召し使い様の分際で

月齢

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第14章 アーネストvs.令嬢たち

裸族の立場を利用して

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 仰向けに横たわる寒月のほうへ足を踏み出した途端、グオオッ! と、空気が震えるほどの唸り声をぶつけられた。
 驚いて跳び上がったと同時に、薄暗い室内に金色の光が散乱する。
 薄闇に慣れていた目には眩しくて、反射的に閉じたまぶたをひらいたときには、金色の巨大な虎が出現していた。

「うおおぉ」

 ゴージャス! 久々のゴージャスもふ!
 疲れた躰と心に癒しをもたらす絶景。ダブルコートときらめきが織り成す、至福のもっふりハーモニー。
 当然のごとくモフモフ変質者と化した僕は、ハァハァしながら寒月へと手をのばしたのだが。

「もふ~……」
『来るな!』
「もふ!?」
『もふ!? じゃねえよ……すぐ逃げろ。今お前がいるとヤバい。――浬祥!』
「はいはい」

 やれやれと首を振る浬祥さんが、指で肩をつついてきた。

「ヤバいらしいから、ひとまず出ようアーネストくん」
「……まだモフってないのに……?」

「そんなこの世の終わりみたいな顔しなくても、繁殖期が終われば触り放題なんだろう? ぼくなんか、ずーっと、尻を揉ませてもらえないんだからね!」

「尻を揉もうとすれば、大概の人から拒まれると思います……」

 僕はしょんぼりと肩を落としたが、確かに……仕方ない。
 部屋を出ながらちらりと振り返ると、金の虎は部屋の隅まで移動して、だるそうにうずくまるところだった。
 ものすごく……つらそうに見える。

 繁殖期って、性欲が高まるだけだと思ってた。
 でも寒月ほど元気と体力のある人が、あんなにだるそうに、しんどそうになるなんて。

 青月もこんな調子なのだろうか。
 青月の部屋にはあの人が行ってくれているはずだけど、やはり僕も行かねば。追い出されてもいいから。

 だって寒月のあんな姿を見たら、心配でたまらない。
 目立たぬところに移動して、うずくまって、ひどく体調が悪いときの猫みたいになっているのだもの。
 すぐにでも浬祥さんを通すなどして双子の体調を訊いて、できることなら薬湯を――

 …………ん?

「どうかしたかい? アーネストくん」
「……浬祥様。青月がいる部屋がどこか、わかりますか?」
「もちろん。でももう、あの人がこっちに向かって来ているよ。ほら来た」

 浬祥さんが視線で示した廊下の奥から、ずるずると重たげなものを引きずる音がしてきた。
 燭台の明かりしかない廊下の先は闇に沈んでいて、ひとりっきりで聞いたら、かなり不気味な状況だったが。

『お待たせいたしました』

 現れたのは、大きな布を咥えて引きずってきたダルメシアン!
 白に茶色の斑点で、ちょっとぽっちゃり体型の。
 僕の口がぱかっと開いた。

「だ……ダルーッ!」

 走って飛びつこうとして、浬祥さんに「こらこら」と止められる。

「落ち着きなさい。彼はハグマイヤーだよ。ハグマイヤーに抱きつく気かい?」
「ほえっ!?」

 目の前まで来たダルメシアンが、口から布地を落としてハッハッと荒い息をつきながら、茶色い瞳で僕らを見上げた。

『浬祥様、ありがとうございます。アーネストくんに抱きつかれたなんて殿下方に知られたら、命がいくつあっても足りません』

「ふおおぉぉ……! ハグマイヤーさんは、ダルメシヤーさんだったのですね!」
『……はい?』

 懲りずにじりじりと近寄ろうとしたところで、足元に広がる布地につま先が埋まった。
 薄暗いので近くに来るまでわからなかったが、よく見ると、

「これ、ドレス?」
「ひどいニオイがするね」

 浬祥さんが手で鼻を覆う。
 いかにも高価なドレスに見えるけど、拾い上げようと屈むと、雑巾のようなニオイがツンと鼻をついた。それにどうやら濡れている。

『触れずにそこに置いておいてください』

 ダル……ハグマイヤーさんはそう言うと、突如、凄い勢いで僕の横を走り抜け、寒月のいる部屋に飛び込んだ。
 途端、中から何かが倒れたような音や、陶磁器が擦れ合うような音がして、女性たちの悲鳴も上がった。

「ギャーッ! 何するのよハグマイヤーッ!」
「ちょっとっ! 待ちなさーい!」

 そうだった。令嬢たちがまだあの部屋にいたのだった。いろいろ考えて動転して、すっかり忘れていた。

 しかしこの大騒ぎ……何をしたのだろう、ハグマイヤーさん。
 呆気に取られていると、浬祥さんが廊下の奥へ顔を向けながら、

「どうやら青月の部屋のほうでも、令嬢たちが騒いでいるようだよ」
「え」

 そういえばこの、ハグマイヤーさんが運んできた、見るからに若い女性が好みそうなドレスは、いったいどこから持ってきたんだ?
 ……もしや?
 
 そのとき、開け放たれた扉の向こうから、またも布地を咥えたハグマイヤーさんが飛び出して来た。
 その勢いのまま僕らの足もとに、口からはなした布地をバサバサと積み上げる。
 これまた濡れて嫌なニオイを放っているけど、間違いなく、壱香イチカ令嬢と繻子那シュスナ令嬢のドレスだろう。

 ダルマイヤーさんは嫌そうに、クシュッ、クシュッ、とくしゃみをして、ブルブルと顔を振ると、お座りの姿勢になった。ひらいた前肢のあいだから、ぽっこりしたお腹が覗いているのが、なんとも愛嬌がある。

 しかし和んでいる場合ではなかった。
 令嬢たちが吠えるような怒声を上げて、部屋から飛び出して来たのだ。

「戻しなさいハグマイヤー! こんなことして、タダで済むと思ってないでしょうね!」
「絶対お父様に言いつけてや……る……」

 バチッと僕と目が合った。
 令嬢たちは先ほどと違い、薄絹姿になっていたが、スケスケなので裸でいるのと見えるものは大して変わらない。

「キャアアァァーッ! なんでまだそこにいるのよ!」
「なんでと言われましても」
「見ないでよスケベ! エロ妖精!」

 なんと理不尽な。

「裸族の祭りに一般人の僕を巻き込んでおいて、スケベ呼ばわりは心外です」
「裸族じゃないと言ってるでしょっ!」

「なら、どうしていつまでも裸でウロウロしているのです。いいですか、僕はあなた達が裸族だから責めているわけじゃない、裸族の立場を利用して双子に卑劣な真似をしたから怒っているのですよ! 
 少しは反省したらどうなのです、裸族の名にかけて!」

「裸族の名なんか背負ってないわ!」
「ドレスを着ようとしたらハグマイヤーが汚水をかけて、『洗濯しましょう』と持ち出しちゃったのよ! 返させてよ!」

 わめく二人を、僕はギロリと睨んだ。

「なら、獣化すればよいのでは? 極上の毛皮を纏えるでしょうに」
「「……あ」」

 キレイに失念していたらしい。
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