121 / 259
第16章 王子妃の座をかけて
証拠隠滅
しおりを挟む「決着後の条件って何よ!」
詰め寄ってくる令嬢たちを、「まあまあ、そうあわてずに」となだめすかして――というか四人とも、まったくなだめられてはいなかったが、ともかく「そのことはお城に移動して話し合いましょう」と提案した。
「どうしてわたくし達が、あなたの指示に従って、お城まで出向かなければならないの」
「時間稼ぎをして逃げるつもりでいるのなら、そうはいかないわよ」
まったくもう。ケホッ。
「僕はだいじな用事を済ませなければならないので、お城でお待ちください。ちょうど今、ケホッ。皆さんの御父君が陛下の謁見の間にいらしているはずですし」
「だからどうして、わたくし達があんたを待たなければいけないのよ!」
「双子殿下もその場にいらっしゃると思います」
「「「「行きましょう」」」」
この変わり身の早さよ。ケホケホッ。
「長く待たせるようなら、あんたの不戦敗にしますからね」
そう言い捨てると、令嬢たちは各々の従者たちを引き連れ去っていった。
「そういえば」
咳をする僕を馬車に促しながら、浬祥さんが「どうかしたかい?」と見下ろしてきた。
「どうして彼女たちは、こちらの区域まで来たのでしょう」
城下街の商店街はお城に近い場所ほど高級店が多くて、貴族のご令嬢に人気のドレスや服飾雑貨のデザイナーたちも店を構えている。高級なお菓子のお店もある。
――という程度の情報は、僕ももう学んでいた。
孤児院のあるこの区域は、賑やかだけれど王城からはかなり離れている。
庶民向けのお店が多くて、あの四人とは明らかに客層の違う店ばかりだ。
なのになぜ?
すると浬祥さんも首肯して、
「ぼーっとしているようで鋭いね、鯉のリバイバル! 実はぼくも気になっていたのさ。先ほどの蛹くんの話では、彼女たちは一昨日もこちらに来て、蛹ダディのお店に寄っていたようだしね」
「おれのダディじゃなく、嫁のダディなんですけども」
未だ店に戻らずお喋りに興じていた蛹さんが、浬祥さんの話を聞きつけ訂正してきた。浬祥さんは「フーフン?」とうなずき、
「蛹くんのハニーのダディは、かなり有名なパティシエなのかい?」
「パテ塩……ですかい?」
「人に向かって塩なのかい? とは訊かないさ。有名な菓子職人なのかい?」
「ああ! はい、この界隈では美味いと評判で、常連さんも多いんですよ! けど有名かどうかは……普通の昔ながらの、爺さんの店なんで」
「なるほど」
僕と浬祥さんは顔を見合わせ、小首をかしげた。
令嬢たちは今日たまたま来ていたわけじゃなく、つい最近も……おそらく何か目的があって、この区域を訪れていた。何をしに?
考えていたとき、
『アーネスト様ーっ!』
可愛らしい呼び声に、一瞬で顔がにやけた。
「白銅くーん!」
振り返って両手を広げると、『もっと早く走って!』とコーネルくんを急き立ててきた白銅くんが、彼の頭を蹴って「あたっ!」と言わせながら、僕の腕の中へと飛び込んできた。
さすが猫、身軽!
「白銅くん、躰が冷えてるじゃないか! 馬車の中にいればよかったのに」
『アーネスト様こそ咳が出ています。早く馬車に戻ってください』
ぽわ毛のちっちゃな頭で頭突きしながらスリスリしてくる子猫の、凶悪なまでの愛らしさときたら。天才。可愛いの天才。
毛布でくるまれた胸元に入れてあっためてあげようとしたら、子猫はちっちゃなおててで踏ん張って、クリッとコーネルくんへ顔を向けた。
『アーネスト様。彼をそそのかした、とんでもにゃいご令嬢は、やっぱりあの四人の中にいます!』
「……やっぱり? だからコーネルくん、顔色が悪かったんだね」
気まずそうに寄ってきたコーネルくんは、「うっ」と驚いた顔で僕を見た。
そんな彼に、子猫が尻尾をパシパシさせる。
『だから言ったじゃにゃいですか、その顔色で嘘つこうとしても無駄ですって!』
「嘘をつくつもりは……でも、混乱してしまって……」
そのやり取りを見ていた歓宜王女が、
「なんか知らんがイラッとするな、そいつ。あの馬鹿女どもの仲間なのか?」
剣呑な目つきになったので、コーネルくんが『キャンッ』と跳びすさった。
一瞬だけ耳が変容したのを僕は見逃さなかったが、すぐに戻ってしまった。惜しい。厚みのあるサモ耳、可愛かったのに。
碧雲町から一緒に帰ってきたので多少は事情を知る浬祥さんが、「まあまあ」ととりなした。
「込み入った話はあとにして、肝心な用件を済ませてしまおうじゃないか。早く城に戻らないと、アーネストくんが不戦敗になってしまう」
「そうですね。ケホッ」
確かに早く帰って、躰を温める薬湯を飲みたい。
今度こそ子猫を胸元に入れて馬車に乗り込み、向かった先は――
御形氏の店。
この行き先を知っていたからこそ、コーネルくんは付いてきたがったのだ。
双子が調べさせたところ、停職中の二人が一緒にいるのを見たという、確かな目撃情報があった。
皓月王子に加担した結果、地位も名声も失った二人が結託し、逆恨みから双子王子を害そうと考えても不思議はない。
だが双子も王様も、彼らの性格や行動を考えれば、内心がどうあろうと、ことが露見した場合の処罰の重さに怯えて、自ら実行に移すまでは行かないだろうという見方で一致した。
ただし、人に使われれば話は別。
それこそ皓月王子のときのように、甘い餌につられて、超えてはならない一線を越えたかもしれない。
罪を犯した身とはいえ、実力のある医師と薬師だから、たとえば――よく効く催淫薬を急遽処方してほしい、という依頼にも応えられるだろう。
そんなわけで、たちまち第一容疑者になった二人だが。
「だとすると、彼らの身が心配だねえ」
王様は思案げにそう言った。
もしも王様や双子の仮定が当たっていたら、彼らを使った者は――おそらく四人の父親たちは、ただちに『証拠隠滅』を図るだろう。
それは阻止せねばならない。
それで、双子が動けば父親たちに気づかれかねないということで、王様が城に呼び出しているあいだに、僕らが探しに来たというわけだけど。
孤児院に行く前に寄ったドーソン氏の診療所には、隣の住居も合わせて、しばらく戻った形跡が無かった。
そうして今、到着した、御形氏の店舗兼住居にも。
「いません……」
青くなったコーネルくんが、「師匠」と悲しそうに呟いた。
兵士さんたちや王女らも、全室を探し回っている。
暖炉にも火の気が無く薄暗い室内は、毛布をかぶっていても足元から冷気が這いのぼってきて、ぶるりと躰が震えた。
『アーネスト様、大丈夫ですか?』
「うん、大丈夫だよ」
心配そうに見上げてきた子猫に微笑んだとき、フッとかすかな匂いが鼻先をかすめた。
どこからか、冷たい空気に乗って運ばれてきた……薬草の匂い。
「コーネルくん」
呆然と立ち尽くしている彼に声をかけると、ビクンと肩を揺らしてこちらを見た。
「はっ、はいっ」
「地下室はある?」
「え。えっと、地下倉庫がありますが……」
「そこはいま調べてきたよ。誰もいなかった」
ちょうどやって来た浬祥さんが、察しよく答えてくれたが。
この匂いは……。
「僕も地下に行ってみていいですか?」
96
お気に入りに追加
6,127
あなたにおすすめの小説
【連載再開】絶対支配×快楽耐性ゼロすぎる受けの短編集
あかさたな!
BL
※全話おとな向けな内容です。
こちらの短編集は
絶対支配な攻めが、
快楽耐性ゼロな受けと楽しい一晩を過ごす
1話完結のハッピーエンドなお話の詰め合わせです。
不定期更新ですが、
1話ごと読切なので、サクッと楽しめるように作っていくつもりです。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
書きかけの長編が止まってますが、
短編集から久々に、肩慣らししていく予定です。
よろしくお願いします!
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
【完結】別れ……ますよね?
325号室の住人
BL
☆全3話、完結済
僕の恋人は、テレビドラマに数多く出演する俳優を生業としている。
ある朝、テレビから流れてきたニュースに、僕は恋人との別れを決意した。
平凡なSubの俺はスパダリDomに愛されて幸せです
おもち
BL
スパダリDom(いつもの)× 平凡Sub(いつもの)
BDSM要素はほぼ無し。
甘やかすのが好きなDomが好きなので、安定にイチャイチャ溺愛しています。
順次スケベパートも追加していきます
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。