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第11章 守銭奴アーネスト
貧乏領主の心得その……再利用
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弓庭後侯と皓月王子から、「無駄な時間稼ぎはやめろ」だとか、「さすがエルバータの元皇族だ、王妃の持ち物を盗んで恥じ入ることすらしない」だとか、「今すぐ捕縛しろ」だとか言われながら茶を飲んでいると、王妃がおっとりと口を挟んだ。
「待ってちょうだいな、お兄様。皓月も。それではウォルドグレイブ卿が申しひらきをする暇が無いじゃないの」
「だって母上!」
「わたしくも悪かったのよ」
王妃は、ほう、と息を吐いた。
「莫大な賠償金を背負っているウォルドグレイブ卿が、金策に腐心していることを知らないわけではなかったのに……目の前でユーティミストを見せられて、卿の心に魔が差したのだわ。わたくしにも責任があるのよ」
空気を読めないのは息子だけではなかったらしい。
「口腐ってんのかババア」
「頭おかしいようだから脳天かち割って見てやろう」
とうとう双子をキレさせてしまった。
心底憎悪している王妃が相手だけに、本気でキレている。
金と銀の髪を逆立て、瞳孔を細くして、二人そろってグァルルと殺気に満ちた唸り声を上げると、さすがの王妃と弓庭後侯もギョッとして腰を浮かせた。大臣たちからも悲鳴が上がる。皓月王子はとっくに出入口まで走っていた。
これは茶を飲んでいる場合ではないなと止めに入ろうとしたとき、とっても良いタイミングで扉がノックされた。
まさに今、そこから出て行こうとしていた皓月王子の鼻先すれすれで「失礼いたします!」と扉がひらく。
そこに立っていたのは、白銅くんだった。
とっさに藍剛将軍に視線を走らせると、満足そうな首肯が返る。
僕はすぐに視線を戻した。
「白銅くん! きみが来てくれたの」
「はいっ、アーネスト様! 浬祥様のお馬に乗せてもらってきました!」
「そうなの? 浬祥様にもお世話おかけしてしまって申しわけないなあ。白銅くんも、どうもありがとう」
「お礼なんていいのです! 僕はアーネスト様の従僕なんですから!」
えっへんと小さな胸を張る白銅くん。
ああ、なんて可愛いんだ。ギスギスした話し合いの最中だったから、よけい癒されるよ。
思わずひしと抱き合うと、いつのまにか殺気もどこかへ吹っ飛んだ双子と、弓庭後侯や王妃たちも、ぽかんと口をひらいて僕らを見ている。
……さてはみんな、僕の可愛い従僕が羨ましいんだな? 貸しませんよ?
皆の視線から白銅くんを守るべく隣に座らせて、改めて弓庭後侯へ向き直った。
「お待たせ致しました。準備が整いましたので、僕の『言い分』を聞いていただきたいと思います」
「……さっさとしろ」
苛立たしげに言って腰をおろした弓庭後侯に倣って、王妃や大臣たちも戸惑いを見せつつ席に着く。皓月王子もブツブツ言いながら戻ってきた。
さて、言われた通りさっさと本題に入ろう。
「先ほど王妃様とお茶をご一緒させていただいた際、気になることがいくつかありました。まずひとつ目は、香水の強さ。正直に申し上げますが、茶の香りがわからなくなるほどでした。僕ですら強く感じるのですから、嗅覚のすぐれた獣人の皆さんにはさぞキツく感じるだろうにと、ちょっと不思議に思いました」
「くせえんだよ」
「昔っからだ」
双子が低く唸るように言うと、皓月王子が肩を怒らせた。
「失敬だぞ! 母上の香水はこれくらいが普通だ!」
「いいのよ皓月。とりあえずお話を聞きましょう」
扇を取り出して口元を隠した王妃に、「ありがとうございます」と軽く礼をして話を続ける。
「二つ目はユーティミストのブローチです。とても大ぶりで上質な石です。さすが権勢を誇る家門の財力は違います。
ただ、なぜブローチに仕立てたのかが気になりました。あの大きさならばネックレスのほうが映えますし、ブローチはそれこそ、落としてもすぐには気づきにくそうです」
一度言葉を切って王妃を見たが、無言で扇をひらいているだけ。
僕はさらに続けた。
「三つ目。残念ながら、王妃様の深紅のドレスと、ユーティミストの美しい露草色は、相性が悪いです。まったく映えないどころか、せっかくの石を台無しにする組み合わせです」
「無礼者! 母上のセンスが悪いと言いたいのか!」
「皓月。いいから」
扇がパタパタせわしなく動いている。
その手に視線を走らせながら続けた。
「指輪などほかに身に着けていらっしゃる宝石は、髪やドレスの色と合わせているので、センスの問題では無いのかなと感じました。加えて、王妃様のお話では弓庭後侯が宣伝のため着けさせるのだということでしたが、パーティーならともかく、このような会議に着けてきても宣伝効果はまず無いでしょう」
「なんでだ?」
「皓月」
扇の動きがいささか乱暴になっている。
「それらのことを合わせて、王妃様はとにかく本日、ユーティミストのブローチを着ける必要があったのだろうと考えました。皓月殿下のため急いで来る必要があったので、ドレスとの相性は二の次で、とにかく手持ちの高価な石でブローチに仕立てられるものを用意された」
「何言ってんだこいつ」
しん、と静まった室内に、皓月王子の呟きと扇を胸元に叩きつけながらあおぐ音が、やけに大きく響く。
「もしも僕が弓庭後侯や王妃様の友好的な態度に懐柔されて、皓月殿下への訴えを取り下げるようならそれで良し。そうでない場合は、そのブローチを利用する。
僕を盗人に仕立て上げることが前提だったからこその、あまりにセコい和解案だったのではありませんか?」
息を殺すようにしていた会議参加者たちから、驚きの声が漏れた。
その間に、いまいち理解が追いつかぬ様子の皓月王子に尋ねてみる。
「殿下はあのユーティミストを狙っていたと仰っていましたね。元からブローチでしたか?」
「は? あれはイヤリングとセットのネックレスになるはずだったん」
「皓月!」
怒声を上げた王妃が思い切り振り下ろした扇が、ティーカップに当たって派手な音を立てた。
貧乏領主の心得その三。
相手の罠でも何でも、使えるものは再利用。
「待ってちょうだいな、お兄様。皓月も。それではウォルドグレイブ卿が申しひらきをする暇が無いじゃないの」
「だって母上!」
「わたしくも悪かったのよ」
王妃は、ほう、と息を吐いた。
「莫大な賠償金を背負っているウォルドグレイブ卿が、金策に腐心していることを知らないわけではなかったのに……目の前でユーティミストを見せられて、卿の心に魔が差したのだわ。わたくしにも責任があるのよ」
空気を読めないのは息子だけではなかったらしい。
「口腐ってんのかババア」
「頭おかしいようだから脳天かち割って見てやろう」
とうとう双子をキレさせてしまった。
心底憎悪している王妃が相手だけに、本気でキレている。
金と銀の髪を逆立て、瞳孔を細くして、二人そろってグァルルと殺気に満ちた唸り声を上げると、さすがの王妃と弓庭後侯もギョッとして腰を浮かせた。大臣たちからも悲鳴が上がる。皓月王子はとっくに出入口まで走っていた。
これは茶を飲んでいる場合ではないなと止めに入ろうとしたとき、とっても良いタイミングで扉がノックされた。
まさに今、そこから出て行こうとしていた皓月王子の鼻先すれすれで「失礼いたします!」と扉がひらく。
そこに立っていたのは、白銅くんだった。
とっさに藍剛将軍に視線を走らせると、満足そうな首肯が返る。
僕はすぐに視線を戻した。
「白銅くん! きみが来てくれたの」
「はいっ、アーネスト様! 浬祥様のお馬に乗せてもらってきました!」
「そうなの? 浬祥様にもお世話おかけしてしまって申しわけないなあ。白銅くんも、どうもありがとう」
「お礼なんていいのです! 僕はアーネスト様の従僕なんですから!」
えっへんと小さな胸を張る白銅くん。
ああ、なんて可愛いんだ。ギスギスした話し合いの最中だったから、よけい癒されるよ。
思わずひしと抱き合うと、いつのまにか殺気もどこかへ吹っ飛んだ双子と、弓庭後侯や王妃たちも、ぽかんと口をひらいて僕らを見ている。
……さてはみんな、僕の可愛い従僕が羨ましいんだな? 貸しませんよ?
皆の視線から白銅くんを守るべく隣に座らせて、改めて弓庭後侯へ向き直った。
「お待たせ致しました。準備が整いましたので、僕の『言い分』を聞いていただきたいと思います」
「……さっさとしろ」
苛立たしげに言って腰をおろした弓庭後侯に倣って、王妃や大臣たちも戸惑いを見せつつ席に着く。皓月王子もブツブツ言いながら戻ってきた。
さて、言われた通りさっさと本題に入ろう。
「先ほど王妃様とお茶をご一緒させていただいた際、気になることがいくつかありました。まずひとつ目は、香水の強さ。正直に申し上げますが、茶の香りがわからなくなるほどでした。僕ですら強く感じるのですから、嗅覚のすぐれた獣人の皆さんにはさぞキツく感じるだろうにと、ちょっと不思議に思いました」
「くせえんだよ」
「昔っからだ」
双子が低く唸るように言うと、皓月王子が肩を怒らせた。
「失敬だぞ! 母上の香水はこれくらいが普通だ!」
「いいのよ皓月。とりあえずお話を聞きましょう」
扇を取り出して口元を隠した王妃に、「ありがとうございます」と軽く礼をして話を続ける。
「二つ目はユーティミストのブローチです。とても大ぶりで上質な石です。さすが権勢を誇る家門の財力は違います。
ただ、なぜブローチに仕立てたのかが気になりました。あの大きさならばネックレスのほうが映えますし、ブローチはそれこそ、落としてもすぐには気づきにくそうです」
一度言葉を切って王妃を見たが、無言で扇をひらいているだけ。
僕はさらに続けた。
「三つ目。残念ながら、王妃様の深紅のドレスと、ユーティミストの美しい露草色は、相性が悪いです。まったく映えないどころか、せっかくの石を台無しにする組み合わせです」
「無礼者! 母上のセンスが悪いと言いたいのか!」
「皓月。いいから」
扇がパタパタせわしなく動いている。
その手に視線を走らせながら続けた。
「指輪などほかに身に着けていらっしゃる宝石は、髪やドレスの色と合わせているので、センスの問題では無いのかなと感じました。加えて、王妃様のお話では弓庭後侯が宣伝のため着けさせるのだということでしたが、パーティーならともかく、このような会議に着けてきても宣伝効果はまず無いでしょう」
「なんでだ?」
「皓月」
扇の動きがいささか乱暴になっている。
「それらのことを合わせて、王妃様はとにかく本日、ユーティミストのブローチを着ける必要があったのだろうと考えました。皓月殿下のため急いで来る必要があったので、ドレスとの相性は二の次で、とにかく手持ちの高価な石でブローチに仕立てられるものを用意された」
「何言ってんだこいつ」
しん、と静まった室内に、皓月王子の呟きと扇を胸元に叩きつけながらあおぐ音が、やけに大きく響く。
「もしも僕が弓庭後侯や王妃様の友好的な態度に懐柔されて、皓月殿下への訴えを取り下げるようならそれで良し。そうでない場合は、そのブローチを利用する。
僕を盗人に仕立て上げることが前提だったからこその、あまりにセコい和解案だったのではありませんか?」
息を殺すようにしていた会議参加者たちから、驚きの声が漏れた。
その間に、いまいち理解が追いつかぬ様子の皓月王子に尋ねてみる。
「殿下はあのユーティミストを狙っていたと仰っていましたね。元からブローチでしたか?」
「は? あれはイヤリングとセットのネックレスになるはずだったん」
「皓月!」
怒声を上げた王妃が思い切り振り下ろした扇が、ティーカップに当たって派手な音を立てた。
貧乏領主の心得その三。
相手の罠でも何でも、使えるものは再利用。
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