召し使い様の分際で

月齢

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第11章 守銭奴アーネスト

超重量級+ぽわ毛

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 白銅くんを胸に抱き込んだ僕は、傍から見れば、さぞ呆けた顔をしていたことと思う。

 だって見上げる先に、金と銀の巨大な虎。
 双子の獣化を見るのは、もちろんこれが初めてじゃないけれど。これまでよりも、さらに大きく変容しているように見えた。
 醍牙の建物は全体的に天井がすごく高いのに、後肢で立ち上がった双虎は、その天井に軽く届く高さから、爛々と王妃を見下ろしている。

 赤い口腔から凶暴な牙を剥き出して、虎たちが雷鳴のごとく吠えた。
 空気が振動している。
 窓もビリビリと震えて、悲鳴を上げながら部屋の隅へと避難した大臣たちは、あわてふためき自らの耳や尾が変容しているのも気づかぬ様子で、右往左往していた。
 犬か、狼か。ぱっと見では判別できないが、その辺りの獣人が多いのだなと、頭の冷静な部分で彼らを見ながら思ったけれど。
 僕の視線はすぐにまた、双子へと吸い寄せられた。

『クソどもが。てめえらが陥れて罵倒してるのは、俺らの嫁だぞ?』

『冤罪でアーネストに汚名を着せた上に国王や民まで害して、挙げ句、和解と称して罠を仕掛ける。失敗すれば逆ギレで、だいじな妻を痴れ者呼ばわりとはな』

 弦を弾くような、不思議な響きの声。
 艶やかに波打つ金と銀の毛並み。
 柱のような逞しい四肢と、完璧な造形美の体躯。
 何もかもが威厳に満ちて、何もかもが信じ難いほど美しくて。そして何より、

「もふ~……」

 もふもふしたい……!
 でもさすがに、それを言い出せる雰囲気じゃない……。

 二頭の虎に見下ろされている王妃と弓庭後侯は、先ほどまでの威勢はどこへやら、皓月王子と三人、身を寄せ合って震えていた。
 それでも王妃は意地を見せ、ガルルルと唸り声を上げて叫んだ。

「お、脅すつもりですか! わたくしは正妃です、あなたたちのお父様の妃ですよ! こんな真似は許されません!」

 金と銀の虎は、喉を鳴らして笑った。
 と思うと、次の瞬間、

『許さねえのはこっちだ、クソ女があ!』

 寒月が怒声を上げると、悲鳴を上げた王妃の耳が変容した。さすがにもう、彼女の虎耳を可愛いとは思えないけどね。
 弓庭後侯は歯を食いしばって耐えているが、顔面蒼白だ。

『アーネストがどれほど丁寧に証拠を出そうと、てめえらが罪を認めないと言うのなら。俺たちも俺たちのやり方で、解決させてもらうぞ』

 青月の声は淡々としているが、だからこそヒリヒリと、冷たい炎のような怒りが相手を追いつめる。
 皓月王子が泣き叫んだ。

「父上ぇぇ! だずげて、助けてぐだざいぃぃっ!」

 王様は脚を組んで頬杖をつき、空いている手で刹淵さんから新しい茶を受け取りながら、にっこり笑った。

「こらこら。お前たちはみんな虎なんだから。虎なら虎らしく、自分たちの力で解決しなさい」
「ぞんなあ゛、無理です!」

「自分で蒔いた種でしょ? お前からもらった薬湯を飲んで、父上は指がピリピリしちゃったんだよ。なのにお前ときたら、詫びひとつ入れないし」

「うあっ。ごめんなさい、ごめんなさいぃぃ。違うんでず、あいつが! あ、ウォルドグレイブ伯爵が、ぼくを訴えるとか言うがらあ! それでつい」

 王様は、はあぁと大きくため息を吐いた。

「弓庭ちゃんに泉果ちゃん。きみたちはいったい、うちのだいじな息子にどんな指導をしてきたの?」
 
「陛下」

 王妃の唇がわなないている。

「何度『皓月を王都に戻して』と言っても、『躰が弱いので領地でのびのび育てます』の一点張りだったよね。実際、のびのび高級娼館に通い詰めてるとか、そんな情報は届いてたけどさあ」

「陛下。違うのです、それは」

「とにかく、きみたち大人なんだから。自分のお尻は自分で拭かなきゃ、ダ・メ♡」

 王様がバチンとウィンクしたと同時に、寒月が前肢を振り上げた。
 ブンッと風圧だけで王妃たちが横ざまに倒され、床に折り重なる。するとすかさずオレンジ色の光が舞って、弓庭後侯と王妃も獣化した。
 四頭の虎が揃い踏み。実に壮観。

 でも……
 弓庭後兄妹も並みの虎より大きいし、虎として充分美しいけれど。
 双子との体格の差は歴然で、獣化したものの、低い体勢であとずさることしかできていない。 

 そこへ今度は、青月が前肢を振り上げた。相手が獣化しているからか、容赦なく王妃と弓庭後侯を薙ぎ払い、壁に叩きつける。
 二頭の虎に激突された壁が、ドオンと凄い音をたてて、蜘蛛の巣のように入ったヒビからバラバラと砂埃が落ちた。

 それでも弓庭後兄妹は、よろめきながらも立ち上がったが。今度は寒月が二頭まとめて殴りつけ、踏み潰すように両足の下に縫い留めた。
 さすがの弓庭後侯もギャンギャン悲鳴を上げている。

 そろそろ止めたほうがいいのでは……。
 心配になりそわそわしていたら、王様と目が合って、「大丈夫だよ~」と笑われた。

「僕たちは頑丈だから。でもアーちゃんには危険だから、下がっていてね」
「はい」

 素直にうなずく。
 こんな超重量級の戦いは、僕の理解が及ばない。
 言われた通り、白銅くんを抱きしめたまま壁際まで下がろうと……したところで、大変なことに気がついた。

 いつのまにか、腕の中に本物の子猫がいる――!

 なんてことだ。突如はじまった虎モフたちの戦いに気を取られて、今の今まで気づかなかったよ。

「は、白銅くん……? だよね?」
「……ミャア……」
「うおお」

 この綺麗な灰色の毛! オレンジ色の瞳!
 虎よりも繊細で柔らかなぽわ毛!
 ぷるぷる震えて、かそけき声で僕を見上げるこの子は、この子は、まごうことなく!

「白銅くうぅぅん!」
『ミャ……アーネスト様ぁ』
「きゃあわいいぃぃぃ!」
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