召し使い様の分際で

月齢

文字の大きさ
上 下
89 / 259
第13章 温泉と薬草園

超絶美人の

しおりを挟む
「アーネスト様っ! 向こうにボロボロの人がいますっ」
「ボロボロの人?」

 澄み切った青空の下、焦った様子で走ってきた白銅くんの言葉に、僕は青月と顔を見合わせた。
 白銅くんが指差す方向は、丈高く茂る薬草に隠れていて見えない。
 
「ここにいろ。踏み潰してくる」
「いやいや、何で踏み潰す前提なんだよ。これからこの町を『癒しの地』にしようというのに、踏み潰すとこから始めてどうする」
「じゃあ一緒に見に行くか?」
「行く」

 右手は青月と、左手は白銅くんとつないで、白銅くんが「あっちですっ」と示すほうへと歩き出した。

 
 ――そんなわけで僕たちはまた、青月の領地の碧雲町に来ている。
 青月からいきなり「視察をしてほしい」と言われてから、十日目のこと。

 前回ここを訪れた際、僕はここに温泉付きの施設や薬草園、それに薬舗の支店などをつくりたいと申し出ていた。

 栴木センボクさんからは『双子が携わっている仕事を、少なくとも二件補佐し、解決に導くこと』という課題も出ている。
 ゆえに双子はどんな仕事をしているのかと尋ねると、その中に『傷病兵の療養所不足や、社会復帰のための職探しが難航している』という案件があった。

 それなら、傷病兵の皆さんが温泉に入れる療養施設をつくり、希望者は薬舗や薬草園で雇わせてもらって、回復の度合いに応じた仕事をしてもらえないか。そうすれば双子の仕事の補佐という条件をクリアしつつ、商売もできて一石二鳥だ。
 そう提案して、青月も賛同してくれたのだけど。

 ただ、栴木さんの条件には『一年以内に』というキビしい期限があり……期間内に実現させるのは難しいだろうとも話していたのだ。
 なのにいきなり『視察』と言われたので、何のこと? と思ったら。

 なんと青月はその後、僕が薬湯処方窃盗の冤罪被害に遭ったり、倒れたり、審問会に呼び出されたり、倒れたり、薬湯勝負ののち正妃たちから慰謝料をぶんどったり、倒れたりしているあいだに、

 ……ほんといちいち倒れるな僕は。

 とにかくその間に青月は、領主として各施設をつくる許可証を発行してくれたり、大工職人や建材の確保まで手配してくれていた。
 なんと仕事の早い! 感動!
 施主は僕なので、職人さんたちとの本格的な打ち合わせはこれからということになるけど……その前にもう一度、視察をしておくのはどうか? という提案だったんだ。

 おまけに、既存の宿屋を療養施設代わりにして、実際に傷病兵の方たちに温泉に入ってもらう段取りもつけてくれたらしい。
 僕もできれば、事前に利用する側のご意見を伺いたいと思っていた。
 だから、それもとってもありがたい!

 栴木さんが条件として出した期限には、間に合わないかもだけど。
 でもそれとは関係なく、仕事としてやり甲斐がありそうだし、頭に描いていたことを実現できると思うとわくわくするよ!

 ――と、いう経緯でここにいるのだが。
 今回も寒月は仕事で、

「あとから絶対合流するから、それまで碧雲町にいろよ! もしすれ違いになったら、転げ回って泣きながら暴れてやるからな!」

 と約束させられている。
 ……泣くかどうかはともかく、寒月なら本当に大暴れしそうで怖いよね……。

 それで到着後にひと息ついて、また『マルムの輪』が出現していないかと、散歩がてら三人で温泉のそばまで来たら、先に様子見に行っていた白銅くんが「ボロボロの人」を発見したというわけだ。

「招待した傷病兵の方かな?」
「いや、来るのは明後日以降のはずだ。手配した馬橇と馬車で全員一緒に来る予定になっている」
「白銅くん。おひとり様だった?」
「はい。あっ、あの人です!」

 白銅くんがキュウッと両手で僕の手を掴んできた。可愛い。
 いや、和んでいる場合ではなかった。
 見れば本当に、前方の大木の幹にもたれて座り込む男性がいた。
 遠目にもわかるボロボロ感は、近づくとさらに凄まじかった。

 まず、近くまで行った時点で、生ごみに酢を混ぜ込んだような臭気が漂ってくる。衣服は元の色がわからないほど汚れているし、あちこち破れたり穴が開いたりしてまさにボロボロ。髪は脂でべっとりと固まり、フケが凄すぎるので、シラミが混じっているのではと心配になった。だとしたらすごく痒いはず。

 怪我や病気までは見て取れないが、とにかく猛烈に不潔な状態だ。 
 白銅くんはすぐさま白い手巾を出して鼻と口を覆い、近づく前から「くせえ」と呻いていた青月は、いざ目の前まで来ると、

「くせえ!」

 と怒鳴った。
 ついでに袖で僕の鼻を覆おうとしたので、「こらこら」と顔をそらした。

「失礼なこと言っちゃだめだよう」
「事実を述べているだけだ。おい、顔を上げろ」

 脚を投げ出し俯いていた男性が、のろのろと顔を上げた。
 途端、青月を認識したらしく、「ひっ!」とかすれた悲鳴を上げる。

「せ、青月殿下……! すすすすみませ、た、大変、し、しし、失礼を」

 ひれ伏そうとしたのを、青月が「いいから、さっさと答えろ」と冷たく突き放す。

「ここは私有地だ。俺の敷地に無断で侵入するとは、いい度胸だな」
「もっ、ももも申しわけ、ああありま」
「名乗れ。ここにいる理由と、その不潔なナリの理由を、さっさと簡潔に答えろ」
「あわわ、も、申しわけ」
「青月。そんなにいっぺんに問い詰めたら、焦ってしまうよ」

 青月は特に親しい人以外には無表情だし、淡々とした物言いも、慣れていない相手には威圧感を与えがちだ。
 この人、かなり衰弱しているようだもの……いきなり虎獣人の王子に詰問されたら、委縮して、答えられるものも答えられないだろう。

 どうどう、と青月をなだめてから、地面に膝をついて、男性と目線を合わせた。

「大丈夫ですか? 立てないのですか? 担架を用意してもらいましょうか。こんなところに長くいたら、躰が冷え切ってしまいます」

 震えている相手に安心してもらいたくて、穏やかに話しかけながら微笑んだ。
 と、伸びた前髪越しに、茶色い瞳が大きく見ひらかれる。ついでに口もぽかんとひらいた。
 その顔を見て、思ったより若いようだと考えていたら、カサカサの唇から呻くような声が漏れた。

「ぼくはもう死んでるのかな……超絶美人の天の御使いが見える……」
しおりを挟む
感想 834

あなたにおすすめの小説

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

後輩が二人がかりで、俺をどんどん責めてくるー快楽地獄だー

天知 カナイ
BL
イケメン後輩二人があやしく先輩に迫って、おいしくいただいちゃう話です。

【連載再開】絶対支配×快楽耐性ゼロすぎる受けの短編集

あかさたな!
BL
※全話おとな向けな内容です。 こちらの短編集は 絶対支配な攻めが、 快楽耐性ゼロな受けと楽しい一晩を過ごす 1話完結のハッピーエンドなお話の詰め合わせです。 不定期更新ですが、 1話ごと読切なので、サクッと楽しめるように作っていくつもりです。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーー 書きかけの長編が止まってますが、 短編集から久々に、肩慣らししていく予定です。 よろしくお願いします!

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

異世界転生先でアホのふりしてたら執着された俺の話

深山恐竜
BL
俺はよくあるBL魔法学園ゲームの世界に異世界転生したらしい。よりにもよって、役どころは作中最悪の悪役令息だ。何重にも張られた没落エンドフラグをへし折る日々……なんてまっぴらごめんなので、前世のスキル(引きこもり)を最大限活用して平和を勝ち取る! ……はずだったのだが、どういうわけか俺の従者が「坊ちゃんの足すべすべ~」なんて言い出して!?

主人公のライバルポジにいるようなので、主人公のカッコ可愛さを特等席で愛でたいと思います。

小鷹けい
BL
以前、なろうサイトさまに途中まであげて、結局書きかけのまま放置していたものになります(アカウントごと削除済み)タイトルさえもうろ覚え。 そのうち続きを書くぞ、の意気込みついでに数話分投稿させていただきます。 先輩×後輩 攻略キャラ×当て馬キャラ 総受けではありません。 嫌われ→からの溺愛。こちらも面倒くさい拗らせ攻めです。 ある日、目が覚めたら大好きだったBLゲームの当て馬キャラになっていた。死んだ覚えはないが、そのキャラクターとして生きてきた期間の記憶もある。 だけど、ここでひとつ問題が……。『おれ』の推し、『僕』が今まで嫌がらせし続けてきた、このゲームの主人公キャラなんだよね……。 え、イジめなきゃダメなの??死ぬほど嫌なんだけど。絶対嫌でしょ……。 でも、主人公が攻略キャラとBLしてるところはなんとしても見たい!!ひっそりと。なんなら近くで見たい!! ……って、なったライバルポジとして生きることになった『おれ(僕)』が、主人公と仲良くしつつ、攻略キャラを巻き込んでひっそり推し活する……みたいな話です。 本来なら当て馬キャラとして冷たくあしらわれ、手酷くフラれるはずの『ハルカ先輩』から、バグなのかなんなのか徐々に距離を詰めてこられて戸惑いまくる当て馬の話。 こちらは、ゆるゆる不定期更新になります。

弟が生まれて両親に売られたけど、売られた先で溺愛されました

にがり
BL
貴族の家に生まれたが、弟が生まれたことによって両親に売られた少年が、自分を溺愛している人と出会う話です

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。