召し使い様の分際で

月齢

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第14章 アーネストvs.令嬢たち

主催者、出てこい!

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 僕が息を切らして全裸祭り会場に踏み込むまでには、実に涙ぐましい経緯があった。なので、少し時間を遡る。

 碧雲ヘキウン町に傷病兵の方たちを招いての現地視察は、とても有意義なものとなり、参考になる要望や改善点をたくさん聞けたし、患者さんたちの反応も上々だった。
 最終日、馬車に乗り込む皆さんを見送ったときには、口々にお礼を言われた。

「ウォルドグレイブ伯爵様、本当にありがとうございました」

「心置きなく温泉に入れたのも本当に久し振りで……心身共にくつろげました。薬膳料理も薬湯も、文句なしに美味かったです!」

「お陰様で、信じられないほど躰が軽いんですよ。一日も早い本格開業を心待ちにしています。仲間たちも誘って、絶対来ますから! 絶対流行りますよ!」

「そして何より……目の保養が過ぎました……!」

 最後の感想はよくわからなかったが、すっかり肌艶も良くなった患者さんたちを見て、一緒に頑張ってくれた医師や薬舗のみんなも大喜びだった。

 そういうわけで、ようやく今回の視察任務を全うした僕は、すぐさま次の任務遂行のため王都に戻ることにした。
 全裸祭りから、寒月と青月を救い出すのだ。

 けれど救い出すと言っても、現状がまったくわからないから、最悪、僕のほうがお邪魔虫になる可能性だってある。
 双子を信頼する気持ちに変わりはない、けど……。
 日が経つほどに、繁殖期を実際に味わったこともない僕の、希望的観測でしかないんじゃないかとか……心に潜む意地悪な自分の声が大きくなっていて。

 どうしても落ち込むことが増えていた僕のために、復路は浬祥さんが「最速で帰れるコース」を案内してくれた。
 積雪の少ない地域は騎馬で、それ以外は馬橇などを滞りなく手配してくれて、「きみの躰に負担がかかり過ぎないようにしなくてはね!」と、高級宿に泊まることも忘れなかった。

 ちなみに宿の代金は、白銅くんが『浬祥様。にゃにからにゃにまで、ありがとうございます』と彼が全額支払う方向へ持って行った。
 白銅くん、秘書にしたい。

「なぜ、きみまでついて来てるのかな」

 納得いかない響きの浬祥さんの呟き通り、帰途はコーネルくんも同行していた。
 薬舗のほかの従業員たちは、患者さんと一緒に馬車を連ねて帰っていったが、コーネルくんはどこからか(たぶん浬祥さんからだと思うけど)、僕が双子の婚約者候補の令嬢たちに憤慨していると聞きつけたようで、

「彼女は優しい女性なんです。きっと何か誤解があって、それでアーネスト様の仕事を探れなんて言い出したんです。ぼくからもよく説明して誤解を解きますから、どうかお許しください」

 なんて懇願してきたのだ。
 おかげでまた白銅くんの機嫌を損ねた。

『アーネスト様のもとへ「潜り込みさえすれば不正は必ずある」にゃんて言った人でしょう!? それってあなたに、潜り込んで「不正を偽造しろ」と言ったんですよ!』

「ええっ!? まさか、そんな意味じゃ」
『アーネスト様! この人ダメです、ポンコツですっ!』

 ボフッ! と毛を逆立てた子猫に、浬祥さんも「白銅が正しいねえ」とうなずいていたが、土砂降りに打たれるワンコみたいな目をしたコーネルくんが憐れだったので、それで気が済むならと一緒に帰ってきた。 

 ――そこまでは僕も、まだ余裕があったのだが。


 日も暮れて、ようやく離宮に辿り着いたところで、から僕と浬祥さんは、今まさに令嬢たちが、双子の部屋へ突撃していることを知った。

 そうして、全速力で走って走って――
 まずは寒月の部屋の扉の前に辿り着こうというとき、浬祥さんが「しっ」と口に指をあてた。
 
「動かぬ証拠を押さえられるか、確かめよう」

 双子と同じく驚異的な聴力の彼は、しばし扉の向こうの会話を聴いてから僕にも教えてくれたが、そのあまりの内容に、頭に血がのぼった。

「待てえぇぇぇい!」

 僕は乱暴に扉を開け放った。
 暗い廊下を走ってきたから、ほの暗い室内の様子も、すぐさま視界に飛び込んでくる。

 ぐったりと寝転がった寒月。
 彼にまたがる全裸の女性と、その傍らで、同じく全裸でこちらへ振り向いた女性。
 それを認識した途端、溶岩みたいな怒りが湧き起こり、僕は渾身の怒りを込めて言い放った。

「全裸祭りの主催者、出てこーい!」

 ――決まった。 

 と、思ったのに、背後で浬祥さんがブフーッ! と吹き出している。
 驚愕の表情で固まっていた令嬢たちも、それをきっかけに「キャアアアア!」と悲鳴を上げて、両手で胸を隠しながらしゃがみ込んだ。

「ちょっ、やだーっ! どうしてえ!?」
「まだ碧雲町にいるはずでしょう!?」

 騒ぐ彼女たちに負けずに声を張り上げた。

「静かに! まずは僕が言わせてもらう!」

 ビクッと口をつぐんだ令嬢たちに向かって、すぅ、と息を吸うと、

「うっ、ゲホゲホッ、コホッ」

 空気が変なところに入って咳き込んだ。
 まだちょっと呼吸も乱れている。
 むせている僕を、令嬢たちがじっと見ていた。

「……」
「……」
「……」

 僕は軽く片手を上げた。

「やっぱり、まずはお水を一杯いただいてから」
「早く話しなさいよ!」

 キレた様子なのは、蟹清カニスガ伯爵家の壱香イチカ嬢だ。
 僕はやれやれと肩をすくめた。

「そうは言っても、ケホッ。激走する浬祥様におんぶしてもらって来たので、まだ呼吸が乱れているのですケホケホッ」
「自分で走った人の間の取り方だった!」

 抗議してきたのは、守道モチ子爵家の繻子那シュスナ嬢。
 もちろん、僕は全力疾走などできない。
 ここまでの浬祥さんの涙ぐましいサポートに、感謝の気持ちでいっぱいです。

 それにしても――
 初めて会ったときのこの二人は、鮮やかなドレス姿で、僕を跪かせようとしたり、額突けと命じてきたりした。
 その二人が今や素っ裸で、モジモジとうずくまっている。

「それで」

 じろりと睨むと、二人が身構えた。

「この全裸祭りの主催者は誰ですか」
「……さっきから気になっていたのだけど」
「全裸祭りって何」

 僕はぴしゃりと言い放った。

「あなたたち裸族のほうが、よくご存知でしょう!」
「知るか!」
「裸族じゃないわよ!」

「もしもし?」

 背後から、浬祥さんが声をかけてきた。

「寒月のこと忘れてないかい?」
「……あ」

 そうだ、寒月!
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