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第11章 守銭奴アーネスト
本性
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「見ろ、伯爵の手は青くならない!」
成り行きを注視していた会議参加者たちから、驚きの声が上がった。
「ウォルドグレイブ伯爵はブローチを触っていないんだ」
「ならばなぜ彼のポケットに?」
にわかに騒がしくなった一同を尻目に、双子が僕に耳打ちした。
「見ろよ、クソ女たちの顔」
「あれは相当キテるな」
確かに弓庭後侯と王妃の顔には、明らかな焦りの色がにじんでいる。と同時にその表情から、火を噴きそうなほどの怒りも伝わってきた。
彼らは高位の貴族で、地位も財力もある。
きっと自分たちに不利益なものを闇に葬るだけの力もあって、権勢を保つために手段を択ばぬことも、彼らにとっては当然の『権利』なのだろう。
こうして双子が守ってくれていなければ、僕みたいなひ弱でちっぽけな存在は、反論の機会すら与えられず捻り潰されていたに違いない。僕はまさに虎の威を借りてるだけだもの。
そんな僕が相手だから、王妃たちも、僕の訴えを封じるくらいどうにでもなると考えていたのだろうけど……。
あいにく僕も、一応はエルバータの元皇子なので。
陰湿な行為は皇族たちの十八番。だからそれなりに免疫がある。
第二妃として何度も罠や嫌がらせを受けてきた母は、こうしてさまざまな『対処法』を記し、遺してくれたし。
僕もよく、皇妃たちから難癖をつけられたものだしね。
ダースティンにいた頃に想いを馳せていた僕の考えを読んだように、寒月が「ずっと不思議だったんだけどよ」と僕を見た。
「お前はこんなに賢いし、藍剛の話じゃダースティンは農作物の実りも良く酪農が盛んで、自給自足が充分出来ているんだろ? なのになんで貧乏領主だったんだ?」
「それは領主が僕だから」
「は?」
「正妃たちが母の領地に重税をかけたから、母の代から急激に家が傾いたんだ。僕の代になっても嫌がらせが続いて、思い出したように税金を増やされたりしたんだよねえ」
「『だよねえ』って」
のんびり言った僕に、青月が端整な顔をしかめた。
「そんなこと許されないだろう」
「できちゃってたんだ。中央で権力を握る人たちによる、私的な制裁や賄賂の要求が。だから本当に……エルバータの君主制は、もう末期だったんだよ。『まだ大丈夫』と思い込んでただけで、壊れてみて初めて気づく。だからね……醍牙は、同じ轍を踏まないようにね?」
「「アーネスト……」」
エルバータに引導を渡した張本人である双子は、一瞬、気まずそうに眉根を寄せたけれど。すぐに表情を改めた寒月が、「そうだな」と力強くうなずいた。
「まずは弓庭後の牙城を崩さねえとな。せっかくお前がでっかいチャンスをくれたんだから」
「ああ、そうだとも。それに……」
青月も首肯して、もの憂げに僕を見つめた。
「さっきお前が言ってた、においで酔わせる虫の話で確信した。やっぱり俺たちの母親を殺ったのは、あの女だ」
虫の話に白銅くんがビクッと反応したところで、ざわめきの中から皓月王子が叫んだ。
「そいつは手を洗ったんだ! だから青くならないんだ!」
うむ。今はとにかく、この問題を片付けねばね。
「僕が手を洗いに行っていないことは、この場の皆さんがおわかりかと思いますが」
僕の言葉に、皆が「そうだ。誰も中座していない」と同意してくれて、その中から、枢密院の顧問官が声を上げた。
「ウォルドグレイブ伯爵は、ポケットにブローチが入った経緯に心当たりがありますか?」
「……それはまず、こちらをご覧ください」
僕は皆が見やすいように立つと、上着全体にルリヒショウの粉を振りかけた。
すると不規則な青い模様が、ポケット周辺だけでなく、片方の袖にも浮き上がった。
「なんと」
「こんなに広範囲に石が触れたのか?」
「ユーティミストを握りしめたり、長く触っていたりした人が触れた場所にも、ルリヒショウは反応します。そしてこの上着に出た反応を見れば、僕は腕とポケット周辺を、ユーティミストを持った人物に触られていたことがわかります。
客観的に見て、その人物が僕のポケットにブローチを入れたと考えるのが妥当ではないでしょうか」
大臣たちがどよめく中、数人がちらちらと王妃へ視線をやり始めた。
彼らはおそらく、僕と王妃が休憩室からここまで一緒にいたところを見ていたのだろう。
「俺らの嫁にべたべた触るとは、いい度胸だよなあ」
寒月が酷薄な笑みを浮かべて言うと、青月も低いがよく通る声で続けた。
「持ち主が『休憩室では確かに身に着けていた』と証言していたのだから、その後会議が再開してすぐ紛失に気付くまでのわずかな時間に、アーネストに触った奴に限られる」
もはやこの場の殆どの視線が王妃に向いていて、疑惑の空気が王妃を取り巻いていた。
青月が僕に問うた。
「その人物に心当たりはあるか? アーネスト」
王妃はギリギリ音がしそうなほど唇を噛みしめ、異様に見ひらいた目で僕を見ている。
皓月王子はおろおろと周囲の視線を気にしているが、弓庭後侯は王妃と同様、憎悪を込めて僕らを見返していた。
僕も二人をまっすぐ見据えて、首肯した。
「休憩室から戻るとき、王妃陛下が腕を絡ませてきました」
途端、穏やかな王妃の仮面が憤怒の形相に変わり、皓月王子が跳び上がるほどの怒声が響いた。
「無礼者っ! 召し使いの分際で、この国の正妃であるわたくしを陥れるつもりか!」
この迫力。やっぱり彼女も虎なんだなぁ……と、こんなときなのに頭のどこかで感動する自分がいる。
でもド迫力の女性といえば断然、歓宜王女のほうが、格好良さでも人間性でも、遥かに上を行くけどね。
「僕はあなたのご提案通り、事実のみを述べています」
「ええい黙れ! この痴れ者が!」
ガアッ! と吠えた王妃につられたように、弓庭後侯までが唸り声を上げた。
それに反応してシャーッ! と威嚇の声を上げた白銅くんが、僕に抱きついてくる。
騒然とした議場で、王妃の瞳孔が細くなり、大きな牙を剥いて、ぶわりとひと回り躰が膨張した。そのまま獲物に飛びかかるように身を乗り出してきた、そのとき。
金と銀の光が舞い上がり、視界を埋め尽くした。
成り行きを注視していた会議参加者たちから、驚きの声が上がった。
「ウォルドグレイブ伯爵はブローチを触っていないんだ」
「ならばなぜ彼のポケットに?」
にわかに騒がしくなった一同を尻目に、双子が僕に耳打ちした。
「見ろよ、クソ女たちの顔」
「あれは相当キテるな」
確かに弓庭後侯と王妃の顔には、明らかな焦りの色がにじんでいる。と同時にその表情から、火を噴きそうなほどの怒りも伝わってきた。
彼らは高位の貴族で、地位も財力もある。
きっと自分たちに不利益なものを闇に葬るだけの力もあって、権勢を保つために手段を択ばぬことも、彼らにとっては当然の『権利』なのだろう。
こうして双子が守ってくれていなければ、僕みたいなひ弱でちっぽけな存在は、反論の機会すら与えられず捻り潰されていたに違いない。僕はまさに虎の威を借りてるだけだもの。
そんな僕が相手だから、王妃たちも、僕の訴えを封じるくらいどうにでもなると考えていたのだろうけど……。
あいにく僕も、一応はエルバータの元皇子なので。
陰湿な行為は皇族たちの十八番。だからそれなりに免疫がある。
第二妃として何度も罠や嫌がらせを受けてきた母は、こうしてさまざまな『対処法』を記し、遺してくれたし。
僕もよく、皇妃たちから難癖をつけられたものだしね。
ダースティンにいた頃に想いを馳せていた僕の考えを読んだように、寒月が「ずっと不思議だったんだけどよ」と僕を見た。
「お前はこんなに賢いし、藍剛の話じゃダースティンは農作物の実りも良く酪農が盛んで、自給自足が充分出来ているんだろ? なのになんで貧乏領主だったんだ?」
「それは領主が僕だから」
「は?」
「正妃たちが母の領地に重税をかけたから、母の代から急激に家が傾いたんだ。僕の代になっても嫌がらせが続いて、思い出したように税金を増やされたりしたんだよねえ」
「『だよねえ』って」
のんびり言った僕に、青月が端整な顔をしかめた。
「そんなこと許されないだろう」
「できちゃってたんだ。中央で権力を握る人たちによる、私的な制裁や賄賂の要求が。だから本当に……エルバータの君主制は、もう末期だったんだよ。『まだ大丈夫』と思い込んでただけで、壊れてみて初めて気づく。だからね……醍牙は、同じ轍を踏まないようにね?」
「「アーネスト……」」
エルバータに引導を渡した張本人である双子は、一瞬、気まずそうに眉根を寄せたけれど。すぐに表情を改めた寒月が、「そうだな」と力強くうなずいた。
「まずは弓庭後の牙城を崩さねえとな。せっかくお前がでっかいチャンスをくれたんだから」
「ああ、そうだとも。それに……」
青月も首肯して、もの憂げに僕を見つめた。
「さっきお前が言ってた、においで酔わせる虫の話で確信した。やっぱり俺たちの母親を殺ったのは、あの女だ」
虫の話に白銅くんがビクッと反応したところで、ざわめきの中から皓月王子が叫んだ。
「そいつは手を洗ったんだ! だから青くならないんだ!」
うむ。今はとにかく、この問題を片付けねばね。
「僕が手を洗いに行っていないことは、この場の皆さんがおわかりかと思いますが」
僕の言葉に、皆が「そうだ。誰も中座していない」と同意してくれて、その中から、枢密院の顧問官が声を上げた。
「ウォルドグレイブ伯爵は、ポケットにブローチが入った経緯に心当たりがありますか?」
「……それはまず、こちらをご覧ください」
僕は皆が見やすいように立つと、上着全体にルリヒショウの粉を振りかけた。
すると不規則な青い模様が、ポケット周辺だけでなく、片方の袖にも浮き上がった。
「なんと」
「こんなに広範囲に石が触れたのか?」
「ユーティミストを握りしめたり、長く触っていたりした人が触れた場所にも、ルリヒショウは反応します。そしてこの上着に出た反応を見れば、僕は腕とポケット周辺を、ユーティミストを持った人物に触られていたことがわかります。
客観的に見て、その人物が僕のポケットにブローチを入れたと考えるのが妥当ではないでしょうか」
大臣たちがどよめく中、数人がちらちらと王妃へ視線をやり始めた。
彼らはおそらく、僕と王妃が休憩室からここまで一緒にいたところを見ていたのだろう。
「俺らの嫁にべたべた触るとは、いい度胸だよなあ」
寒月が酷薄な笑みを浮かべて言うと、青月も低いがよく通る声で続けた。
「持ち主が『休憩室では確かに身に着けていた』と証言していたのだから、その後会議が再開してすぐ紛失に気付くまでのわずかな時間に、アーネストに触った奴に限られる」
もはやこの場の殆どの視線が王妃に向いていて、疑惑の空気が王妃を取り巻いていた。
青月が僕に問うた。
「その人物に心当たりはあるか? アーネスト」
王妃はギリギリ音がしそうなほど唇を噛みしめ、異様に見ひらいた目で僕を見ている。
皓月王子はおろおろと周囲の視線を気にしているが、弓庭後侯は王妃と同様、憎悪を込めて僕らを見返していた。
僕も二人をまっすぐ見据えて、首肯した。
「休憩室から戻るとき、王妃陛下が腕を絡ませてきました」
途端、穏やかな王妃の仮面が憤怒の形相に変わり、皓月王子が跳び上がるほどの怒声が響いた。
「無礼者っ! 召し使いの分際で、この国の正妃であるわたくしを陥れるつもりか!」
この迫力。やっぱり彼女も虎なんだなぁ……と、こんなときなのに頭のどこかで感動する自分がいる。
でもド迫力の女性といえば断然、歓宜王女のほうが、格好良さでも人間性でも、遥かに上を行くけどね。
「僕はあなたのご提案通り、事実のみを述べています」
「ええい黙れ! この痴れ者が!」
ガアッ! と吠えた王妃につられたように、弓庭後侯までが唸り声を上げた。
それに反応してシャーッ! と威嚇の声を上げた白銅くんが、僕に抱きついてくる。
騒然とした議場で、王妃の瞳孔が細くなり、大きな牙を剥いて、ぶわりとひと回り躰が膨張した。そのまま獲物に飛びかかるように身を乗り出してきた、そのとき。
金と銀の光が舞い上がり、視界を埋め尽くした。
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