召し使い様の分際で

月齢

文字の大きさ
上 下
80 / 259
第12章 マルム茸とは

マルム茸のみの奇跡

しおりを挟む
 愛のマルム。

 ご先祖様……なんて小っ恥ずかしい命名を。
 きっとその『特別な奇跡』というものに感極まって、勢いで命名したものの、あとから恥ずかしくなって転げ回ったんだろうな。子孫には手に取るようにわかります。

 で、具体的になぜ『愛のマルム』なのかな?

『通常でもお恵みは、愛の営みを支援してくれますが、桃色のマルム茸には、特化型のご加護が宿っておりました。
 ユージーン様のご伴侶は、アーネスト様と同じく同性。男性でした。ユージーン様はその方を心から愛し、その方に子を遺してあげたいと切望していたのです』

 ぎゅうっと心臓を掴まれたようになった。
 苦しいほどドキドキする。
 同じだ。
 ユージーンさんは、僕と同じ気持ちだったんだ。

『ユージーン様はあるとき、大きなマルム茸を見つけました。そこに至る経緯は省かれていましたが、アーネスト様のマルム茸と同様、合体して大きくなったものでしょう。
 驚くユージーン様のもとに、今度は桃色のマルム茸が現れたのです』

 うんうん。同じ同じ!
 僕も今そこ!

『そしてユージーン様は、その桃色のマルム茸を、伴侶の男性と一緒に召し上がりました。なぜ食そうと思われたのか、その辺りの詳細も記されていないのでわかりませんが。けれど最も重要な情報は、ちゃんと書いておいてくださいました。
 よろしいですか、アーネスト様。ここからが肝心要です。桃色のマルム茸を、お夕飯のおかずなどにしてはいけませんよ』

 いけないのか。

『「一緒に食べる」とは、愛する方との愛の営みの直前に、一緒に召し上がることを指すのです。
 ユージーン様の記録には「一緒にかじった」とあります。生でも問題はないようです』

 すこしの間を置いて、ボッ! と顔が熱くなった。
「愛の営みの直前に」という言葉で、あのマルムの湯でのできごとを思い出してしまったから。

 あのとき僕らは、『三人でマルムを食べて』という言葉に導かれ、一緒にマルムをかじった。
 あれはあれで異変だらけのマルムだったけど……桃色ではなかったんだよね。
 つまりあれは「お恵み」としては通常仕様。
 あれほど至れり尽くせりでも、お恵みの基準としては普通、ということ?

 では、同じことを桃マルムでやると……どうなるのだろう。

『ユージーン様によると、桃色のマルム茸には、官能を高める効果があるそうです』

 思わず手紙の束を落としかけて、あわてて持ち直した。
 か、かか、官能を高める!?
 それってつまり、媚薬みたいなもの?
 それを双子にも勧めて食べさせろって!?

「やだーっ!」

 誰に見られているわけでもないのに、両手で顔を隠しながら床で転げ回った。
 無理! そんな恥ずかしいことできるわけない!
 それにあの体力の権化みたいな双子に媚薬を与えてから……なんて、考えただけでも恐ろしい。そんなの、こっちの体力がもたない! もつわけない! 

「ムリムリムリムリ!」

 転がったまま便箋に目をやると、

『無理なことなどありません! ヤればできます! 桃色マルムの底力は、ユージーン様が実験体となって証明してくださったのですから!』

 ツッコミどころが多すぎて、ちょっと冷静になれた。
 手紙で会話が成り立つジェームズ魔法はともかく、ご先祖様を実験体扱いって。

 おもむろに起き上がり、のそのそと膝立ちで暖炉の前に行って、早鐘のような心臓に胸を打たれながら、手紙の続きを確かめた。

『よろしいですか。もうひとつ、とてもたいせつなことがございます。愛の営みの直前に、愛する方と桃色マルム茸を召し上がったのち、ことに及びましたら――』

 その続きを読んで、今度こそ顔から火を噴くかと思った。

「うそお」

 もうダメ。もう無理。恥ずかしすぎる。倒れそう。
 そんなの、双子にどう言えというのか。

『簡単なことです、アーネスト様! 臆することなく仰いなさい、「中に出して」と!』

「いやーっ!」

『双子王子は鼻血を噴く勢いで喜ぶに決まっているのですから、堂々と元気よく!』

「元気よく言えるかーっ!」

 手紙に向かって抗議している僕っていったい。
 いま白銅くんがいなくて良かったよ……こんな姿を見られたら、絶対怖がられる。

 ジェームズったら、よくこんなこと普通に書けるよね!
 こんなことを教わってしまったら、今度から僕はどんな顔をしてジェームズに会えばいいんだよう。恥ずかしくて顔を合わせられないよ。

『愛の営みは尊いものです。恥じらうことはありません』

 恥じらうわ!

『この事実を知れば必ずや、羞恥心など重要ではないと思えることでしょう。よろしいですかアーネスト様。マルム茸に媚薬効果があるだけならば、このジェームズ、感涙にむせんだりいたしません。
 ユージーン様は桃色のマルム茸が現れるたびに、いま述べた方法で致したそうです。その結果こそが、他の方に無い、マルム茸のみが起こした特別な奇跡です』

 そうだった。
 ユージーンさんだってさぞ恥ずかしかったろうに、間違いなく子孫たちが読む『妖精の書』に、体験談を書き残してくれた。それほど重要なことだったんだ。
 ひとつ深呼吸して、続きを読んだ。

『どういう仕組みか、具体的には書かれておりませんが。しかしユージーン様は結果として、先に見つけた大きなマルム茸を通じて――
 愛する方との、お子を授かったのです』

 ……。
 …………。
 ………………。
 ……………………お子?

「……こど、も?」
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

もうやめましょう。あなたが愛しているのはその人です

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:193,462pt お気に入り:4,844

ある時計台の運命

BL / 連載中 24h.ポイント:149pt お気に入り:364

貴方への手紙【短編集】

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:10,225pt お気に入り:322

この結婚は間違っていると思う

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:1,036pt お気に入り:760

悪役令嬢は反省しない!

恋愛 / 完結 24h.ポイント:63pt お気に入り:823

Re:Monster(リモンスター)――怪物転生鬼――

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:8,678pt お気に入り:15,030

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。