召し使い様の分際で

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第12章 マルム茸とは

マルム茸のみの奇跡

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 愛のマルム。

 ご先祖様……なんて小っ恥ずかしい命名を。
 きっとその『特別な奇跡』というものに感極まって、勢いで命名したものの、あとから恥ずかしくなって転げ回ったんだろうな。子孫には手に取るようにわかります。

 で、具体的になぜ『愛のマルム』なのかな?

『通常でもお恵みは、愛の営みを支援してくれますが、桃色のマルム茸には、特化型のご加護が宿っておりました。
 ユージーン様のご伴侶は、アーネスト様と同じく同性。男性でした。ユージーン様はその方を心から愛し、その方に子を遺してあげたいと切望していたのです』

 ぎゅうっと心臓を掴まれたようになった。
 苦しいほどドキドキする。
 同じだ。
 ユージーンさんは、僕と同じ気持ちだったんだ。

『ユージーン様はあるとき、大きなマルム茸を見つけました。そこに至る経緯は省かれていましたが、アーネスト様のマルム茸と同様、合体して大きくなったものでしょう。
 驚くユージーン様のもとに、今度は桃色のマルム茸が現れたのです』

 うんうん。同じ同じ!
 僕も今そこ!

『そしてユージーン様は、その桃色のマルム茸を、伴侶の男性と一緒に召し上がりました。なぜ食そうと思われたのか、その辺りの詳細も記されていないのでわかりませんが。けれど最も重要な情報は、ちゃんと書いておいてくださいました。
 よろしいですか、アーネスト様。ここからが肝心要です。桃色のマルム茸を、お夕飯のおかずなどにしてはいけませんよ』

 いけないのか。

『「一緒に食べる」とは、愛する方との愛の営みの直前に、一緒に召し上がることを指すのです。
 ユージーン様の記録には「一緒にかじった」とあります。生でも問題はないようです』

 すこしの間を置いて、ボッ! と顔が熱くなった。
「愛の営みの直前に」という言葉で、あのマルムの湯でのできごとを思い出してしまったから。

 あのとき僕らは、『三人でマルムを食べて』という言葉に導かれ、一緒にマルムをかじった。
 あれはあれで異変だらけのマルムだったけど……桃色ではなかったんだよね。
 つまりあれは「お恵み」としては通常仕様。
 あれほど至れり尽くせりでも、お恵みの基準としては普通、ということ?

 では、同じことを桃マルムでやると……どうなるのだろう。

『ユージーン様によると、桃色のマルム茸には、官能を高める効果があるそうです』

 思わず手紙の束を落としかけて、あわてて持ち直した。
 か、かか、官能を高める!?
 それってつまり、媚薬みたいなもの?
 それを双子にも勧めて食べさせろって!?

「やだーっ!」

 誰に見られているわけでもないのに、両手で顔を隠しながら床で転げ回った。
 無理! そんな恥ずかしいことできるわけない!
 それにあの体力の権化みたいな双子に媚薬を与えてから……なんて、考えただけでも恐ろしい。そんなの、こっちの体力がもたない! もつわけない! 

「ムリムリムリムリ!」

 転がったまま便箋に目をやると、

『無理なことなどありません! ヤればできます! 桃色マルムの底力は、ユージーン様が実験体となって証明してくださったのですから!』

 ツッコミどころが多すぎて、ちょっと冷静になれた。
 手紙で会話が成り立つジェームズ魔法はともかく、ご先祖様を実験体扱いって。

 おもむろに起き上がり、のそのそと膝立ちで暖炉の前に行って、早鐘のような心臓に胸を打たれながら、手紙の続きを確かめた。

『よろしいですか。もうひとつ、とてもたいせつなことがございます。愛の営みの直前に、愛する方と桃色マルム茸を召し上がったのち、ことに及びましたら――』

 その続きを読んで、今度こそ顔から火を噴くかと思った。

「うそお」

 もうダメ。もう無理。恥ずかしすぎる。倒れそう。
 そんなの、双子にどう言えというのか。

『簡単なことです、アーネスト様! 臆することなく仰いなさい、「中に出して」と!』

「いやーっ!」

『双子王子は鼻血を噴く勢いで喜ぶに決まっているのですから、堂々と元気よく!』

「元気よく言えるかーっ!」

 手紙に向かって抗議している僕っていったい。
 いま白銅くんがいなくて良かったよ……こんな姿を見られたら、絶対怖がられる。

 ジェームズったら、よくこんなこと普通に書けるよね!
 こんなことを教わってしまったら、今度から僕はどんな顔をしてジェームズに会えばいいんだよう。恥ずかしくて顔を合わせられないよ。

『愛の営みは尊いものです。恥じらうことはありません』

 恥じらうわ!

『この事実を知れば必ずや、羞恥心など重要ではないと思えることでしょう。よろしいですかアーネスト様。マルム茸に媚薬効果があるだけならば、このジェームズ、感涙にむせんだりいたしません。
 ユージーン様は桃色のマルム茸が現れるたびに、いま述べた方法で致したそうです。その結果こそが、他の方に無い、マルム茸のみが起こした特別な奇跡です』

 そうだった。
 ユージーンさんだってさぞ恥ずかしかったろうに、間違いなく子孫たちが読む『妖精の書』に、体験談を書き残してくれた。それほど重要なことだったんだ。
 ひとつ深呼吸して、続きを読んだ。

『どういう仕組みか、具体的には書かれておりませんが。しかしユージーン様は結果として、先に見つけた大きなマルム茸を通じて――
 愛する方との、お子を授かったのです』

 ……。
 …………。
 ………………。
 ……………………お子?

「……こど、も?」
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