肯してくれた。
ついでに白銅くんも、嬉しそうにコクコクうなずいている。可愛い。
「そりゃあアーネスト様は別格です! 雪みたいにしみひとつ無い真っ白お肌で。ほんとは一緒に並びたくないですもん!」
「おれは彼女にアーネスト様の肌がいかに綺麗かを力説して、『どうせ私は汚いわよ!』とキレられましたよ」
皆が爆笑する中、三自さんは笑いながらも、「何か狙いがあるのですね?」と鋭く問うてきた。
僕はまた「ふっふっふっ」と笑ってうなずく。
「実はちょっと、化粧品を宣伝する機会を持てそうなのです!」
ドヤ顔で、みんなが『どんな機会ですか!?』と訊いてくれるのを期待したのだが、皆は一瞬無言で視線を交わすや、
「それってまさか!」
「噂の、『王子妃候補杯争奪舞踏会』ですか!?」
……なんじゃそりゃ。
というか、やっぱり競い合いの件は確実に知れ渡っていたんだね。
「そのお話は、どこから?」
「どこって、もう街中、うわさでもちきりですよ!」
やはりあのとき、現場に居合わせた人たちから広まったのかな。
「寒月殿下と青月殿下の妃の座を奪おうと、四家のご令嬢たちがアーネスト様に勝負を挑むとか」
「でもアーネスト様からお話が出ないので、鵜呑みにはできないよねと話してたところだったんです」
「やっぱり本当なんですか!?」
ぐいぐい詰め寄られて、僕は座ったまま仰け反った。
「うーん。『候補杯』は無いと思うので、争奪はできないよ?」
「でも舞踏会で決着をつけるのは本当なのですね!?」
三自さんまで、すごい食いつき。
しかし舞踏会……まさか本当に舞踏会をひらくとは。
実は正式な日時が決定したという知らせを刹淵さんが持ってきてくれたとき、王様が『せっかくだから舞踏会にするのもいいね~』と言っていた――という話は、聞いていたけれど。
まさか本当にそんな大げさな展開になるとはなあ。
判定の人を呼ぶという話だったから、関係者以外に何人か来るのだろうとは思っていたが、どこか広い部屋で踊ってみせるくらいのことと考えていた。
僕は白銅くんと目を合わせながら呟いた。
「王様が信頼する判定員の人たちなら、クチコミ力もありそうだから、試供品を渡して化粧品の宣伝をしようと考えていたのだけど」
課題のひとつが「美容」なので、この際それも商品の宣伝に利用して、ウハウハしてやろう! と、張り切っていたのに。
「あんまり広いと、細やかな説明がしづらいねえ」
『大丈夫です! アーネスト様のお肌ニャら説明いらずですっ』
子猫がちっちゃなおててを振り上げた。
あまりの可愛さに「白銅くーん!」と頬ずりしていたら、三自さんたちも「その通りですよ!」と力強く背中を押してくれた。
「アーネスト様のお肌を見る以上の宣伝効果はありません! 舞踏会に招待されるような方たちなら、気に入ればたくさん買ってたくさん宣伝してくれそうですものね! さすがです! ガンガン増産しましょう!」
おーっ! と一斉にこぶしを振り上げた従業員たち。
気合い入ってるなあと嬉しく思いつつ白銅くんの頭を吸っていたら、誰かが
「そういえば、あの噂」
と言いかけて、みんなから「しっ!」とあわてて制された。
ん? 噂?
「何のこと?」
ようやく白銅くんを吸引から解放して尋ねると、みんな困ったように顔を見合わせ、やがて三自さんが申しわけなさそうに口をひらいた。
「嫌な嘘を広める人がいるものだと、みんなで腹を立てていた噂があるんです。街で聞いたんですけど」
「うん?」
⁂ ⁂ ⁂
「まったく、ムカつく嘘を言う奴がいるものだわ!」
夜の街を急ぎながら、ピュルピュル・ラヴュは憤慨していた。
工房での作業に集中するうち深夜になって、吹雪の街には、いつもなら見かける酔っぱらいたちの姿すら見当たらない。
独り言も風にかき消されるばかりだが、雪のつぶてもピュルピュル・ラヴュの怒りを冷ますことはなかった。
怒りの原因は、ある噂。
いつのまにやら、まことしやかに広まっていた、その嫌な噂を聞いて以来、思い出してはムカムカしている。
「大嘘つきを突き止めたら、踏んづけてやるんだから!」
そんなふうにボヤいていたせいか、それとも吹雪のせいか。
「――ピュルピュル・ラヴュだな」
声をかけられるまで、三人の男からあとをつけられていたことに、気づいていなかった。
「誰よ、あんた達!」
「悪く思うなよ」
言うと同時に、ひとりが角材を振り上げた。
「ギャ――ッ!」
悲鳴は、夜闇と吹雪に吸い込まれていった。
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