召し使い様の分際で

月齢

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第13章 温泉と薬草園

薬草を悪用する人を僕は許せない

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 コーネル・モフスキーくんが何か言うたびに白銅くんが怒るということを繰り返しつつ、どうにか彼が碧雲町に辿り着くまでの経緯を聞き出した。

 コーネルくんは元は医師志望だったが、薬師志望へと転向し、現在は薬師見習いとして勉強中の身。
 立派な薬師になるには座学だけでなく見聞も広めねばと考えていたところ、碧雲町の新たな療養施設建設に向けて、僕が(正確には青月なんだけど)試験的に傷病兵の方たちを招いているという話を聞いた。

 そこで彼は「かの高名なる、妖精の薬を生み出すウォルドグレイブ伯爵様が、どのような施設を計画されているのか。ぜひとも学ばせていただきたく」、勢いのままに王都を出発し、碧雲町へと向かった。

 しかし災難にも、旅の二日目にしてスリに遭い、手持ちのお金をすべて失い。
 それでも善意の人の馬車に乗せてもらったり、親切な農家の大家族の家に泊めてもらったりしながら、どうにか前進を続けてきたが。

 ある日、道沿いに続く森の中に、羆を発見。
 見つからないようジリジリと後退したけれど、枯れ枝を踏んだ音で気づかれて、大きな音に驚いた羆は、猛然とコーネルくんに向かって突進してきた。
 コーネルくんは悲鳴を上げて、逃げながら獣化し、闇雲に走るうち、どこぞの農家が設けたらしき肥溜めに落ちた。

 彼を追ってきた羆が、肥溜めで溺れかけているコーネルくんを見て溜め息をついたのを、やけに鮮明におぼえているという。

 羆が遠ざかった頃、コーネルくんは命からがら這い上がった。が、当然、全身糞尿まみれ。土や雪の上でゴロンゴロン転がってみても余計に汚れただけで、その後はどこに行っても悲鳴を上げて嫌がられ、道を歩けば子供に石をぶつけられ、大人からは追い立てられ。

 仕方なく、獣化してこっそり荷馬車に無断で乗り込んだり(そしてつい爆睡して気づかれ、ものすごい剣幕で追い回されたり)しながら、やっとの思いで、碧雲町までやって来た――と、いうわけだ。

 温泉のそばにいたのは本当に偶然で、町に近づいては追われてきた経験から、無意識に民家の無いほうへと歩いて、そこで力尽きたのだという。

「なんと……そんな苦労を。大変だったねえ」

 もふサモが肥溜めに落ちて糞尿サモになり、罵声を浴びながら、ひもじさをこらえて必死で歩き続ける……その様子を想像したら、可哀想すぎて泣けてきちゃうよ。この世のモフモフは、すべて幸せであるべきなのだ!

 しかし白銅くんの意見は違うようだった。
 美しいオレンジ色の猫目が、鋭くモフス……コーネルくんを睨んでいる。

『不自然すぎます』
「えっ」

 コーネルくんが戸惑ったように子猫を見ると、子猫はまたシャーッ! と威嚇した。とりあえず怒るんだね。ぽわ毛がポフォッ! と膨らんで、これまた可愛い。
 にこにこしながら見ている僕には気づかず、白銅くんは『そもそも』と続けた。

『薬師見習いというからには、誰かに師事していたのですよね? あなたの師匠は誰ですか』
「うっ! そ、それは……」

 なんてことない質問なのに、コーネルくんはわかりやすく焦って、口ごもった。 
 すごいな白銅くん。いきなり的を射たらしい。

『言えないような怪しい師匠なのですか!』
「そっ、そんなことはない!」

 コーネルくんはキッと顔を上げた。

「ぼくの師匠は薬師協会部長の御形ゴギョウタスク、怪しくなんかないよ!」
『御形ーっ!? アーネスト様を陥れた、御形部長ニャのですか!』
「あ」

 コーネルくん、あわてて口を押さえている。
 御形氏と僕との因縁をわかっていて、その上でここに来たけれど、本当は自分の師が御形氏だということは隠しておくつもりだった……ということか。
 いや、それよりも。

「御形部長は、タスクさんという名前なんだねえ」 
『あんな人の名前なんか、アーネスト様がおぼえてあげることありません!』

 ピョンと跳ねた子猫に、コーネルくんが抗議した。

「あ、あんな人だなんて、ひどいよ。師匠はとても腕の良い、立派な薬師なんだよ」

『腕が良ければ人を陥れてもいいんですか! 罪もない子やお年寄りたちに、害になる薬湯を飲ませてもいいんですか!』

「そ、それは……師匠にも深い事情があって、それで……。でもとても後悔して、ちゃんと謝罪もしたんだ」

 その言葉に、子猫がいっそう背を丸め、フシャーッ! と牙を覗かせながら大きな声で怒った。

『あなたの師匠は、悪事がバレたから後悔しているニョでしょう!? もしもあのままアーネスト様の冤罪が晴れていなかったら、自分から本当のことを話しましたか!? 謝罪どころかずーっと真実を隠していたのでは!?
 そんな人が何食わぬ顔をしてどれほどよく効く薬湯を処方したって、僕は立派ニャ人とは思いません!』

 フーッ、フーッと何度も威嚇する子猫に、コーネルくんは何も言い返せずうつむいた。
 ……こんなに怒っている白銅くん、初めて見た。
 いい子だな……本当に。自分のためじゃなく、人のために腹を立てて。
 本当に……本当に……
「いるニョでしょう」って……
 可愛すぎるよ、ぽわ毛くん……!

 こらえきれず、そっと子猫を抱き上げて、「ありがとう白銅くん」と囁くと、ちっちゃくゴロゴロ鳴り出した。きゃわいいぃ。
 子猫に頬ずりしながら、うなだれるコーネルくんを見つめる。

「病人なのに、しんどい思いをさせてごめんね」

 コーネルくんはハッとしたように僕を見た。

「いっ、いえ! その……白銅くんの言ったことは、ぜんぶ本当のことですし……」
「うん。僕もそう思うよ」
「……はい?」

 目を丸くしている相手に、にっこり微笑んだ。

「どれほど腕が良くてもね。薬草を悪用する人を僕は許せない。けれども御形氏の行いの責任を、きみに負わせようとも思わない。その上で訊くのだけど……
 本当はどういう目的で、僕を追ってきたの?」
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