召し使い様の分際で

月齢

文字の大きさ
上 下
76 / 259
第12章 マルム茸とは

fromジェームズ

しおりを挟む
 王様が「トナカイ超高速便で取り寄せた」と言い置いていったその日の夕刻。
 刹淵さんがわざわざ僕の部屋にそれを届けてくれた。
 王様の言葉通り、確かにぶ厚い封筒。
 刹淵さんは片手で軽々持っていたけれど、僕は両手で受け取ったにも関わらず、ズシッとした重さにバランスを崩して、危うく落としそうになった。

「あの、白銅くんは……?」
「爪切りしたあと、家に送りとどけましたよ」

 微笑む侍従長さんにお礼を言って、うしろ姿を見送り、静かに扉を閉めるや、僕は机に向かって突進した。
 机の上はマルム入りの箱に占領されているけれど、封筒を置くスペースくらいはある。
 隅に追いやられていた燭台を引き寄せて火を灯し、椅子に腰を下ろすと、ドキドキしながら改めて宛名の文字を見た。

 懐かしい、流れるようなジェームズの筆跡。
 前回くれた手紙にマルム茸のことが書かれていたが、濡れてボロボロになって殆ど読めなかったので、もう一度教えてほしいと手紙を出していた。その返事だよね、きっと。

 マルムの新たな情報があれば、白銅くんにも教えてあげなければ。
 わくわくしながら開封すると、びっしり文字が書かれた便箋が、封筒の容量の限界まで詰め込まれていた。凶器になりそうな重量感。
 
 いつものように僕を案ずる言葉から始まった手紙には、自分と領民たちの無事、ダースティン産の薬草や羊毛の出荷手配状況、醍牙での商売に関して依頼した業務の進捗状況、課題や収支などなどが、何十枚にもわたって書かれており。
 目が疲れてきたところで、ようやくマルム茸の話題に移った。

 いや。その前に、『アーネスト様への手紙を駄目にするほど雪が降るなんて、なんて国でしょう』と文句をつけることも忘れていなかったので、くすくす笑いながら読み進めると。


『まず、当然のことながら。ウォルドグレイブの皆様は、妖精の血筋です。あなた様は妖精王の子孫なのです。
 アーネスト様は特にそのご自覚が薄く、わたくしがことあるごとに「妖精王のご加護です」と申し上げても、「そうだったらいいねえ」とのんびり聞き流していらっしゃいました。そんな鷹揚で謙虚なところも、アーネスト様の数多ある美点のひとつではありますが』

 うん。確かに『妖精王のご加護』はよく聞かされた台詞だ。
 そしてよく聞き流した台詞だ。
 ごめん。

『しかしアーネスト様。ダースティンの大地があれほど豊かに作物をはぐくむのも、美しい水と大気が満ちているのも。信じられないほど良質な森の果実も、薬草も、羊毛も。それらはすべて、妖精王からの賜物です。
 妖精王の子孫を、妖精たちが守らぬはずがありましょうか。妖精たちはそこかしこに宿って、ウォルドグレイブの皆様やご領地を守り続けてきたのです』

 僕は懐かしいダースティンの、美しい景色を脳裏に想い描いた。
 本当に、実り豊かな大地だった。
 記録的な天候不良で不作の年もあったけれど、そんなときでも奇跡的に安値で領民全員に行き渡るだけの食料を、確保する幸運に恵まれていた。 

 そうか……そうだね。
 ジェームズの言う通りだ。
 きっと妖精が守ってくれていたんだよね。
 ダースティンを出た今だからこそ、素直にそう思えるよ。
 心から感謝します。
 僕がもう戻ることがなくても、どうかこれからも、妖精たちがダースティンのみんなを守り続けてくれますように……。

『アーネスト様。いま、『どうかこれからも、ダースティンのみんなを守ってください』と願われたでしょう』

 なんでわかった!?

『そのくらい、このジェームズはお見通しでございますよ』

 ……まさかジェームズ。
 この手紙、直接持ってきたんじゃなかろうな。
 僕はきょろきょろ室内を見回した。
 ――いない。当たり前か。

『妖精の執念を侮ってはなりませぬ。アーネスト様が領地を出たくらいで、諦める妖精たちではありませんよ。どこまでだって守護の手を緩めませんとも。ローズマリー様のときもそうでありました』

 え。母の? 守護の手? 何のこと?

『ローズマリー様が育てていらした、真っ白なお花をおぼえていらっしゃいますか? 大輪の芍薬に似た花です。どこへ住まいを移そうと、ローズマリー様がお世話するお庭に咲き誇っておりました。
 わたくしはローズマリー様のお庭以外で、あの花を見たことがありません』

 ちょうど最近みた夢に出てきた、あの花だな。
 遠い日、母と手をつないで一緒に見ていた。
 あの夢の中で母は、『妖精が宿ると花の色が変わる』と言って――

 ……色が変わる?

 いや、今はまず続きを読もう。

『あの花は薬湯にすると、健康な血をつくり、貧血を補い、ローズマリー様のお肌とお髪と瞳を、よりいっそう美しく輝かせました。見た目も艶やかで、ローズマリー様はよく、「このお花を見ていると、心まで癒されるの。このお花があって本当によかった」と仰っていました。
 ちなみにアーネスト様のお祖父様のときは、庭のリンゴの木が、蜜と滋養たっぷりのリンゴを毎年大量に実らせていました。お祖父様はリンゴが大好きだったのです』

 うん。
 お祖父様がリンゴをお好きだったという話は、ジェームズから教わり知っているけど……つまり何の話?

『妖精王は守護の印として、ウォルドグレイブの皆様おひとりおひとりに、その方に最も必要であろう「お恵み」を授けてきたのだと、わたくしは考えております。
 アーネスト様に授けられたお恵みは……もうおわかりですね?
 これまた何度申し上げても「たまたまだよ~」で済ませておられましたが、改めて申し上げます。
 アーネスト様。マルム茸は、一生お目にかかることが無いのが普通なのです。そのくらい稀少なキノコなのです。行く先々でマルム茸がポコポコ顔を出すなんて、そんなお方は、この世でただおひとりだけですよ』
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

公爵令嬢アナスタシアの華麗なる鉄槌

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:56pt お気に入り:124

異世界で記憶喪失になったら溺愛された

BL / 完結 24h.ポイント:518pt お気に入り:3,337

錬金術師が不遇なのってお前らだけの常識じゃん。

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:63pt お気に入り:1,936

恋する狼と竜の卵

BL / 完結 24h.ポイント:28pt お気に入り:87

堕ちる犬

BL / 連載中 24h.ポイント:1,931pt お気に入り:1,257

最愛の夫に、運命の番が現れた!

BL / 完結 24h.ポイント:362pt お気に入り:1,077

転生したら同性から性的な目で見られている俺の冒険紀行

BL / 連載中 24h.ポイント:42pt お気に入り:971

人違いで同級生の女子にカンチョーしちゃった男の子の話

現代文学 / 完結 24h.ポイント:447pt お気に入り:18

異世界じゃスローライフはままならない~聖獣の主人は島育ち~

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:27,086pt お気に入り:8,779

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。