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第16章 王子妃の座をかけて
アーネストが怒った!
しおりを挟む「勝負、ですって?」
久利緒嬢が、ひくりと口の端を歪めて王女を見た。
王女はにやり笑って、「そうだ」と首肯する。
「お前たちが言い張る『王子妃の資格』とやらは、『王子妃になるための努力をしてきた』というのが根拠なのだろう?
だったらその『努力』の内容でアーネストと競い合って、どちらが上か、はっきりさせるがいい」
「「「「はああ!?」」」」
「……ほへ?」
令嬢たちから三拍ほど遅れて、僕の口からも気の抜けた声が漏れた。
……えーと……もしもし?
いつのまに僕が『競い合い』に出場登録されているのでしょうか、歓宜王女。
「何ですの、それは!」
「なぜわたくしたちが、競い合いなどせねばならないのです」
四人衆の疑問ももっともだと思うが、話を聞きつけた人々が、
「面白そうだな!」
「王女殿下の仰る通りだ!」
「これは見ものだ!」
……先に盛り上がってしまった。
僕がぽかーんと口をあけているあいだに、壱香嬢が王女に詰め寄る。
「ご冗談も大概になさってください! 競い合いなどせずとも、わたくしたちには当然、王子妃になる資格があるのです!」
「そうですわ、これは醍牙の貴族同士の問題! 誇り高き虎の王族は、醍牙の貴族の娘を娶って、尊い血の虎同士から生まれた子孫をのこすべきなのです! それが王族としての義務ではありませんこと!?」
「壱香様と繻子那様の仰る通りです。王女殿下とて、国のためにエルバータ皇族に嫁がれたではありませんか。王族の婚姻には尊き使命があるとお考えだからこその、ご決断だったのでございましょう?」
琅珠嬢のその言葉に、久利緒嬢が含み笑いをした。
「とはいえ、王女殿下はエルバータ皇族に馴染めず、それどころか大変な屈辱を受けたとかで、大暴れしたあげく離縁となったのですものね。
ことほどさように、大胆気ままでいらっしゃる殿下のことですから。子も産めぬ、しかも敵国の元皇子を王子妃にするくらい些細なことだと、お考えになるのも無理はありませんが」
プッ! と壱香嬢と繻子那嬢が吹き出した。
王女の顔が朱に染まったのを横目に、琅珠嬢が「ちょっと」と注意したが、壱香嬢はかまわず「そうね」と愉快そうに話を続ける。
「政略結婚で両国の絆を強めるはずが、友好の誓いを宮殿ごと破壊して帰ってきたお方ですもの」
キャハハと耳障りな笑い声を上げた令嬢たちに、王女から熱を感じるほどの怒気が放たれた。
その口に大きな牙が覗き、雷のような怒声が――轟くその前に、
「何がおかしいのです」
僕が先に口を出してしまった。はっはっは。
いやらしく笑っていた令嬢たちの表情が冷ややかに固まり、四対の眼が僕を射る。
「……わたくしたちの会話に割って入る許可など与えていないわよ、召し使い」
侮蔑も露わな久利緒嬢に、僕も冷えた視線を返した。
「そうでしょうね。許可など願っていませんから。そもそもあなた達に、『許可を得る』という概念があるとは存じませんでしたし」
「……なんですって……!?」
「許可も得ず王族の離宮に侵入して、王子殿下方に不埒な真似をしたあなた達には、他人の礼儀に口出しする資格などありません」
「――っ!」
四人が怯んだのを見ていた人々が、「離宮に侵入?」と目を見交わした。
「そういやさっき伯爵様が、『裸族』とか言ってたな」
「わいせつ行為をしたとも聞いたぞ」
それが耳に入ったのか、令嬢たちがカッとなって大声を上げた。
「お黙りなさい!」
「貴族への不敬罪で処罰するわよ!」
驚いて、人々が口をつぐむ。
僕は鼻で嗤って令嬢たちを見た。
「たったいま王族を、しかもお国の平和のため異国に嫁いでくださった王女殿下を、侮辱した方たちが不敬罪だなんて、よく言えたものです」
「そ、そうだ、横暴だ! 伯爵様の仰る通りだ!」
「自分たちの不敬とわいせつ罪を棚に上げて!」
わあわあと大勢の民から不満の声をぶつけられ、四人は一瞬、気圧されたように見えたが、すぐに「ふん」と小馬鹿にした目で彼らを睨み返した。強い。
一方、王女は目を丸くして僕を見ていたが、そのすぐうしろで高みの見物をしていた浬祥さんは、笑顔で親指を立ててみせた。
……面白がっているな、彼は。
しかし浬祥さんより気になる人が。
浬祥さんの隣に立って、青い顔をしているコーネルくんだ。
なぜか彼の頭の上に白銅くんが乗っている。
可愛いなあ。羨ましい。
コーネルくんは体調でも悪いのかなと心配になったが。
白銅くんが怒った様子で何か言いながら、盛んにコーネルくんの頭頂部に猫パンチを繰り出しているので、顔色が悪いのは体調の問題ではないようだ。白銅くんは病人を冷たく扱うような子じゃない。
……猫パンチの連打、あとで僕にもやってくれないだろうか。羨ましい。
羨ましいのはともかく。
コーネルくんを連れてきて正解だったみたい。
病気でないのなら、この場でいきなり彼が顔色を変える理由は、たぶんひとつ。
例の、碧雲町へ行くようそそのかした、幼馴染みの令嬢。
薬師見習いの立場を利用して僕に近づき、ありもしない不正を暴けとコーネルくんを誘導したその女性が、いま彼の目の前にいるのだろう。
僕と白銅くんの予想通り、この四人の中に。
コーネルくんの視線の先を追っていたら、王女がフッと笑った。
「……よく言った、アーネスト!」
「当然です」
「よし! その勢いで、あいつら全員打ち負かしてやれ!」
「その流れはよくわかりませんが、彼女たちを双子の妻にしてなるものかという気持ちは、とても強まりました」
「おう、気が合うな、私もだ!」
ガシッと握手していたら、令嬢たちが「召し使いに言われる筋合いは無いわよ!」と声を荒らげた。
僕はフン! とせせら笑って振り返る。
「ご自分の欲得しか考えられないあなた達が、国のため、ご自分の希望は二の次にして婚姻を結んだ王女殿下を、侮辱することこそあり得ません。あなた達は、ケホッ」
「何よ、言ってみなさい!」
「疲れたし寒いので、ちょっと休憩ケホッ」
「またか! ちょっ、何なの、早くしなさいよ!」
すかさず兵士さんたちが、毛布やらマフラーやらを僕に巻きつけてくれたのを見た令嬢たちが、眦を吊り上げた。
しかし僕だって怒ってる。
怒っているのだ。
だから毛布でくるまれ過ぎて雪だるまのようなフォルムになっていようと、言ってやるのだ!
「あなた達は、あの立派な王子殿下たちの妃として、まったく相応しくありません!」
途端、四人が肩を怒らせた。
「はああ!? なら、自分は相応しいとでも!?」
「笑えるわ、ただの人間の男ふぜいが!」
「あなたに虎の子を産める? そんなに病弱で、殿下方のお役に立てる?」
「そうよ、わきまえなさい! あんたは結局、何ひとつ、わたくし達に勝っているものなど無いのよ!」
「だったら四の五の言わずに、アーネストと勝負しろよ。それともやっぱり怖いのか?」
王女の挑発に、今度は四人は乗せられた。
「わかりました!」
「身の程を教えてあげるわ!」
「……どうするんだい? アーネストくん」
終始楽しそうな浬祥さんが尋ねてきたので、僕は毛布の下でうなずいた。
「やりましょう。しかしその前に、」
「何よ。今さら怖気づいても遅いわよ!」
勝ち誇ったように言う久利緒嬢に、僕はにっこり微笑んだ。
「勝負方法と決着後の条件を、正式に決めておきましょう」
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