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第10章 逆襲のアーネスト
彼女が来る
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「アーネスト様も、明日の御前会議に出席されるのですよね?」
「そうなんだ。僕が『皓月殿下もドーソン副会長もみんなまとめて訴えてやるー!』と宣言しちゃったものだから、先方の弁護役の方々から、まず話し合いで和解できないかと打診されていてね。陛下の御前で話し合いたいんだって」
皓月王子は、王族の身でありながら国民の躰を害するという大変な罪を犯してしまったわけだけど、現国王の息子でもある。
王様は「息子であろうと罪は償わせるよ」と仰っていたけれど。
王子が裁かれるという異常事態は、王族の権威失墜につながりかねないので、政府中枢であれやこれやと話し合いが重ねられており、もちろん双子も連日参加していた。
盤石に見える虎獣人の王族だけど、対抗勢力も当然のごとく存在しているようで……
これまで、つけ込まれる隙を与えたことは無かったのに、
「あの天才的な馬鹿が、一瞬にして台無しにした」
と双子の怒りは凄まじい。
父親でもある王様の場合は、本当のところどう感じているのか、僕にはわからないけれど。
今のところ王様に第三王子を庇おうという気配は無いし、双子は激怒していて話し合いの余地は無い。
だから弁護役たちは、僕に目をつけたのだろう。
たぶん、僕が訴えを取り下げるよう、王様の前で説得したいんだろうなあ。
「誇り高き陛下のご子息を司法の場に引きずり出して、辱めを受けさせようというのですか!」という感じで。
「陛下といえば、副作用が軽くて本当によかったですね!」
パンケーキのパンくずを口の端に付けたまま、白銅くんが言った。
そうなのだ。
王様は皓月王子から「特別ですよ」と特に大量の薬湯を飲まされていたにも関わらず、幸い重い副作用は出なかった。
僕が伺ったときも、
「アーちゃあぁぁん、指先がちょっとピリピリするよお」
相変わらずムキムキの巨体で元気に駆け寄ってきた。
正直、あの量を飲んで「指先がちょっとピリピリ」程度で済んだのが驚きだ。
そばにいた刹淵さんが、
「服用は薬湯勝負の決着がついてからにしてくださいと申し上げたのに、面白がって飲んでしまった陛下が悪いのですから。政務は滞りなくできておりますし、死なないなら放っておいてもいいんですよ」
にっこり微笑んでそう言っていた。
あの人も相変わらずだった。
「刹淵ひどすぎー」と唇を尖らせていた王様を見るに、確かに死にそうもないなとは思ったけど、本当に放置するわけにはいかず。
薬湯を処方したら、その日のうちに「治った!」と大喜びしていた。
「刹淵さんが、『陛下は毒に慣れてる』ってサラッと言っていたのが怖かったよ……」
「象が即死する量の毒矢を受けたのに、『痛い!』で済ませて戦を続けていたという伝説は本当でしょうか」
「それが本当なら、もはや人を超越した存在なのかもしれないねえ」
あの王様ならば、絶対に嘘だとは言い切れない底知れなさがあるなあ、なんて考えていたら、おざなりに扉がノックされて、双子が帰ってきた。
「お帰りなさい。遅かったね」
「ああ……」
「ちょっと面倒なことになってな」
二人して眉根を寄せて、難しい顔をしている。
お疲れのようだから、疲労回復効果のある薬湯を淹れてあげよう。
そう思って席を立つと、左右から腕がのびてきて捕まり、双子が顔を近づけてきた。
……ハッ! お帰りなさいのチュウをする気だな!
あわてて二人の顔を押し返すと、
「なんでだ!」
「なぜ」
抗議されたが、今はダメでしょう。
白銅くんが、にこにこしながらこちらを見ているというのに。
「それより、面倒なことって? 僕が明日、陛下のところへ行く予定に変わりは無いのかな?」
質問で話題を逸らして椅子をすすめると、双子は当然のように僕の左右の席に陣取った。
そうして、パンケーキを丁寧に切り分けながら食べている白銅くんの視線の先で、二人そろって片手で焼き菓子を三つほど鷲掴みにし、ぽいぽいと丸ごと口に放り込んでは茶で流し込むという早食いを披露したので、白銅くん、絶対このあと真似をするだろうなあと思っていたら、ようやく寒月が口をひらいた。
「明日の会議に、クソ女も来る」
「クソ女? というと、」
「クソ馬鹿皓月を創り上げた元祖クソ馬鹿女だ」
断じて名前も『正妃』『王妃』という言葉も使いたくないらしいが、間違いなく、皓月王子の母親である正妃のことだろう。
名は確か……泉果さん。
双子を避けて、ずっと領地で暮らしていたと聞いているけど。
「やっぱり息子が心配なんだろうね」
向かいの白銅くんに手をのばして、口の端に付いたままだったパンくずを取ってやってから、その指先をペロッと舐めてうなずくと、白銅くんが「付いてましたか」と頬を赤らめた。
微笑ましく思っていると、双子がまた焼き菓子を引っ掴んだ。
「……クソ女の目的はお前だ、アーネスト」
青月が苦々しげに呟く。
「僕? 会ったこともないのに? ……ああ、そういうことか」
「そうだ。クソ馬鹿への訴えを阻止するためだ」
「そもそもクソ馬鹿のために弁護役を雇ったのは、クソ女の家門の弓庭後侯爵だからな」
弓庭後侯爵。
彼もアルデンホフ氏たちと一緒に、薬湯勝負の会場に来ていた。
――そういえば。
「僕、あのあと会場で弓庭後侯爵から話しかけられたんだ」
「「そうなのか!?」」
双子が目を瞠った。
うん、驚くよね。『髭の人』の弓庭後侯は、アルデンホフ氏と同じく、最初から僕に対して露骨に不快感を見せていたし。
向こうから声をかけられたときは、僕も意外に思ったから。双子が何か問いたげに、じいっと僕を見つめてくるのも理解できるよ。
けどどうして二人そろって、口の端にパンくずを付けているんだ?
「そうなんだ。僕が『皓月殿下もドーソン副会長もみんなまとめて訴えてやるー!』と宣言しちゃったものだから、先方の弁護役の方々から、まず話し合いで和解できないかと打診されていてね。陛下の御前で話し合いたいんだって」
皓月王子は、王族の身でありながら国民の躰を害するという大変な罪を犯してしまったわけだけど、現国王の息子でもある。
王様は「息子であろうと罪は償わせるよ」と仰っていたけれど。
王子が裁かれるという異常事態は、王族の権威失墜につながりかねないので、政府中枢であれやこれやと話し合いが重ねられており、もちろん双子も連日参加していた。
盤石に見える虎獣人の王族だけど、対抗勢力も当然のごとく存在しているようで……
これまで、つけ込まれる隙を与えたことは無かったのに、
「あの天才的な馬鹿が、一瞬にして台無しにした」
と双子の怒りは凄まじい。
父親でもある王様の場合は、本当のところどう感じているのか、僕にはわからないけれど。
今のところ王様に第三王子を庇おうという気配は無いし、双子は激怒していて話し合いの余地は無い。
だから弁護役たちは、僕に目をつけたのだろう。
たぶん、僕が訴えを取り下げるよう、王様の前で説得したいんだろうなあ。
「誇り高き陛下のご子息を司法の場に引きずり出して、辱めを受けさせようというのですか!」という感じで。
「陛下といえば、副作用が軽くて本当によかったですね!」
パンケーキのパンくずを口の端に付けたまま、白銅くんが言った。
そうなのだ。
王様は皓月王子から「特別ですよ」と特に大量の薬湯を飲まされていたにも関わらず、幸い重い副作用は出なかった。
僕が伺ったときも、
「アーちゃあぁぁん、指先がちょっとピリピリするよお」
相変わらずムキムキの巨体で元気に駆け寄ってきた。
正直、あの量を飲んで「指先がちょっとピリピリ」程度で済んだのが驚きだ。
そばにいた刹淵さんが、
「服用は薬湯勝負の決着がついてからにしてくださいと申し上げたのに、面白がって飲んでしまった陛下が悪いのですから。政務は滞りなくできておりますし、死なないなら放っておいてもいいんですよ」
にっこり微笑んでそう言っていた。
あの人も相変わらずだった。
「刹淵ひどすぎー」と唇を尖らせていた王様を見るに、確かに死にそうもないなとは思ったけど、本当に放置するわけにはいかず。
薬湯を処方したら、その日のうちに「治った!」と大喜びしていた。
「刹淵さんが、『陛下は毒に慣れてる』ってサラッと言っていたのが怖かったよ……」
「象が即死する量の毒矢を受けたのに、『痛い!』で済ませて戦を続けていたという伝説は本当でしょうか」
「それが本当なら、もはや人を超越した存在なのかもしれないねえ」
あの王様ならば、絶対に嘘だとは言い切れない底知れなさがあるなあ、なんて考えていたら、おざなりに扉がノックされて、双子が帰ってきた。
「お帰りなさい。遅かったね」
「ああ……」
「ちょっと面倒なことになってな」
二人して眉根を寄せて、難しい顔をしている。
お疲れのようだから、疲労回復効果のある薬湯を淹れてあげよう。
そう思って席を立つと、左右から腕がのびてきて捕まり、双子が顔を近づけてきた。
……ハッ! お帰りなさいのチュウをする気だな!
あわてて二人の顔を押し返すと、
「なんでだ!」
「なぜ」
抗議されたが、今はダメでしょう。
白銅くんが、にこにこしながらこちらを見ているというのに。
「それより、面倒なことって? 僕が明日、陛下のところへ行く予定に変わりは無いのかな?」
質問で話題を逸らして椅子をすすめると、双子は当然のように僕の左右の席に陣取った。
そうして、パンケーキを丁寧に切り分けながら食べている白銅くんの視線の先で、二人そろって片手で焼き菓子を三つほど鷲掴みにし、ぽいぽいと丸ごと口に放り込んでは茶で流し込むという早食いを披露したので、白銅くん、絶対このあと真似をするだろうなあと思っていたら、ようやく寒月が口をひらいた。
「明日の会議に、クソ女も来る」
「クソ女? というと、」
「クソ馬鹿皓月を創り上げた元祖クソ馬鹿女だ」
断じて名前も『正妃』『王妃』という言葉も使いたくないらしいが、間違いなく、皓月王子の母親である正妃のことだろう。
名は確か……泉果さん。
双子を避けて、ずっと領地で暮らしていたと聞いているけど。
「やっぱり息子が心配なんだろうね」
向かいの白銅くんに手をのばして、口の端に付いたままだったパンくずを取ってやってから、その指先をペロッと舐めてうなずくと、白銅くんが「付いてましたか」と頬を赤らめた。
微笑ましく思っていると、双子がまた焼き菓子を引っ掴んだ。
「……クソ女の目的はお前だ、アーネスト」
青月が苦々しげに呟く。
「僕? 会ったこともないのに? ……ああ、そういうことか」
「そうだ。クソ馬鹿への訴えを阻止するためだ」
「そもそもクソ馬鹿のために弁護役を雇ったのは、クソ女の家門の弓庭後侯爵だからな」
弓庭後侯爵。
彼もアルデンホフ氏たちと一緒に、薬湯勝負の会場に来ていた。
――そういえば。
「僕、あのあと会場で弓庭後侯爵から話しかけられたんだ」
「「そうなのか!?」」
双子が目を瞠った。
うん、驚くよね。『髭の人』の弓庭後侯は、アルデンホフ氏と同じく、最初から僕に対して露骨に不快感を見せていたし。
向こうから声をかけられたときは、僕も意外に思ったから。双子が何か問いたげに、じいっと僕を見つめてくるのも理解できるよ。
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