召し使い様の分際で

月齢

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第14章 アーネストvs.令嬢たち

宣戦布告

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「いいえ。まだ王都には戻りません」
「ほほう」

 浬祥さんは残りの葡萄酒を水のようにゴッゴッと飲み干して、「イマイチ!」と器を置いてから、興味深げに僕を見た。

「令嬢たちに未来の夫を寝取られてもいいのかい? それとも、よほど自信がある?」
「はい」
「おおぉ」

 きっぱり肯定すると、浬祥さんの目がまん丸くなった。

「すごい自信だね! しかし繁殖期の性欲というのは、きみが思う何倍も暴走しがちなものだよ? それでもなお自分の魅力が、四人がかりで誘惑しようという令嬢たちよりも勝っていると思うのかい?」

「そうではなく」と首を横に振った。

「自信があるのは僕の魅力じゃなく、双子への信頼です。あの二人が僕を裏切るわけがないと、信じています。たとえ繁殖期だろうと。それに」

「それに?」

「もし本当に浮気したら、慰謝料がっぽり払わせて別れてやる……!」

「きみ、本当はかなりムカついてるね!?」
「当然です!」

 思わず、キッと浬祥さんを睨みつけた。

「もちろん、双子にではなくて、弱みにつけ込もうとしている令嬢たちにですけど! 浬祥様の情報が真実であれば」
「ぼくの情報網を侮るなかれ」

 できれば穴だらけの情報網であってほしいが。

「性欲祭りの二人に全裸で突撃するなんて、そんなのひどすぎます!」
「いろんな情報が合体して全裸祭りになっているね」
「それって、アルコール中毒の人にアルコールを与えるようなものでしょう!?」
「そうであるような、ないような」
「許せません……そんな祭りは許せません!」
「祭りにしたのはきみだけどね? というか、そこまで腹を立てているのなら、やっぱり王都に帰ったほうがいいのでは?」

 僕はフルフルと首を振った。

「傷病兵の方たちは、あと七日滞在の予定でお招きしているんです。こちらからお願いしておきながら、途中で切り上げるなんてできません。そうしたくもありません」

 本音を言えば、今すぐにでも飛んで帰りたい。
 でもお招きした患者さんたちを放って行く気もない。
 だから桃マルムが見つからなかったとき、とてもガッカリしながら、同時にほっとしてもいた。

 僕はずるい。僕は弱い。
 結局、結果を双子に委ねてる。

 でも。でも……!

「何度も言うように、浬祥様の情報が正しければの話ですけど」
「何度も言うが、ぼくの情報網を侮るなかれ」
「あなろぐな彼……とは……」
「違うよ? 侮るなかれだよ?」
「とにかく! 僕はここで任務を全うします!」

 僕はドン! と胸を叩こうとして、痛いだろうからポフン! 程度にしておいた。

「そして王都に戻ったとき、もしも本当に令嬢たちが卑劣な突撃を仕掛けていたと判明したなら」

 たぶん、浬祥さんの言ったことは本当だ。
 コーネルくんの件もある。
 きっと彼女たちは……どこまで結託しているものかはわからないが、本格的に、僕を排除して婚約者の地位を取り戻すべく動き出したのだ。

 それ自体は仕方ない。
 彼女たちからすれば、いずれ王子様と結婚できると夢見てきたのに、急に現れて横取りしたのは僕のほうだもの。それを取り戻して何が悪いと考えるのも、理解できる。
 けど、やり方がひどい。
 それがもし、獣人なら当たり前の流儀なのだとしても、僕はそういうやり方は嫌いだ。
 ……嫌いだ!

「判明したなら、どうするのかな」
「よ、よくもヤリヤガッタナ、コノヤロウと」
「おさなごのようにカタコトだね」

 そう言いながら、浬祥さんが両手に乗せた子猫を見せてきた。
 白銅くん、頭の毛をぜんぶ逆立てられている。か、可愛い。
 思わず吹き出してしまってから、コホンと咳払いして続けた。

「静観するつもりは無いので。まして商売を妨害されかけましたし」
「ん? 初耳だね。どういうことだい?」
「それはまた改めて、新しい従業員の紹介と併せてご説明させていただきますが、浬祥様」
「なんだい?」
「明日から働くとなれば朝も早いですから、そろそろ休まれたほうが」
「おや。きみ、そんな早くから起きているの?」
「はい。浬祥様もですよ。とても忙しいので、人手が増えて嬉しいです」
「……えーと。いつからぼくも働く前提になっているのだろう」
「こちらにいらしたときからです」

 僕は使えるものは何でも使う主義なので。
 まして今は、浬祥さんが持ってきた情報のお陰で、妙にやる気が漲っている。

 こうなったら、この視察を最大限に活かして、その成果と共にガハガハ笑いながら王都に帰って、その勢いで令嬢たちに……えーとえーと……具体的に何をすればいいのかわからないけど、売られた喧嘩は買ってみせよう。なるべく安値で。
 そしてなるべく高値で売り返してやる……! 
 ……もはや何言ってるのかわからないけど。

 とにかく浬祥さんは明るくて人当たりも良いし、情報収集能力も優れているようだし、患者さんからも好かれそう。こんな大きな戦力を使わない手はない。

「素晴らしい成果をあげて余裕で帰るつもりなので、ご協力お願いします」
「ほんとにきみは、月光のように儚げな見た目と、商魂の逞しさが同居しているよね」
「逞しい⁉ わあ、ありがとうございます!」
「喜ぶんかい。まあいい、ぼくはそういう人間が好きだ。欲望は生命力さ。そんなきみに、とっておきの情報を提供しよう」
「なんでしょう」
蟹清カニスガ伯爵のとこの壱香イチカ嬢と、守道モチ子爵家の繻子那シュスナ嬢から、きみに伝言」
「ほへ?」

「『どうぞ温泉に浸かってゆっくりしてらっしゃいな、妖精さん。王都に戻ってきたときに、寒月殿下と青月殿下の隣に誰がいるか、お楽しみに』
 それから、
『子供を授かったら、子守りに雇ってあげてもよろしくてよ、召し使い妖精さん』
 だそうだ」

 僕はぱちくりと瞬きして浬祥さんを見た。

「……そういう伝言を預かってきたのですか?」
「そうだよ。宣戦布告だね」
「直接そんな伝言を預かっていたのなら、わざわざお金を払って情報を得る必要は無かったのでは……」

 この人、本当に大きな戦力になるだろうか。
 ちょっと疑問を感じていると、浬祥さんが「はい」と、また両手に乗せた子猫を見せてきた。
 今度は頭の毛が七三分けにしてあって、またも盛大に吹き出してしまった。
 やっぱり優秀だ。間違いない。
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