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第16章 王子妃の座をかけて
……っくしゅん!
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自分の父親が今頃、お城で王様からこってり絞られているであろうことを、彼女たちは知らないのだろうか。
どちらにせよ、双子に危険な薬を使ったことは間違いないのだから、自宅で謹慎でもさせられているものと思っていたら。
四人そろって華やかに装い、たくさんの荷物を持ったお付きの人たちをゾロゾロ引き連れて、いかにも『買い物三昧してきました』という感じ。
……それはひとまず、置いておくとして。
ここは王都一の商店街だから、当然、人が多い。
その人たちが、僕が放った言葉に反応し、
「裸族?」
「あの方たちが?」
「貴族のお嬢様たちよね……?」
などと裸族四人衆に注目したので、彼女たちは真っ赤になった。
それを見ていた歓宜王女がブーッ! と派手に吹き出し、浬祥さんが「アーネストくんの鮮やかな先制攻撃だねえ」と口笛を吹くと、壱香令嬢がすごい形相で僕をにらんできた。
「裸族じゃないと言ってるでしょ! とんだ赤っ恥よ、訂正しなさい!」
すかさず僕も、キリリと言い返す。
「まだそんなことを言っているのですか! 僕が責めているのは裸族であることではないと言ったはずです! 裸族の自分たちを恥じるのでなく、王子殿下方に卑劣なわいせつ行為をしたことを恥じるべきです!」
彼女たちが双子に乗っかっていた衝撃的な光景を思い出し、ついでに、実は双子は抵抗できたというモヤモヤする真相も思い出して、つい声を荒らげてしまった。
と、いつのまにか興味津々、僕らの会話に耳を傾けていた人々から、おおお! と驚きの声が上がる。
「わいせつ行為ですって……? あのいかにも貴族なお嬢さんたちが!?」
「しかもあの双子殿下に! なんて命知らずなんだ」
「人は見かけによらねえな」
令嬢たちは、さらに真っ赤になってわなわな震え出した。そうして周囲に向かって「いちいち本気にしないでちょうだい!」と怒鳴りつけている。
王女は爆笑しているし、浬祥さんや兵士さんたちや、令嬢たちのお付きの人たちまで、笑いをこらえているが……
僕、そんなにおかしなことを言っただろうか。
本気の怒りを表明しただけなのに。
しかし令嬢たちは反省どころかますます怒り散らして、久利緒嬢が「もう我慢ならないわ!」と僕を指差してきた。
「あんたには散々、煮え湯を飲まされてきたけど、今度こそ堪忍袋の緒が切れた!」
繻子那嬢も壱香嬢も、肩を怒らせうなずく。
「そもそも召し使いのくせに、しかも殿下方の御子を産むこともできないくせに、どうしてわたくしたちの王子妃の座を奪おうなんて思えるのかしら!? その図太さにめまいがするわ! さすが恥知らずと名高いエルバータの元皇族よ!」
「その通りですわ! 幼い頃からずっと、王子妃になるためだけに努力してきたわたくしたちが切り捨てられて、いきなり現れた敵国の元皇子が王子妃になるなんて、醍牙の民も納得しないでしょう!」
「……っくしゅん!」
話し終えるのを待っていたら、くしゃみが出た。
たちまち兵士さんたちがあわてて、「アーネスト様、どうか馬車にお戻りください」と促してくる。
一方、成り行きを見物中の人々は、なぜか「可愛いっ!」と盛り上がっていた。
「あんな可愛いくしゃみ、見たことも聞いたこともない」
「いやーべっぴんさんは、くしゃみまで愛らしいんだなあ」
「ウォルドグレイブ伯爵様、お風邪を召しませぬようお気をつけて! 双子殿下が悲しまれますからね!」
冷やかす声に、その場が笑いでつつまれた。
王女が令嬢たちに「納得しないどころか大人気だが」と言ってニヤニヤしている。令嬢たちは口をぱくぱくさせているけど、言葉が出てこない様子。
そんなことより。
ど、どうしてみんな、僕がいつも双子に心配されていることを知っているのだろう。そんなに僕の虚弱体質は有名になってしまったのか?
なんてことだ。恥ずかしー!
急に火照った頬に両手をあてると、今度はキャーッ! と黄色い声が上がった。
「なんて綺麗に頬を染められるの! 可愛い上に麗しすぎます、伯爵様っ!」
「なんなんだ、あのお花そのものの可憐さは」
「妖精だ。まさに妖精さんだ……!」
……くしゃみが出ただけなのに、なぜか騒がれている。
醍牙の皆さんは頑健な人が多いから、くしゃみが珍しいのだろうか。
しかし令嬢たちは憤慨し、「くしゃみなんてどうでもいいでしょう!」とわめいた。確かにそこは同意。
歓宜王女は楽しそうに、彼女たちに「なあなあ」と声をかけた。
「知っているか? あの馬車は弟どもが、アーネスト専用に造らせたんだ。中に入ったら驚くぞ。やたら断熱にこだわってて、寒くないように床までゴブショット羊毛を重ねて敷き詰めるという徹底ぶり」
「……くっ! だ、だからどうだと言うのでしょうか!? わたくしたちだって、王子妃になればそのくらい」
眦を吊り上げた久利緒嬢に、歓宜王女が肩をすくめた。
「相手が召し使いだろうが、あの馬鹿どもは造りたい相手には造るさ。お前らは弟たちの好みじゃないんだ、仕方ないだろう。諦めろ裸族」
「裸族じゃありませんっ!」
「つーか、あんな薬を王子二人に使っておいて、よくアーネストに恥知らずだの図太いだの言えたもんだな。全部特大ブーメランだろ、クソ馬鹿どもが」
「……っ!」
「しっ、知りません! わたくしたちは知らなかったのです!」
「そうですわ! お父様たちだって今頃、陛下にそう説明されています!」
口々に反論する令嬢たちに、歓宜王女の怒りが炸裂した。
「うっせえクソ豚どもが! まだ自分の立場がわかってねえのか! 王子二人を危険に晒して、知らないで通る話か! もし私がその場にいれば、秒で肉片にしてやったものを!」
吠え猛る声に、見物していた人たちが悲鳴を上げた。すぐさま避難した人たちは、よほど怯えたのか耳や尻尾が出てしまっている。
……可愛い……。
あれこそ本物の可愛い。
けれど腰を抜かした人やら、その場に踏ん張って冷や汗をかいている人やらもいて、令嬢たちも後者だった。
怒鳴られて「キャアアッ!」と悲鳴を上げて後ずさったけれど、すぐさま
「なんて乱暴な!」
「ひどいいっ!」
泣き声を上げて目元に手巾をあてつつ、しっかり抗議している。そして涙が出ている様子はない。
強い。虎女子、めちゃくちゃ打たれ強い。
その打たれ強さが、歓宜王女の怒りをさらに煽った。
どちらにせよ、双子に危険な薬を使ったことは間違いないのだから、自宅で謹慎でもさせられているものと思っていたら。
四人そろって華やかに装い、たくさんの荷物を持ったお付きの人たちをゾロゾロ引き連れて、いかにも『買い物三昧してきました』という感じ。
……それはひとまず、置いておくとして。
ここは王都一の商店街だから、当然、人が多い。
その人たちが、僕が放った言葉に反応し、
「裸族?」
「あの方たちが?」
「貴族のお嬢様たちよね……?」
などと裸族四人衆に注目したので、彼女たちは真っ赤になった。
それを見ていた歓宜王女がブーッ! と派手に吹き出し、浬祥さんが「アーネストくんの鮮やかな先制攻撃だねえ」と口笛を吹くと、壱香令嬢がすごい形相で僕をにらんできた。
「裸族じゃないと言ってるでしょ! とんだ赤っ恥よ、訂正しなさい!」
すかさず僕も、キリリと言い返す。
「まだそんなことを言っているのですか! 僕が責めているのは裸族であることではないと言ったはずです! 裸族の自分たちを恥じるのでなく、王子殿下方に卑劣なわいせつ行為をしたことを恥じるべきです!」
彼女たちが双子に乗っかっていた衝撃的な光景を思い出し、ついでに、実は双子は抵抗できたというモヤモヤする真相も思い出して、つい声を荒らげてしまった。
と、いつのまにか興味津々、僕らの会話に耳を傾けていた人々から、おおお! と驚きの声が上がる。
「わいせつ行為ですって……? あのいかにも貴族なお嬢さんたちが!?」
「しかもあの双子殿下に! なんて命知らずなんだ」
「人は見かけによらねえな」
令嬢たちは、さらに真っ赤になってわなわな震え出した。そうして周囲に向かって「いちいち本気にしないでちょうだい!」と怒鳴りつけている。
王女は爆笑しているし、浬祥さんや兵士さんたちや、令嬢たちのお付きの人たちまで、笑いをこらえているが……
僕、そんなにおかしなことを言っただろうか。
本気の怒りを表明しただけなのに。
しかし令嬢たちは反省どころかますます怒り散らして、久利緒嬢が「もう我慢ならないわ!」と僕を指差してきた。
「あんたには散々、煮え湯を飲まされてきたけど、今度こそ堪忍袋の緒が切れた!」
繻子那嬢も壱香嬢も、肩を怒らせうなずく。
「そもそも召し使いのくせに、しかも殿下方の御子を産むこともできないくせに、どうしてわたくしたちの王子妃の座を奪おうなんて思えるのかしら!? その図太さにめまいがするわ! さすが恥知らずと名高いエルバータの元皇族よ!」
「その通りですわ! 幼い頃からずっと、王子妃になるためだけに努力してきたわたくしたちが切り捨てられて、いきなり現れた敵国の元皇子が王子妃になるなんて、醍牙の民も納得しないでしょう!」
「……っくしゅん!」
話し終えるのを待っていたら、くしゃみが出た。
たちまち兵士さんたちがあわてて、「アーネスト様、どうか馬車にお戻りください」と促してくる。
一方、成り行きを見物中の人々は、なぜか「可愛いっ!」と盛り上がっていた。
「あんな可愛いくしゃみ、見たことも聞いたこともない」
「いやーべっぴんさんは、くしゃみまで愛らしいんだなあ」
「ウォルドグレイブ伯爵様、お風邪を召しませぬようお気をつけて! 双子殿下が悲しまれますからね!」
冷やかす声に、その場が笑いでつつまれた。
王女が令嬢たちに「納得しないどころか大人気だが」と言ってニヤニヤしている。令嬢たちは口をぱくぱくさせているけど、言葉が出てこない様子。
そんなことより。
ど、どうしてみんな、僕がいつも双子に心配されていることを知っているのだろう。そんなに僕の虚弱体質は有名になってしまったのか?
なんてことだ。恥ずかしー!
急に火照った頬に両手をあてると、今度はキャーッ! と黄色い声が上がった。
「なんて綺麗に頬を染められるの! 可愛い上に麗しすぎます、伯爵様っ!」
「なんなんだ、あのお花そのものの可憐さは」
「妖精だ。まさに妖精さんだ……!」
……くしゃみが出ただけなのに、なぜか騒がれている。
醍牙の皆さんは頑健な人が多いから、くしゃみが珍しいのだろうか。
しかし令嬢たちは憤慨し、「くしゃみなんてどうでもいいでしょう!」とわめいた。確かにそこは同意。
歓宜王女は楽しそうに、彼女たちに「なあなあ」と声をかけた。
「知っているか? あの馬車は弟どもが、アーネスト専用に造らせたんだ。中に入ったら驚くぞ。やたら断熱にこだわってて、寒くないように床までゴブショット羊毛を重ねて敷き詰めるという徹底ぶり」
「……くっ! だ、だからどうだと言うのでしょうか!? わたくしたちだって、王子妃になればそのくらい」
眦を吊り上げた久利緒嬢に、歓宜王女が肩をすくめた。
「相手が召し使いだろうが、あの馬鹿どもは造りたい相手には造るさ。お前らは弟たちの好みじゃないんだ、仕方ないだろう。諦めろ裸族」
「裸族じゃありませんっ!」
「つーか、あんな薬を王子二人に使っておいて、よくアーネストに恥知らずだの図太いだの言えたもんだな。全部特大ブーメランだろ、クソ馬鹿どもが」
「……っ!」
「しっ、知りません! わたくしたちは知らなかったのです!」
「そうですわ! お父様たちだって今頃、陛下にそう説明されています!」
口々に反論する令嬢たちに、歓宜王女の怒りが炸裂した。
「うっせえクソ豚どもが! まだ自分の立場がわかってねえのか! 王子二人を危険に晒して、知らないで通る話か! もし私がその場にいれば、秒で肉片にしてやったものを!」
吠え猛る声に、見物していた人たちが悲鳴を上げた。すぐさま避難した人たちは、よほど怯えたのか耳や尻尾が出てしまっている。
……可愛い……。
あれこそ本物の可愛い。
けれど腰を抜かした人やら、その場に踏ん張って冷や汗をかいている人やらもいて、令嬢たちも後者だった。
怒鳴られて「キャアアッ!」と悲鳴を上げて後ずさったけれど、すぐさま
「なんて乱暴な!」
「ひどいいっ!」
泣き声を上げて目元に手巾をあてつつ、しっかり抗議している。そして涙が出ている様子はない。
強い。虎女子、めちゃくちゃ打たれ強い。
その打たれ強さが、歓宜王女の怒りをさらに煽った。
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