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第13章 温泉と薬草園
超絶美人の
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「アーネスト様っ! 向こうにボロボロの人がいますっ」
「ボロボロの人?」
澄み切った青空の下、焦った様子で走ってきた白銅くんの言葉に、僕は青月と顔を見合わせた。
白銅くんが指差す方向は、丈高く茂る薬草に隠れていて見えない。
「ここにいろ。踏み潰してくる」
「いやいや、何で踏み潰す前提なんだよ。これからこの町を『癒しの地』にしようというのに、踏み潰すとこから始めてどうする」
「じゃあ一緒に見に行くか?」
「行く」
右手は青月と、左手は白銅くんとつないで、白銅くんが「あっちですっ」と示すほうへと歩き出した。
――そんなわけで僕たちはまた、青月の領地の碧雲町に来ている。
青月からいきなり「視察をしてほしい」と言われてから、十日目のこと。
前回ここを訪れた際、僕はここに温泉付きの施設や薬草園、それに薬舗の支店などをつくりたいと申し出ていた。
栴木さんからは『双子が携わっている仕事を、少なくとも二件補佐し、解決に導くこと』という課題も出ている。
ゆえに双子はどんな仕事をしているのかと尋ねると、その中に『傷病兵の療養所不足や、社会復帰のための職探しが難航している』という案件があった。
それなら、傷病兵の皆さんが温泉に入れる療養施設をつくり、希望者は薬舗や薬草園で雇わせてもらって、回復の度合いに応じた仕事をしてもらえないか。そうすれば双子の仕事の補佐という条件をクリアしつつ、商売もできて一石二鳥だ。
そう提案して、青月も賛同してくれたのだけど。
ただ、栴木さんの条件には『一年以内に』というキビしい期限があり……期間内に実現させるのは難しいだろうとも話していたのだ。
なのにいきなり『視察』と言われたので、何のこと? と思ったら。
なんと青月はその後、僕が薬湯処方窃盗の冤罪被害に遭ったり、倒れたり、審問会に呼び出されたり、倒れたり、薬湯勝負ののち正妃たちから慰謝料をぶんどったり、倒れたりしているあいだに、
……ほんといちいち倒れるな僕は。
とにかくその間に青月は、領主として各施設をつくる許可証を発行してくれたり、大工職人や建材の確保まで手配してくれていた。
なんと仕事の早い! 感動!
施主は僕なので、職人さんたちとの本格的な打ち合わせはこれからということになるけど……その前にもう一度、視察をしておくのはどうか? という提案だったんだ。
おまけに、既存の宿屋を療養施設代わりにして、実際に傷病兵の方たちに温泉に入ってもらう段取りもつけてくれたらしい。
僕もできれば、事前に利用する側のご意見を伺いたいと思っていた。
だから、それもとってもありがたい!
栴木さんが条件として出した期限には、間に合わないかもだけど。
でもそれとは関係なく、仕事としてやり甲斐がありそうだし、頭に描いていたことを実現できると思うとわくわくするよ!
――と、いう経緯でここにいるのだが。
今回も寒月は仕事で、
「あとから絶対合流するから、それまで碧雲町にいろよ! もしすれ違いになったら、転げ回って泣きながら暴れてやるからな!」
と約束させられている。
……泣くかどうかはともかく、寒月なら本当に大暴れしそうで怖いよね……。
それで到着後にひと息ついて、また『マルムの輪』が出現していないかと、散歩がてら三人で温泉のそばまで来たら、先に様子見に行っていた白銅くんが「ボロボロの人」を発見したというわけだ。
「招待した傷病兵の方かな?」
「いや、来るのは明後日以降のはずだ。手配した馬橇と馬車で全員一緒に来る予定になっている」
「白銅くん。おひとり様だった?」
「はい。あっ、あの人です!」
白銅くんがキュウッと両手で僕の手を掴んできた。可愛い。
いや、和んでいる場合ではなかった。
見れば本当に、前方の大木の幹にもたれて座り込む男性がいた。
遠目にもわかるボロボロ感は、近づくとさらに凄まじかった。
まず、近くまで行った時点で、生ごみに酢を混ぜ込んだような臭気が漂ってくる。衣服は元の色がわからないほど汚れているし、あちこち破れたり穴が開いたりしてまさにボロボロ。髪は脂でべっとりと固まり、フケが凄すぎるので、シラミが混じっているのではと心配になった。だとしたらすごく痒いはず。
怪我や病気までは見て取れないが、とにかく猛烈に不潔な状態だ。
白銅くんはすぐさま白い手巾を出して鼻と口を覆い、近づく前から「くせえ」と呻いていた青月は、いざ目の前まで来ると、
「くせえ!」
と怒鳴った。
ついでに袖で僕の鼻を覆おうとしたので、「こらこら」と顔をそらした。
「失礼なこと言っちゃだめだよう」
「事実を述べているだけだ。おい、顔を上げろ」
脚を投げ出し俯いていた男性が、のろのろと顔を上げた。
途端、青月を認識したらしく、「ひっ!」とかすれた悲鳴を上げる。
「せ、青月殿下……! すすすすみませ、た、大変、し、しし、失礼を」
ひれ伏そうとしたのを、青月が「いいから、さっさと答えろ」と冷たく突き放す。
「ここは私有地だ。俺の敷地に無断で侵入するとは、いい度胸だな」
「もっ、ももも申しわけ、ああありま」
「名乗れ。ここにいる理由と、その不潔なナリの理由を、さっさと簡潔に答えろ」
「あわわ、も、申しわけ」
「青月。そんなにいっぺんに問い詰めたら、焦ってしまうよ」
青月は特に親しい人以外には無表情だし、淡々とした物言いも、慣れていない相手には威圧感を与えがちだ。
この人、かなり衰弱しているようだもの……いきなり虎獣人の王子に詰問されたら、委縮して、答えられるものも答えられないだろう。
どうどう、と青月をなだめてから、地面に膝をついて、男性と目線を合わせた。
「大丈夫ですか? 立てないのですか? 担架を用意してもらいましょうか。こんなところに長くいたら、躰が冷え切ってしまいます」
震えている相手に安心してもらいたくて、穏やかに話しかけながら微笑んだ。
と、伸びた前髪越しに、茶色い瞳が大きく見ひらかれる。ついでに口もぽかんとひらいた。
その顔を見て、思ったより若いようだと考えていたら、カサカサの唇から呻くような声が漏れた。
「ぼくはもう死んでるのかな……超絶美人の天の御使いが見える……」
「ボロボロの人?」
澄み切った青空の下、焦った様子で走ってきた白銅くんの言葉に、僕は青月と顔を見合わせた。
白銅くんが指差す方向は、丈高く茂る薬草に隠れていて見えない。
「ここにいろ。踏み潰してくる」
「いやいや、何で踏み潰す前提なんだよ。これからこの町を『癒しの地』にしようというのに、踏み潰すとこから始めてどうする」
「じゃあ一緒に見に行くか?」
「行く」
右手は青月と、左手は白銅くんとつないで、白銅くんが「あっちですっ」と示すほうへと歩き出した。
――そんなわけで僕たちはまた、青月の領地の碧雲町に来ている。
青月からいきなり「視察をしてほしい」と言われてから、十日目のこと。
前回ここを訪れた際、僕はここに温泉付きの施設や薬草園、それに薬舗の支店などをつくりたいと申し出ていた。
栴木さんからは『双子が携わっている仕事を、少なくとも二件補佐し、解決に導くこと』という課題も出ている。
ゆえに双子はどんな仕事をしているのかと尋ねると、その中に『傷病兵の療養所不足や、社会復帰のための職探しが難航している』という案件があった。
それなら、傷病兵の皆さんが温泉に入れる療養施設をつくり、希望者は薬舗や薬草園で雇わせてもらって、回復の度合いに応じた仕事をしてもらえないか。そうすれば双子の仕事の補佐という条件をクリアしつつ、商売もできて一石二鳥だ。
そう提案して、青月も賛同してくれたのだけど。
ただ、栴木さんの条件には『一年以内に』というキビしい期限があり……期間内に実現させるのは難しいだろうとも話していたのだ。
なのにいきなり『視察』と言われたので、何のこと? と思ったら。
なんと青月はその後、僕が薬湯処方窃盗の冤罪被害に遭ったり、倒れたり、審問会に呼び出されたり、倒れたり、薬湯勝負ののち正妃たちから慰謝料をぶんどったり、倒れたりしているあいだに、
……ほんといちいち倒れるな僕は。
とにかくその間に青月は、領主として各施設をつくる許可証を発行してくれたり、大工職人や建材の確保まで手配してくれていた。
なんと仕事の早い! 感動!
施主は僕なので、職人さんたちとの本格的な打ち合わせはこれからということになるけど……その前にもう一度、視察をしておくのはどうか? という提案だったんだ。
おまけに、既存の宿屋を療養施設代わりにして、実際に傷病兵の方たちに温泉に入ってもらう段取りもつけてくれたらしい。
僕もできれば、事前に利用する側のご意見を伺いたいと思っていた。
だから、それもとってもありがたい!
栴木さんが条件として出した期限には、間に合わないかもだけど。
でもそれとは関係なく、仕事としてやり甲斐がありそうだし、頭に描いていたことを実現できると思うとわくわくするよ!
――と、いう経緯でここにいるのだが。
今回も寒月は仕事で、
「あとから絶対合流するから、それまで碧雲町にいろよ! もしすれ違いになったら、転げ回って泣きながら暴れてやるからな!」
と約束させられている。
……泣くかどうかはともかく、寒月なら本当に大暴れしそうで怖いよね……。
それで到着後にひと息ついて、また『マルムの輪』が出現していないかと、散歩がてら三人で温泉のそばまで来たら、先に様子見に行っていた白銅くんが「ボロボロの人」を発見したというわけだ。
「招待した傷病兵の方かな?」
「いや、来るのは明後日以降のはずだ。手配した馬橇と馬車で全員一緒に来る予定になっている」
「白銅くん。おひとり様だった?」
「はい。あっ、あの人です!」
白銅くんがキュウッと両手で僕の手を掴んできた。可愛い。
いや、和んでいる場合ではなかった。
見れば本当に、前方の大木の幹にもたれて座り込む男性がいた。
遠目にもわかるボロボロ感は、近づくとさらに凄まじかった。
まず、近くまで行った時点で、生ごみに酢を混ぜ込んだような臭気が漂ってくる。衣服は元の色がわからないほど汚れているし、あちこち破れたり穴が開いたりしてまさにボロボロ。髪は脂でべっとりと固まり、フケが凄すぎるので、シラミが混じっているのではと心配になった。だとしたらすごく痒いはず。
怪我や病気までは見て取れないが、とにかく猛烈に不潔な状態だ。
白銅くんはすぐさま白い手巾を出して鼻と口を覆い、近づく前から「くせえ」と呻いていた青月は、いざ目の前まで来ると、
「くせえ!」
と怒鳴った。
ついでに袖で僕の鼻を覆おうとしたので、「こらこら」と顔をそらした。
「失礼なこと言っちゃだめだよう」
「事実を述べているだけだ。おい、顔を上げろ」
脚を投げ出し俯いていた男性が、のろのろと顔を上げた。
途端、青月を認識したらしく、「ひっ!」とかすれた悲鳴を上げる。
「せ、青月殿下……! すすすすみませ、た、大変、し、しし、失礼を」
ひれ伏そうとしたのを、青月が「いいから、さっさと答えろ」と冷たく突き放す。
「ここは私有地だ。俺の敷地に無断で侵入するとは、いい度胸だな」
「もっ、ももも申しわけ、ああありま」
「名乗れ。ここにいる理由と、その不潔なナリの理由を、さっさと簡潔に答えろ」
「あわわ、も、申しわけ」
「青月。そんなにいっぺんに問い詰めたら、焦ってしまうよ」
青月は特に親しい人以外には無表情だし、淡々とした物言いも、慣れていない相手には威圧感を与えがちだ。
この人、かなり衰弱しているようだもの……いきなり虎獣人の王子に詰問されたら、委縮して、答えられるものも答えられないだろう。
どうどう、と青月をなだめてから、地面に膝をついて、男性と目線を合わせた。
「大丈夫ですか? 立てないのですか? 担架を用意してもらいましょうか。こんなところに長くいたら、躰が冷え切ってしまいます」
震えている相手に安心してもらいたくて、穏やかに話しかけながら微笑んだ。
と、伸びた前髪越しに、茶色い瞳が大きく見ひらかれる。ついでに口もぽかんとひらいた。
その顔を見て、思ったより若いようだと考えていたら、カサカサの唇から呻くような声が漏れた。
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