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第14章 アーネストvs.令嬢たち
阻止する?
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突撃。というと。
繁殖期で躰がしんどくなってる双子に奇襲をかけて、令嬢たちが四人がかりでボコボコにするとか? そして力ずくで婚姻届けに署名をさせるとか? え。それってかなり卑怯じゃない!? まさかね? 違うよね!?
思考が真っ白になってしまった僕を見て、浬祥さんは「きみ、またトンチンカンなことを考えているだろう」と補足してくれた。
「虎や羆のような猛獣の獣人は特に、繁殖期の前兆が出たら引きこもる場所というのを、各々、用意しておくのだ。性欲が暴走して、何か間違いがあってはいけないからね」
「はあ……」
「たとえば双子は、王都で繁殖期を迎えたら、城の離宮に引きこもる。きみはまだ行ったことがないかな? 北側の森をずーっと行くと、離宮があるんだ」
「知りませんでした」
「春になって雪がとけたら行ってみるといいさ」
「ここには……領地には無いのですか?」
「もちろん、所有する各領地にも『引きこもり場所』はあるよ。けど青月は、この町じゃきみに近すぎると思って、念入りに王都まで遠ざかったんじゃないかな。
まったく。そんな手間のかかることをしなくても、ぼくに身を任せれば済むことなのにね!」
「ほほう」
「きみ、聞き流したね?」
「いえ、そんな……はい、すみません」
「正直か。とにかく、彼らが離宮に引きこもれば、何も言わずとも『ああ、繁殖期なんだな』と周囲にはわかる。それでなくとも王城というところは、金で情報を売る者がわんさかいるのだから。
そんなわけで四人の令嬢たちにも、その情報が届いたことは間違いない。そしてここからは、ぼくが独自に仕入れた情報だけど」
「お金でですか?」
「歌とダンスで手に入れば良いのだがね」
「なるほど」
「令嬢たちは以前は、王子妃の座を競い合っていた。しかし今は事情が違う。きみという双子の大本命が現れて、彼女たちは全員、婚約者候補ではなくなってしまった。少なくとも双子にとってはね」
「……彼女たちにとっては?」
「令嬢たちも、そしてその父親も、まったく諦めていない。そもそも政略の上に婚約が成り立つと考えているのだから、双子の恋愛感情など二の次だ。
まあ、弓庭後侯だけは別だろうけど……あれだけやらかしたんだから、双子の舅になる可能性はほぼ消えた。ただ彼の娘の久利緒嬢も、すっごく気が強いからね~。父親が何をやらかそうと、自分は自分として動くだろう。何にせよ」
「何にせよ?」
「彼女らの共通の敵はきみだ、アーネストくん」
「あれまー」
いつのまにそんなことに。
いや、そりゃそうなるか。
……なるのか?
「『あれまー』言ってる場合じゃないぞ。彼女らは協力して、離宮に入り込むべく手を回していた。
きみが留守の上、双子の性欲が暴走する今がチャンス。虎獣人の女性は本当に負けず嫌いだから……きみを出し抜くためなら、全裸で寝所に忍び込むくらいのことはするよ? きっと」
「まさか」
苦笑したけど、浬祥さんは肩をすくめただけ。
まさか本当に? ほんとにそこまでするの?
……嫌だ。
たとえ不可抗力だろうと、双子がほかの人を抱くなんて。
「……すみません」
膝の上で熟睡する子猫を抱き直し、立ち上がった。
「ちょっと失礼します。すぐ戻りますので、白銅くんをお願いします」
「うん?」
浬祥さんの膝に子猫を移すと、ころんと転がってヘソ天になった。
「天に向かって『気をつけ』しているね」と微笑む浬祥さんに笑ってうなずき、客間を出る。
暗い廊下は空気が冷たい。
等間隔で壁に灯された明かりと、手持ちの燭台を頼りに、僕は自分の(正確には青月の)部屋へと戻った。
浬祥さんの話を聞くうち、頭に浮かんだことがあったのだ。
部屋の中は暖炉の炎がパチパチと、穏やかな音をたてて揺れている。
心地良い暖かさにほっとして、少し薪を足してから、部屋の奥の金庫に目を向けた。
金庫には、例によって白銅くんが持ってきた――というか、今回は一緒に入ってきたのだが、『親マルム』入りの箱がある。
旅先だし、日中はほぼ部屋を空けているので、いくら自分の屋敷でも不用心だからと、青月が「念のため」鍵が三つもついた金庫にしまった。
僕は鞄から鍵を取り出し、もどかしい思いで次々解錠すると、体重をかけて重い扉をひらいた。
中には当然、マルムたち。
親マルムと、合体していない普通マルムたちが入った箱だ。
その箱を取り出して燭台で照らすと、ドキドキしながら中を覗き込んだ。
「……無い」
呟いて、箱の周囲を探す。……無い。
マルム入りの箱を戻して、部屋の中を移動しながらくまなく照らしてみたけれど。
「……やっぱり無い、かぁ……」
漏らした声が、自分で思うよりガッカリした響きになっていた。
……もしかしたら、また桃マルムが出現しているかも? なんて、ひそかに期待してしまったのだけど……そう都合よくはいかないかあ。
聞けば聞くほど凄まじい繁殖期の双子に、対応できる自信はまったくない。
でももし、このタイミングで桃マルムが出てきたら、『なんとかなる』という妖精の導きなのでは?
……なんて、考えてしまった。
けど、桃マルムは無い。
――いや。これでよかったんだ。
そう自分に言い聞かせ、浬祥さんたちのいる客間に戻った。
浬祥さんは『気をつけ』の姿勢で寝ていた子猫に『バンザイ』ポーズをさせて遊んでいたが、白銅くんは熟睡していて、起きる気配がない。
顔を上げた浬祥さんは、「で?」とニヤリと笑った。
「どうするんだい? アーネストくん」
「どうする、とは?」
「すぐに王都に戻って、令嬢たちを阻止するかい? まだ間に合えばの話だが」
繁殖期で躰がしんどくなってる双子に奇襲をかけて、令嬢たちが四人がかりでボコボコにするとか? そして力ずくで婚姻届けに署名をさせるとか? え。それってかなり卑怯じゃない!? まさかね? 違うよね!?
思考が真っ白になってしまった僕を見て、浬祥さんは「きみ、またトンチンカンなことを考えているだろう」と補足してくれた。
「虎や羆のような猛獣の獣人は特に、繁殖期の前兆が出たら引きこもる場所というのを、各々、用意しておくのだ。性欲が暴走して、何か間違いがあってはいけないからね」
「はあ……」
「たとえば双子は、王都で繁殖期を迎えたら、城の離宮に引きこもる。きみはまだ行ったことがないかな? 北側の森をずーっと行くと、離宮があるんだ」
「知りませんでした」
「春になって雪がとけたら行ってみるといいさ」
「ここには……領地には無いのですか?」
「もちろん、所有する各領地にも『引きこもり場所』はあるよ。けど青月は、この町じゃきみに近すぎると思って、念入りに王都まで遠ざかったんじゃないかな。
まったく。そんな手間のかかることをしなくても、ぼくに身を任せれば済むことなのにね!」
「ほほう」
「きみ、聞き流したね?」
「いえ、そんな……はい、すみません」
「正直か。とにかく、彼らが離宮に引きこもれば、何も言わずとも『ああ、繁殖期なんだな』と周囲にはわかる。それでなくとも王城というところは、金で情報を売る者がわんさかいるのだから。
そんなわけで四人の令嬢たちにも、その情報が届いたことは間違いない。そしてここからは、ぼくが独自に仕入れた情報だけど」
「お金でですか?」
「歌とダンスで手に入れば良いのだがね」
「なるほど」
「令嬢たちは以前は、王子妃の座を競い合っていた。しかし今は事情が違う。きみという双子の大本命が現れて、彼女たちは全員、婚約者候補ではなくなってしまった。少なくとも双子にとってはね」
「……彼女たちにとっては?」
「令嬢たちも、そしてその父親も、まったく諦めていない。そもそも政略の上に婚約が成り立つと考えているのだから、双子の恋愛感情など二の次だ。
まあ、弓庭後侯だけは別だろうけど……あれだけやらかしたんだから、双子の舅になる可能性はほぼ消えた。ただ彼の娘の久利緒嬢も、すっごく気が強いからね~。父親が何をやらかそうと、自分は自分として動くだろう。何にせよ」
「何にせよ?」
「彼女らの共通の敵はきみだ、アーネストくん」
「あれまー」
いつのまにそんなことに。
いや、そりゃそうなるか。
……なるのか?
「『あれまー』言ってる場合じゃないぞ。彼女らは協力して、離宮に入り込むべく手を回していた。
きみが留守の上、双子の性欲が暴走する今がチャンス。虎獣人の女性は本当に負けず嫌いだから……きみを出し抜くためなら、全裸で寝所に忍び込むくらいのことはするよ? きっと」
「まさか」
苦笑したけど、浬祥さんは肩をすくめただけ。
まさか本当に? ほんとにそこまでするの?
……嫌だ。
たとえ不可抗力だろうと、双子がほかの人を抱くなんて。
「……すみません」
膝の上で熟睡する子猫を抱き直し、立ち上がった。
「ちょっと失礼します。すぐ戻りますので、白銅くんをお願いします」
「うん?」
浬祥さんの膝に子猫を移すと、ころんと転がってヘソ天になった。
「天に向かって『気をつけ』しているね」と微笑む浬祥さんに笑ってうなずき、客間を出る。
暗い廊下は空気が冷たい。
等間隔で壁に灯された明かりと、手持ちの燭台を頼りに、僕は自分の(正確には青月の)部屋へと戻った。
浬祥さんの話を聞くうち、頭に浮かんだことがあったのだ。
部屋の中は暖炉の炎がパチパチと、穏やかな音をたてて揺れている。
心地良い暖かさにほっとして、少し薪を足してから、部屋の奥の金庫に目を向けた。
金庫には、例によって白銅くんが持ってきた――というか、今回は一緒に入ってきたのだが、『親マルム』入りの箱がある。
旅先だし、日中はほぼ部屋を空けているので、いくら自分の屋敷でも不用心だからと、青月が「念のため」鍵が三つもついた金庫にしまった。
僕は鞄から鍵を取り出し、もどかしい思いで次々解錠すると、体重をかけて重い扉をひらいた。
中には当然、マルムたち。
親マルムと、合体していない普通マルムたちが入った箱だ。
その箱を取り出して燭台で照らすと、ドキドキしながら中を覗き込んだ。
「……無い」
呟いて、箱の周囲を探す。……無い。
マルム入りの箱を戻して、部屋の中を移動しながらくまなく照らしてみたけれど。
「……やっぱり無い、かぁ……」
漏らした声が、自分で思うよりガッカリした響きになっていた。
……もしかしたら、また桃マルムが出現しているかも? なんて、ひそかに期待してしまったのだけど……そう都合よくはいかないかあ。
聞けば聞くほど凄まじい繁殖期の双子に、対応できる自信はまったくない。
でももし、このタイミングで桃マルムが出てきたら、『なんとかなる』という妖精の導きなのでは?
……なんて、考えてしまった。
けど、桃マルムは無い。
――いや。これでよかったんだ。
そう自分に言い聞かせ、浬祥さんたちのいる客間に戻った。
浬祥さんは『気をつけ』の姿勢で寝ていた子猫に『バンザイ』ポーズをさせて遊んでいたが、白銅くんは熟睡していて、起きる気配がない。
顔を上げた浬祥さんは、「で?」とニヤリと笑った。
「どうするんだい? アーネストくん」
「どうする、とは?」
「すぐに王都に戻って、令嬢たちを阻止するかい? まだ間に合えばの話だが」
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