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第14章 アーネストvs.令嬢たち
全裸祭りの、
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閉店された薄暗い店舗の、地下倉庫に続く一室で。
豪奢な外套をまとった令嬢たちが、ひたすら冷や汗を流し身を縮めるドーソンと御形を睨みつけていた。
「あなたたち、言ったわよね? この薬草を使えば必ずや理性を失い、いっそう増幅される性欲に、抗える者はいないと」
「連日使っているけれど、お二人とも強い意志を崩さない。おかげで酷い屈辱を味わったわ……!」
「アーネストだと思い込ませようともしたけれど、到底無理よ。あれのどこが『必ずや理性を失い』なのか、説明してくれないかしら」
「そ、それは……」
「答えられないの?」
「医師協会副会長と薬師協会部長が聞いて呆れるわ」
「あら、お二方とも『元』が付きますもの」
「そうだったわね。素人に毛が生えたようなエルバータの元皇子にすら敵わず、みじめに落ちぶれてしまったのですものね」
「あれは! あれは、皓月殿下が……」
ドーソンが反論しかけたが、言葉に詰まり、唇を噛みしめている。
皓月王子にもう少し知恵が回れば、ああまで悲惨な結果にはならなかった。
それに泉果王妃や弓庭後侯爵がウォルドグレイブ伯爵を罠に嵌めようとして見破られ、王の心証をさらに悪化させたりしなければ、きっともっと温情を望めた。
内心でそんな不満を溜め込んでいることは一目瞭然だったが、この令嬢たちに向かって弓庭後家門を非難するのは悪手だ。
令嬢たちの顔に、さらに侮蔑の色がにじんだ。
そこへ、ぶるぶると唇を震わせた御形が、「おそらく」と声を絞り出す。
「双子殿下は国王陛下と同様、毒に躰を慣らしています。ですから、常人より効果が出るのが遅いのではないかと」
「そう、その通りです! しかし我らが調合した薬は非常に強力。きっと今日にも、今日こそは、お望みの結果へと導きましょう!」
「導けなければ?」
冷たい声音に、ぎくりと、ドーソンと御形の肩が揺れた。
「こちらとて、うるさい番犬そのものの家令の隙をついて殿下方に会うため、大金と手間暇をかけて機会を作っているのよ」
「その通りよ。それにあなたたちの『渾身の作』だという媚薬は、殿下方に頭痛をもたらしている様子。それが理性を繋ぎとめる一助になってしまっているのではなくて?」
「それは……強力な処方ゆえ、たしかに副作用が出る可能性は否めません。しかし、あの薬は多少の痛みをものともせぬほど、性欲を高めるはずなのです」
早口でまくしたてるドーソンを、令嬢たちは鼻で嗤った。
「御託はけっこう、結果がすべてよ。今夜もまた殿下方のご寵愛を得られなければ、お父様たちにもそのように報告するわ。
当然、お前たちの再起を支援する話は白紙。それどころか、わたくしたちに大恥をかかせたのですもの。二度とこの国で医師や薬師の仕事に就けるとは思わぬことね」
「そんな……」
切り捨てるように立ち上がった令嬢たちに、二人の男はがっくりとうな垂れた。
⁂ ⁂ ⁂
「もう無理です、ハグマイヤーさんに怪しまれている気がします。今夜を最後にしてください」
「わかっているわよ! さっさと扉を開けなさい!」
手引きをさせている離宮の使用人を小声で叱りつけ、令嬢二人は薄暗い室内へと足を踏み入れた。すでに何度も通い、勝手知ったる部屋。
一歩入った時点で、雄の匂いに全身をつつまれた。
最強の猛き虎の精の匂いが、虎の令嬢たちの官能と欲望を刺激して子宮を疼かせる。
今夜も寒月王子は、床に転がっていた。
一糸まとわぬ、鎧のような筋肉に覆われた肢体が、窓から入る月と雪の明かりを受けて陰影をつくり、神々しいほど美しい。
やはり今夜も頭痛に悩まされているらしく、眉根を寄せて呻く顔すら凛々しかった。
「ああ、たまらないわ」
二人はすぐさま薄絹姿になると、寒月王子の両隣に寄り添った。
「寒月様、今夜こそ子種を注いで……」
耳元に唇をつけて囁く。
ここ数日の挑戦は、ことごとく退けられてきた。
もともとお盛んだった双子王子のこと、自慢の豊かな胸と尻が彼らの劣情を煽るはず、交合に持ち込めるはずとの思惑と自信は、
「違う……アーネストじゃない」
呪文のようなその言葉と共に、崩壊した。
アーネストだと思わせようとしても、
「違う……こんなブヨブヨしてるわけねえ。……病気か?」
とか、
「ちげーよ。あいつはもっと……たまんなく、いい匂いだ」
とか。
朦朧としているくせにはっきりと違いを強調してきて、女性陣はかなり傷つき腹も立った。苛立って、こうなったら実力行使だと裸体を押しつけると、
「これじゃねー!」
バシバシ尻を叩かれ、悲鳴を上げて離れる始末。
いずれ劣らぬ美女と名高い四人にとって、この屈辱は耐えがたい。
が、そこは虎の女たち。
逆に闘争心に火がついた。
こうなったら意地でも王子たちをものにしてやる、王子妃の座に就くのは自分だと、より強引に大胆に迫ることにした。
食事や頭痛薬に仕込ませていた媚薬を増やして。
双子が抵抗できなくなれば、こちらのもの。
「どう?」
「……かなり朦朧とされてるみたい」
「そうね。この様子なら今日こそ」
「わたくしが先の約束よ。クジで決めたでしょう」
「わかったわよ。だったら早くしてちょうだい」
「ふふっ。ああ……なんて素敵なの」
初々しく上品なお嬢様の仮面をかなぐり捨てた令嬢が、寒月の太腿の上にまたがった。
はあ、と熱い息を吐き、赤い唇を舐めて。
屹立した長大なものに、うっとりと手をのばす。
と、そのとき。
バンッ! と大きな音をたて、乱暴に扉がひらかれた。
「待てえぇぇぇい!」
寒月王子にまたがっていた令嬢たちが、驚愕の表情で振り返ると。
入り口に仁王立ちしていたのは、彼女たちがいま最も会いたくなかった恋敵――
息を切らしたウォルドグレイブ伯爵が、怒りを込めて二人を睨みつけていた。
そうして眦を吊り上げたかと思うと、あまりの驚きに固まっている令嬢たちに向かって、「よーくーもー!」と怒声を放った。
「全裸祭りの主催者、出てこーい!」
豪奢な外套をまとった令嬢たちが、ひたすら冷や汗を流し身を縮めるドーソンと御形を睨みつけていた。
「あなたたち、言ったわよね? この薬草を使えば必ずや理性を失い、いっそう増幅される性欲に、抗える者はいないと」
「連日使っているけれど、お二人とも強い意志を崩さない。おかげで酷い屈辱を味わったわ……!」
「アーネストだと思い込ませようともしたけれど、到底無理よ。あれのどこが『必ずや理性を失い』なのか、説明してくれないかしら」
「そ、それは……」
「答えられないの?」
「医師協会副会長と薬師協会部長が聞いて呆れるわ」
「あら、お二方とも『元』が付きますもの」
「そうだったわね。素人に毛が生えたようなエルバータの元皇子にすら敵わず、みじめに落ちぶれてしまったのですものね」
「あれは! あれは、皓月殿下が……」
ドーソンが反論しかけたが、言葉に詰まり、唇を噛みしめている。
皓月王子にもう少し知恵が回れば、ああまで悲惨な結果にはならなかった。
それに泉果王妃や弓庭後侯爵がウォルドグレイブ伯爵を罠に嵌めようとして見破られ、王の心証をさらに悪化させたりしなければ、きっともっと温情を望めた。
内心でそんな不満を溜め込んでいることは一目瞭然だったが、この令嬢たちに向かって弓庭後家門を非難するのは悪手だ。
令嬢たちの顔に、さらに侮蔑の色がにじんだ。
そこへ、ぶるぶると唇を震わせた御形が、「おそらく」と声を絞り出す。
「双子殿下は国王陛下と同様、毒に躰を慣らしています。ですから、常人より効果が出るのが遅いのではないかと」
「そう、その通りです! しかし我らが調合した薬は非常に強力。きっと今日にも、今日こそは、お望みの結果へと導きましょう!」
「導けなければ?」
冷たい声音に、ぎくりと、ドーソンと御形の肩が揺れた。
「こちらとて、うるさい番犬そのものの家令の隙をついて殿下方に会うため、大金と手間暇をかけて機会を作っているのよ」
「その通りよ。それにあなたたちの『渾身の作』だという媚薬は、殿下方に頭痛をもたらしている様子。それが理性を繋ぎとめる一助になってしまっているのではなくて?」
「それは……強力な処方ゆえ、たしかに副作用が出る可能性は否めません。しかし、あの薬は多少の痛みをものともせぬほど、性欲を高めるはずなのです」
早口でまくしたてるドーソンを、令嬢たちは鼻で嗤った。
「御託はけっこう、結果がすべてよ。今夜もまた殿下方のご寵愛を得られなければ、お父様たちにもそのように報告するわ。
当然、お前たちの再起を支援する話は白紙。それどころか、わたくしたちに大恥をかかせたのですもの。二度とこの国で医師や薬師の仕事に就けるとは思わぬことね」
「そんな……」
切り捨てるように立ち上がった令嬢たちに、二人の男はがっくりとうな垂れた。
⁂ ⁂ ⁂
「もう無理です、ハグマイヤーさんに怪しまれている気がします。今夜を最後にしてください」
「わかっているわよ! さっさと扉を開けなさい!」
手引きをさせている離宮の使用人を小声で叱りつけ、令嬢二人は薄暗い室内へと足を踏み入れた。すでに何度も通い、勝手知ったる部屋。
一歩入った時点で、雄の匂いに全身をつつまれた。
最強の猛き虎の精の匂いが、虎の令嬢たちの官能と欲望を刺激して子宮を疼かせる。
今夜も寒月王子は、床に転がっていた。
一糸まとわぬ、鎧のような筋肉に覆われた肢体が、窓から入る月と雪の明かりを受けて陰影をつくり、神々しいほど美しい。
やはり今夜も頭痛に悩まされているらしく、眉根を寄せて呻く顔すら凛々しかった。
「ああ、たまらないわ」
二人はすぐさま薄絹姿になると、寒月王子の両隣に寄り添った。
「寒月様、今夜こそ子種を注いで……」
耳元に唇をつけて囁く。
ここ数日の挑戦は、ことごとく退けられてきた。
もともとお盛んだった双子王子のこと、自慢の豊かな胸と尻が彼らの劣情を煽るはず、交合に持ち込めるはずとの思惑と自信は、
「違う……アーネストじゃない」
呪文のようなその言葉と共に、崩壊した。
アーネストだと思わせようとしても、
「違う……こんなブヨブヨしてるわけねえ。……病気か?」
とか、
「ちげーよ。あいつはもっと……たまんなく、いい匂いだ」
とか。
朦朧としているくせにはっきりと違いを強調してきて、女性陣はかなり傷つき腹も立った。苛立って、こうなったら実力行使だと裸体を押しつけると、
「これじゃねー!」
バシバシ尻を叩かれ、悲鳴を上げて離れる始末。
いずれ劣らぬ美女と名高い四人にとって、この屈辱は耐えがたい。
が、そこは虎の女たち。
逆に闘争心に火がついた。
こうなったら意地でも王子たちをものにしてやる、王子妃の座に就くのは自分だと、より強引に大胆に迫ることにした。
食事や頭痛薬に仕込ませていた媚薬を増やして。
双子が抵抗できなくなれば、こちらのもの。
「どう?」
「……かなり朦朧とされてるみたい」
「そうね。この様子なら今日こそ」
「わたくしが先の約束よ。クジで決めたでしょう」
「わかったわよ。だったら早くしてちょうだい」
「ふふっ。ああ……なんて素敵なの」
初々しく上品なお嬢様の仮面をかなぐり捨てた令嬢が、寒月の太腿の上にまたがった。
はあ、と熱い息を吐き、赤い唇を舐めて。
屹立した長大なものに、うっとりと手をのばす。
と、そのとき。
バンッ! と大きな音をたて、乱暴に扉がひらかれた。
「待てえぇぇぇい!」
寒月王子にまたがっていた令嬢たちが、驚愕の表情で振り返ると。
入り口に仁王立ちしていたのは、彼女たちがいま最も会いたくなかった恋敵――
息を切らしたウォルドグレイブ伯爵が、怒りを込めて二人を睨みつけていた。
そうして眦を吊り上げたかと思うと、あまりの驚きに固まっている令嬢たちに向かって、「よーくーもー!」と怒声を放った。
「全裸祭りの主催者、出てこーい!」
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